御伽学園戦闘病
第百四十話「
影の口角は上がりつつある。だがラッセルもそんな事に構っている余裕は無い、八倍の火力のパンチをくらって右側のあばら全体の骨が折れたりひびが入ったり粉々になったりと滅茶苦茶な状態となっている。
息を上げながらも絶対に折れることは無い。すぐに行動に出る。黒蝶を集め指示を出す。指示を受けた黒蝶たちは影に向かって一斉に突撃を開始した。
「そう言うのは無意味ですよ」
暗闇の世界へと潜って行く。ならば対抗策はあると黒蝶に再び指示を出す。黒蝶が数匹暗闇の世界に潜って行こうとしたその時ラッセルの背後に影が飛び出してきた。
気配に気づき振り向こうとしたが間に合わない。それもそのはず、潜ってから一秒も経っていないのだ。流石に速すぎて対応できなかったのだ。
そして影は蹴りを繰り出した。回避不能状態のラッセルは背中に蹴りをくらい吹っ飛んだ。だが受け身を取って瞬時に立ち上がる。そして顔を上げて黒蝶に指示を出そうとしたその瞬間再び衝撃が走った。
先程と同じ感覚を覚える。どうやらまた蹴られたようだ。だがそんな一瞬で距離を詰めて来たなんて信じられない、やはり影は別人のようになってしまっているのだろう。
「まぁ良い、それぐらいでは負けることは無い!」
すぐに別の動きを始めようとしたが影がそれを止める為動き出す。足を狭間に沈ませて横移動をし出した。だがラッセルは更に黒蝶の量を増やした。この時点で霊力の消費が凄まじくラッセルの霊力は240なのに現在は100しかない。佐須魔が霊力の低いラッセルに合わせて妖術等を基本的に使わなくても強い黒蝶を授けたのだがあまりにも相性が悪い。と言うよりも影の対ラッセル性能が高すぎるのだ。だが逃げると言う選択肢は無い、何が何でも影を殺して佐須魔に勝報を持ち帰らなくてはならないのだ。
『
すると黒かった蝶達がどんどんと変色していく、真っ黒だったのが真っ赤になったのだ。そしてより一層鱗粉をまき散らすようになった、その鱗粉も真っ赤に変色している。
影は本能的な恐怖を感じたが本能的なモノによって戦いたくなってくる。すぐに足を沈め横移動をしようとしたその時体が赤に染まった。それと同時に激痛が発生した。
あまりの痛さに悶えているとふと視界に異様な物が映った。それは自分の体なのだが、全身の至る所から赤い翅が生えている。そしてそれを目にした次の瞬間再び激痛が発生すると同時に血が噴き出す、二度目の大技に耐えられなくなった影の視界はグラグラと揺れて行く。
途絶えそうな視界にはぼんやりとしたラッセルが映っていた。
やぁ、久しぶり
そこは異様な空間だった。ぐにゃぐにゃと曲がるようなその場所では色と言う色は蠢き、舞っているかのようにも見える。そんな空間には一人のニンゲンと一匹の
ニンゲンは何故か喋れないのだが体は動かせる、そして早く現世に戻せとジェスチャーをするがカミは落ち着くように促してから口を開く。
落ち着きなって、まだ完全に感染してないから喋れないと思うよ。それでなんでここに来たかは分かるかな?
