城内のヘルマン軍の制圧は終わった。
入り込んだモンスターの掃討も各所で進んでいる。
けど、誰の顔をみてもどこかしら固い。魔人が、そして魔王がまだこの城のどこかにいることがわかっているからだ。
「向かわせた兵が、戻りませぬ。……やはり、居館の二階にいるようです」
バレスさんが沈痛な声で伝える。
「ふぅん。そう……」リア様はあくまで冷静だ。
「いかがなさいますか? リア様」
「そんなの、ダーリンがやっつけてくれるに決まってるじゃない。なんにも問題はないわ」「ぐご~……ぐご~……zzz……」
マリスさんに尋ねられたリア様が振り向く。その先ではお兄ちゃんがいびきをかいていた。
中庭の制圧後、皆で話して出発するのは補給や各所の確認が終わってから、と決まったのだが、お兄ちゃんは適当にやっとけと言い放ち、食料をばくばく食い散らかしてそのへんのソファーを占領してぐうぐう眠り始めたのだ。
さっきのアイゼル討伐は本当に上手く行った。不意打ちが完全に入った上でなぜか洗脳を使ってこなかった。それでもけっこうしんどかったのに……
カオスの言うことにはノスはアイゼルよりはっきり格上だというし、目覚めたてで弱っているとはいえ魔王までいる。
そんな状況なのに、みんな少し緊張しているものの、絶望している人がいないのは……お兄ちゃんがいつもと変わらないからかも知れないな。
あたしも武器を確かめる。リーザス聖剣はともかく、神官ソードはけっこう痛んできている。ずいぶんな無茶をしたからなあ……
この冒険がすんだら、鍛冶屋に持っていった方がいいかな。
可能な限り布で拭って、あたしは双剣を鞘に収めた。
みんなもだいたい準備できたかな。そろそろ起こさないと……と思ったところで、お兄ちゃんは目を開けた。
「ふぁーあ……そろそろか」「おはようございます、ランス様……」
「おう、起きたか心の友」「うむ」ごきごきと体をほぐしてカオスを手に取る。
お兄ちゃんはぐるりと一同を見回して、ひとつ頷く。
そして、いつも通りに自信に溢れた声で告げた。
「行くぞ。ノスとか言うジジイをぶっ殺して、魔王ちゃんをお仕置きだ」
居館の二階に入ると、なんだか空気が重いような気がした。
そとの喧騒も遠くの出来事のようだ。ごくりと唾を飲み込む。
「連中がいそうなのはどこだったっけ?」重圧に負けないように声を絞り出す。声の震えは抑えられただろうか。
「居館の中央の大広間……ね。おそらくは」かなみさんの声も似たような感じだ。
「では、御武運を」バレスさんはあらかじめ決めた通り、リーザス兵を率いて別行動だ。曲がり角で別れる。
「こちらです」リックさんの案内で奥に進み……
そして、あたしたちは大広間の前までたどり着いた。
扉を押し開けたさきは薄暗い広間だった。
立ち並ぶ柱や彫刻やらの先は赤黒い闇に包まれて見えない。
あたしたちは慎重に奥に進んでいき……
「なにかしら……これ……」
それは、薄暗かったこともあって最初はゴミに見えた。
雑草とか枯れ枝とかを布でまとめて一ヶ所に積み上げてあるような。それがいくつも転がっている。
枯れ草みたいに見えるものが干からびた髪の毛で、木の枝みたいに見えるのが腕だと気付き……
「ひっ……」近づいたかなみさんが後ずさった。
それは、人間の死体……ですらなかった。どれもまだ生きていたからだ。
布みたいに見えたのは服で……どれも女の子……だ。服が女物だから……たぶん。
「……ひゅー…………ひゅー……」か細い息がひび割れた唇から漏れている。こんなになったらもう……
「こ、れは……」「ジルの……食べ滓じゃな」
カオスが冷たい声で言った。
「ジルは生き物の精気を、命を吸うんだ。……言ったろ? ジルは人を苦しめることをひたすら追求したと……」
良くみれば、あたりにこういった死にかけの人の山はあちこちにあった。
そして、どれもが……死んでいない。
「復活したばっかで飢え死にしそうだってのにこんな真似……どれだけの憎しみなのか見当もつかん」
「うう……」何人かが口を押さえた。
