五つ子旅館殺人事件   作:真樹

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五つ子旅館殺人事件(事件編)

 四葉の後を付いていったコナン達は、二階の客室が並ぶ廊下のまで来ていた。

 間隔を開けて設置されている客室扉の一つの前まで来ると、四葉は立ち止まり蘭の方へ振り返った。

 

「ここが蘭ちゃん達の部屋だって。その隣が私と風太郎の部屋、その奥が一花達の部屋になってるの」

「案内ありがとうございました」

 

 蘭は四葉に軽く頭を下げる。

 

「それじゃあ、私も部屋に行ってるね。帳簿にみんなの名前も書いてあったから早く顔を見せたいし」

「そうなんだ! なら私も行くよ!」

 

 元々表情の明るい四葉だが、更に表情がパッと明るくなった。

 その様子を見ていたコナンは、姉妹の会話を聞いてる間にも浮かんだ疑問を投げかける。

 

「ねぇ四葉さん。一花さん達の部屋ってことは、他にも家族の人が来てるの?」

「うん、そうだよ! ……そうだ! この後もきっと顔を合わせることになるだろうし、混乱させないように先にみんなを紹介しておこうよ。いいよね一花?」

「そうだね。私の方でやっておくよ」

 

(混乱……?)

 

 およそ家族を紹介するだけというなら出てこないであろう単語にひっかかりをコナンは感じた。

 そのコナンの疑問を解消させるように、一花は説明を続ける。

 

「来てるのは私の姉妹だよ。四葉の他にもいるんだ。ついてきて」

 

 そういって歩き出した一花の後ろを、コナン達も再びついていく。

 

(そっくりな姉妹で、名前は一花と四葉……ってことはまさか)

 

 扉の前に着くと、一花が部屋をノックした。

 

「みんな、私だけど開けていい? 別のお客さんも一緒なんだけど」

 

 呼びかけに対して、扉の奥から女性の声で「いいわよ」と返事が返ってきた。

 扉を開け中に入ると、下足置き場を挟んだ先にある部屋の襖が開いており中の様子が見えた。

 部屋の奥から廊下へ出てきた3人の女性に対して、一花は軽く手を挙げた。

 

「や、三人とも久しぶりだね。蘭ちゃん、コナン君、こちらが私の姉妹の二乃、三玖、五月だよ」

「久しぶり! あんたも元気そうね! ……それとそっちの二人は初めまして。一花、紹介してくれる?」

「こっちは蘭ちゃんとコナン君。後、蘭ちゃんのお父さんが今日来る予定だったお客さんなんだって」

 

 一花の紹介に続いて蘭とコナンは小さくおじぎをした。

 頭を上げた後、紹介された三人を見ると、三人とも一花、四葉と同じ顔をしていた。

 

(五人目までいるってマジかよ……)

 

 名前の法則性からして、次女と三女の存在まではなんとなく予想していたコナンであったが、流石に五女の存在は予想外だった。

 驚きの表情を浮かべているコナンに対して、一花が薄い笑みを浮かべながら言った。

 

「コナン君、さっきの双子かって質問にまだ答えてなかったよね。実はね、私たち姉妹は五つ子なんだ」

「凄いね。五つ子なんて本当にいるんだ」

「コナン君! そういう言い方は失礼よ!」

「いいのいいの、気にしないで蘭ちゃん。慣れてるから」

 

 そう言ってひらひらと手を振る一花の隣に五月と呼ばれた女性が立った。

 

「一花、荷物運んでおくよ」

「ごめんありがと」

「うん。蘭さん、コナン君。また後でお伺いしますね」

 

 一花からドラムバックを受け取った五月は、一度蘭たちへ会釈すると部屋の中へと戻っていった。

 

「あの、今日はご家族だけの旅行を邪魔してしまったみたいですみません。ご迷惑にならないようにしますね」

「気にしないでいいわ。別に貸し切ってたわけじゃないもの。私たちに気にせずあなた達もゆっくりしていきなさい」

 

(すげー気の強い女だな)

 