首を横に振る。
うーん…そうかぁ。それじゃあどうしようかな…そうだ。これ見なよ
カミはそう言いながら指を鳴らす。するとニンゲンの頭の中に過去の記憶が流れ込んでくる。
2011年 4/1
それは一年とちょっと前の事、影が二年生になった時の事だ。御伽学園は生徒の癖が強すぎて教師が足りない。その時はまだ崎田と絵梨花が教師になっていなかったので本当に人が足りなかった。理事長も授業をしたり元が分身を大量に作って授業を進めていたほどだ。そんな中一人の男が島にやって来ると同時に教師になりたいと理事長に直談判したと言う噂が流れた。
そして進級日、男はあるクラスの担当となった。人出が少ないせいで一学年に一人の教師しかつけられないのだが男は研修と言う事もかねて一番落ち着いている二年生の三組を任せられる事よなったのだ。その男は当時二年生担当の翔子に見守られながら自己紹介を始めた。
「[フィッシオ・ラッセル]です。つい先週に島に引っ越してきました、社会の授業などを担当する予定です。
どうかよろしくお願いします」
目つきが少々悪く何処か嫌なオーラを放っているその男だったが生徒達はとても良い印象を受けた。それもそのはずでその時には既に薫が教師になっていたのだ、あんな奴と比べれば超マシだ。しかも顔も良くスタイルも良い、生徒達にとっては完璧に見えたのだ。
ただその中でも一人、ラッセルに強い興味を引かれた生徒がいた。[拓士 影]、島で産まれしっかりと親に育てられた所謂温室育ちの男子生徒だ。ただその頃影は生徒会に入ったばかりで他の者との実力の差を見せつけられたことによる不甲斐なさに打ちひしがれ少々精神が不安定になりつつあった。
だがラッセルには何処か惹かれてしまう。他の者が質問責めにしている間も何に惹かれてしまうのかを考える、別に男が好きなわけでも無い、ラッセルに恋愛感情を持っているわけでも無い。だが何処か、いや仕草や声、外見、全てが心強いのだ。そんな人物になりたい、影は無意識にもそう思ったのだ。
「それでは早速授業を始めましょう。翔子先生も大丈夫ですよ、この子達なら心配無さそうです」
「分かりました。それでは何かあったらすぐに呼んでくださいね」
翔子が部屋を出て行き早速授業が始まった。とても分かりやすい授業に生徒全員が驚いているといつの間にか授業が終わっていた。ラッセルの授業は淡々としているのだが集中できる進行の仕方で正に理想の授業と言った感じであった。
影は終わった後に話しかけようとしたのだが別の授業があるのかすぐに教室を出て行ってしまう。ただ次に話しかける機会はあるのだろうと思い次は体育と言う名の地獄だったので準備を始めた。
その日は結局話しかける事は出来なかった。放課後は週二である生徒会のみの特別訓練があるのでクラスメイトの香奈美と共に能力館へと集まった。
今日も憂鬱な訓練が始まるのか、そう思ったがそんなことは無かった。能力館の隅でラッセルが見ていたのだ。すると段々やる気が湧いて来る、その日は超頑張った。薫と兆波はそのやる気に驚き最大限サポートをした、だがどうにも指示が噛み合わない。兆波と薫が困っているとラッセルが近付いて来て影の訓練は任せる様言って影とマンツーマンで訓練を始めた。
「そこは力を最大で霊力を足から抜いて蹴るんだ」
「はい!」
ラッセルの指示に従って動いていると体が面白いぐらいに軽い。何故そんな事が起こったかと言うのは簡単で薫と兆波が身体強化を持っていない者に対して教えるのに慣れていなかったのだ。だがラッセルは身体強化無しでとても強い、相当頑張ったのだ。
これは佐須魔と刀迦による鍛練で身に着けた物だったが当時の影によってはまるで神の様にも映った。その時に完全に影の心は掴まれた。
「君には才能がある。私を抜いてしまうかもしれないな」
ラッセル先生の様な人になる、これが生きる目的となった。その後はその目的に向かって進んでいく事によって心も落ち着いてきていた。ラッセルはちょくちょく訓練に顔を出し身体強化を持っていない生徒に体術を教えたりしていた。そして訓練が終わると影とご飯を食べに行ったりして非常に仲が良くなっていた。
その時にはもうラッセルも慣れたのか笑いや少し緩んだ表情なども見せる様になってきていた。そんな関係が楽しくて影は一生ラッセルに付いて行こうと決めていた。
だが影が三年生に上がり大会まで一年を切ったその時に起こった事だ。TISからの宣戦布告、襲撃が始まろとしていた。
影は不安でラッセルの家で話をしていた。そして話が終わりラッセルの家を去った後の話だ。影は薫に声をかけられて足を止めた。薫は妙に真剣でその雰囲気に押され黙って話を聞く。
