お兄ちゃんと戦って致命傷を負ったフットってペンタゴンの幹部は
キムチさんの恩人であるらしい。
孤児院でのご飯を美味しく食べるためにも、ここはちょっとがんばりどころかな
※=====で囲われた部分だけ三人称になってます
「見たいなら見ればいいでしょ」
そう言って、あたしは血を流すフットの傍に歩み寄った。
「エールさん…?」
「何しとるんだエール。そんなおっさんほっとけばよかろう」
「それがね、この人…キムチさんの命の恩人なんだってさ」
「む、そうなのか…しかし結構思いっきりやっちまったぞ」
怪訝な顔をするランスお兄ちゃんに言葉を返しつつ、ウルザさんの横にしゃがみこんで傷を確かめる。
…肺が潰れてる、太い血管もイッてる。血が吹き出てないのは…心臓が止まりかけているから。
それに何より…生命力が尽きかけてる。うん、どう見ても致命傷だ。
「…助かるんですか?」
「うーん、まぁとりあえずやってみるよ。…いたいのいたいのとんでけー…」
ウルザさんに生返事をして退いてもらって、あたしはまずは普通のヒーリングで傷口を塞ぎにかかった。
「…げほっ…悪いが嬢ちゃん…無駄だぜ…」
「は、はい…あの段階になったらヒーリングももう効き目が…」
血を吐くフットとシィルさんが口々に言うが、あたしは構わずヒーリングを続けた。
…少し、ヒーリングと生命力について話をしようか。
基本的にレベルアップによって最大値が上昇していき、負傷したり毒を受けると削れていく。
治療を受けてゆっくり休めば徐々に回復するのだが、削れ過ぎると自然回復しなくなって…そのうち死んでしまう。
高レベルの人が死ににくいのはこのせいで、生命力が高い人間は深い負傷でも動くことができる。
まぁ首を斬られたり頭を潰されたり心臓を貫かれたりとかすると即死するのは変わんないけどね。
そして生命力に影響を及ぼす魔法を使う関係上、神魔法の使い手は相手の生命力の状態をだいたい感じ取ることができる。なんかこう…時と場合によって違うのだが、棒状の目盛りみたいに見えたり、あるいは最大値と現在値が数字で見えたり…まぁいろいろだ。
当然個人差があって、例えば志津香さんよりリズナさんの方が生命力は強いし、リズナさんよりあたしの方が少し強い。そしてお兄ちゃんはあたしよりもだいぶ強いし、パットンさんは意味わからんほど生命力にあふれている。
どうやったら死ぬんかなあの人…大量の瓦礫に押しつぶされるとか、高いところから落ちたとかじゃあ死にそうにない。
話がそれたか。そして基本的なヒーリングというのは、傷を塞ぐと同時に相手の生命力の自然回復を活性化する魔法だ。
仕組みは違うが、世色癌もこういう働きをする…らしい。
しかし、深い傷を負って生命力が自然回復しなくなると、ヒーリングで傷を塞いで血を止めてももはや命をつなぎとめることはできない。
かけても多少苦しみを和らげる程度なのだが…
おっと。話してる間に大方傷は塞がったな。フットの顔色は紙のように白いが、痛み自体はだいぶ引いたみたいだ。
「よーっし。んじゃ始めるよ…」
「嬢ちゃん…一体…」「何をするつもりだ?」
「ま、見といてよ。あたしもたまには頑張らないとね」
お兄ちゃんとフットに向けて笑いかけ、あたしは目を閉じて唱え始める。
『天にまします我らが神よ…地に満つ数多の聖霊たちよ…此方より、祈りを捧げ奉ります…』
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「…ん?」「これ…は…?」
エールが朗々と聖句を紡ぎ始めた瞬間、そこに居た面々は空気が急に澄んだような感触を覚えた。
抵抗をやめたペンタゴン兵の生き残りも戸惑ったようにあたりを見回す。
神聖な雰囲気の中、暖かな光を放ち始めたエールの背後に三対六枚の翼を持った天使にも似た人影がおぼろに浮かび、祝福するように両手を広げる。
「なんだありゃあ」
「女の人…?」
「あれは…天使様…!?」
シィルは祖父のもとで修業していた時、AL教に多大な貢献をした人物へ高位の治癒魔法をかける儀式をカイズで見学したことがあった。
干からびた死体のような老人の周りを数々の聖具を持った神官たちが取り囲み、聖句を唱えて魔法を発動させると、老人の頭上に天使のような人影が浮かび、手をかざすと枯れた老人はわずかに生命力を取り戻した。