 初対面とは思えない口調で話す二乃に対してのコナンの第一印象であった。

 どうやら、三玖と呼ばれた女性の方も同じことを思ったのか、眉をひそめて言った。

 

「二乃、初対面なのに失礼」

「私たちは気にしませんから大丈夫ですよ。三玖さん……もあまり気を使わないでいただいて結構です」

「……わかった」

「それにしても、皆さん本当にそっくりなんですね。もし、廊下でお会いした時に呼び間違えてしまったらすみません」

「それも慣れてるから大丈夫」

 

 これまであった五つ子の姿をコナンは思い返すが、流石五つ子と言わんばかりにそっくりだった。

 

「そいつらの見分け方だったら、身に着けているアイテムか髪型を判断するといい」

 

 声がしたのは廊下の方からであった。

 そちらへ目を向けると風太郎が立っておりと、その後ろに小五郎が続いてきていた。

 

「一番プレーンなのが一花だ」

「プレーンって……」

「ださいシュシュで二つ結びにしているが二乃」

「ダサくて悪かったわね」

「センター分けの長髪が三玖で」

「その言い方、なんかやだ」

「筆みたいに短く後ろで縛ってるのが四葉だ。後、姿が見えないが五女の五月がメガネだ」

「フータロー君ももう社会人なんだからもう少しデリカシーのある言い方をしてくれないかなぁ?」

「お前が一番昔から変わらないから、見慣れてるんだよ」

「……」

 

 風太郎の一言で一花は黙った。

 

「お前らも久しぶりだな。二乃、三玖。奥に五月もいるのか?」

「ええ、そうよ。フー君が来てるってことは四葉も来てるのかしら?」

 

(フー君?)

 

 堅物に見える風太郎にずいぶん似合わない呼び方だとコナンは思った。

 

「そう、なら顔を見せておかないとね」

「お前ら同じ顔をしてるんだから、アイツも見飽きてるだろ」

「フータロー、もう私たちのこと見分けられるのにまだそんなこと言うんだ」

 

 蘭は驚いた様子で風太郎へと向いた。

 

「ええ!? 風太郎さん五人のことをお顔だけで見分けられるんですか!?」

「え、ええ、まあ。こいつらとは長い付き合いなので」

 

 そういう風太郎の顔は少し赤らんでいたが、長い付き合いともなれば昔はいろいろあったのだろう。

 

「おい蘭! コナン! そんなところでくっちゃべってないでそろそろ戻ってこい! 俺はさっさと温泉に入りてぇんだ!」

 

 小五郎も自分の部屋の前まで着いたようで、鍵を開けながらこちらを向いていた。

 

「はーい! 皆さんお邪魔しました。私達もそろそろ部屋へ戻りますね」

「あ、小五郎さんにも私たちの紹介をしておいた方がいいんじゃないかな」

「父には私から説明しておきます。見分け方もさっき風太郎さんに聞きましたし」

「待って、私たちがあなたのお父さんの顔を知らないわ」

 

 部屋を戻ろうとした蘭に二乃が言った。

 そこでコナンは先ほど一花に紹介された時、自分たちは名前だけの紹介だったことを思い出した。蘭も同じことを思い出したらしい。

 

「えっと、必要でしたらお呼びしますけど、もしかしたらご存じかもしれないです。父のフルネームは毛利小五郎といって、東京で探偵をやってるんですけど」

「!!」

「……探、偵」

 

 小五郎の名前を聞いた瞬間、二乃と三玖の表情が大きく変わった。しかし、それは一瞬のことですぐに元の表情へと戻る。

 

「え、ええ知ってるわ。ネットで調べれば出ると思うし、五月にも後で伝えておくわね」

「わかりました。それじゃあよろしくお願いしますね」

 

 そう言って今度こそ部屋を戻り始める蘭に手を引かれ、コナンも後に続いた。

 けれど、もう一度振り返った時には二乃は顎に手を当てて考える素振りをしていた。

 

(なんだ、今の反応は……)

 

 

 

 

 

 自分たちの部屋に入り荷物を降ろしてしばらくしたころだった、部屋の扉がノックされた。

 

