まっ白
さて、何をしようかな
「今宵、我々はこの広間において、かつて想像だにしなかった光景を目にしております。長い年月にわたり、我々の間には争いと不信が横たわり、その溝は埋めがたいものとーーーーーー」
「貴国の、いえ人類の危機に際し、我が軍が救援の手を差し伸べられたこと、そしてこの絆を結ぶ機会を得れたことを私もまた喜ばしくーーーーーー」
「この絆は、単なる同盟を超えたもの――それは、互いを理解し、互いを尊重する心の結びつきでーーーー」
「我が国は常に、困窮する者を助け、正義を重んじる精神を尊びます。その志はーーーーー」
「まさにその志こそは我らも共有するところでありーーーーー」
アダムの砦の大広間に突貫工事で設置されたパーティー会場の壇上で、ガンジー王とリア様がお互いに長々と演説を交わしている。全部描写するのはめんどくさいくらいの長さだ。
二人とも顔はにこやかだが、ガンジー王はともかくリア様の目は全く笑っていないし正直怖い。
周りを囲むリーザスとゼスの偉い人達の顔も複雑だ。そりゃあそうだよね。
お兄ちゃんのツル(※)の一声で宣誓を止められたリア様は、いったんお兄ちゃんと一緒にリーザス軍の陣幕に引きさがり、とにもかくにも衝突は止まったとはいえ、衝突寸前だったわけだし…
※ツル:極彩色をしたトリに似たよくわからない生き物。やたらでかい金切声を上げて周囲をびっくりさせる。鍋の具やてんぷら、刺身にするとおいしいが、助けると恩返してくれるらしい。
とはいえ、演説の内容はまぁ全体的には平和で、いろいろ思惑はあるもののこれから魔軍という人類の脅威に力を合わせて立ち向かいましょうね!という感じの前向きなものに聞こえる。
はっきりいってめでたしめでたし、いやーよかったという感じではあるのだけれども…今、あたしはそれどころではなかった。
ぐううううううううう…ぎゅるるるるる…
あたしのかわいいお腹から鳴るかわいくない音が示す通り、あたしは今めちゃめちゃお腹がすいているからだ。
あたしは壇上から視線を外し、少し離れたいくつかのテーブルに目をやった。
(…あれは…はすんの唐揚げかな?いや、うし肉のミルク煮って手も……よし、ここはうっぴーの串焼きからスメルスメルを挟んで…む、あれは天ぷら?油の鍋とコックさんが控えてるし、揚げたてを食べさせてくれるとか…?いやでも今はお肉…)
そこにはパーティー用のたくさんのごちそうが用意されており、おいしそうな匂いが漂ってきている。脱出集団の難民キャンプみたいな生活で貧相な…というのは失礼だけど、そういうご飯ばっかり食べていた上に最終作戦で戦い詰めで、食べたものは飴玉とおにぎりくらい。
あとは強いて言えば冷凍のお兄ちゃんとカオスを煮込んだくらい…でも味付けする前に逃げられちゃったんだよね…ってあたしは何を言ってるんだろうか。
ともかくあたしの空腹感はもはや限界だ。うう…早く演説終わんないかなぁ…
気を紛らわせるためにあたしは周りを見回した。その辺にいるのはゼスの偉い人やリーザス軍の人ばかりで知り合いの姿は見えない。
こんなことならリア様の使いからぜひパーティーに出てください、ごちそうもありますからと言われてホイホイついていくんじゃなかったなぁ…今頃外でも炊き出しでもやっているころだろう。リーザスが持ってきた食材で内容は豪華だろうし…
「ともに人類のために我らは結束し、この難局を乗り越えることを誓いましょう」
「そして、今後の両国のますますの発展を祈りましてーーーーー」
そうこう考えているうちに二人は持っていたグラスを掲げ、皆もそれに倣った。演説は締めの段階に入ったみたい。あたしもすきっ腹をどうにかなだめてもう空になっていたグラスを掲げる。
「「乾杯!」」
「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」
という感じで、衝突回避良かったね記念パーティーは始まったのだった。
むしゃ…もぐ…もぐ…ごくん…むしゃ…うし…
あ~~~~…チキンバンバンうまっ…うまっ…!
さいこ~~~~~~っ!ひぃ~~~~~!ひぃ~~~~~!
