「おい、いたぞ。アイゼルだ」
カオスが示す先を見れば、アイゼルが植え込みにもたれていた。
首筋と肩からの血は止まっていないが、あの程度では動くのに支障はないだろう。
けど、アイゼルは遠くを見るような表情で動かない。
うわぁ……どう見ても凹んでる……
「……で、やっぱりやるの?」マリアさんが志津香さんに尋ねる。
「やるのだ。なぁ?」「……やるわよ!」
ニヤつくお兄ちゃんと頑なな志津香さん。
「よーし、じゃあさっさと脱げ」
「あんたに見せる義理はないわよ、あっち向いてて。マリア、エール。お願い」
「う、うん……」「はい、お兄ちゃんとカオスはあっちねー」
「なんだと!?」「心の友、その辺にしとけ。それより……ひそひそ」
「おう、それもそうだ……くくくく……」
めちゃめちゃ気が合ってるなこいつら……
二人の視界の外で、志津香さんは服を次々に脱いでいく。
詳しくは描写しないが、色白でとても……魅力的だった。やばいなコレ……
「……じゃあ、あっち側から声をかけるから……気を引いたら、お願いね……」
真っ赤な顔で精いっぱいの虚勢を張りつつ志津香さんが言う。
あたし達はその覚悟に頷くしかなかった。
「うん、こうなった以上……いろいろなことは忘れて、魔人を倒そう。志津香さんの覚悟を無駄にしちゃいけないし……」
「うん……」「そうだな。相手は魔人だ、手段は選んでいられないぜ」
みんなはいろんなことをとりあえず棚上げして武器に手をかけた。
「ア、アイ……ゼル……」
空を見上げて黄昏ていたアイゼルに志津香さんが声をかける。
「志津香……っ……!」
振り向いたアイゼルが……硬直した。
効果は抜群だ……そりゃそうだ。
裸の志津香さんはぼそぼそと声を出し、アイゼルに身を寄せる。
アイゼルはまるで壊れ物を扱うように慎重に震える手を伸ばし……志津香さんを抱き寄せ、マントで包んだ。
「わ、私……ええと……」
「……っ……」
「そ、その……」
「……志津香、い、いったい何が……」
アイゼルが志津香さんと小声で話している。
その姿は、前に見た余裕たっぷりの超然とした振る舞いとは違い……ひどく人間臭かった。
(あんな魔人もいるんだなぁ……)
そんな濡れ場にお兄ちゃんがカオスを構えて音もなく寄っていく。
かなみさんみたいな忍び足だ……アイゼルはまるで気づいていない。
アイゼルが志津香さんの首に少し傷をつけた。
「んっ……」「……っ……」
僅かに志津香さんが漏らした声にアイゼルが身を震わせる。
気を取り直し、その傷をに顔を寄せたその瞬間……
「もらった! 隙有り!」「ぐっ……がぁっ……!?」
アイゼルの背中に、カオスがもろにねじ込まれていた。
「っ……」顔を伏せ、アイゼルから身を放す志津香さんにミルちゃんが服を渡しに行き、あたし達も茂みから飛び出した。
「がーははははは! 色欲におぼれた情けない魔人が!」
「うっひょー! 魔人の血! 肉! 甘露甘露! このために生きとるのう!」
「ランス……カオスっ……!」
口から血を流すアイゼルが肩越しに振り向き、背中を抉るお兄ちゃんを睨む。
「おうよ! この英雄ランス様の手であの世に行け!」「がはっ!」
お兄ちゃんはカオスを握る手首を捻り、アイゼルはまた血を吐く。
「舐める……なぁっ!」「んがっ!」
そのまま崩れ落ちるか……と思ったが、アイゼルは踏ん張ってお兄ちゃんを殴り飛ばす。
「ちっ。しぶとい野郎め……」
「私は魔人……この程度の傷など……」
「ふん、だがもう例の結界はないようだな。一回斬ればカオスじゃなくてもオーケか。魔人と言えど死にぞこない一人。まとめてボコれば終わりだ。やるぞ、志津香」
「……分かってる」
服を身に着けた志津香さんが片手を持ち上げ、アイゼルを睨む。
「そう……それが……答え……か……」「……」
アイゼルは姿勢を正し、空を見た。その姿を志津香さんは黙って見つめる。
「ふふ……それで……良かったのかな……諦めを知らぬ、その瞳……」
志津香さんに顔を向け、一瞬、アイゼルがひどく穏やかな顔をした。
「何を言っとる。命乞いか?」
そして、詰め寄ったお兄ちゃんに正対する。
「ふ、馬鹿な。人間ごときが、このアイゼルと対等などと思わないことですね」
その顔は、レッドで見せた冷酷な魔人の顔に戻っていた。
唇の血をぬぐい、剣を構える。
「さぁ、来なさい人間達……魔人アイゼルの命、取れるものなら……!」
「かっこつけてんじゃない! 今すぐ引導を渡してくれるわ!」
「ラァアアアアアア!」機先を制してリックさんが突っ込んだ!