「どうぞ!」

 

 小五郎が応答すると、扉を開けた音の後、閉めた襖の奥から仲居さんの「失礼します」という声がした。

 襖が開かれると、仲居は正座をしており一度深々とおじぎをした。

 

「本日は当館をご利用いただきありがとうございます。お夕食のご案内となりますが、季節の野菜と海鮮を使用した和食コースをご用意しております。お食事の場所はこちらのお部屋か大広間かをお選びいただけます。ですが、ご存じの通り本日ご宿泊されるのは毛利様と当館亭主の親族のみでして大広間でのお召し上がりは少々寂しいかと思われます。お食事の場所はいかがないますか?」

 

 小五郎は腕を組み、蘭と目を合わせた。

 

「だだっ広い場所でポツンと飯を食ったってなぁ」

「それにお邪魔しちゃ悪いよ。部屋で食べましょ」

「そうだな。じゃあここへ運んでもらえますか」

「かしこまりました。では、お時間になりましたらお部屋へお持ちいたします」

 

 そう言ってもう一度おじぎをすると、仲居さんは部屋を出て行った。

 仲居さんを見送った後、小五郎は座椅子から立ち上がるとクローゼットへと歩き始める。

 

「それじゃ、俺たちも温泉に入っちまおうぜ。今日はふやけるまで入るって決めてんだ」

「もう、お父さんったら相変わらず貧乏性なんだから。まあいいわ、行こうコナン君」

「うん」

 

 備え付けの浴衣とバスタオルを手にした後、コナン達は部屋を出た。

 最後に小五郎が部屋を出て鍵をかけていたところ、廊下の方から一人の人物が歩いてくる。

 

「あら、毛利さん達も温泉ですか」

 

 姉妹の一人だった。髪を二つ結びにしており、手には同じく浴衣などの一式を持っている。

 

「ええそうです。……えっと」

「二乃さんだよ。ほら、風太郎さんが言っていたじゃない」

 

 返事をしたものの、姉妹の誰か迷っていた蘭にアドバイスしたコナンに対して、感心した目を二乃は向けた。

 

「その見分け方については一度彼と話が必要だけど、まあいいわ。もし温泉の場所が怪しかったらご案内しますが」

「一応館内図で確認はしましたが、すみませんお願いできますかね」

「わかりました。じゃあついてきてください」

 

 二乃に案内されて一階まで降りて少し歩くと温泉の暖簾が見えた。

 暖簾は男、混浴、女の順に分かれており、それを見た小五郎が目の色を変えた。

 

「ここって混浴があるんですかい!?」

「ええ、一応。とはいっても家族でくる人が利用するくらいですが」

「ってことは中野さん達ご姉妹ももしかして」

「お父さん!」

 

 小五郎の言葉を遮って間髪入れず怒鳴った。

 

「すみません。お父さんったら本当に馬鹿で……!」

「ま、まぁ大丈夫よ蘭ちゃん。それに小五郎さん、私達姉妹は全員女性ですので混浴を使うことはありません。お生憎様」

「あ、そうですか……」

 

 蘭に怒鳴られて委縮しきった小五郎が呟くように言った。

 暖簾の前まで来ると、それぞれ男湯と女湯に分かれて中へ入った。

 衣服を脱いで風呂場に出ると、全面露店風呂となっていた。

 一般的な露天風呂の様相をしており、石造りの床の中央に岩で縁を作った温泉と、木造のサウナと隣の混浴を仕切る柵が設けられている。

 体を洗い終えたコナンと小五郎が湯に浸かると、思わず声が出るほどに心地よい湯加減であった。

 

「かー、堪んないな! 確かパンフレットには酒の持ち込みも少しは良いって書いてあったし、後でもう一回入るかな」

 

(そんなに入ってたらマジでふやけちまうんじゃないのか……)

 

 しばらくお湯に浸かっていると、窓ガラスが開く音がした。

 風呂場への入り口がスリ硝子の窓扉になっているため、コナンはその方へと目を向けるが誰もいなかった。

 

(男湯じゃないってことは、まさか混浴?)