「……どうにも出来んのか?」お兄ちゃんがセルさんとマリスさんを見た。
「……申し訳……ありません……」「このような状況では……苦しみを長引かせるだけでしょう……」
「そうか。行くぞ」
それだけ言って、お兄ちゃんは広間の奥に足を進めていく。あたしたちは慌ててその後を追った。
(……あのひとたちが、どうか早く楽になれますように……)
立ち去る前に、振り向いて口に出さずに祈った。
広間の奥にたたずむ、長身のローブ姿が見えた。
「……カオスか」こちらに視線だけを向けて呟く。
「ククク……人の寝起きを襲うとはやってくれたじゃねぇか、ノス」
「消えよ。ジル様はお食事中だ」
よく見れば、奥の方にまた衰弱した女の子が……ごろごろと転がっている。
「呼んで来い。この超英雄ランス様がお仕置きしてやる」一歩前に出るお兄ちゃん。
「……なまくらが目を覚ましたのがそれほど心強いか」それに応えるように、ノスはこちらに向き直った。
「もう一度砕いて……いや、消滅させてくれる。あの男の剣……ジル様を長く戒めていた楔…… 存在するというだけで、我慢がならぬ」
「魔人というだけででかい面ができるのも今日までだ。あの顔だけ野郎の後を追わせてやる」
「ほう……アイゼルは逝ったか……意外といえば意外……だが、奴と一緒にするとはな? 力量も推し量れぬか」
ノスがローブに手をかける。
「少しは楽しませてくれよ、人間!」
「やかましい! 魔王ちゃんの前に経験値にしてくれるわ!」
「ゴオオオオオオオオ!」
ローブを脱ぎ捨てたノスの肉体が膨らみ、全身を甲殻で覆った巨躯の老人の姿をとった。
これがノスの正体……!? 昔、なんとかって闘神と何十日も戦い続けたっていう……!
「ガアアアアア!」「どりゃああああ!」ノスが腕を伸ばして殴りかかってくるのを、お兄ちゃんがカオスで薙ぎ払う。
「ガ……ッ……!」ノスの腕の甲殻が切り裂かれ、血を流していた。
カオスの一撃が入った! なら……攻撃は通る!
「ラァアアアアアア! バイ・ラ・ウェイ!」「ファイヤーレーザー!」「いっけー!」
ひるんだノスにみんなが攻撃を集中させた。ノスの体に傷が刻まれ、血が飛び散る。が……
「ググググ……ハハハハハハハ! 痒いぞ! 虫けら共がぁ!」傷ついた箇所ボコボコと盛り上がり、新しい甲殻が生えてくる!
でも……「たぁあ!」あたしが突き込んだリーザス聖剣はノスの腕を深く傷つけた!
「グッ……」「流石にカオスの傷はすぐには治らないんだ!」
「よし! ガンガン攻めろ!」「カオス……厄介な……っ!」
お兄ちゃんが再び斬りかかり、胸の甲殻を切り裂く。
「あそこを狙え!」「邪魔だ!」ノスが手をかざすと巨大な火球が浮かび、それを投げつけてくる!
「グレートファイアボール!?」
「下がって! マジックバリア!」
志津香さんが飛び出して障壁を張る!
ドガァァァン! 「くっ……うう……!」
大爆発が障壁を揺らし、叩き割る! 勢いを失いつつも爆炎が志津香さんに迫るが……
「迫撃水!」ばしゃあとぶちまけられた水魔法が炎を押し止めた。
「で、出来た……」マリアさんが指をかざして荒い息をついている。
「ラァアアアア……ラァ!」バキィ!
リックさんがノスの傷ついた胸部を瞬時に数回切りつけ、バイロードをこじるように動かすと甲殻が大きく割れた!
「……AL……スラッシュ!」「グゥッ……!」割れ目を狙って放った必殺剣はノスの体をえぐったが……
「……院長さんの剣が……」ノスの再生する甲殻にまともにぶち当たった神官ソードが根本から折れてしまった。
一本で戦うしかないか……とリーザス聖剣を構え直そうとしたあたしの肩がつつかれる。
「はいこれ。よかったらどーぞ」
ネカイさんが真っ白い豪華な剣を差し出していた。
なにやら柄に飾りがついてる……
「これは……?」「玉座の間に転がってたの。高そうだったからちょいとね。たぶんへルマンのお偉いさんの落とし物よ」
「……ありがとう!」
リーザス聖剣とこの剣、両方白だしお似合いかもしれない。
「たぁあーっ!」
あたしは再びノスとの戦いに突っ込んでいったのだった。