翌日からあたしはレベル上げを始めた。
朝起きて、ご飯を食べたら近くのダンジョンに出かけてイカマンをしばく。しばくったらしばく。
「イカー」「イカイカー」「おらーっ!ちねーっ!」「ぎゃー!」「ぐえー!」
経験値効率は良くないが、冒険者稼業はイカマンに始まりイカマンに終わるのだ。
昼ご飯を保存食で済ませたら町に戻ってギルドでトレーニングと剣の訓練。実戦で剣を振るとわかるがやっぱりなまってるしね。
「おりゃ!そりゃ!ちぇりゃー!」
以前の記憶に比べるとすっごい鈍く感じてしまうが、そりゃあまぁレベル500だった時と比べるとね。
正直つらいがまた一からやり直すしかない。
夕方ごろに冒険者が返ってきたらヒーリングをかけまくる。
「いたいのいたいのとんでけー!いたいのいたいのとんでけー!とんでけったらとんでけー!」
「お…おお…そんなにしてくれなくてももう平気…」
「うっさい!いたいのいたいのとんでけー!」「あーっ」
そして帰ったら夜更かしせずに寝る。ザナゲスサーガーも一旦封印だ。
そんな感じの日々を1週間ほど過ごし…あたしのレベルは12になっていた。
「ううー…やっぱお兄ちゃん達と冒険した時みたいにもりもりとレベルは上がらないよね…」
お兄ちゃんとの冒険は危険なところにガンガン行くから、というのもあるのだが、なんかそもそも経験値効率が1.5倍から2倍くらい良かったような…?気のせいかなあ?
主人公じゃあるまいし。そんなスキルがあるわけないよね。ないものねだりをしても仕方がない。
朝食を食べるために食堂に向かうと、下宿のおばさんが声をかけてきた。
「エールさん。今日も早いですねぇ」「おはよーございます。」
「はい、おはようございます。朝食の準備ができていますよ。」
下宿のおばさんはにこにこ笑って答えた。
あたしがこの下宿を利用し始めたときはおばあちゃんが主人をやっていたのだが、去年あたりに腰を痛めたとかで隠居してしまい、代わりにやってきたのが親類だというこのスリアさんだ。
なんかキラキラしてる金髪の美人で、若く見えるけど結構いい年なのだという。
この下宿、値段は安いし部屋もきれいだしごはんも美味しいし、服や下着も洗濯してくれたりサービスもいい…のになぜか他に泊まっている人を見たことがない。
まあそんなに広い宿じゃないし、お金に困ってる様子もないし。道楽でやってるんだろう。
おかげで空いてる部屋にザナゲスサーガーとかカオスとか言うやかましいガラクタとかを置かせてもらっている。
おっと、今はそれより朝ごはんだね。
「あれ?今日は食パンなんだ」
「ええ。ちょっといいのを仕入れられたので。たくさん食べてくださいね」
「はーい。いただきまーす!」…むっ…これは…美味しい!!
ふわふわしていてそのままたべてもうまそうだ。
「このパン美味しいです!おかわりあります?」
「はいはい、どうぞ。そんなに好きならお弁当にしましょうか?」
「え?いいんですか?」
「ええ、たくさんありますからね。」
お言葉に甘えてもぐもぐ食パンを食べているとなんか力が湧いてくるような気がするなあ。
お弁当を持たせてもらって、出発の支度をしているあたしにスリアさんが声をかけてきた。
「ああ、そういえばエールちゃんは今レベル上げをしているんでしたね。」
「うん、でもなかなかレベルが上がらなくて…」
「そうですか…なんでも、カスパー私有林の奥にある小さなダンジョンが修行にいいらしいですよ」
「へぇー!イカマンしばくのにも飽きたし、行ってみようかな!ありがとねスリアさん!」
カスパー私有林というのはレッドの街の近くにある林だ。私有林とあるが持ち主はとっくに死んでいるしそんなに強くないモンスターもうろついていて、特にうまみがあるわけでもないので冒険者もめったにこない。商人が近道に使おうとして被害に遭う、なんて話をたまに聞くくらいだ。
孤児院から割と近いので、あたしは何度か来たことがある。
奥に小さいダンジョンがあるのも知っているのだけど。せいぜいイカマンとぷりょくらいしか居なかったはず。なにか貴重なモンスターでも湧いたのかな?
「ぐるるー」「はにほー」「どりゃどりゃー!」「ぎゃー!」「あいやー!」
ヤンキーやらハニーやらをしばき倒したり避けたりして迷うことなく進んでいき、あっさりとダンジョンに到着した。
「さーて、何が居るのかな…」
期待しながら潜ってみたが、モンスターはさっぱりいない。
噂は噂だったのかなぁ…スリアさん、どこで聞いたんだろ?まぁ、奥まで行ってみよう…
と進んでいると、一番奥の部屋についたのだが。
「ぐぅぐぅ…すぴー…」
そこでは、緑の肩当てに黄色い服の女の子モンスターが、赤いマントにくるまって寝ていた。
なんというかちょっと古めの魔法使いみたいな服装だ。
うーん、見たことないなこのモンスター…レアなのかな?