 

 答え合わせをするかのように、柵の向こうから二人の声が聞こえた。

 

「風太郎! 貸し切りだよ貸し切り!」

「そりゃ混浴を使うのなんて俺たち以外いないんだから当たり前だろ……っておい走るな!」

 

 風太郎と四葉のようだ。

 

「ねぇ風太郎! 背中流してあげよっか!」

「いつもやってくれてるだろ」

「いえいえ、こういう場所でやってあげることに意味があるんですよお客さん」

「誰がお客さんだ。急にいかがわしく聞こえるからやめろ」

「まぁまぁ、いいからそこに腰かけてくださ」

「フー君! 四葉! 聞こえてるわよ!」

 

 隣まではっきり聞こえてくる四葉の声を上書きするかのような音量の二乃の声が聞こえた。

 

「ににに二乃! お前いたのか!?」

「私だけじゃないわよ! 毛利さん達だっているんだから」

「──ー!! 大変失礼いたしましたぁ!!」

 

 声にならない悲鳴を四葉が上げた後、途端に声は聞こえなくなった。

 

(あった時には想像もできないバカップルなんだな、あの二人)

 

 

 

 

 

 それ以降は騒ぎが起きることもなく、ただただかけ流しの温泉が流れていく水音だけが響く時間がすぎた後、十分に温まったコナン達は上がることにした。

 暖簾をくぐり外を出ると、こちらのタイミングを見ていたかのように同時に女湯からも蘭達が出てきた。

 ただし、顔触れは入った時より増えており、一花が加わっていた。

 小五郎と視線が合うと一花が照れくさそうな表情を浮かべた。

 

「いやあ、うちの身内がお恥ずかしいところをお見せしてしまいまして……」

「一花、何も掘り返さなくていいじゃない! ……思い出したらまた恥ずかしくなってきた」

 

 一花を静止する二乃の表情も赤らんでいた。湯上りというだけないのは言うまでもない。

 

「皆部屋に戻るわよね。悪いけど、私はおじいちゃんに用があるのでここで失礼するわ」

「え、おじいちゃんへの挨拶ならさっきみんなで済ましたよね? また行くの?」

「え、ええ……久しぶりだからもう少し話をしたくってね」

 

 そういう二乃の様子はどこかよそよそしく見えた。

 二乃と別れてコナン達一行と一花が部屋に戻ると小五郎は早々に部屋へと入っていった。

 

「ちょっと二人とも」

 

 続いて蘭達も入ろうとしたところ、一花が呼び止めてきた。

 

「二人はこの後用事ってあるかな」

「いえ、特には。部屋でゆっくりするつもりでした」

「ならさ、私たちの部屋で遊んでいかない? お風呂から上がったらトランプでもやろうって話してたんだけど、二乃はおじいちゃんのとこに行っちゃったし、四葉は風太郎と出かけてくるって連絡があったから。姉妹も三人だけだとトランプもちょっと盛り上がりに欠けそうで」

「お邪魔じゃありませんか?」

「全然! コナン君と二人で是非来てよ」

 

 積極的に誘ってくる姿勢にやや引き気味に受けながら、蘭はコナンへと目を向ける。

 

「じゃあ、お邪魔させてもらおうか」

「うん」

 

 

 

 

 

 一花達の部屋へと入った後、部屋の中でくつろいでいた三玖と五月も交えての七ならべが始まった。

 ゲームは順調に進んでいく中で、意外に思ったのは消極的な性格だと思っていた三玖が率先して妨害の手を繰り出してきたことだ。

 パスが何度か続き、ついに蘭が三度目のパスを迎える。

 

「あー、負けちゃったぁ。三玖さんがずっとハートの7を出さないからですよー!」

「動かざること山の如し、これも戦略」

(今のって、武田信玄……?)

