五つ子旅館殺人事件   作:真樹

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五つ子旅館殺人事件(推理編)

 現場に警察が到着したのは、倒れている三玖が発見されてから二時間が経過したころだった。

 現場に飛び込んだコナン、続けて入ってきた小五郎の確認により三玖は発見された時にはすでに亡くなっていたことが確認されたため、警察と救急の両方に連絡が行った。

 

「横溝刑事。現場の確認が終わりました」

「うむ、では報告してくれ」

「被害者の名前は中野三玖さん。24歳。今日宿泊予定だった自室の窓際近くで倒れていました。死亡推定時刻は午後8時から9時の間、死因は後頭部を強打したことによる脳挫傷と考えられます」

「後頭部を強打……原因は?」

 

 横溝の問いに対して報告している刑事は遺体近くに落ちている灰皿を指さした。

 縁の部分には赤黒い染みが残っており、付近には灰が散乱していた。

 

「おそらくはあれかと。被害者の血痕が付着していました。また、多少ではありますが被害者の衣服が少し乱れており、窓際の居間のスペースに置かれている机が動かされた後がありました」

「なに? ということは事件当時には被害者以外に誰かいたということか?」

「可能性としてはあり得ます。ですがご親族に確認した限りだと、それぞれの方の所持品や被害者の荷物から何かが盗られているということはないとのことです」

「つまり強盗ではないということか……第一発見者は被害者の姉だったな。ここに呼んできてくれ」

 

 横溝の指示により刑事は部屋を出ると、別の部屋で控えていた一花を連れてきた。

 姿を見せた一花の目は真っ赤に腫れていたが、ひとしきり泣き終えた後か表情は生気が抜けたように落ち込んでいた。

 

「中野一花さんですね。テレビで常々拝見しております。本日はこのようなことになってしまい、誠にお悔やみ申し上げます」

 

 横溝はそこで言葉を一度切り、頭を下げた。

 

「お疲れのところすみませんが、妹さんを発見された時のことをお話しいただけますか」

「……私達家族は、外で夕飯を食べた後のことでした。私はフータロー君……亡くなった三玖とは別の妹、四葉の夫と一緒に酔いつぶれた毛利さんを部屋へ運んだ後、部屋に残って彼の介抱をしていました」

「え、今毛利さんと?」

「ええ、探偵の毛利小五郎さんです」

 

 すると、一花に続いて隣の部屋から出てきたらしい小五郎と、更に後からコナン達一行が廊下から顔を覗かせた。

 横溝の表情がぱっと明るくなる。

 

「毛利さん! またお会いできましたね! ご旅行ですか?」

「ええまあ。中野さん達とは旅先のこの旅館で仲良くなりまして……ところであんた、確か静岡県警じゃなかったっけ? ここは確か」

「愛知県警から応援要請があったんですよ、ここは県境に近いですから」

「そうかい。まあまずは彼女の話を聞いてあげてください」

「わかりました! それでは一花さん、続けてください」

「はい……毛利さんが眠られた後は部屋を出て、気分が良かったので夜風に当たりに外に出ました」

「どちらへ行かれたんですか」

「それは……」

 

 一花は伏せていた目を更に横へと少し逸らして黙った。

 

「どうしました? 言えないんですか?」

 

 横溝は一花へと凄んだ表情で顔を近づけた。一花はしばらく黙った後ゆっくりと口を開く。

 

「旅館から少し離れた場所にある崖です」

「崖ぇ? なんだってそんなところに行ったんですか?」

「もしかして、例の誓いの鐘ですか?」

 

 口を挟んだのは蘭だ。一花はそれに頷いた。

 

「うん、そうだよ。えっと、刑事さん。そこにはその、恋愛関係の言い伝えみたいのがあって、それに少し用があったんです」

「言い伝えとは」

「……恋人と一緒に鐘を鳴らすと、永遠に結ばれるというものです」

「恋人ですってぇ!?」

 

