カスタムを出たあたしたちは街道に沿って北のラジールへと向かっていた。
ラジールはヘルマン軍に占領されているので、当然ただでは入れてもらえない。
ランスお兄ちゃんが「俺様に考えがある。任せておけ、がははは」などと無駄に自信たっぷりにのたまうのでついてきたんだけど……
あたしは、後ろをついてきているお兄ちゃんの「考え」を見た。
「ううーっ……ランスに任せるなんて言った私のバカー……」
なにかのプレイ用とおぼしき細い縄で縛り上げられ、泣きながら引かれて歩くカスタム防衛隊の長、マリアさんだった。
(肉付きがいいもんだから、ちょっとハムに似てるなあ……)
失礼なことを考えつつ回りを眺めれば、街道沿いの野原で少しだらけた様子のヘルマン兵達が食っちゃべっていて、なんでか従っているリーザス兵の集団がその近くで突っ立っている。
お兄ちゃんの考えは、マリアさんを手土産にラジールに侵入、大隊長に面会し、どさくさで討ち取ってしまう、というものらしいが、うまく行くかなあ……
そりゃ不安ではあるのだが、がはがは笑うお兄ちゃんの姿を見ているとなんとかなりそうな気がしてくるのが不思議だよね。
「まぁ、マリアさん。どうせカスタムが落ちても似たようなことになるんですし、ダメで元々、当たって砕けろということで……」
「ううー……ダメなのも砕けるのもやだぁー……」
そんなマリアさんを連れて門まで来ると、当然門番の兵士に誰何されたが、縛り上げたマリアさんを見せると態度が一変。あっさりと中に入れた。
大隊長がこちらに来る、というので待っている間に聞いた話だと、サファイアとかいう人がリーザス兵士を洗脳して操っているらしい。
そうこうしているうちにやってきたヘルマンの大隊長、ヘンダーソンはなんか変なヒゲのオカマのおっさんという感じだった。
なぜだかマリアさんにご執心のようで、興奮してお兄ちゃんの手を取り、驚いたお兄ちゃんに顔面パンチされたのも気にせず、喜んでマリアさんを連れていってしまった。
回りに誰もいなくなるのを待って、柄にかけていた手を下ろし、閉じていた口を開いた。
「お兄ちゃん、今やっちゃうんじゃなかったの?」
お兄ちゃんが剣を抜いたらすぐ切りかかれるよう準備はしていたのだが。
「うむ、それよりいいことを思い付いたのだ。そのサファイアとやらをどうにかしてしまえば、リーザスの連中は正気に戻るだろう。ヘルマン共は大混乱、カスタムも俺様の女達も助かる。全て解決だ」
「なるほどね……」
良く考えれば大隊長を倒しても副隊長辺りが指揮を取るかもしれないし、こんな敵地のど真ん中でそんなことやったら、あたしたちもタダでは済まないだろう。
(あれっ? もしかしてあたし達死にかけてた?)
