結論からいえば、お兄ちゃんの引き起こした山崩れによる被害はそんなになかった。
山崩れはすぐに収まったからだ。
既に一回ミネバが派手に崩していたし、両軍の兵士も一回遭遇していたので混乱も比較的少なかった。
住民もとっくに逃げていたので、建物への被害は甚大だったが、まあ町が滅ぶようなことにはならなかった……のだが。
そんなこと知るよしもないこの時のあたしたちは、このとき必死に走っていた。
「逃げろー!」「ひゃ────!」「きゃー!」
落石から逃げるように山肌を駆け下りるあたしたちのすぐそばを大きな岩石が転がっていく。
「わーん! お兄ちゃんのバカー! ここで死んだら化けて出でやる!」
「やかましいわアホー! シィル! 今のうちにこいつに塩撒いとけ!」
「ひぃひぃ……今は持ってないです……」
「なにー!? それくらい常備しと……おっ!?」
お兄ちゃんが急ブレーキをかけて停止した。
「何? どうしたのランス? 早く逃げないと……」
「女だ!」尋ねるマリアさんに、お兄ちゃんが街はずれの方を指さした。
「こんな時に? いいかげんに……」
「柱に張り付けにされとる! アレじゃ逃げられんぞ! 助けてお礼にいただきだー! がはははは!」
お兄ちゃんはそっちにぴゅーと走っていった。
見ればそっちに木の柱が数本立っていて、確かに人が何人か縛られてるようだ……
けどゴマ粒くらいにしか見えないのによく女ってわかるなぁ……
あたしたちは仕方なくお兄ちゃんを追いかけた。
「ん~? あれは……ユランじゃないか!? なんでこんなところに……む!」
お兄ちゃんの知り合いらしい。
見れば、見慣れない鎧姿の連中が何人か、柱の下でごそごそやっていた。ユランさんたちを下ろそうとしてるのかな?
「こらーっ! それは俺様のもんだ! 死ねーっ!」お兄ちゃんが剣を抜いて斬りかかる!
「えっ……! わあっ!?」鎧姿の人影が振り向いて剣に手をかけた。って女の子じゃん。
「む、女! ってか、あれ……お前メナドではないか!」
「ラ、ランス……ランスなのっ!?」
お兄ちゃんが急ブレーキで停止した。その胸にメナドと呼ばれた少女が飛び込んだ。
「ランス……ランス! 会いたかった!」
「うーむ、鎧のせいであんまりうれしくないな……」
「お兄ちゃん、知り合いに会えたのはいいけど、ユランさんを早く下ろした方がいいんじゃない? ここは危ないよ……」
「おっと、そうだな。おい、メナド。安全なところを知らんか」
「え、お兄ちゃん……? あ、うん。ボクらの拠点なら大丈夫だと思うよ」
あたしたちは張り付けにされてた人を下ろして担ぎ、メナドさんの案内で街中に向かったのだった。
拠点というのは酒場だった。どうやらお酒とかはもう残ってないようだったが……
なんでか頑丈なつくりなので、落石もここなら平気だろう。
あたしたちは崩落が収まるまでここで過ごすことにした。
セルさんはユランさんたちの手当てをしている。命に別状はないそうだ。
「で、なんで門番のお前がこんなところにおるんだ」
「うん。それがね……」
メナドさんはリーザスの都市守備隊の一員で、リーザスが制圧されたときに脱出を望んだ一部の住民や貴族を護衛してサウスにやってきたのだそうだ。
で、そのうちサウスにもヘルマン軍が来て……街中に隠れ潜みながらレジスタンスのようなことをしていたのだが、先日とうとう捕捉され、ユランさんや仲間たちがだいぶやられてしまった。
辛うじて逃げ延びたメナドさんたちは、解放軍が攻めてきた隙にどうにかとらえられた仲間を救出しようとしていたらしい。
「でも、驚いたよ。ランスがまさかこんなところまで来るなんて……いったいどうしたの?」
「がははは、俺様の女を助けに来たのだ」
「そ、それって……」メナドさんはお兄ちゃんの言葉に赤くなって顔を伏せる。
うーん。いい子……っていうかちょろそう……でも割と強そうだな……
「それで、ランス。そこの女の子……よく似てるし、お兄ちゃんって呼ばれてるってことは……」
「ああ、俺様の不肖の妹だ」「エールでーす。ふつつかな兄がお世話になってまーす」
「へー、そうなんだ。ランスに妹が……知らなかったよ。メナドです。よろしく!」
「誰がふつつかだ誰が……しかし腹減ったな。シィル、なんかないか?」
「え、えーと干しダイコンなら……」「口の中がねちゃねちゃになるから要らん」
「干しプリンならあるよ」「パサパサになるから要らん」
わがままな人だなぁ……
「あ、ボクが作り置きしてたおやつならあるよ」
「おお、なんかあるのか。くれくれ」
メナドさんはたたたーっと台所に去っていき、すぐにタッパーを持って戻ってきた。
「はい、にんじんのはちみつ漬け」ふたを開けると、細く切られたにんじんスティックが琥珀色の液体に漬かっている。
「む、にんじんか……」
「ランス様、お嫌いなんじゃ……」
「え? お兄ちゃんにんじん苦手なの?」
「あ、ごめん! 知らなくて……」
「まぁいいか。腹減っとるし……」
お兄ちゃんは手を伸ばして一本つまんでぽりぽりとかじった。
「お、甘い。食えるな」「へー。あたしも……」「私も……」「甘イ……こりこり……」
簡単そうな料理なのに結構おいしいなこれ……
「こら、これは俺様のだぞ」意地汚く独り占めしようとするお兄ちゃん。
「あはは、まだまだあるからみんなで食べてよ。あ、にんじんはまだあるから作ってくるね」
メナドさんが立ち上がる。あそうだ。