 横溝の目がくわっと開かれた。

 

「もしかして中野さん、どなたかとお付き合いされているんですか!? だとしたらスキャンダルですよ!?」

「違います! そういう人はいません! ……それに今は言い伝えは事件と関係ないですよね?」

「まぁ確かにそうですね。失礼、続けてください」

「それで、しばらくしてから部屋に戻った時には部屋で三玖が倒れていて……声をかけても起きなくて……それで……!!」

 

 言いながら、当時の情景が脳裏に蘇ってきたらしく、これ以上は出ることがないと思われた瞳から再び涙が溢れ始める。

 横溝は落ち着かせようと慌てて両手を一花の方へ向けるも、どうしようもなくあたふたする。

 

「ああ、辛いことを思い出させてしまって申し訳ありません! どうか泣き止んでください!」

「……すみません、まだ感情の整理ができてなくて……!」

「とりあえず今お聞きしたいことは以上です! ありがとうございました!」

 

 ポケットからハンカチを取り出すと、涙をぬぐいながら部屋の隅へと移動した。

 

「それじゃあ、念のためご家族の方々も、被害者が発見された時間に何をされていたかご説明いただけますか?」

「ちょっと! それってどういうことよ! まさか私たちの中に犯人がいるって言ってるんじゃないわよね!?」

 

 問いかけに対して強く反発したのは二乃だった。

 

「そういうわけではありませんが……! これも念のためのことなのでどうかご協力をお願いいたします」

 

 横溝は深々と頭を下げた。

 仕事で慣れているとはいえ、真摯な姿勢を前に二乃も少し落ち着きを取り戻したらしく、淡々と話し始める。

 

「……食事の後、三玖を部屋へ連れて行ったのは私よ。部屋に入るなり仲居さんが敷いてくれていた布団に倒れこむように三玖は寝っ転がったから、一人でお風呂に行ってたわ。お風呂から上がった後は……三玖が見つかるまで中庭で涼んでいたわ」

「それを証明してくれる人は?」

「ずっと誰かと一緒にいたわけじゃないけど、確かお風呂場から出る時に廊下で五月とすれ違ったわね。時間は多分、八時四十分くらいだったかしら」

 

 そうよね、と言いながら五月へ同意を求めると、五月も首を縦に振った。

 

「なるほど、本来であればご家族の証言はアリバイとならないのですが、毛利さん達を除けばご家族しかいらっしゃらないこの状況では、参考とさせていただきます」

 

 横溝は次に上杉夫妻へと向いた。

 

「お二方は確かご夫婦でしたね。ずっとご一緒でしたか?」

「ええ、一花と一緒に毛利さんを部屋にお運びした後、僕だけ旅館の外に出ました。そこで、片づけが終わって戻ってくる四葉と蘭さん達と鉢合わせたので、四葉にだけ声をかけて散歩に出ました。適当に歩き回ってましたが、そういえばその途中で一花と五月を見かけたと思います」

「五月さんもですか? ……なるほど、わかりました」

 

 続いて五月の前に横溝は立った。

 

「五女の五月さんですね。お話いただけますか」

「毛利さんが戻っていかれるのを見送った後、私は一人で別行動を取りました。移動しながら三玖に電話をかけました」

「被害者と!? その時三玖さんの様子は? 何を話したんですか!?」

「ゆ、夕飯が足りなかったので自室に戻ってお菓子を食べようと思ったんですけど、部屋で三玖が休んでいるのを知っていたんで食べに戻ってもいいか聞いていたんです。通話記録もありますよ」

 

 そういって自分のスマホを取り出すと、通話履歴の画面を点けた状態で横溝へと差し出した。

 そこには七時五十四分に三玖と通話を数分した記録が残っていた。

 

「ただ、断られてしまったので部屋に戻ってお菓子を取るだけ取ると、中庭で仕事をしてました。ただ、途中で仕事に詰まったので、気晴らしに散歩にでかけました」

「仕事とは?」

「私、高校の教師をしてるんですけど、よく仕事を持ち帰って家でやってるんです。ここにも念のためパソコンを持ってきていたので、中庭でも仕事ができたんです」

 

