【二章完】ちょっと早めのエールちゃんの冒険   作:砂嵐36

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32.エールちゃんは口が滑る

 かなみさんが震える声で漏らす。

「魔人……アイゼル……」

 魔人。魔王の尖兵、死をもたらすもの。

 人を超えた圧倒的な力を持つだけでなく、あらゆる攻撃を無効とする無敵結界を持ち、

 人が対抗できる手段は、事実上存在しないとされる。

 ここ200年程はリーザスやヘルマン、自由都市に姿を現したという記録はそれほどないが、

 JAPANでは昔ザビエルとかいう魔人が暴れて滅びかけたというし、ゼスにおいては何度も魔人が乱入して国中めちゃめちゃにしたという。

 

 そして……

「あのサファイアの主人……!」

「おや……? サファイアを倒したのはあなた方でしたね。なるほどなるほど」

 愉快そうに笑う、その姿に隙はない……いや、隙だらけではあるのだが。

 はっきり言って強さの底がまるで見えない。フレッチャーを操って首を斬らせた能力もある。

 おそらく、こいつ一人であたし達を皆殺しにできるだろう。

 けど……どうしても気になることがある。

「……なんでサファイアはあんな丸出しの格好をしてたのかな……」ぼそっ

「エールちゃん!?」

 口に出てた!? あたしはあわてて口を塞ぐが、魔人の視線がこちらに向いた。やっば……

「ふふふふ……構いませんよ、元気なお嬢さん。使徒や魔人の真の姿というものは、人間には理解しがたいものですから」

 特に気を悪くした様子はない。女性に優しいタイプで良かった……これからは気を付けよ……

 

 ランスお兄ちゃんがいつもと変わらない態度で前に出た。

「フン、魔人だか何だか知らんが、俺様の邪魔をするならばぶち殺すまでだ」

 お兄ちゃん……流石と言うべきか、バカなのと言うべきか……? 

 あたしとシィルさんが両側から服の裾を引っ張る。

「お、お兄ちゃん……流石に魔人相手は……」「ランス様……」

「ええいうるさい。俺様はやると言ったらやるのだ」

 鼻息の荒いお兄ちゃんに対し、アイゼルは悠然とした態度のまま答える。

「ふふ、いい意気込みですが、ここで私は戦うつもりはありませんよ。

 あの醜い肉塊の後始末というのも気が進みませんし……ですが」

 マントをばさりと翻すと、アイゼルの陰から人影がゆらりと音もなく進み出る。

 地上灯台で見た、金色のお姉さんだ。

「レイラさん……!」

 アイゼルは笑みを深め、命じる。

「もう少し、あなた方の意志を、力を見せてください。やりなさい、レイラ。手加減は無用です」

「はい……アイゼル様の……ご命令のままに……」

 レイラさんは答え、剣を抜いてゆっくりと持ち上げる。その構えは優雅にして隙が無い。

(この人……かなり強い……)

 かなみさんがお兄ちゃんに声をかけた。

「ランス……レイラさんは……」

「分かってる、あんな上玉、殺すなどもったい……(びゅっ!)うおっ!」

 お兄ちゃんが体をのけぞらせる。鼻先から紙一重の虚空を細剣が貫いていた。

 速い……踏み込みが見えなかった。いつもながらよく反応できるなお兄ちゃん……! 

「……っ!」「ぬっ……ふんっ!」がきぃん! 体勢を崩したお兄ちゃんに細剣が振り下ろされるが、お兄ちゃんは無理矢理弾いてそのまま転んだ。

「……」「っ……てりゃあー!」きぃん! 「そりゃ!」「……」すかっ

 追撃をかけようとするレイラさんの剣を神官ソードで打ち返す。続いて突き込んだリーザス聖剣はあっさり見切られた。

 半身ずらしたレイラさんが突きの構えを取った……反撃の突きが来る! 

 あたしはとっさに神官ソードを巻き込むように払ったが、手ごたえがない。出しかけた突きが戻って……フェイント!? 