今まで難民キャンプの具の少ないスープとカチカチのパンみたいなパサパサの油っけのない食事ばっかりしてたから、甘く味付けされたトリ肉のジューシーな肉汁がしみるしみる…
で、そこにキンキンに冷えた火勢ソーダをぐいーっと…
「かぁ~~~~~~~っ………」
「ず、ずいぶんおいしそうに食べてるね…」
「むぁ?」もぐもぐ
なんかハナとアゴが尖って来そうな感じで料理を楽しんでいたところに声を掛けられ、振り返ってみると青い髪の毛をショートにした女性が立っていた。褐色の健康的な肌に赤軍の鎧が良く映えて…って
「あれ?メナド!?」
そこにいたのは前に何度か一緒に冒険したリーザス城の門番、メナドだった。
「やっほーエール。久しぶり!」
「なんで赤軍に…って、そういえば赤軍に抜擢されたって言ってたね!」
「そうそう。一通り訓練も終えて、今は小隊長をやらせてもらってるんだよ」
「へぇ~そっかぁー…」
よく見れば赤軍鎧もピカピカの新品ではなく、ちゃんと手入れされていて汚れはないが実戦の跡と思しき傷もある。腰に佩いたクア・パッソもしっくりとなじんでいて、立派な赤軍の騎士だ。
立ち居振る舞いにも隙が無…いや、無くもない…かな?リーザス正規兵の鎧は厄介だけど、魔法も交えてうまくやればどうにか…とりあえずはクア・パッソの柄頭を抑えて抜けないようにして…
「あの、エール?目が物騒だよ?」
「え?!あ、いや!ごめん!ちょっと物騒な状況が続いたもんだから…」
「そうなんだ…無理もないね。魔軍に追い回されてたんでしょ?」
メナドにジト目で睨まれたあたしは慌てて目をそらした。
いやこりゃ魔物兵ばっかり相手してたせいかな。装甲持ちの相手を見るとついどうにか出来ないか考えちゃう。
「そうなんだよね。何度も死ぬ思いしてやっと逃げ切ったと思ったら今度はリーザス軍で…勘弁してほしいよと思ったんだけど、お兄ちゃんのおかげで収まってよかったよ」
「うん、そうだね…本当に良かった。こんな時に人間同士で争うことにならなくて…」
メナドは心底ほっとしているみたいだ。まぁ、当たり前だけどそりゃいくら長年の敵国って言ってもこんな時に攻め込みたくはないって人もいるよね。
「リア様がお兄ちゃんの説得に応じてくれてよかった…」
「あ、あれって説得っていうのかな……それに…」
「それに?」
「あ…これ言っちゃっていいのかな…?エールなら大丈夫かな。」
少しばかり悩んでから、メナドは口を開いた。
「リア様からしても、ランスが止めてくれたことはそんなに不都合なことばかりじゃないと思うんだよね」
「へー?どういうこと?」
「それがねぇ…」
メナドがしゃべってくれたことによると、国内で暴動が発生してマジノラインが抜かれてゼス領内に魔軍がなだれ込んだ、という情報を掴んだリーザスは割と早い段階で軍の派遣の準備を始めていたそうだ。
まぁそりゃ当然だよね。ゼスの国内は大混乱だったし。ゼス国内が全部蹂躙されてアダムの砦が陥落、パラパラ砦に魔軍が押し寄せる事態も十分考えられる状況だった。
でもそこにリーザスに横槍を入れて欲しくないゼス外交部の皆さんがわーっと押しかけて、交渉やら土下座やら恫喝やらはったりやら昔の条約を持ち出すやら、解放戦争の件でリーザスに貸しがある自由都市のハンナやジオの都市長を頼るやら、とにかくありとあらゆる方法でリーザス軍の動きを制限しようとしてきたそうな。
んで、リア様とマリスさんがそれらをあしらっているうちに、「ガンジー王が首都周辺の住民500万の大集団を率いて国境近くまで移動中」という情報が入り、それを聞いたリア様はすぐに『救援目的』での出兵を決定したそうだ。
『こんな脱出行、うまくいくわけないでしょ。のろのろ移動してるうちにどこかで魔人に捕捉されて集団は散り散り、ガンジーは死ぬでしょうね。500万の難民も大半は死ぬでしょうけど、生き残りはアダムの砦にバラバラに押し寄せる。今の炎軍だけでは混乱する難民たちを保護することはできないわ。』
『そこでリーザスの出番というわけ。難民を受け入れてあげる代わりにゼスの従属国化を要求する。ガンジーの娘の四天王マジックに王位を継がせて宣言させるの。最悪炎軍のサイアス将軍でもいいしね。確か王位継承権持ちのクラウン家の人間でしょ?本人は放棄してる?どうにかさせるわ』
『あとはゼス残党がうちで保護してる難民のために頑張って戦ってくれるってわけ。リーザスとしても魔軍との間にパラパラ砦とアダムの砦を抱えられるし…そのうち、リーザスがゼスの領地を取り戻すときにも役に立ってくれるでしょう。』