 五月の証言を裏付けるように、鑑識が割って入る。

 

「所持品検査を先ほどした時、そちらの方は確かにバッグの中にノートパソコンが入っていました」

 

 一通りのアリバイの確認を終えた後、横溝はメモを取っていた手帳を見つめた。

 

「つまりまとめると、被害者の三玖さんは死亡推定時刻のほとんどを一人で過ごしていたということですな」

「あの、刑事さん」

 

 一通り自分のことを話し終わった後、五月がおずおずといった様子で声をかける。

 

「三玖はもしかして、誰かに殺されたということですか?」

「まだそうとは言い切れません。他殺とはっきり言えるわけではありませんが、現場が多少荒れているものですので……もしかして、犯人に心当たりが?」

「……」

 

 すると横溝の問いかけに対して五月は目を逸らした。

 その様子に違和感を覚えたコナンであったが、代わりに二乃が何か察したのか口を開く。

 

「もしかして、アイツが?」

「……ええ」

 

 同意する五月。

 

「アイツとは? 誰ですか? まさか犯人ですか!?」

 

 一花の時と同様に迫る横溝であったが、五月に加えて二乃まで話すことにためらう素振りを見せる。

 しかし、意を決したように表情を変えた。

 

「三玖には、ストーカーがいたんです」

「ええ!?」

 

 その二乃の言葉は横溝だけでなく、一花と上杉夫妻の表情までも大きく変えた。

 

「どういうことだ!? あいつにストーカーだと!」

 

 真っ先に声を上げた風太郎だった。

 二乃のもとへ近づくと両肩を掴んだ。

 

「痛っ!」

「あ、すまん!」

「上杉さん落ち着いてください……二乃さん、続きをお願いできますか」

 

 横溝に半分引きはがされるようにして風太郎が離れると、二乃は頷いて話を続ける。

 

「最近のことです。私と三玖は地元で喫茶店をやってるんですけど、そこに変なお客さんが頻繁に来るようになったんです。それで、たいした注文もしないくせに店員の私達に対してタバコを買ってこいとか、もっとサービスをしろとか言いたい放題だったんです」

「なんで出禁にしないんだそんな奴!」

 

 再度強い口調で風太郎は問い詰める。

 

「三玖が嫌がったのよ! あんなのでも客は客だって、まだ我慢できるから向き合おうって」

「しかしそれは、ストーカーというよりはクレーマーではないのですか? 迷惑であることに変わりはないですが」

 

 横溝の問いに二乃は首を振る。

 

「それが、そいつ気の弱い三玖に目を付けたのか、三玖にばかりセクハラまがいなことまで言うようになったんです。最近じゃ後を付けられているかもしれないなんてことを言い始めてて、本当に警察に相談しようとしたところだったんですけど」

「せめて私達にでも相談してくれればよかったのに……」

 

 風太郎の後ろで話を聞いていた四葉もしぼんだ声で呟く。

 話がそこまで進んだ時、それまでグループの隅で話を聞くだけだった小五郎が拳を手のひらに打って「わかった!」と声を上げた。

 一同の視線が小五郎へと集中する。

 

「つまりそのストーカーはこの旅館までついてきて、三玖さんが一人になる時間をずっと狙っていた。そして彼女が犯行時刻のころ一人になったのを見ると、部屋に乗り込んできた」

 

 それに、と言いながら小五郎は遺体の近くへ寄り、床のとある場所を指さす。

 

「ここにはタバコの灰が散乱している。今日皆さんとご一緒していた限り、姉妹の方々や風太郎さんはタバコを吸わない。そうですね?」

 

 呼ばれた全員が頷いた。

 

