ラジールの町にはヘルマン軍は大して残っていなかったし、兵士たちはカスタムでの敗戦の情報が伝わって大混乱だったので、街に入り込むのは難しくなかった。何人かの慌てた様子の兵士たちとすれ違うくらいだ。
司令部はラジールの都市長の屋敷を接収したものなので結構大きい。
「大隊長はどこにいるの?」
「階段を登ってすぐの部屋だ。急ぐぞ」
部屋の前まで行ってみると、
『ううっ……くぅ……はぁ……はぁ……』
『おほほほほ、だんだん効いてきたようねえ、その吐息、たまらないわぁ……』
中からはそんなタグが面倒になりそうな声が漏れてくる。外の状況はまだ伝わっていないみたい。
マリアさんはとりあえず命はある。ならだいたいよし。
「こらーっ! 何をやっとるか!」ばばーん!
ランスお兄ちゃんがドアを蹴り開け、あたしたちは部屋に乱入した。
「はぁ……はぁ……ランス……?」縛り上げられてなにかされたのか息を荒くするマリアさん。服はそんなに乱れてないから乱暴はまだされてないみたい。
そして大隊長のヘンダーソンとかいうオカマが驚いてこちらを見ていた。
「……貴方たち、どういうつもりかしら?」
「がはははは! どうもこうもあるか! リーザス兵どもの洗脳は解いた、あとはお前を殺せば仕舞いだ!」
お兄ちゃんが剣を突きつけるが、ヘンダーソンは余裕の表情を崩さず、何を考えてるのかお兄ちゃんを配下に誘った。
サファイアが死んでいないなら失脚はしない、それよりもいずれ将軍になるために優秀な部下が欲しい、豪胆な男は嫌いじゃないのだそう。
目の付け所はいいけど、お兄ちゃんがそんな誘いを受けるはずもなく。
「ふん、貴様の副官なんぞごめんだ。とっとと死ね」
「あら、それは残念……仕方ないわ……ねぇ!」ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ヘンダーソンが向き直り、全身に力を込めると……徐々に体が膨らんでいく!
「貴様ら羽虫が何をしようとへルマンは揺らぎはしねぇ! たっぷりと理解させてやろうじゃねえか!」
「な、なにこれ?」
「まさか、変身ですか?」
「そういえば……ヘンダーソンはとても恐ろしい真の姿に変身できるって兵士が言ってたわ!」
ヘンダーソンの姿は徐々に……徐々に。本当に……徐々に大きくなっていく。
「ふはははははは! 今さら遅い! 俺の誘いを断ったことをたっぷり後悔させて……」
「「長い」」ズババーッ「ギャーッ!」
お兄ちゃんの剣と、あたしの両刀が同時にヘンダーソンを切り裂いた。
もしかしたら変身後は強かったのかもしれないが、あまりに遅すぎる。二分くらいかかるんじゃなかろうか。
「うーん、兄妹ね」「ですねぇ……」
オカマは最後は貴方の胸のなかで……とか変なことをお兄ちゃんにのたまったが当然のように無視され、ざくざくと止めを刺された。
「さーて……ではいい感じに仕上がったマリアを……ぐふふふ……さてと、その前に」
お兄ちゃんはあたしたちの方を振り向くと、ポイポポイっと廊下に放り出し、鍵を閉めてしまった。
「なにすんのよー!」「やかましい! がははははは! これで邪魔は入らんな!」
「うわーん! 相手が変わっただけじゃない!」
中でお兄ちゃんとマリアさんがおっぱじめたので、あたしたちは屋敷内を調べることにした。
シィルさんはへルマンにメイドにされてたミーキルって女の子が心配と言ってどこかに行き、あたしとかなみさんが一階を見回っていると、変な声が聞こえてくる。
『ぴー。がががっ……ぴー』
「かなみさん、これ……?」
「……わからないわ。確認してみましょう」
広間に行ってみると、がらんとした部屋の真ん中でリーザス軍の黒い鎧を着たおじいさんが突っ立っており、
「5二銀、同歩成、ぴーっ。ETCカードが挿入されていません、ぴーっ」
うつろな目で訳のわからないことをのたまっていた。
「バレス様!?」
「リーザス軍の人? また洗脳されてるんだ……」
念のため警戒しながら近づくが、目の前に立ってもぴーとかがーとか言うばかりで反応しない。よく見ると鎧とか髭とかはちょっと立派だな……
「もしかして偉い人なんです?」
「黒の将軍でリーザス軍の頂点に立つ方よ! それがこんなところでこんなことに……」
かなみさんは頭を抱えて……あ、ちょっと涙ぐんでる。
「サファイアの洗脳は解けてるはずですよね? ということは……」
「レイラさんみたいに個別に術をかけられてるのかしら……あたしはこういうのはさっぱりで……エールちゃん、どうにか出来ない?」
「えー……わかりました、やってみます」
あたしに聞かれても困るが……とりあえずやってみよ。
「……8二銀寄、3五飛、17番ホールper5! ファーwww」
あたしは訳のわからんことを言うバレスさんとやらの前に立ち、精神を集中して構え……
「斜め45度エールチョップ!」ばきっ!
側頭部に思いきりチョップを叩き込んだ。
「がっはぁ!?」
「なにやってんのー!?」
バレスさんは倒れ込み、かなみさんはあたしに詰め寄る。
「どうにでもしてって言ったのはかなみさんじゃないですか」
「あたしはどうにかしてって言ったの! 魔法で! なんでチョップなのよ!」
「孤児院の古い魔法ビジョンがおかしくなったらシスターはいつもこうやってました!」
「将軍をポンコツ家電扱いするなー!」
「う、うーむ……ここは……?」
あたしたちがやいのやいの言っていると、バレスさんが首を振って体を起こした。
「バレスさん!? うそ、あれで?」
「こほん。正気に戻られましたか……よかったです」
あたしは美少女フェイスを2割増しにしてバレスさんを助け起こした。
「あなたは……? む、そちらはかなみ殿か……ここは……わしはいったい……」
「ここは自由都市のラジールです。貴方はヘルマン軍に洗脳されていたんですよ」
「おお……ではあなたが……」
「はい、どうにかあたしの力で術を解くことが出来ました。女神ALICEのお導きでしょう」
襟元から引っ張り出した聖印を見せる。
「むぅ……お名前をお聞かせ願えまぬか」
「エール・クリアと申します」
「……エール殿、感謝いたしますぞ。このご恩は忘れませぬ」
偉い人なら恩を売っといて損はあるまい。
かなみさんがお兄ちゃんを見る時みたいな目であたしを見てるが気にしない。
あたしの力(腕力)で術を解いたことには変わりはないもんね。
「くそっ! 連中こっちまで……」「大隊長殿はどこだ?!」そうこうしてるうちに外が騒がしくなってきた。
「これは……?」
「カスタム防衛隊と正気に戻ったリーザス兵が合流してこっちに押し寄せてきたみたいね」
「おお……兵士たちも無事なのですな!」
あたしとかなみさん、バレスさんは屋敷の外に向かい、皆を迎えるのだった。