宿屋のおじさんに、他のお客様の迷惑になりますので静かにしてください、ともっともな事を言われ、とりあえずその場はおひらきとなった翌日の朝。
あたしたちは宿屋を出て、カンラの町中を歩いていた。
「……」
「……」
一応ローラという女の子を探すという目的はあるのだが。
なにも言わないランスさんがざんざか先に行ってしまうので、あたしたちも黙ってついて歩いていく。
「あ、あの……ランス様……やっぱりエールちゃんは……むぐっ」
「がーっ! うるさい! 俺様は知らんといったら知らんのだ!」
シィルさんがなにか遠慮がちに言おうとしたのをランスさんが手で遮った。
(うーん、あたしの事なんだろうけど……なんか変なことしちゃったかな……けど別に邪魔って訳でもなさそうだし……)
かなみさんの方を見てみると露骨に目を反らされた。うーん……困ったなあ。
理由はわかんないけど、何か気に障るようなことしたんだろうか。もしかしたらお払い箱になるのかもしれないけど、そうと言われるまでは着いていけばいいよね。
「とりあえず、朝御飯食べていきません?」
あたしはそう切り出し、皆をハニレスに案内した。
からんからーんと変わらず軽薄なドアベルの音とともに入店すると、
「いらっしゃいまっせ~……おっと。エールちゃんじゃん? 久しぶり~」
相変わらずやる気の無さそうなセティナさんが出迎えてくれた。
「おっ、なかなかのボインちゃんじゃないか」
「はいはい、えーっと四名様ご案内……」
ランスさんのセクハラをスルーして、あたし達を席に案内しようとしたセティナさんだが、手を止めてランスさんとあたしの顔をまじまじと見た。
「あれー? エールちゃん! 良かったねぇ!」
「はい?」なんのことかな?
セティナさんはランスさんを指差し、口を開く。
「探してたお兄さん見つかったんだ! すごいそっくりじゃん!」
一瞬、空気が凍った。
「……え?」
(ランスさんがあたしの兄さん?)
今の今まで考えもしなかったけど、確かにその可能性も……ある……のか? 髪の色とか歯とか……似てなくもない。
三人の方を振り向くと、かなみさんは顔をしかめて頭に手をやり、シィルさんはおろおろして、ランスさんは昨日みたいに顔をひきつらせていた。
「「「「……」」」」
「えーっと、あたしもしかしてなんかやっちゃった……?」
静まり返った店内に、セティナさんの声だけが響きわたった。
とにかく一旦座ろう、ということで席に着いたあたし達。
ランスさんは窓の外に視線をやり、水をストローでずここ、と吸っている。
シィルさんはあたしとランスさんを交互に見て、ランスさんを見つめてを繰り返し、かなみさんはひたすらに難しそうな顔をしていた。
セティナさんは裏に引っ込んでしまったので、店内はあたし達だけだ。
うーん。らちが開かないし、ここは、あたしが切り出すべきかな……
「えーと……ランスさん……あたしのお兄ちゃんなんですか?」
「俺様は妹なぞ知らん」
ランスさんは視線も向けず、外を見たままぴしゃりと言い放つ。
「ラ、ランス様ぁ……」
「あんたねぇ……」
「うるさい。知らんもんは知らん」
困ったものだ。どうしよう……
「シィルさん、親族鑑定の魔法とか使えます?」
「うーん……聞いたことはありますけど、結構難しいらしくて……」
それはそうだ。そううまくは行かないか。かなみさんが変わって口を開いた。
「才能限界がない人間なんてこの世に何人もいないだろうし、それにエールちゃんの話にも心当たりがあるんでしょ? かわいい妹さんじゃない。認めてあげたら?」
昨日の話をこっそり聞いてたようだ。まあ部屋から転ぶ音もしたしわかってはいたけど。
「……」
ランスさんはそれでもそっぽを向いたままだ。
ふむ。……仕方ない、攻め方を変えよう。
「そうですか、ランスさんはあたしみたいな妹はイヤですか、そうですか……」しょぼくれて見せると、ランスさんは目だけこちらに向けた。