「おそらく犯人は、部屋に乗り込んだ後いきなり犯行に及んだのではなく、三玖さんと何かを話した。散乱しているタバコはその時犯人が吸ったものでしょう。そして、話は口論へと発展し、最終的にカッとなった犯人は三玖さんを灰皿で撲殺した」

「おお! 流石は毛利さんです! ……おい! すぐにこの旅館の周辺一帯で不審な人物がいた形跡がないか捜索するんだ!」

「は!」

「でもおかしいよ?」

「え?」

 

 横溝の号令で刑事達が動き出そうとした時、小五郎と同じく三玖の近くに寄っていたコナンが声を上げた。

 コナンは三玖の浴衣の首元を大きくはだけさせると、体を斜めにするように少し持ち上げていた。

 思わず蘭が大声を上げる。

 

「コナン君、何してるのよ!」

「だって三玖さん、背中が赤くなってるよ。これって背中を強く打ち付けたってことだよね。それに体の向きも仰向けで頭がテーブルの方に向いてる。これってテーブルとは反対の方を向いてたってことだよね。普通人と話す時、向かい合った椅子が置かれているテーブルを使わないなんてことあるかな? そもそもそんな変な人が押しかけてきて、部屋に上げるのなんて自体がおかし」

 

 瞬間、コナンの視界が一瞬暗転した。

 続けて強烈な痛みが頭を襲い、自分がげんこつを食らったのを理解した。

 

「何度言ったらおめぇわかるんだ! 現場をガキがうろちょろするなって言ってるだろうが!」

「いったー……!!」

 

 小五郎はコナンの襟元を掴むとそのまま持ち上げて蘭へと渡す。

 赤く腫れてるコナンの頭を、蘭は心配そうに見下ろした。

 

「もう、コナン君もいっつもこうなんだから」

「とにかく、現場をもっとよく見てよ!」

「うるせぇ! もう遅いんだ! ガキはさっさと寝ろ!」

 

 これ以上は立ち会わないという雰囲気の小五郎をしり目に、コナンは蘭に連れられて立ち去ろうとした。

 けれど、下足置き場に向こうとした矢先、今度は横溝が「おや?」と声を上げた。

 

「毛利さん、確かによく見ればこの現場、少し気になりますよ」

「気になる?」

「まず血痕が付着している位置です。灰皿の縁の方に血が付いていますよね。毛利さん、ちょっと灰皿で人を殴るふりをしてみてください」

 

 言われて小五郎は不審な顔を浮かべながらもその通りにする。

 テーブルに灰皿があった場合から初めて、それを拾い上げ、おそらく三玖が立っていたであろう場所に近寄ると手を振り上げた。

 

「ああ!」

 

 そこでようやく小五郎も気が付いたようだった。

 

「普通、灰皿を凶器で使う場合は縁の部分を持ち手にする。そうなれば被害者を殴打した時血痕が付着するのは底の方だ」

「それとテーブルの足の部分です」

 

 小五郎が続けて差された方を見ると、床にはテーブルの脚と同じ直径の引きずったような跡がついていた。

 通常であれば、長年使ってる間に引きずった跡も着くのであろうが不自然な部分があった。

 

「引きずった跡が手前側の二本にしかない。それに引きずられてめくれた木の部分がまだ新しい。こりゃ出来立ての傷だな」

「つまりですね毛利さん。被害者の体勢と、状況から推測すると、事故の可能性もあるんじゃないかと思うんですよ」

「具合の悪い三玖さんはふらついた足取りで立ち上がろうとしたが、立ち上がってすぐに足を滑らせて後ろへと倒れこんだ。その時、倒れた先には運悪くテーブルの上に置かれた灰皿がありそこに頭をぶつけ、机の手前側はずり落ちる遺体に押され斜めに強い力が加わった状態で移動した。灰皿はその時に床に落ちたと……確かに流れとしては自然だな」

「ですよね! つまりこれはやはり事故では」

 

 だがな、そう言って小五郎は首を横に振った。

 その場にしゃがみ込むとテーブルの上を凝視しながら撫でた。

 