そして救援目的だから、ということで出撃したところに、『ゼス脱出集団、無事にアダムの砦に到着』という情報が入ってきた。
リーザス軍内は混乱したが、リア様は顔色も変えずに
『あらそう?なら先にゼス軍を潰しておかないとね。各将を呼んでちょうだい』
とだけ言ったのだそうな。
「……というわけなんだよ。リア様も直前まで救援のつもりだったわけだし、実際魔軍と国境を接することを考えたらゼスが盛り返してくれた方が都合がいいからね」
「はえ~そうなんだ」(ぱくぱくもぐもぐ「うわっこの発泡やきめし美味しっ…しゅわうま…」
「エール…ちゃんと聞いてた?」
「うん、聞いてた聞いてた。要するにお兄ちゃんの横槍でいい感じになった、ってことでしょ」
「まぁそうなんだけど…」
「しかしコクサイジョーセー?とかそういう小難しい事もちゃんと把握してるみたいだし、立派になったんだねぇ」
「え?いやー…あはは…これくらいはね…赤軍はリーザスの威信を背負ってるから、座学も結構あって…あっ」さっ
「ん?どしたの急に?」
言葉の途中でメナドが急に言葉を切ってテーブルの影に隠れた。
「ごめん!ちょっとだけ隠れさせて…」
メナドは誰かから隠れたいみたいだ。視線の先には…
「おお!すごいパーティーだな」
「はい、すごいです!これは全部リーザス側が用意してくださったそうですよ」
「うむ、この英雄の俺様を迎えるにふさわしい。おい、シィル。肉だ、肉を持ってこい」
「分かりました」
ずかずかと遠慮のない態度でパーティー会場に踏み込んできたお兄ちゃんとシィルさんが居た。多分あのあとしばらく寝てたのかな。
「あ、お兄…」「エ、エール!」「もがっ!?」
声をかけようとしたあたしはメナドに口を塞がれた。そのままテーブルの影に引っ張り込まれる。
「…ぷぁ。どうしたの?お兄ちゃんとなんかあって会いたくないとか?」
「い、いや…そういうわけじゃあないんだけど‥あ。来た」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーー!ダーーーーーーリーーーーーーン!」
絹を切り裂くような女の歓声が響き、リア様が凄い勢いでドレスの裾をからげてお兄ちゃんへと駆け寄ってきた。
「ランス様ー。お肉をたくさんお持ち…」
「あん、邪魔!もこもこ頭の奴隷!」どんっ
「きゃっ!…わ、ととと…」
その勢いのままにシィルさんを突き飛ばしたリアお姉様は、全身を預けるようにしてお兄ちゃんに抱き着いた。
「おっと、よう、リアか。久しぶり…でもないか。さっきぶりだな」
「あーーーーーーん!ダーリン!リアね、ダーリンと会えなくてずっと、ずっとずっと寂しかったの―――!」
「だーうっとうしぃ。あんまりくっつくな…おっと」ひょい もぐもぐ
お兄ちゃんはそう言いつつ、危ういところでこらえたシィルさんが落とさなかったお皿から骨付き肉をとって齧りついた。
「うむ、久々に肉を食うとうまさ倍増だな…」
「ダーリンお腹すいてるの?じゃあリアが食べさせてあげる。あーん…」
「これはうらやましい。両手に花だな」
そんなところにガンジー王がやってきて二人に声をかけた。
「リア女王、このような歓待、まことに…」
「あん、もういいわよ。さっき長々と正式なあいさつしたでしょ。二度も三度もリア要らない」
「ああ、これは帰って失礼を」
あっという間にお兄ちゃんの周りは国家元首同士が話し合う場になってしまった。
「…うう…はぁ…やっぱり遠いなぁ…」
そんなお兄ちゃんをテーブルの影から眺めつつため息をつくメナド。うーんこれは…
「…もしかして自分じゃお兄ちゃんと釣り合わない、とか思ってる?」
「う…うん…よりによってリア様の恋人だなんて…」
「お兄ちゃんはそういうの気にしないと思うけどな。今すぐ抱き着いてくれば普通に喜ぶと思うけど」
リア様は怖いけどまぁお兄ちゃんが居れば大丈夫だろう。
「そ、そうかなぁ…」
「うん、大丈夫大丈夫。ほら、サウスの街でお兄ちゃんと再会した時みたいにがばーっと…」
「へぇ?サウスでダーリンと再会した時どうしたの?リア知りたいなー」
「「えっ」」
いつの間にかリア様が傍に来ていて、にこにことあたし達を覗き込んでいた。
見ればお兄ちゃんはこちらに背を向けて肉を食いつつ何やらガンジー王としゃべっている!