当時のシィルは、確かにすごいけどあれでは少しの延命にしかならないのではないかと思ったものだが…
(エールちゃんの背後のあの天使様…あの時よりもすごい力を感じます…)
「むぅ。すごい美人だな…ぜひ犯したい」
圧倒されるシィルの隣でランスがいつものように勝手なことをぼやく。
「ラ、ランス様…!」
「ちっ、わかっとるわ。どうせ幻影かなんかだしな…」
(…うーむ、どうにか…神相手は流石にきついか…?いや、俺様の事だ。いつかはチャンスがあるだろう)
シィルにたしなめられて引き下がるランスをよそに、聖句は続き、光は強まっていく。
『傷つき倒れた神の僕、割れ欠けしかりそめの器、彼の者の運命にわずかな猶予をお与えください…』
「ひゃー…すごー…」「はい…」
マリアとリズナがあっけにとられる横で、志津香は目を細めてエールの様子を確かめる。
「すごい魔力だわ…神魔法が使えるとは思ってたけどここまでとはね…」
(剣を振り回してばっかりだけど…こっちに集中したらすごいことになるんじゃ…?アイツの妹ってだけのことはあるのかしら…)
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集中して聖句を唱え続けるあたしの脳裏に、なんとなく昔の出来事がよぎった。
ほわんほわんほわん(回想の音)
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イラーピュから帰ってすぐ位の頃だ。まだやる気があったあたしは、セルさんに神魔法の手ほどきを受けていた。
「えーと…こらーっ反省しなさい、しなさいったらしなさい!スッゾコラーっ!悔悛の錠!」
ばちこーんと音を立てて目標ハニーに鎖つきの錠が巻き付いて締め付ける…が、大した威力はなく…すぐに千切れて掻き消えてしまった。
「ですから、もっと信心を込めて聖句をしっかりと唱えなければいけませんと何度も言っているでしょう。」
ため息交じりに漏らすセルさんに、あたしは唇を尖らせる。
「えー、これでもやってるんですよー。それに一応発動はしてるじゃないですか」
「信心はともかく、聖句が間違いだらけです…勤行が足りません。もっと聖典を読み込むべきです」
「うへぇー…だって面倒だし…」
「あのいい加減な聖句で一応発動するのは十分すごいんですよ?あなたの才能はとても素晴らしいのに…兄のランスさんといい…ああ、神よ…彼女ら兄妹を導くことが私への試練なのでしょうか…」
机の上にべちゃっと伸びたあたしを見てセルさんは額を抑えて祈り始めた。
まーたはじまった…こうなると長いんだよな…今のうちに片付けちゃおう。
バイトの魔法標的ハニーにお礼のはに飯を渡して追い出しながら口を開く。
「まぁいいじゃないですか。魔封印結界はなんとか覚えましたし、ヒーリングだってちゃんと発動するし…」
「…貴方のヒーリングは確かに見事ですが、治癒魔法にはあなたが使えるヒーリング2よりさらに先の段階もあります。知っているでしょう?」
「えーっと…ヒーリング9の事ですか?」
「アレは自爆に近い裏技ですが…先の段階の一つでもあります。基本的に制御などほぼ不可能なあの魔法を自在に操っているのです。もっと高度な治癒魔法を身に着けたいと思いませんか?」
「うーん…それならちょっと興味あるかも…」
「よろしい。では聖典を…」
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ほわんほわんほわん(回想終わりの音)
その時セルさんに教えられた魔法を、あたしは今唱えている。
ヒーリング5。『大回復』とも呼ばれるそれは、ヒーリング3までの系列とは違い…術者の生命力を直接対象に分け与える魔法だ。
まだ生命力が残っている相手は最大まで体力を回復し、致命傷を負ったものの命もつなぎとめることができる。
これならば…いける!
あたしは祈りを込めて聖句を紡ぐ!
『祝福の瑞風に導かれ…』
導かれ…かれ…えーっと…うん。
この先の聖句思い出せない…どうしよ…
『………………………………』
「止まったな…」「どうしたんでしょうか?」
あたしが口ごもっていると、ギャラリーから不安そうな声が聞こえる!当然構築途中の魔法も中断!
後ろに居るっぽい何かがカンペを差し出したがっているような気配を感じる!
まずいまずいまずい!どうすれば…!このままじゃ…えーーい!!