 

 有名な戦国武将の言い回しを突然使った三玖に対して、思わず顔を上げて三玖の方を見ると目が合ったが、すぐに視線を逸らされた。

 

「次、君の番」

「あ、うん。じゃあスペードの9で」

 

 別に変なことを言ったというわけでもないのでそれ以上考えることはせず、コナンは手札を一枚出しゲームを続行させた。

 最終的に一回目の勝負は三玖の勝利となった。

 

「勝てた」

「三玖さんトランプ強いんだねぇ」

「うん、こういう遊び、好きだから」

 

 コナン褒められた三玖はまんざらでもないといった風に微笑を浮かべる。

 

「でもほんとに、私なんて手のひらで転がされてる気分でした。もしかして、お仕事もそういう難しいことをされてたりするんですか?」

「ううん違う、私は」

「料理人でしょ」

 

 三玖の言葉を遮ってコナンが言う。

 驚いたように三玖の目が開き、コナンの方を見た。

 

「どうして分かったの?」

「手のひらだよ。人差し指にだけマメができてて、親指と人差し指の付け根の皮が厚くなってた。手がそんな風になるのは包丁を長い時間使ってる場合なんだ。それで料理人かなって思ったんだけど、当たってる?」

「正解だよ。二乃と一緒にカフェをやってるんだ。君凄いね」

「へへへ」

「そういえば、上杉君達はまだ帰ってこないのでしょうか」

 

 五月が腕時計で時間を確認しながら言う。

 釣られて三玖も自分のスマホで時間を確認する。

 三玖の隣に座っていたコナンは偶然視界に三玖のスマホ画面が目に入ると、そこには四つのひし形が上下左右に並んで更に大きなひし形を作っている画像が見えた。小さなひし形のそれぞれには、漢字の風林火山が一文字ずつ入っている。

 

(今度は武田菱……また武田信玄だ)

 

「そろそろじゃないかな、あそこってそんなに遠い場所じゃないし」

 

 四葉から外出の連絡を受けていた一花が言った。

 

「あそこって?」

「ああ、蘭ちゃん達は知らないよね。この旅館の近くに柵のついた崖があるんだけど、その崖際に鐘が備え付けられてるんだよ。カップルで鳴らすと結ばれるって伝説なんてのもあってさ」

「素敵ですね、それ!」

「実を言うとフータロー君と四葉もあそこで鐘を鳴らしてたんだよねぇ」

「ええー!!」

 

 女子はいくつになってもそういった話が好きなのか、楽しそうに話す一花に蘭も声を上げる。

 すると次の瞬間、一花の目は獲物を見つけたハンターのように鋭くなり蘭を見た。

 

「そういう蘭ちゃんはさ、どうなの? 好きな人とかいたら連れてきてみたら? 効果はお墨付きだよ?」

「あの、いや私はその……」

 

 急な振りに顔を真っ赤にしながら言いよどむ蘭。

 

「一花、下品だよ」

 

 答えに困っていた蘭を見かねたのか窘める口調で五月が言う。

 

「あはは、ごめんごめん。お姉さん悪い癖が出ちゃった」 

 

 

 

 

 

 それからしばらくカードで遊んだ後、その場はお開きとなった。

 コナン達が部屋へ戻ろうとしたところ、自室の扉が開いていた。

 

「あれ、お客さんかしら」

 

 扉の前に差し掛かり中を覗こうとすると、先に中から小五郎の素っ頓狂な声が聞こえた。

 

「なぁにぃ! 飯が用意できない!?」

「はい、申し訳ありません。冷蔵庫の故障で一部の食材が腐っており、今晩のご夕食の準備が難しく……」

「じゃ、じゃあ俺たちの夕飯はどうすりゃいんだ!?」

「いま、急ぎ従業員が町へ買い出しに出る準備をしております。予定しておりましたコース料理はお出しできませんが、取り急ぎの品をご用意させていただこうと考えております」

「しょ、しょんなぁ……」

 

 よほど飯を楽しみにしていたのか、見るからに肩を落とす小五郎。

 仲居も申し訳なさそうに顔を伏せている。

 

「なら、私たちのご飯をご一緒にどうですか?」

 

 声がしたのはコナン達の後ろからだった。

 振り返るとそこには上杉夫妻がいた。

 