「久しぶりねエールちゃん。そして貴方は…確かエールちゃんやかなみと一緒にクーデターの鎮圧で活躍してくれた…」
「は、はい!メナド・シセイです!女王陛下におかれましては…」
「あ、リアそういうの今はいいから」
びしっと軍人らしく姿勢を正して敬礼しようとしたメナドを制し、リア様は笑顔を浮かべて見せるが…目、目が笑ってない…
「それで?ダーリンと再会して、メナド。貴女、どうしたの?」
「あ、あう…」
言葉に詰まるメナド。そりゃ言えないよね。さっきのリア様みたいにがばーっと抱き着いたとか…ここはどうにか助け船を…
「あ、あの、リア様…、メナドは…」
「お姉様、でしょ?エールちゃん。少し黙ってて」「はい。」
出航したエール丸は一瞬で撃沈されてしまった。
「ええと…その…あのう…あの時はずっとピンチで、気が動転していたというか…その…」
「………………………………………………………あ、そうだ。」ぽん
すっかり顔を青くして小さくなってしまったメナドをしばらく眺めていたリア様だが、急に手を叩いて顔を上げた。
「そうそう。ちょっとリックに頼むことができたのよ。メナド。リックにこちらに来るように伝えてくれる?」
「え、は…は、はいっ!了解しました!すぐにリック将軍にお伝えします!その、ごめん、エール!またね!」
「あっ…」
メナドは敬礼を返すと、ぴゅーっとパーティー会場から出て行ってしまった。それを見送ったリア様がポツリと口を開く。
「…はぁ、旦那様が魅力的すぎると困ることもあるのよねー。リア、ダーリンの奥さんとしては…貴女はしょうがないとしても、他の女は出来るだけダーリンに近づけたくないのよ。あのもこもこ女とかもね。」
うへー…いやそんなこと言われても…言ってやめるような人ではないし…
「いやー…でもお兄ちゃんは…」
「それはもちろん。ダーリンの意志が最優先。リアは理解ある女だから、ダーリンのやることに口を出したりなんてしないわ。けど、ダーリンが女の子を追いかけるのと、女の子がダーリンに近づいてくるのは違うでしょ?」
「は、はぁ…」
「というわけでエールちゃん。もしダーリンに近づく女が居たらリアに教えてね。かなみに言えば伝わるから」
まためんどくさい事を言うなぁ…あ。
「そういう事なら、ちょうど今。マジック王女がお兄ちゃんに絡んでますよ」
「あら、ほんとだ。ちょっと目を離したすきにあのデコ眼鏡女!リアのダーリンに手を出すなんて百年早いのよ!それじゃあねエールちゃん!」
リア様はスカートの裾をからげててててーっと走っていった。
…はぁ…悪い人じゃ…いや、悪い人ではあるのかもしんないし、あたしには親切にしてくれるんだけど、それ以上に疲れるなぁ。さすがにリーザスの王相手だと迂闊なことも言えないし…
お兄ちゃんの周りでは、お兄ちゃんの腕に抱き着いたリア様が酔っ払った様子のマジック王女とぎゃーぎゃー言い合いをしている。
やっぱリア様やマジック相手でもいつもみたいに接することができるお兄ちゃんはある意味凄いのかもしんないな。
お腹もなんだかいっぱいになったし、そろそろ帰ろうかなぁ?でも皆話に夢中であんまり料理も減ってない…もったいないなぁ。
そうだ、孤児院のみんなにもお土産に持って行ってあげようっと。
あたしは荷物からタッパーを取り出して、その辺にあった料理を詰め込み始めたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければお気に入り評価感想推薦ここすき等頂けると大変うれしいです。
ランス君がエールちゃんほどがっついてないのは配給以外にもシィルに調達させたり等、いろんな方法でちょくちょくいい物を食べていたのと、
あと単純にエールちゃんの食い意地が張っているからです。
なお、リーザスとゼスは協力して魔軍に立ち向かおうね、ということは決まっているものの、細かい条件は全然すり合わせができていないので、パーティーの裏では
マリス&リーザスの役人の皆さんVSゼス外交部の皆さん&巻き込まれたイーディスさん
というマッチアップで、今後の対応と見返り、協力の条件について丁々発止とやり合っています。