「もしそれが正しいとするなら、血痕はテーブルにもついているはずだろう。だが実際には灰皿と床にしか付着していない。それにだ、タバコの灰はどう説明するってんだ。この部屋に泊まる予定だった人の中には一人も喫煙者がいないし、吸い殻だって無い。吸い殻がないっていうのは、犯行を犯した犯人が付着した唾液から身元の特定を恐れて回収したってことだろう」

 

(おっちゃんの言う通りだ……確かに状況的には事故に見えるが、タバコの存在が何よりも他殺であることを証明している)

 

 どうにも複数の状況証拠のそれぞれが別々の可能性を示すことに違和感を覚えながら、他に見落としがないか蘭に抱きかかえられたままコナンは現場を見渡した。

 テーブル、床、そして被害者の順へとじっと見つめると、あることに気が付いた。

 コナンは三玖の手を指さす。

 

「あれ、三玖さんの右手、何か不自然じゃない?」

「こぉらコナン!」

「まあ毛利さん! それくらいはいいじゃないですか。それより、確認してみますね」

 

 三玖の右手は改めて見ると、不自然に強く拳が握られていた。

 横溝は手袋をつけた手で三玖の右手に触れると、ゆっくりと拳を解いた。

 

「こ、これは!」

「硬貨が握られている……!」

 

 三玖の手の中には五十円玉が六枚握りしめられていた。

 

「三百円の小銭、これはもしかして、被害者からのダイイングメッセージなのでは!?」

「だが、仮にそうだとしてもどういう意味だ? 数字が直接犯人を示すというのであれば、ゼロ以外の唯一の数字である三は、三女の三玖さんを示すものだ」

「枚数だとしたら六、五つ子の法則には当てはまらないですね」

「そうか、五十円玉だ!」

 

 小五郎は立ち上がると五月へと目を向ける。

 

「犯人は五月さん! あなただ!」

「な、なんですって!?」

 

 唐突な犯人の宣言に一同が目を剥いた。

 小五郎は顎に手を当てると、自分の推理の披露を始めた。

 

「五十円玉、つまり五という数字は五月さん、あなたのことを示しているんですよ! おそらくあなたは、中庭で仕事をしていたというのは嘘で、部屋に戻った時点で三玖さんを殺害した。そしてその後すぐに自分のアリバイを作るために旅館の外へ飛び出し、誰かが自分の姿を目撃してもらうように歩き回ったんだ。違いますか!?」

 

 自身満々の様子でそう説明する小五郎。

 しかし、その説明を最後まで聞いていた五月はといえば、肩を震わせてそれ以上言う言葉はないのかという目で小五郎を睨んだ後、爆発したような勢いで叫んだ。

 

「だとしたらタバコはどうやって説明するんですか! 私は吸いません! それに五という数字を強調したいなら、五十円玉を五枚握ればいいじゃないですか! わざわざ六枚にした意味はなんですか!? だいたい、アリバイを作るために誰かを探すなら旅館の中を歩き回った方がよっぽど誰かと会う可能性は高いです! というかそもそも、私はあなたが部屋へ運ばれて寝ていたのを知っているんですから、起こせばいいだけじゃないですか! 家族よりよっぽど警察に信じてもらえるアリバイですよ!!」

「は、はいい!」

 

 捲くし立てる五月の剣幕に圧され、先ほど推理を披露していた時に見せていた余裕はどこへ行ったのかと思うほど小五郎の腰は引けていた。

 五月の反論に対して何も言い返さない小五郎。

 一同の間で一様に落胆した気配が流れた後、いたたまれなくなった横溝が一つ咳払いをした。

 

「とにかくですな、ひとまず皆さん落ち着きましょう。時間も遅いですのでお休みいただくことは難しいですが、部屋へ戻っていただいて休憩くらいならしていただいて結構です」

 

