『ジオに着く前にもう一泊するだろうから、その時に出ていくつもりだ』
『明日、夕方に野営場所のはずれで待ってる。着いてきてくれるなら……来てほしい。急に無理なことを言ってすまない』
アリオスさんはそう言って去っていった。
そして翌朝。
「はぁ──ー……」
あたしは朝御飯のきまくパイをざくざくかじりながら歩いていた。
「……エールさん。パイの欠片がこぼれてますよ」「あ、はい」
セルさんに指摘され、服に着いた欠片をはたいて、残りのパイを一口で放り込んでざくざくと噛み砕く。
「ごくん。ごちそうさまー……はぁ」
ため息を着いて空を見上げる。
「……どうしたんだエールの奴?」
「さあ……今朝からずっとこんな調子なんです」
隣を歩くセルさんとミリさんがこそこそ話している。
「……セルさん、例えばの話ですけど、勇者の旅のお供に誘われたとしたらどう思います?」
「勇者、ですか? 勇者とは神に選ばれし人類の守護者。私に勤まるかはわかりませんが……勇者様に誘われたとなれば光栄ですね。全力で勇者様の旅をお支えします」
「ですよねー……」「?」
セルさんは再び宙を見だしたあたしを見て不思議そうにしている。
仕方ない。あたしの頭の中は昨日アリオスさんに誘われてからずっとぐるぐる回りっぱなしなのだから。
あたしが冒険者になったのは、まず単純に食べていくためだった。
孤児院育ちのあたしには他に選択肢はなかった。50過ぎた道具屋のオッサンの嫁兼店員見習いなぞごめんだったしね。
そして、旅に出たのはセルさんに誘われたからで、レッドに戻ろうと思ったのはみんなが心配だったから。
お兄ちゃんと同行しているのもレッドに戻るため……だね。一応は。
まあ、もうレッドには戻れたわけだし。
お兄ちゃんの所在もつかめた。この件が片付いたあともアイスの家に行けば普通に会えるはずだよね。
今から軍を抜けてレッドに帰りたいと言えば、まあ良い顔はされないだろうけど戻れはする。
その後は、レベルも上がったからどこかの会社の護衛として就職してもいいし、傭兵もやれないことはない。レッドの教会のシスターとして働くのも悪くはないかな。
つまり、あたしはこれまでの人生……自分の生き方を選択できた事なんてなかった。
そして、初めて人生の選択肢を与えられて、ようやく自分が自由であること、これから何をするか自分で決めていい……つまり、決めなくてはいけないことに気がついたのだった。
アリオスさんに着いていけば、勇者の仲間としていろんな冒険ができると思う。あの人はお人好しで真面目でちょっと危なっかしいところもあるけれども、そこはあたしが多少なりともカバーできるだろう。
耳にタコができるほど聞かされた、勇者と聖女のペアみたいになれるかもしれない。あたしが聖女ってガラかは置いておく。
で、これまで通りお兄ちゃんに着いていくとどうなるだろうか……と、考えはじめたところで、なにやら鼻がムズムズする……と思ったら。
姿勢を低くしたお兄ちゃんがあたしの鼻に細い草を差し込んでこちょこちょしていた。
「お、お兄ちゃ……へ、へっ……へーっくちょ!」盛大にくしゃみをしてしまう。
「がははははは! 油断しているからだ。まぬけめ」
「ううう……」人が人生について悩んでるときにこのクソ兄は……
「ああ、エールちゃん。鼻水でてますよ鼻水」
「やーい鼻水女。がははははは」
「はい、ちーんしてください」「ありがと……」
シィルさんがティッシュをくれたので鼻をかんで、美少女汁が付着したゴミをポッケに入れた。
「ところでセルさん、俺様には深遠な悩みがあるのだ。どうか一晩中突き合って……いや付き合って悩みを聞いてくれんか」