まあいいや、やっちゃおうかな、とあたしが剣に手を掛けると、その子がぱちりと目を覚ました。
「ふぁあ…寝ちゃってたか…そろそろ仕事しないと…」
女の子モンスターが目をしょぼしょぼさせながらあたりを見回し、あたしに目を止める。
「げっ!冒険者!?もう来ちゃったの!?」
「うん、来ちゃったの。何をするつもりか知らないけどここまでだよ!」
剣を抜いて構えると、その女の子モンスターは両手を構え…すごい勢いで頭を下げた。
「お願い!見逃して!上から仕事が来てて、どうしてもここにモンスターを召喚しないといけないの?」
「は?上から仕事?」
「そうなの、実は…」
この女の子モンスターは召喚ちゃんといい、枯れたダンジョンにモンスターを補充する仕事をしているのだという。
普段はふらふらと移動して好き勝手にモンスターを召喚しているのだが、たまに上からこういった仕事を命じられるそうだ。
「ちなみにその上って誰?」
「私もわかんない。ただびびびーっと命令が来るの」
「へぇー…でもモンスターを呼び出すなんて危険だよね、やっぱここで…」
「やめてー!モンスターが枯れたら冒険者も困るでしょ!」
「うーん…そうかなあ…」
「えーとえーと…あ、そうだ!幸福きゃんきゃん!幸福きゃんきゃんを呼んであげるから!ここは見逃してくれない!?」
「ええ?幸福きゃんきゃんを!?そんなこと出来るの!?」
「普段は出来ないけど特別!この間、友達からの頼みも鬼畜外道な男のせいで失敗しちゃって…今回はどうしても成功させたいのよ!ね?お願い!」
「うーん…」
モンスターと取引なんてしてもいいもんなのかな…まあ、でもこんな辺鄙なダンジョンにモンスターが召喚されても別にたいした影響はないか。
それより幸福きゃんきゃんの方が大事だよね。
「わかった!見逃す!代わりに…」
「もちろん!任せといて!」
召喚ちゃんはなにやらむにゃむにゃと呪文を唱え…「えいやー!」と気合いをいれた。
すると、部屋のあちこちに黒いゲートが開き…
「気分はいつもHAPPY!」「あなたに会えてよかった!」「遊んで!遊んで!」
きらきらと目を輝かせる幸福きゃんきゃんがたくさん飛び出してきた!
「うおおおおおおおお!やったあああああ!」
冒険者にとっては夢みたいな光景だ!
あたしはたまらず剣を抜いて飛びかかった!
「おりゃー!」ぺちこーん「きゃーん!HAPPY!」
「どりゃー!」ぺちぺち「いやーん!あなたに倒されてよかった!」
「うりゃうりゃうりゃー!」ぺっちーん「ひゃーん!おめでとう!幸福だよ!」
「はぁー…しあわせ…」
「それじゃあ約束通り…」
「うん、あたしは行くから。じゃーね」
「ほっ…それじゃあ、さよなら。」
幸福きゃんきゃんのお尻をしばきまくったあたしは満足して洞窟を後にした。
召喚ちゃんがあのあと何を呼ぼうがあたしの知ったこっちゃないのだ。
「あ、そうだ!レベル上げよっと。レベル神様やーい」
あたしが虚空に声をかけると、ポンと音がして露出度の高いピエロみたいな格好をした男のレベル神様が出てきた。
名前はマッハというらしい。しばらく前の冒険中に急に現れてあたしの担当になってくれたのだが、あまりしゃべらないので正直どんな人かはよくわかんないんだよね…
「…用件は」「レベル上げお願いしまーす」「よかろう…」
マッハさんはむにゃむにゃと呪文を唱え…あたしのレベルがまとめて上がった。
「わぁ…すごい上がった気がする。あたしレベルいくつになりました?」
「26だ」
「は!?26!?」なんかの間違いではなかろうか。
いくら幸福きゃんきゃんを倒しまくれたと言っても上がりすぎでは!?
「26で間違いはない。ではな」
マッハさんは用はすんだとばかりにさっさと消えてしまった。
「うーん…まあ、レベル神様がいうなら間違いはないよね。」
あたしは落ち着くためにもお弁当を広げて休憩することにした。
しかしいくらなんでも上がりすぎではなかろうか?なんか経験値貯まるようなこと他にしたっけ…?
「例えば朝たくさん食べたこのパンが超熟経験食パンだったりして…なわけないか!あははは!」
あたしは朝のパンを使ったサンドイッチに思い切りかじりついたのだった。
なお、後日。レッドの町のギルドでカスパー私有林の奥に幸福きゃんきゃんだらけの洞窟があるという噂が流れ…無論、あっという間に狩り尽くされてしまったのだが
あたしには特に関係のないことだと思う。
下宿のおばさん
年齢不詳のすごい美人。たまにやたらきらきらしている。
なんでかランスのセンサーにひっかかったことはない。
エールちゃんの世話をとても嬉しそうに焼いている。
下着とかも一つ一つ丁寧に…それはもう丁寧に手洗いするとても親切なひと。
なぜかそこそこレアな超熟経験食パンを大量に仕入れてきた。
全くもって関係ない話だが、最近法王様の血色がいいらしい
召喚ちゃん
ハピネス製薬の地下でランスに乱暴されたあとふらふらしていたら、洞窟を幸福きゃんきゃんで一杯にしろとどっかから命令が来たが
やる気がでないのでサボっていた。