 横溝の鶴の一声によってその場は解散となった。

 中野家の人たちは別の部屋へ移ることとなったらしい。

 コナンは蘭と一緒に自室へと戻ったが,先ほどまでの会話や現場の状況を何度も脳裏で反芻していた。

 どうしても納得いかないのが、数々の現場に残っている証拠達だった。

 それぞれが事故である証拠、殺人事件である証拠を示している。この矛盾した状況がなぜ起きたのかが現時点のコナンでは見当もつかなかった。

 けれども、現場に残った誰のものでもないタバコの灰と、明らかなメッセージ性を感じる被害者が握っていた小銭。その二つからコナンは殺人を疑っていた。

 

(考えていてもしゃーない。やっぱりもう少し調べてみるしかねえな)

 

 コナンは立ち上がると下足置き場の方へと歩き出した。

 

「コナン君、どこに行くの?」

「ちょっとトイレに行ってくるね」

「警察の人がたくさん来てるんだから、あまりお邪魔しちゃダメよ?」

「はーい」

 

 蘭に見送られて廊下へと出て、扉を完全に過ぎると即座にコナンは現場の方へと足を運んだ。

 ちょうど現場の部屋からは鑑識が出てくるところだった。

 

「あ、鑑識のおじさん! ちょっといい?」

「なんだい坊や」

 

 鑑識はコナンの存在に気が付くと足を止めた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、現場のテーブルからルミノール反応って出たの?」

 

 ルミノール反応とは血液が付着した後を調べる時に出る反応だ。血液を拭き取っても消えることはなく、水で洗い流しでもしない限りは残るものだ。

 

「いや、出なかったなあ。部屋の中は全部調べたけど、実際に血が残ってる場所以外から反応は一切なかったよ」

「そうなんだ、ありがとう!」

 

 鑑識に礼を告げるとコナンはその場を立ち去る。

 再び状況を整理しながら廊下を練り歩き、一階に降りた時だった。降りた先にある中庭に一花の姿があるのを見かけた。

 遠目だが、顔を地面に向けて時々ハンカチを取り出しては目元をぬぐっていた。

 

「……」

 

 そのまま見逃すことも出来ず、コナンも中庭へと出た。

 昼間は暖かい気温だったが、夜になるとずいぶんと冷え込んでいるようで冷たい風がコナンを通り過ぎた。

 一花の傍まで近づくと、石で敷き詰められた地面を踏む音で気が付いたらしく、一花が顔を上げた。

 

「あ、コナン君」

「一花さん、大丈夫?」

「……心配かけちゃってごめんね。でも、お姉さん、立ち直るまでもう少し時間が……」

 

 そう言っている最中も一花の目からは新たな涙が浮かびあがる。

 やはり余計な真似はせず立ち去った方がよいか、思案していると一花はポツリポツリと話し始める。

 

「私と三玖ね、昔喧嘩したことがあるんだ」

「……」

「喧嘩なんて正直しょっちゅうだけど、その時のは違うの……ううん、喧嘩とすら言えない。悪いのは一方的に私だったの」

「何かしちゃったの?」

「私達姉妹はね、昔、同じ人を好きになったことがあるの。それで三玖ともその人を取り合って、凄く傷つけることをしちゃったんだ」

「……何を、したの?」

「私達姉妹って、五つ子だからそっくりでしょ? それで、私は三玖に変装して、あの子の告白を台無しにしちゃったの……まぁ、そこまでしても結局私もその人には選ばれなくって、他の姉妹に取られちゃったんだけどね……でも私の中では今でも自分で自分を許せなくて……ずっと三玖には幸せになってもらいたかったんだけど……それなのに……!!」

 

 再び一花は嗚咽を漏らし始める。

 話を聞いていて、その口ぶりからコナンの中で一つの可能性が思い浮かんだ。

 

「その好きな人ってもしかして」

「……ごめんね! こどもの君に変なことを話しちゃった。今聞いたことは忘れてくれると嬉しいな」

 