「どう考えてもそんな悩みがありそうには見えませんが……」
「いやいや、こう見えても夜も眠れず昼寝してだな……」
「今起きてますし、妹さんの鼻をくすぐるような人がですか?」
「うーむ、うまく行かんか。こらエール、お前のせいで失敗しただろうが」
「それあたしのせいかなあ!?」
言いたいことは色々あるが、少なくとも悩みとかなさそうだなこの人……
なんとなく気になったので、聞いてみることにしよう。
「お兄ちゃんはなんで冒険者なんてしてるの?」
「はぁ? なにを言っとるのだ」
「いや、お兄ちゃんは強いし、カスタムの皆とかリーザスの姫とかとも知り合いでさ。冒険者なんてやらなくてもいいわけじゃない。警備将軍でも王様でもなれるんじゃない? なんで冒険者してるのかなって」
あたしの質問にお兄ちゃんはふんぞり返って答えた。
「ふん、俺様には深遠で崇高な目的があるのだ。そのためには……まぁ王はともかく、将軍なんてちんけな地位に興味はない」
「その目的って?」
「ふふん、それはな……」
お兄ちゃんは胸をそらして息を吸い込み……
「世界中の可愛い女の子とセックスをすることだ!!!!!!」
ものすごい大声で宣言した。
周りの人はびくっとして、シィルさんは困ったように笑い、ミルさんはニヤニヤして、セルさんは頭を抱えた。
「え~……相手の都合とか考えないの……?」
「バカめ、世界一の男である俺様に抱かれるのだから幸せに決まっているだろう」
「ええ~……」スケールが大きい……のかな? もしくは底抜けのバカ……
「そう考えるとお前も気の毒な奴だ。それなりに可愛く生まれたのに血が繋がっているばっかりに、俺様に抱いてもらえないとはなぁ……」腕を組み、うんうんと頷きながら哀れなものを見る目であたしを見るお兄ちゃん。
「気を落とすんじゃないぞエール。そのうちきっといいことがある。10G拾うとかな。がはははは」
ぽんぽんと頭をなでながら変な同情をするお兄ちゃん。む、むかつく!
「このー!」「ひらーり。甘いわ!」
無言ですねを蹴ってやろうとしたがひらりとかわされて距離を取られた。
「覚えておけ! 自分のやりたいことをやって、邪魔するやつは何でも利用してぶち殺す! それ以外のことなどどうでもいいのだ! がははははははは!」
お兄ちゃんは笑いながらぴゅーっとどっかに行ってしまった。
シィルさんも頭をさげてぴゅーっと追いかけていき、あたりには静寂が戻ってきた。
「はぁ……神よ……ランスさんはいったいどうすれば……うう……」セルさんが頭を抱えている。
「あっはっはっはっは! いつもながらバカな奴だなぁ……ん? エール。どうした?」ミリさんが一瞬ぽかんとしていたあたしに声をかけた。
「……え? あ、はい。うん、大丈夫です! さ、早くいきましょう!」
返事して前を向き、歩き出したあたしをミリさんとセルさんが追いかけてきた。
そして夕方。明日は朝からジオを攻撃するということで早めの野営となった。
あたしはちょっと作業をしてから、神官服に着替えて荷物を持って約束の場所に向かう。
「エカルちゃん。……来てくれたんだ」旅姿のアリオスさんが待っていた。
「それじゃあ……行こうか」笑顔で手を差し出してくるアリオスさん。
それに対してあたしは……
『自分のやりたいことをやる! それ以外のことなどどうでもいいのだ!』
あたしのぐるぐるした頭の中を、お兄ちゃんの言葉がぶわーっと吹き抜けていき。
いろんなことがすっきりしていた。
あたしは、確かに冒険者になるしかなかった。ほかに選択肢はなかった。
でも、それは嫌だったか? 嫌だけど仕方なく選んだ道だったか?