「僕達家族は庭でバーベキューをする予定だったんです。食材も自分たちで用意していて、毛利さん達が増えるとなると少し買い足しに出る必要がありますが、一往復もすれば足りるでしょう」

「いやぁでも、ここに来る時も車に乗せていただきましたし、そんな何から何までお世話になっちゃあ……」

「僕も妻も本当に気にしませんから。家族たちも説明すればわかってくれるでしょう。その方が旅館側も助かりますよね?」

「風太郎様……ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。お心遣い大変助かります」

 

 どうです? と風太郎から判断を仰がれた小五郎は、しばらく顎に手を当てて考えた後渋々首を縦に振った。

 

「背に腹は代えられんですな。すいやせんが、ご厄介になります」

「わかりました。それじゃあ、僕たちは町へ降りようと思いますが毛利さん、人手をお借りできますか」

「あ、それなら私が行きます。コナン君はここでお留守番してて」

「うん、わかった」

 

 その後、蘭と上杉夫妻、それとバーベキューの調理係を担当する予定だった二乃が車に同乗し買い出しに出た。

 残ったコナン達はその間に準備を進めることとなった。

 とはいっても、中野さん達も気を使ってか小五郎は結局手伝うことはなく、コナンだけが駆り出される形となった。

 

 

 

 

 

 外でバーベキューの準備をし始めたコナン達は、すでにある食材の下準備が三玖、コンロなど機材の準備が五月、牧の準備などを一花が担当し、コナンはそれぞれの雑用をすることとなった。

 コナンは皿の準備などをしている最中、まな板で食材を捌いている三玖の方を見た。

 慣れた手つきで食材の下処理を黙々と進める手並みに思わずじっと見つめてしまう。

 

「……何?」

「え?」

 

 気が付くと三玖は包丁の手を止めてコナンの方を見ていた。

 

「ううん、流石料理人だなって、包丁捌きが凄い上手だから」

「これでも二乃にはまだまだ及ばないんだよ」

「そうなの?」

「うん、二乃と私は一緒のお店で働いているけど、二乃は私の料理の先生なんだ」

「へぇ、じゃあこれも二乃さんとしては三玖さんの修行の一環なのかな」

 

 だとすると、買い出しに出るのが三玖で、ここで準備をするのが二乃の方が良かったのではと考えたが二人なりの考えがあったのだろう。

 

「そうなんだと思う。二乃と私は姉妹だし、一緒に働いているけどお互いライバルだと思ってるから」

「なるほど、まさに『敵に塩を送る』ってやつだね」

 

 直後、目の色を変えて三玖がコナンを再び見た。

 予想通りの反応にコナンは内心でほくそえみながら言葉を続けた。

 

「この言葉って今だと普通に使われるけど、元々は戦国時代の武将の言葉なんだよね。上杉謙信のライバルだった武田信玄が塩不足で困ってるって話を聞いて、戦をしている相手なのに塩を送ってあげたっていう逸話からきてるんでしょ」

「きみ……」

「三玖さん、歴史好きなんでしょ? 喜んでくれるかなって」

 

 そう言ってコナンはニカッと笑った。

 三玖の方も、それまで鉄仮面のごとき無表情を崩して少し笑みを浮かべた。

 

「歴史好きなの?」

「好きっていうよりは、僕の知り合いに物知りのお兄ちゃんがいるからよく教えてくれるんだ」

「そうなんだ。じゃあこういうのは知ってる? 武田信玄と真田幸村はよくセットで物語に書かれがちなんだけど、信玄が死んだとき幸村の年齢はまだ4歳だったの。後、徳川家康は天下を取った人として有名だけど、戦国時代には一度武田軍に負けてるの。後ね」

「う、うん! 僕もそこまで詳しくはわかんないかなぁ……」

「……そっか。ごめん、話過ぎた」

 

 急に饒舌にしゃべり始めた三玖に思わず引いたコナンは思わず言葉を遮ってごまかした。

 

「三玖、こっちの準備は終わりました」

 

 戻ってきた五月が最後の準備が終わったらしい。

 近くに置いてあったタオルで三玖は手を拭くと、五月が準備した機材の点検をした。ガスボンベのはまり具合や、消火用の水の状態などだ。

 一通りの点検を終え問題ないことを確認すると、その旨を伝えて三玖は五月に礼を言った。

 そして続けて一花も準備を終えたらしく、牧の準備が十分か確認するよう依頼した。

 その時だった。

 

「ねぇ三玖、ついでにさ、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「何?」

「いいからさ」

 

 半ば引っ張るようにして三玖を連れた一花は、コナンを気にしているようにしながら離れていった。

 

(……?)