バイロードとアイゼルの剣がすさまじい速度でぶつかり合い……アイゼルが切り返したところで、リックさんが突然一歩引いた。
「そこじゃ! 一斉射!」「いっけー!」
バレスさんの号令でチューリップに続き、手裏剣、斧、チャクラムなどの飛び道具が一斉に投げつけられる。
「ぐうっ……」爆炎に包まれ、視界を失った魔人にいくつかの武器が突き刺さる。
「いくぜエール!」「うん!」あたしとミリさんはアイゼルの左右から挟み込むように斬りかかった。
「そらよっと!」「おりゃあ!」「っ……はああっ!」「ちいっ!」「きゃあ!?」
1刀と4刀。後者の方が圧倒的有利のはずだが、あたしとミリさんは素早い剣撃でまとめて押し返された! 洗脳を警戒して腰が引けてたのもあるけど……さすがに魔人……半端じゃない!
「だりゃああああああああ!」
剣を振りぬいたアイゼルにお兄ちゃんが斬りかかる! 力任せの振り下ろしをアイゼルは剣で受け……
「ランスキーック!」「がっ……」血を流す腹に蹴りが突き刺さった!
血を吐いてよろめくアイゼルに、志津香さんが手をかざす。
「……白色! 破壊光線!」「ぐっ……がああああああああああああ!?」
白い光の濁流に飲み込まれるアイゼル。魔法が消えると、膝をついたアイゼルが姿を現した。
「もらった! 死ねえええええええ!」
「くっ……おおおぅ……がはっ!」
駆け寄ったお兄ちゃんの渾身の一刀がアイゼルの剣を押し切り……肩口から叩き切った。
とさ、倒れるアイゼル。それを見て、お兄ちゃんは深く息をついた。
「ぜはー……思ったよりしんどかったな……」
「ひゃほ──ー! 気分最高ー! やっぱ斬るなら魔人よなー!」
「……やかましいぞ駄剣」
ハイテンションなカオスに呆れるお兄ちゃん。
「ふ……まったく、失敗でした……人間の女ごときに、うつつを抜かした……愚かで、醜い……私の……」
仰向けになったアイゼルの周りの血だまりが広がっていく。
もともと白かった顔色はまるで白磁のようだ。もう長くはないだろう……
「よし、トドメと行くか」お兄ちゃんは剣を振り上げ……その腕を、志津香さんがつかんだ。
「待って」「……何のつもりだ」
「……放っておいてももう持たないわ」
「あん?」「…………」
静かに見つめ合う志津香さんとお兄ちゃん。
「ええー……確かにそうだけど……儂、トドメ刺したいなぁって…… すーっきりするんじゃが……」
わめくカオスを無視して、二人は黙って見つめ合い……
「ふん、まあいい。俺様もちっとばかし疲れた」カオスを掴んだ手を下ろした。
「えーっ!? なんでなんでぇ!?」
「黙ってろ馬鹿剣。ここはもういいだろ……お前ら、行くぞ」
お兄ちゃんはすたすたと去っていく。
「え、あ……はい……」「うん……」あたしたちも後ろについて行く。
「……」「……」最後に残った志津香さんが、アイゼルを一瞥し、視線を交わす。
「……行きましょ」
あたし達は、振り向くことなく戦闘が収まり始めた中庭を立ち去ったのだった。
たぶんこれ、おそらく数百年ぶりの人間による魔人討伐なんですよね…
健太郎がバークスハムを倒したのはまぁ員数外でしょうし…
とはいえ、とうとうあとは大一番を残すのみとなりました
頑張りますがちょっと時間かかるかもしれません