『これからどんな冒険が待っているのだろうか?』
神官ソードを腰に佩いてギルドに向かう道すがら、あたしは確かにそうやってワクワクしていたはずだ。
あたしは冒険がしたい。
思いもよらない危険や出来事、強敵を仲間と一緒に切り抜け、目標を達成したりお宝を見つけたりしたい。
そして、予想もつかない冒険ができそうなのは、どちらの道だろうか?
そう考えた時、答えは自然と出た。
「ごめんなさい!! あたし、お兄ちゃんと一緒に行きます!」あたしは大声で謝って頭を下げた。
アリオスさんの笑顔が凍り、差し出された手が止まる。
そのまま手が赤毛の後頭部に伸びて、ぼりぼりと頭を搔いた。
「そっかぁ……うん。残念だけど、しょうがないね。その目を見れば、何か事情があるってわけでもなさそうだし」
困ったように笑うアリオスさん。あたしもつられて笑う。
「はい! あたし、やりたいことがあるんです! だから、行けません!」
「わかったよ、エカルちゃん。それは何かは知らないけど応援するよ」アリオスさんは数歩離れた。
「君のへんでろぱがもう食べられないのは残念だけどね、また今度……」
「そう思って作ってきましたよ。へんでろぱ」あたしは風呂敷に包んだタッパーを取り出した。
荷駄から材料を分けてもらい、鍋も借りて急いで作った代物だ。
なぜかいろんな人が見物に来て結構恥ずかしかったけど上手にできたと思う。
マリアさんが研究したいからサンプルが欲しいと少し持って行ったくらいだし。
「ええ!? うれしいなぁ!」
「つけ合わせのパンもありますから、明日の朝食べてくださいね!」
「ありがとう! 楽しみだよ!」アリオスさんは笑顔で受け取り、そして踵を返す。
「じゃあ行くよ。元気でね、エカルちゃん」「ええ! 勇者の仕事、頑張ってくださいね、アリオスさん!」
小走りで去っていくアリオスさんを、あたしは手を振って見送ったのだった。
あたしが天幕に戻ると、セルさんがあたしのレディチャレンジャーを取り込んでくれていた。
「はい、これ。乾いてましたよ」「ありがとセルさん」ぱぱっと着替えてしまう。うん、やっぱこっちが落ち着くな。
あたしが脱ぎ捨てた神官服をセルさんが畳もうとして手を止める。
「エールさん、ここにムシ食いができてますよ」「あれー? ほんとだ」上着と重なって見えにくい位置に穴が開いている。
「繕いましょうか?」「いや、もう相当古い奴だから、処分しちゃうよ。そろそろサイズも合わなくなってたし」「分かりました、回収の方に渡しておきますね」「うん、おねがーい」
あたしは、昨日と違ってよく眠れたのだった。
しばらく後、マリアさんの工房で汚染物質の漏出事故が発生し、工房の皆は対応に追われることになった。
しかし肝心のマリアさんは「へんでろぱが……」などと謎の証言をするばかりで、精神を錯乱させる作用が疑われたらしいのだが。
今もその時も、あたしはそんなこと知ったこっちゃないのだった。
一方そのころ
「おい、赤いの」
「は、何でしょうか。ランス殿」
「お前の軍の何とかいう野郎がエールの奴に色目使っとるそうだな」
「は…そういった報告は受けておりませんが…」
「心当たりはありそうだな」
「はい…申し訳ありません」
「そいつ殺しとけ。いいな」
「彼は腕が立ちますし、流石にいきなり殺すというのは…私の直衛に充てるというのは如何でしょうか」
「…まぁそれでいい。適当にやっとけ」(こいつのそばの奴はいつもだいたい死んどるし、まあいいか)
「はっ」
ということがありました
サウスの戦場では最前線に行ってくれるでしょう
エールちゃんは勇者のペアの聖女より、ランスの仲間の方が冒険楽しそうと思ったのでこっちにしました