 未だに強い感情が胸中を渦巻いていることが隠し切れない様子であったが、それでも一花は無理やり笑みを浮かべた。

 

「うん、わかった。最後に一つだけ聞いてもいいかな」

「何?」

「一花さん、僕達が夕飯の準備をしてた時に三玖さんと二人で話をしに離れていったよね? どんなことを話していたの?」

 

 コナンの問いかけに一花は少し考える素振りをした後、コナンへと向き直る。

 

「別に隠すことでもないしいっか。二乃のことを聞いてたの」

「二乃さん?」

「ほら、私達がお風呂から上がった時、二乃だけおじいちゃんのところに行くって言ってたでしょ? 今日来た時に私達姉妹はみんなでおじいちゃんに挨拶しに行ったんだけど、普段だったらその後に私達の方から会いに行くことって滅多にないから、何か心当たりがないか一番近くで二乃を見ている三玖に聞こうとしたんだ」

「それで、なんて返事したの?」

「知らないって。三玖も二乃の様子がおかしいことには気が付いてたみたいだけど、それまでだったみたい。五月に聞いても多分同じ答えが返ってくるって言ってたかな」

「え、五月さん? どうしてそこで五月さんが出てくるの?」

「二乃と三玖と五月は、三人で同じ家に住んでるの。というか三人が住んでるのが私たちの実家だから、私と四葉達が別々のところに住んでるっていう方が正しいかな」

 

 そこでコナンは、最初に自分たちが旅館に到着した時のことを思い出した。

 確かに上杉夫妻は二人で車に乗って旅館に向かっており、一花も一人で受付をしていた。風太郎の口ぶりからして、駐車場に入ってきたときに入違ったタクシーが一花の乗ってきた車だったんだろう。

 そして、残る三人はすでに部屋に到着していたが、一花の話からすると三人一緒に来たということだろう。

 そういえば、現場にいる時三玖のストーカー被害について、二乃からは話を聞いていたが、同じ家に住んでいるというなら五月も何か知っているかもしれない。

 

(念のため、二人にも話を聞いておいた方がいいかもな……)

 

「そうなんだ、じゃああんまり事件とは関係なさそうだね。お話聞かせてくれてありがとう。僕そろそろ行くね」

「あ、うん。私こそ君と話したら少し気が紛れたよ。ありがとうね」

「どういたしまして」

「もっと三玖に日本史教えてもらいたかったな」

 

 コナンは一花に背を向け歩き出すと、後ろで一花が呟いていた。

 

(日本史、それに五十円玉って、もしかして)

 

 最初に入ってきたときと同じ入り口から廊下へと戻った。

 再び来た時と同じ道順で階段を上がり、客室扉の並びまで来たところで、現場で聞いたアリバイの話を思い出した。

 

(そういえば、あの人の言ってたこと……おいおい、おかしいぞ!)

 

 全員の話を一通り思い出した時、聞いていた話の中に矛盾が存在することに気が付いた。

 そこまで考えたところで、コナンは新しく割り振られた中野家の部屋の前までたどり着いた。

 ノックをすると、まだ起きているらしく返事が聞こえた。

 

「おじゃましまーす」

 

 扉を開くと中の襖は開いており、部屋の中まで入っていくと二乃と五月の二人とも部屋にいた。

 どちらも窓際のテーブルに備え付けられている椅子に腰かけており、表情は暗かった。

 

「コナン君……どうしたの?」

「ちょっと眠れなくってさ。それに気になったこともあったから少しお話を聞こうと思って」

「悪いけど、話す気分じゃないわ。ごめんなさいね」

「二乃、少しくらいいいじゃない。私達もさっきからずっとこの調子だったし、少しは気が紛れるかも」

 

 手をひらひらとさせて早々に追い払おうとした二乃であったが、一花の言葉もあり少し不満げな顔を浮かべながらも、早く話せという目でコナンへと向いた。

 