「あ、あの、あたし手伝ってもいい? 作り方覚えたくて」
「いいよ、えーと……エールちゃん。まぁそんな大したものじゃないけど……」
「それじゃ行こっかメナドさん……ん?」
お兄ちゃん達はすごく不安そうな目であたしを見ていた。
「エール……お前、料理するのか?」「やめといた方が……」お兄ちゃんとシィルさんが口々に言う。
「簡単そうだし大丈夫だよ! たぶん……」「え? なんで? どうしたの?」あたしが口をとがらせて反論すると、メナドさんが目をぱちくりとさせた。
「うむ、そいつはな、めちゃめちゃ料理が下手なのだ」
「あははは、そうなんだ? でもにんじんを切って漬けるだけだし……それならいけるんじゃない?」
「うーん……それもそうか……」
「ボクも見とくからさ……じゃ、行こう」「はーい!」
お兄ちゃん達に見送られ、あたしたちは厨房に向かった。
そして10分後。
「……………………」
「……………………」
あたしとメナドは台所で完成した物体を見ておし黙っていた。
「なんでこんなことになったんだろう……」「わかんない……」
一緒に作業するうちに年も近いことが分かり、お互い名前で呼ぶようになって一緒に作業をしていたのだが……
にんじんの皮をむいて細く切って、皿に入れるまではなにも問題はなかった。
が、あたしがゆっくりとはちみつを注いだ瞬間。
はみだしてはいけないものがはみだしたのだ。
「うーん……これ……はみだしてるね」「うん、はみだしてる……」「これはいけないね……」「そだね……」
これでははちみつにんじんではなくはみち……いや、やめておこう。
「これどうしようか……」「とりあえず持って行こうか……いけないだけで毒はない……かもしれないし……」
あたしたちは皿をもってお兄ちゃん達のところに戻った。
「おお、戻ってきたか。どれどれ……うわっ。はみだしているじゃないか。いけないぞ! こんなことでは!」
「あっ……ほんとだ……はみだしてます……これっていけないんじゃ……」
「ホントね。はみだしてる。いけないわよこれは」
「はみだしてる……いけないと思うなぁ」
「いや、見事にはみだしてるなぁ……いけないだろコレ!」
「ハミダシテル……スー。知ッテル。コレ、イケナイヤツ……」
さんざんな言われようだった。
「うう……ひどい……そりゃはみだしてるけど……」
「はみだしてるけど害はないかもしれないし……せっかくのエールの手作りだし……ね?」
メナドがお兄ちゃんにお皿を差し出した。
「……たしかにはみだしている以外は普通だが……むむむ……ええい!」
おにいちゃんはトーマに挑むときのような顔をして覚悟を決め、パクリと口にした。
こりこり……と音を立てて口の中に消えていくはみ……にんじん。
「…………」
「ど、どう……?」
「…………ああ、大丈夫だ。大丈夫。うん。何も問題はないぞ」お兄ちゃんは表情を変えずに言った。
「よかった……」「やったねエール!」「うん、ありがとうメナド!」
「ああ、何も問題はない……すべてがわかり切っている……うむ……」「え?」
お兄ちゃんがなんか変なことを言い出した。よく見れば遠くを見るような表情をして目がうつろだ。
「世界のすべてが……うむ……わかってきたぞ……そうか、魂とレベルと俺様との関係はすごく簡単なことなのだ……がはは……どうして経験値がこんなにあふれたのかも……」
「え?! お兄ちゃん!? どうしたの?」「ランス!? しっかりして!?」「ランス様!?」
おかしくなったお兄ちゃんを囲んでゆするが正気に戻る様子はない! うわーどうしよう!
などと思った瞬間、ぴかーっと光が差してウィリスさんが現れた。
「私は偉大なるハイレベル神ウィリス……呼び出されてませんが参上しました……」
「え!? ウィリスさん? どうして……え? ハイレベル神? 昇格したの?」
「ええ、実は急に……ってそれよりランスさん! 何やってんですかそんなに経験値貯めて! ちょっと表示がおかしくなってますよ!」
「うむ、俺様は大丈夫なのだ。あっ黄色いトリ……まっはぴよぴよ……」「ランス様ぁ……そっちには壁しかないですよう……」
「え? 経験値が……じゃあ消費すれば治るんじゃ?」「ウィリスさん! おねがいします!」
「分かりました……では……うーら、めーた ぱーら ほら ほら。らん らん ほろ ほろ ぴーはらら!」
かっ! とあたりが光に包まれ、お兄ちゃんのレベルがいくつか上がった。
「……はっ! 俺様はいったい……」「ランス様! よかったあ……」正気に戻ったらしい。ほっ……
「……あたし、もうにんじんのはちみつ漬けを作るのはよしとくよ……」「そのほうがいいね……食べたくなったらボクに言って。作ってあげるから……」
「そうする……ありがと……」
なんか突然上から辞令が来てハイレベル神になれたというウィリスさんの自慢話を聞き流しながら、あたしはメナドに慰められたのだった。
※はみちつにんじん はみだしてはいけないものがはみ出しているおやつ。
03最終盤で幸福きゃんきゃんからドロップする消耗品。経験値がバチクソもらえる。
エールちゃんの剣の才能の目安ですが、剣戦闘1のなかでは
サーナキアよりはだいぶ強く、レイラよりはちょっと弱い。だいたいメナドくらいという感じです。
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