「ラッセルには気を付けろ。もしかしたらお前の不意を突いて攻撃してくるかもしれない」
意味が分からない。何故ラッセルが影に攻撃してくるのだろうか?馬鹿を見るような眼で薫を見ながら一応追及する。すると薫の口からは思いもよらない言葉が飛んできた。
「お前は仲が良いからな。話しておこうと思ったんだ。ラッセルはTISだ、今まで思ってもいなかったから見ていなかったんだが心を覗いたところ判明した。俺ら教師はラッセルと共に動く、そんでぶっ殺す。だがお前はいつの間にか殺されていそうだから警告をしているだけだ。そんじゃ俺は行く、気を付けろよ」
薫はそれ以上追及させないためにその場を離れた。だが影は納得がいかず追いかけようとしたが数秒後には姿が無かった。
頭の中が真っ白になる、理解が追い付かない。そんな状況に陥ってしまった影は一番やってはいけない最終手段に出た。
「そうだ!これは全部夢だ!そう、夢、襲撃の恐怖から見た夢なんですよ!」
現実逃避を始めてしまった。だが実際にラッセルは裏切った、その時は何も感じなかった。ただ師匠だと思っていた者が敵だった、その事実を受け入れるだけだったのだ。
この頃から影はおかしくなっていた。だが壊れて行ったのは心だったので誰も気付く事は無かった、薫だって人の心なんて見たくない、レアリーは香澄の銀狐に喰われていた。
なので本当に誰も知らなかったのだ、だがその弊害が数ヶ月経って頭角を現し始めた。悲しみを、喪失感を、生きがいを埋める為に本能が動いた。生きる気力を取り戻す為に、その為に一つの感情が変化していった。
『楽しい』
この感情が変化していき戦闘病へと繋がった。だが影は気付いてもいない、自分が戦闘病にかかって異常者になっている事は。
だが僕は責めないよ、いや責めれないよ。だって同じことをした、戦闘病に侵され人を殺した、何人も、何人も…
だからこそ力を貸してやるよ!!!
笑った。エンマは笑った。消える事の無い呪い、能力者に課された
良心から来る行動だ、断る必要などは無いだろう。
影は心から感謝した、異常者が二人、異常な空間で二人。異常者同士で知らない力を受け渡し強くなって行く、最悪で最高の空間だ。
それじゃあ、行ってらっしゃい
その言葉を境に視界が一転した。現世に戻る。
体を起こした。すると右眼に霊力が集まって行くのが分かる、どんどん熱くなって来た。そしてバチッと言う音が聞こえたような気がした、いや音が鳴った。
火が灯る、赤い炎。ラッセルはそれを見て顔をしかめた。影は口角を上げながら言う。
「覚醒、気持ちいいですね先生」
「生憎私は覚醒をしたことが無い。その感覚は分からないな」
「そうですか…残念ですね。こんなにも気持ちが良いのに!!」
動き出した。もう横移動なんてしない、だが先程よりも速さが増している。何とか目で追える速さではある。どうにかガードの体勢に入るがそんな事今の影には関係ない、一瞬にして後ろに回り込み思い切り殴り掛かる。
だがラッセルからすれば余裕だ、刀迦に比べれば亀の様に遅い。顔を動かす前に腕を動かし肘打ちで対抗した。
一瞬狼狽えた影だがすぐに次の攻撃を始める。だがラッセルにも手段はある。
「やれ!蝶!」
すると先程と同じように影の体に引っ付いた赤い蝶を中心として血が噴き出した。だが当人はこれをも武器に変えてしまった。一歩分だけ後ろに下がってから血に向かって思い切りパンチをした、すると血は発生した風によってラッセルの方に飛んで行った。
目くらましに使ったのだ。だがラッセルは音を聞いた、自分の顔面に蹴りが来ている事を察知しすぐに低い姿勢を取る。だがまだまだと言わんばかりに次の攻撃が飛んで来る、もう立ち上がる余裕は無いので顔にかかった血を取り除きながら転がったり不格好な前転などで回避を続ける。
ただそんな事を続けている事は無理だ。ほんの一瞬の隙が発生した。影は気持ちの悪い笑みを浮かべながら一気に距離を詰め蹴り飛ばした。
その威力は凄まじく人とは思えない威力だった、いや人では無いだろう。今はもう、カミの力を使っているのだから。だがそんな事はどうでも良い。
ラッセルはその建物の壁を突き破って外に出た。外の景色は異様なもので真っ暗な空のはずなのに所々に光っているサクラが生えている。そしてラッセルは一本の木にぶつかって動かなくなった、ただ息はしているようだ。
影はサクラの葉の影から飛び出し蹴りをしながら呟く。
「さようなら、先生」
ラッセルが対抗するように呟く。
「さようなだ、唯一の友達よ」
その眼には影よりも濃く、強く、怒りの念が籠った赤い炎が宿っていた
第百四十話「は影に」