(あ……これ……マズい……)

 両腕が完全に開き、正中線が隙だらけ。腰が浮いていてバネも効かず、回避もできない。

 背筋を冷たいものが伝う。細剣が顔に向けて突き出されるのがゆっくりに見え……

「が──!」お兄ちゃんの力任せの横薙ぎが割って入り、レイラさんが飛び退いた。

「はあっ!」「下がってなエール! お前じゃまだ無理だ!」

 手裏剣が投げつけられ、ミリさんが追撃をかける。

「な……っ! あ、あたしやれますよ!」

 とっさに言い返すが、先程の感覚を思い出して手が震える。

 この人、最短距離で正中線を迷いなく穿って来る。今のあたしでは対応できない……? 

 あたしが動けずにいるうちに、お兄ちゃんとミリさんは二人がかりでレイラさんを追い詰めるが、手荒なことは出来ないので押しきれないようだ。

「ふんがー!」

 お兄ちゃんの大上段からの振り下ろしを後ろに飛んで避けるレイラさん。その足が地面にくっつく。

「粘着地面」志津香さんが床を指差していた。

「ナイスだ志津香!」がきっ! ミリさんの剣が細剣を挟んで止める。

 レイラさんは顔を歪めて逃げようとするが、

「ランス手かげん!」ばきっ! 「……くっ……は……」剣の平で思い切りみぞおちを殴られ、崩れ落ちた。

「はーっ……ちょっと疲れた……」

 お兄ちゃんは大儀そうに剣を担ぐ。倒れたレイラさんをかなみさんが手早く拘束していた。

「今のレイラは使徒並みの力を持っているはずですが……苦もなく倒しますか。素晴らしい……あなた方の意思、力。確かに見せて戴きました」

 パチパチパチ、と拍手しながらアイゼルは微笑を浮かべ、お兄ちゃんを見た。

「そこの口の大きな貴方。名前を伺っても?」

「世界最強の男、ランス様だ。逃がさんぞ優男め」

 お兄ちゃんは剣を向けるが、アイゼルは相手にせず、

「本日はこれにて失礼させていただきます。余韻を汚すこともないでしょう……。あなた方の敢闘に敬意を表し、レイラはお返しします。もっとも、取り戻せるかは貴方達次第ですが……」

「ファイヤーレーザー!」ぼかーん! 

 アイゼルがマントを翻して消えようとする寸前、志津香さんが魔法をぶっぱなした。炎の帯がアイゼルに直撃するが、まるでダメージはない。

「無駄ですよお嬢さん。魔人の無敵結界。ご存じありませんか?」

「そんなのあんたらが勝手に吹聴してるだけでしょ。試す前から諦めるなんて、馬鹿らしい」

「……ふふふふふ、確かにその通り。良い……意思を見せてもらいました。それでは……」

 

 アイゼルが愉快そうに笑ってその場から消え、ようやく重圧から解放された。

「あれが魔人……」

 実際に見たのは初めてだが、体の芯から震えが来るような存在感だった。あんなのに立ち向かえるカオスの力って何なんだろう? 

「ふん! 取り逃がしたか。まあいい、俺様に恐れをなして逃げ出したな! がーははははは!」

 お兄ちゃんは相変わらずだった。

 セルさんが人質になっていた子供に抱きついて涙ぐんでいる。

「ありがとうございます……皆さん……それにエールちゃんも……」

「お礼なんていいよ、水くさいなあ……」

 セルさんはあたしにも抱きついてきた。

「おかえりなさい、エールちゃん」

「……ただいま、セルさん」

 

 こうして、最後にはいろいろあったけれども、自由都市解放軍はレッドの解放に成功し、あたしはようやくレッドに帰ることが出来たのだった。




このエールちゃんの剣術はモンスターとのしばき合い、しかもヒーリングつきの環境で磨いた冒険者の剣術なので、リーザスで対人剣術をバリバリに身につけ、迷いなく急所を狙ってくるレイラさんは天敵です。
対抗するにはある程度以上の対人経験か、獣じみた直感が必要ですが今はどっちも備えていませんでした。まだまだ場数が足りていません。
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