 

 

 

 

 

 その後少しして風太郎達も買い出しから戻り、そのまま夕飯は始まった。

 二つあるコンロはそれぞれ小五郎、風太郎、一花、二乃、四葉。もう片方がコナン、蘭、三玖、五月という割り振りだった。

 用意されたガスコンロは二台。それぞれ三玖と二乃が調理の係となった。

 初めは蘭も調理側に参加するように申し出たが、二乃の押しの強さで強引に断られる形となった。

 

「さ、毛利さん一杯どうぞ」

「いやぁ、本当に今日は何から何まですみません」

 

 小五郎の横に着いた風太郎がビールの酌をする。

 風太郎も自分の紙コップに手酌すると、軽くコップを上げてから一口飲んだ。

 

「本当にお気になさらないでください。僕らもやりたくてやってるだけですから」

「それより毛利さん! 聞かせてくださいよ! 噂に聞く数々の難事件を解決した眠りの推理とやらを」

 

 目を輝かせた四葉が小五郎に迫る。

 

「えぇ……!? いや、まぁどれも話すほどのことじゃありませんでしたなぁ! 大したことありませんでしたよ!」

「流石は名探偵ですね! 毛利さんが解決した事件はニュースで拝見したことがありますが、そのトリックはどれもまるでマンガのように鮮やかなものでした。それを大したことないとは」

「そりゃ、まぁ、あたしですからぁ……」

「実は、裏で別人が解いてたりして」

「三玖!」

 

 三玖の発言に間髪入れず強い語調で指摘をする四葉であったが、隣のグループでも偶然話が耳に入ってきたコナンは半笑いだった。

 

(はは、正解……)

 

 コナン達のグループも三玖が焼いた肉を食べていたが、その半分近くをまるでブラックホールのように消費していく五月の姿をただ眺めているだけだった。

 

「5人と4人でグループを分けたのに食材が等分されたのって、こういうことだったんだね……」

「うん……」

 

 五月以外の姉妹は慣れた様子だったが、そのあまりの食べっぷりにコナンと蘭は見ているだけでおなかがいっぱいになりそうだった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして食材も一通り食べ終えたころだった。

 

「三玖、あんた疲れてるでしょ。後はやっておくから少し休みなさい」

 

 隣で炭の消化をしている二乃の言葉だった。

 

「……ごめん、慣れない外の料理で五月の相手をしてたら忙しくって」

「それってどういう」

「はいはい。後は任せるから、三玖を休ませてくるわね」

 

 五月が憤慨しかけると慣れた様子で二乃は受け流し、三玖を連れて旅館へと戻っていった。

 

「お父さん、ここの片づけ私も」

「ああ!? あーやっとけやっとけ! 俺は一花さんともーっと飲みますからぁ!」

 

 蘭が小五郎を久しぶりに見た時、そこにはすでに出来上がったおやじの姿がいた。

 両サイドには風太郎と一花が控えており、いつ倒れてもおかしくないようにスタンバっていってた。

 

「お父さん……ほんっとにもうはずかしいんだから……!!」

「あはは、ごめんね蘭ちゃん。楽しそうにしてるからつい飲ませすぎちゃった」

「いーえ! 酒癖が悪い父が悪いので、一花さんが気にする必要はありません! ……風太郎さんごめんなさい、私だけだと支えられるか心配なので、父を部屋まで一緒に運んでいただけますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「蘭ちゃんは片づけの方を手伝ってあげてよ。毛利さんをこんな風にさせちゃったのは私達だからさ、フータロー君と責任をもって部屋に運んでおくよ」