「……イヤとは言っとらん」ボソリと応えた。
釣れた! この方向かな、とあたしは顔を背けた。
「いえ、いいんです。あたしは孤児院育ちで手も豆だらけで、シィルさんみたいにお料理も出来ないし、かなみさんみたいにシュッとしてないし……ランスさんのお側になんかいたら迷惑ですよね……」
ハンカチを目尻に当て、あたしは席を立つ。
「……あたし、孤児院育ちで家族っていなかったので……少しでも会えて嬉しかったです。お兄ちゃ……ランスさん。残念ですが、ここでお別れします」
「ちょっと?」「エールちゃん!?」
二人が腰を浮かせる。ランスさんは動いてないように見えるが……微妙に重心がずれてるな。よし。
「あたし、行きますね。ランスさんにはもう会わないと思いますけど……どうにかレッドに帰って、そのあとは……彼氏でも作ってみようかな。それでは……」
踵を返し、一歩踏み出した瞬間。
「許さーん!!!」
ランスさんが立ち上がった。
「かわいい女の子は俺様のもの! 他のやつにくれてやるなどもっての他! 手を出したら殺す!」
「えっ、でも、昨日あたしが誘ったときは……?」
ランスさんはバンっと机を叩き、叫ぶ。
「妹はダメだろうが! ……あっ」
しーんと一瞬静まり返る店内。
「あーあ、認めちゃったわね」「は、はい……」
「ちっ」舌打ちしてランスさんは席に戻った。あたしも座り直し、かなみさんが切り出した。
「で、なんで認めようとしなかったわけ?」
「こんなに可愛い美少女だ、抱きたい! ……抱きたいが……妹だとな……妹はいかん……抱きたいが……抱けん……」
もっとメチャクチャな人かと思ってたがそのへんはしっかりしてるらしい。
「だからそばにいると困る、と……」
「じゃあ離れたら?」
「こんな可愛い子、その辺をほっつき歩いていたらすぐにその辺の男に美味しく頂かれてしまうではないか! 許さん!」
「どーしろってのよ……」
うーん、ラチが空かない。
どうする? 欲しいものを目の前にして、諦めるか?
愚問だ。あたしにそんなことはあり得ない。一つ息を吐いて、ランスさんに向かい合った。
「……ランスさんはあたしのことが嫌い、というわけではないんですね?」
「……まあ、そうだが……」
あたしは椅子からゆっくりと立ち上がった。そのまま手を持ち上げ……
「なら……あたしは勝手にあなたに着いていく! そして、勝手にあなたをお兄ちゃんと呼ぶから! よろしく!」
びしっと指を突きつけて、宣言した。
「そ、そういうことを勝手に決めるんじゃない!」
ランスさ……お兄ちゃんもがたっと立ち上がった!
「こんなかわいくて将来美人間違いなしの妹の何が不満なのよ!」
「だから厄介だと言っとろうが!」
「うっさい! 可愛がれ! 食らえ妹タックル!」
「うおおっ! 回避!」どんがらがっしゃーん! 片腕狙いのタックルを避けられて机がひっくり返った!
「おのれ! 逃がさんぞお兄ちゃん! どこまでも追いかけて甘え倒してくれるわ!」シャーッ
「貴様は妖怪か何かか!?」
お兄ちゃんと取っ組み合って店の中で暴れまわる。
視界の角で、かなみさんが呆れ、シィルさんはおろおろしていた。
結局、店のなかをめちゃめちゃにしたので弁償をする羽目にはなったが、あたしの同行もお兄ちゃん呼びもなし崩しに認められた。
「どう見ても兄妹ね……」「兄妹ですねぇ……」
しみじみと言う二人を背に、あたしはお兄ちゃんに笑いかける。
「これからよろしくね! お兄ちゃん!」
「まったく……ふん! 勝手にしろ! 無駄に時間を食った……さっさと行くぞ!」
「おー!」「はい、ランス様」「はぁ……」
こうして、あたしたちはラジールに向けてようやく出発したのだった。
省略してますが、片付けの最中にローラの写真を見つけてラジール行きを決めてます。