『神よ!いいから慈悲を…寄こしたまえ!!!!!』
ヤケクソな叫びと共に、光が強まりフットに吸い込まれていく。何とか魔法は完成したようだ。
…言い忘れていたのだが。この魔法は術者の生命力をそのまま対象に分け与える呪文だ。
つまり、この魔法を使ったものは生命力を瀕死のものに分け与える訳で…
「……こりゃあ驚いたな…生きてやがる」
光が収まり、体を起こして確かめるフット。
それを確認した、生命力を死なない程度限界ギリギリまで失ったあたしは…
「ふーっ…やったよキムチさん…あ。」ぐらっ…
「えっ?エールちゃん?」「おい!嬢ちゃん!」
そのままばたーんと気絶したのだった。
次に目を開けた時、視界に入ってきたのは見知った天井だった。
「ふぁーあ…ここ…孤児院?」
「あっ、目を覚ましたんですねエールお姉さん!」
あたしが身を起こした音を聞きつけて、部屋に入ってきたのはカーマちゃんだ。
「エールお姉さん、三日も寝込んでたんですよ?ダニエルさんはただの極度の疲労だって言ってましたけど…なにしたんですか?」
「いやー。ちょっと無理をね…そういえばお兄ちゃん達は?」
「今ちょっと出かけてます。なんでもイタリアの街に殺人鬼が出たとかで…」
「へぇー。物騒だなぁ…」なんか覚えがあるようなないような。
首をひねったあたしのお腹がぐるると盛大に鳴った。そういえばお腹がペコペコだ。三日も食べてないのだ、当然だよね。
「ああ、お腹空いてますよね。お粥がありますけど、食べます?」
「うん、悪いけどお願い…」「はーい」すててて…「はい、どうぞ」「いただきまーす…(ずずず)」
カーマちゃんが持ってきてくれたお粥を少し口にして、ようやく人心地が付いた。
「そういえばあたし、ペンタゴン基地に乗り込んでる途中で気絶しちゃったんだけど、あの後どうなったか知ってる?」
「はい。いろいろあってペンタゴンと協力することになったって言ってましたよ」
「へー。そーなんだ…ってえーっ?ペンタゴンと?協力!?」
あたしは思わずお粥の皿を持ったまま立ち上がり、叫んだのだった。
というわけでフットは命を拾いました。明確に救命したのはミリに続いて二人目ですね。
エールちゃんの本分は神魔法なので、真面目に修行すれば司教レベルになれるでしょう。
詠唱を覚えるのは大変なんですが考えるのも大変です。難産でしたが、評価や感想を励みにどうにか書ききることができました。ありがとうございます。
次回以降は楽に描けるといいなあ、と思いますがお世話になってるひつじ小屋が変なことになっててどうしたものでしょうか
ゲーム中ではここから奴隷編、レジスタンス編に続く3章ペンタゴン編という感じになりますね。
ある意味ほのぼのとしていた世直し活動から、本格的にマナバッテリー狙いの作戦行動に移っていきますが、今後もよろしくお願いします。
以下、妄想です。
ヒーリング1
基本的な回復魔法。効果は少ないが魔力消費量のコスパに優れ、習得難易度も低い。
日常生活で発生するケガの治療はこれで十分。一生懸命修行すれば技能0でも覚えられる。
実は短時間で連続でかけていると効果が段々薄くなるのだが、ミ・ロードリング司教などはこれを気にせず秒間16発動する。某女神はちょっとキモいと思っている。
ヒーリング2
少し高度な回復魔法。効果は高いが魔力の消費量、習得難易度も増加している。
戦闘中のヒーリングはこれが欲しい。技能0での習得は非常に困難。
ヒーリング3
かなり高度な回復魔法。効果、魔力消費量、習得難易度ともに極めて高い。
基本的に熟練したヒーラーがとっておきとして使う魔法。
連続でかけたことによるデメリットが生じにくいという特性があるのだが、
魔力消費が多すぎて多人数にかけて回るには熟達した司教クラスの使い手でもないと辛い。
ヒーリング4
回復の雨の別名。広範囲にかけるヒーリング1。
習得は結構簡単だが聖句が長い。
ヒーリング5
大回復。完全復活ともいわれる超高度な回復魔法。
3までのヒーリングとは一線を画し、生命力を直接与えるため死んでなければ治療可能。
裏技として寿命が尽きかけた老人の延命にも使える。某司教がよく利用している。
司教レベルの魔法で、普通は数人がかりの儀式で発動させるもの。
神魔法Lv1でこれを使えるセルさんは相当頑張った。
しかし彼女の才能では生命力の移譲効率が悪くて致命傷の治療はできず、ただのすごい回復魔法(自分は倒れる)になってしまった。
当然いい加減な聖句で発動するわけがない魔法だが、今回はなんか発動した。
ヒーリング9
治癒魔法が発見されるたびにヒーリング〇と番号を振る慣例ができて長い年月が経ち、
6以降8までは状態回復や病気治療などの地味な魔法が並び、もう発見されることもないと思われていた神魔法界隈に数百年ぶりに現れた新魔法。
連続使用のデメリットを無視して自分にヒーリング1をかけまくり、変な暴走を引き起こすバグ技。
魔力消費使い勝手共に劣悪で、こんなもんを1瞬だけ発動させているのは変態の所業。
ヒーリングってことでいいのか?バーサクとかにした方がいいのでは?と命名時にはひと悶着あり、当時の法王の裁定でヒーリング9ということに落ち着いた。