日が傾き始めたころ、あたしたちはホッホ峡にたどり着いた。
聞いていた通り岩と土と砂しかない岩石地帯だ。太い道は一つしかない。
「それ、とっとと配置につけ雑兵ども! がはははは!」
フェリスに運ばれて空を飛ぶお兄ちゃんが崖の上に移動しながら馬鹿笑いしている。
「我々の持ち場はもう少し先です」「ええ、早速向かいましょ」
あたしは高台でぎゃーぎゃー騒いでいるお兄ちゃんをもう一度眺めてから皆の後を追った。
脇道の奥まったところ、本道から見えないあたりに陣取ったころにはとっくに日が暮れていた。
回りには赤い鎧の兵士達。誰も彼もその辺の兵士とは比べ物にならないくらい腕が立つのがよくわかる。これが赤軍か……戦ったら勝てないかな……鎧はそこまで分厚くはないし不意をつければどうにか……
「エール殿」「にゃい!?」リックさんにいきなり話しかけられて変な声がでた。「……どうかしましたか?」「なんでもないです……」
少し離れたところでレイラさんと三人になった。
「この度は我々に協力して頂き感謝いたします。エール殿は優秀な神官戦士と伺いました。頼りにさせて頂きます」
リックさんが頭を下げる。
「い、いやー……あたしなんてそんな大層なもんじゃ……」
この人、正面から相対するとやっぱめちゃめちゃ強いな……っていうか怖い。遊びでもあんまり剣を交えたくはないかな。イケメンなのはいいんだけどね。
「とはいえ、戦場は不馴れでしょう? 私達の後ろについてきて呪文でフォローしてくれると助かるわ」「はい、そうさせてもらいます」
あたしが経験した戦場はレッド手前のあれ一回きりだ。プロに任せた方がいいだろう。
「エール殿はランス殿の妹君ということですが、どのような家庭で育たれたのでしょう?」
リックさんが穏やかに尋ねてきた。うーん、でもこれ、あたしに興味がある感じじゃないな……どうやって答えようか……
脳内で緊急エールちゃん会議を開催する。
女の子担当『イケメンうひょー。メット脱いでー』
戦闘担当『興味はあるけど怖い……』
冷静担当『立場的にお兄ちゃんのことを知りたいのは当然だよね』
賛成2棄権1。まあ話していいだろう。
「あ、いえ……あたし達大分長いこと生き別れてて……あたしは孤児院育ちで。兄がいるとは聞いていたんですが」
「そ、それは……申し訳ありません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、ランス君と再会したのは割と最近なんだ?」レイラさんが割り込んでくる。
「ええ、カイズに留学した帰りにアイスで会ったのが最初だから……まだ一月もたってない……ですね」自分でもビックリだ。
「そうなんだ……割と仲良さそうだったからずっと一緒だったとばかり」
「では、どのように兄妹の証を立てられたのでしょう」
「えーとですね……」
あたしはカンラでの一件をつらつらと話した。
「なるほど、名字、それから片腕の騎士という状況、才能限界と……」
「それなら間違いなさそうね……というか、危なかったわね色々と……一歩間違えれば兄妹で……」
「ええ……はい……」あたしとしては別にいいっちゃいいんだけどね。
「ランス君、そのへんの倫理観はちゃんとしてるのね……」
「意外とそうなんですよねー……」
「家名はおそらくはクリア……ですか。ふむ」
リックさんが考え込んでいる。
「心当たりでもあります?」「……いえ、寡聞にして。レイラ殿は如何です?」「私もわからないわ。でも、たぶん自由都市のどこかの騎士かしらね」
うーん探っとる探っとる。まあリア様とやらはお兄ちゃんにぞっこんらしいし悪いことにはなんないでしょ。
「ふぁぁ……」難しいこと考えてたら眠くなってきた。昨日夜遅くまで剣を振ってたしね。
「すいません、作戦開始まで時間あると思うんで寝ちゃっていいですか?」
「ええ、大丈夫よ」「開始前には起こしますので」
二人が言うので、あたしは岩に寄りかかって目を閉じ、
すぐに意識が遠くなっていった。
何かの気配を感じて目を覚ますと、あたりはすっかり暗くなっていた。
「あら、起きた? よく寝てたわね」目の前にはレイラさん。
「ふぁぁ……はい。状況はどうです?」
「そろそろヘルマン軍の先鋒が通りすぎる頃よ」
「……作戦を確認します。まず敵先陣をこちらの主力で止め、自由都市傭兵隊が右側面から横腹を突く。混乱したところに左側面から我々も突入し、敵先陣の指揮官を討ちます。レイラ殿。よろしいですか?」
「ええ。合図はランス君から来るはずよ」
二人の話を聴きながら、おいっちにおいっちにと体をほぐす。
「エール殿。我々は一気呵成に敵の集団を抜きます。どうかはぐれないようにご留意を」
「はいはーい。突撃はお兄ちゃんで慣れてるんで」剣の具合を確かめる。体も軽い。体調はバッチリだ。
「……始まったわ!」
ホッホ峡の入り口あたりから、鬨の声が響いて静寂を吹き飛ばす。爆音、悲鳴、武器が撃ち合う音……狭い峡谷はあっという間に戦争の音で満たされた。
ごくりと唾を飲み込む。作戦はわかっていても待つだけというのはしんどいなあ……
「……」リックさんがちらっとこちらを見た。軽く頷き、知らず知らず剣にかけていた手を下ろして深呼吸する。
派手な爆音が響き、一つ目の照明弾が打ち上がった。先程よりも近いところで戦闘が始まる。ミリさんとセルさんは大丈夫かな……
混乱の声が広がり、こちらまで届くようになった。ミリさん達はうまくやってるみたい。
リックさんとレイラさんが一歩前にでて武器を構える。
なんだか首筋のあたりがぴりぴりしてきた。これが戦場の感覚なのかな……
そして、二つ目の合図が打ち上がった!
「……突撃!」
「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」
よーし、行くぞー!
あたしも、剣を抜いて走り出したのだった!
ノスもリアの他のリーザス王家の血の者に関しての話はしないですし、この時点でリアは他の王位継承者を全員排除し終えており、次の玉座はもう確定、という前提で進めています。
そうなるとリアの恋人であるランスは当然リーザス王の有力候補なので、リックもレイラもチャンスがあれば情報を得ようとします。