「ほんとにすみません……」

 

 そう言って一花と風太郎は小五郎を抱えて旅館へ戻っていった。

 

「すみません、私も少し用があるので、お先に失礼させていただきますね。四葉、悪いんだけど片づけ任せてもいいかな」

「大丈夫だよ五月! 任せて!」

 

 続いて五月が小五郎達が消えた少し後にそう言って、スマホを取り出しながら旅館へと戻っていった。

 残された四葉、コナン、蘭の三人が片づけを終えたのはそれからしばらくしてだった。

 一通りの片づけが終わった後、四葉達も部屋を戻ろうとした時、旅館の方から風太郎が出てきたのが見えた。

 

「あれ、風太郎さんどちらに?」

「ああ蘭さん。いえ、少し風に当たって酔いを醒まそうかと」

「ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。もう父は眠ってしまいましたか?」

「一応、一花が面倒をまだ見てます」

「ええ! ごめんなさいすぐ戻って代わります!」

 

 そう言って蘭は小走りで駆け出した。

 コナンもその後を続いたが、その後ろで声がした。

 

「四葉、悪いが酔い覚ましにつきあってもらえるか」

「うん、いいよ。コナン君、私もここで別行動させてもらうね」

「はーい」

 

 そう言って四葉が風太郎の後に続いて歩き出した後、コナンも蘭の後を追った。

 

 

 

 

 

 コナン達が自室に戻ったころ、自分達の部屋を覗くと小五郎が高いびきをかいて寝ており、一花の姿は見えなかった。

 

「お父さんも寝てるし、もう戻ったのかな」

「そうじゃないかな」

「一応私、お礼を言いに行ってくるね」

「僕もついていくよ」

 

 激しいいびきをかいている小五郎と二人っきりにさせられても困ると思い、コナンも部屋を出る蘭に再度続いた。

 中野家の扉の前に着くと、蘭はノックをしてから呼びかけた。

 

「すみませーん、一花さんいますか?」

 

 しかし反応はなく、扉の前で少し待ったまま少し時間が経った。

 反応がないため、やむなくもう一度ノックをしようとしたところ、部屋の奥から音が聞こえた。

 ゆっくりと扉が開くと、そこには顔色の悪い三玖の姿があった。

 

「あ、えっと、三玖さんですよね……ごめんなさい、起こしちゃいました?」

「蘭さんとコナン君……少し休んでただけだから、もう大丈夫。どうしたの?」

「父がお世話になったので、一言お礼を言おうかと思いまして」

「一花ならいない」

「そうですか……失礼しました」

 

 いないなら仕方ないと、蘭は三玖へ会釈をすると扉を閉めた。

 自室へ戻ろうとすると、廊下の奥から四葉が向かってくる姿が見えた。

 

「あれ、四葉さん。どうしたんですか?」

「ちょっと忘れ物を取りに来たの! あはは、私ってほんとにドジなんですよね」

「そうでしたか」

 

 そう言って四葉にも会釈をした後、コナン達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 小五郎のやかましいいびきにストレスを貯めながらも自室で休んでいると、やがて小五郎が目をさました。

 

「んあっ? あれ、蘭?」

「あれじゃないわよ! お父さん、眠っちゃうまで一花さんに面倒見てもらってたらしいじゃない! 信じられない! 女優さんよ!? 変な噂がたったらどうす」

「三玖! どうしたの!? ねぇ大丈夫!! 三玖!!」

 

 多少は酒が抜けた様子の小五郎を見たのを皮切りに、蘭が説教を始めようとした時だった。

 部屋の外から一花の叫ぶような声が聞こえた。

 

「どうしたのかしら……」

 

 心配そうに言う蘭。

 それと同時にコナンは部屋を飛び出した。

 すぐさま中野家の部屋である扉をくぐると、靴だけは脱いで部屋の中へと飛び込んだ。

 するとそこには頭から血を流し、目を開いたまま倒れている三玖の姿と、涙を浮かべながら体を揺すっている一花の姿があった。

 

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