ちょっとヒヤッとしたけど……まあいいや。気を取り直してこう。
「ってことは、サファイアって人を探すの?」
「うむ、忍者の出番だぞかなみ。とりあえず司令部に行ってみるか」
歩き出すお兄ちゃんに手を上げて提案する。
「あ、あたしは、町で聞き込みをしてみるね」
「エールちゃん、その格好じゃ危ないですよ?」
シィルさんが止めるが、ふっふっふ……
「こんなこともあろうかと、じゃーん」
鞄からAL教の神官見習いの服を取り出す。カイズで荷造りしたときにうっかり詰めてそのままにしたものだ。
「そんなもん持っとったのか……」
「ヘルマンでもAL教は信じられてるし、これでなんとかなるでしょ」
「うーん、まあ司令部に乗り込むのも大差ないか……気を付けてね、エールちゃん」
三人は領主の屋敷に向かっていった。
「よーし、あたしも頑張ろ!」
早速適当な物陰で神官見習いの服に着替えて町中をうろつくが、町には兵士の姿しか見えない。
町の人達はみんな引きこもっているようだ。
(うーん、これは失敗だったかなあ……あ、教会)
当てもなく歩いていくと、AL教の教会があったので入ってみる。中は人気がなかったが、良く見ると隅の方でヘルマン兵が一人座り込んでいた。
「おーいてて……ったく、殴ることねーじゃねーかよー……」
腫れた頬を撫でながら、小さいメモと本を手にぶつぶつ言っている。
「あの……大丈夫ですか?」
「うおおっ!? ……な、なんだ……シスターさんか……」
怪我人と見てついつい声をかけると、兵士は大袈裟に反応してこっちを見た。
「よろしければヒーリングしますよ」
「お、おう。そうか、頼むよ……」「いたいのいたいのとんでけー……」
ヒーリングを唱えると腫れていた頬は元に戻った。
「ふう、ありがとう。助かったよ。君はこの教会の子かな?」
「ええ……まあ……ところで、なにかお困りでしたか?」
こんな人でもなんか知ってるかもしれない。あたしはてきとーにごまかしつつ聞いてみる。
「うーん、まあいいか……俺、伝令兵でさ。いろんな所に行くために合言葉を覚えないといけないんだけど、物覚えが悪くて……今日も間違えて任務をしくじって、殴られてしまって……」
「はぁ……なるほど」
「どうにかしようとこういうのも読んでるんだけど、なかなかピンと来ないんだよね」
背表紙を見れば、『物事を忘れない記憶術』というタイトルの本だ。なんかうさんくさいなあ……
「あっ、そうだ! お嬢さん! ちょっと手伝ってくれないか!?」
「へ? なんです?」兵士が急に顔を上げて頼んできた。
「このメモの内容を叫びながら思いっきりビンタしてくれ!」
「はぁ? 何言ってんですか!?」
思わず後ずさるあたし。
「この本に載ってる最後の手段なんだよ! 『覚えたい言葉を叫ぶ女に思いきりビンタされる』っていうの!」
「ええ……」
言われるままに渡されたうさんくさい本をめくってみれば確かにそう書いてある。そりゃそんなことをされたら忘れんだろうけど……
「頼む! この通りだ!」
うーん、この人変な趣味があるのかな……でも良く考えたら伝令の合言葉は何かの役に立つかもしれないし……
「わかりました……じゃあいきますよ……」
メモを受けとり、手を構える。
「よし来い!」
「『あ』から行きますよ……『あめんぼあかいな』『あいあいえー』!」バチィン!
「ぐぇーっ!」兵士はもんどり打って倒れた。
「平気ですか?」「大丈夫だ! ガンガン来てくれ!」起き上がった兵士の目は燃えている。
「……『石の上にも』『三三七拍子』!」バチィン!
「よし! いいぞ!」
「『うっきーまるまる』『朝御飯食べたいな』!」バチィン!
「ぐはっ……次!」
しばらく後。
「はぁ……はぁ……これで……いいですか……」
あたしの前には、両頬を真っ赤に腫らせた兵士が倒れていた。
「……あー……ありがとう……これで二度と忘れ……がくっ」
ア◯パ◯マ◯みたいになった兵士は、そう言い残して気絶した。
「あたしなにやってんだろ……」
ちょっと痛む自分の手にヒーリングして、兵士の手に合言葉のメモを握らせて外に出る。そろそろ戻ったほうがいい時間だしね。
屋敷の前に戻ると、ちょうどお兄ちゃん達が出てくるところだった。
洗脳術士のサファイアは南の地上灯台にいるらしい。マリアさんもすぐに処刑とか拷問とかされる感じではないそうだが、ぐずぐずしては居られない。
「ところで町では何かわかった?」
「ビンタされながら叫ばれたことは忘れないらしいよ」
「何を言っとるんだお前は」
「さぁ……」あたしが聞きたい。
というわけで、あたしたちは早速地上灯台に向かうのだった。