「あはは、五月さんありがと。でも、話を聞きたいのは五月さんの方でさ、例のストーカーの話なんだけど、あれって五月さんは知ってたの?」

「え? ええ、知ってたよ。持ち帰りの仕事をする時、たまに二乃たちのお店でやってたから。例のお客さんも何度か見かけたことがある」

「その時、何か気になったことはなかった?」

 

 五月は考えるように上を見上げる。

 

「気になったことって……そういえばあの人、禁煙の店内でもお構いなしでタバコ吸ってたかな。その時は流石に見かねてというか、つい勢いに任せてやめるように怒鳴っちゃったことがあったわ」

「それでどうしたの?」

「店員以外の人から怒鳴られたからか、流石に帰っていったよ」

 

 二乃が頷く。

 

「それなら私もその場に居合わせたわ。アイツ、あの時私に投げつけるようにしてお金を払っていったのよ。タバコも携帯灰皿を置きっぱなししていって、ムカついたから忘れ物だけどすぐに捨ててやったわ」

「そんなことがあったんだ……でも、その人どうしてそんなに三玖さんに付きまとったんだろうね」

「それは……そんなの知らないし、知りたくもないわ!」

 

 吐き捨てるように言う二乃の表情は苦虫を嚙みつくしたようで、それ以上聞くことは憚られる雰囲気だった。

 

(……これ以上聞くのは、機嫌を損ねるだけになりそうだな)

 

「教えてくれてありがとう。最後に一つ聞きたいんだけど」

「好奇心旺盛な子だことね。本当に最後なんでしょうね」

「う、うん……さっき中庭で一花さんと会ってお話をしたんだけど、昔の風太郎さんってずいぶん格好良かったんだってね」

「!!」

 

 そういった次の瞬間、二人の表情がそれまでの暗いものとは打って変わって違うものへと変わった。

 二乃は顔を赤らめており、五月はどちらかと言えば動揺に近い表情だった。

 先に落ち着きを取り戻した五月は一度目を伏せた。

 

「ええ、彼にはずいぶんと振り回されました。私達姉妹が彼のせいでどんな思いを」

「五月! そんなこと説明する必要ないでしょ!」

 

 言いながら立ち上がった一花はコナンの方へと向くと、首の後ろの服を掴んで持ち上げる。

 

「君も! そういう話はあと十年は経ってからしなさい!」

 

 コナンを持ち上げたまま廊下まで出ると、怒っているわりには冷静なのか、放り投げることはせず床に下ろしてから中へと戻った。

 最後にコナンへ振り返ると「これ以上話すことはないわ!」と吐き捨てて勢い扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 自室へ戻るべく歩いている最中、コナンはこれまでの話した内容をまとめていると、ちょうど上杉夫妻の部屋に差し掛かったところで中から話し声が聞こえた。

 足を止め扉を少し開けると、中では風太郎と四葉が話し合っているようだった。

 その雰囲気はこれまでの姉妹たちとは違い、多少盛り上がりのある様子だった。

 これならば追い返されることはないだろうと踏み、コナンは中に入ることにした。

 

「上杉さん、おじゃましまーす」

「あれ、コナン君? どうぞー!」

 

 四葉の返事があり、中の部屋へと入る。

 先ほどの二乃と五月と同じように窓際のテーブルがある小スペースに座っており、四葉の手にはスマホが握られていた。

 コナンは二人の席の近くに近づいた。そしてその時、床を見るとあることに気が付いた。

 

「眠れなくってさ、ちょっとお話してもいい?」

「うん、いいよ」

「じゃあさ、今何か楽しそうな話が聞こえたけど、何を話してたの?」

 

 ああ、それはね、と前置きをした後、四葉が手に持っていたスマホの画面を見せてきた。

 画面を見るとそこには写真が表示されており、五つ子と風太郎の姿が映っていた。

 けれど、その姿は若く蘭と同じくらいの年頃に見えた。

 

「これ、高校の卒業旅行の時の写真なんだ。あんなことがあったから、風太郎とちょっと昔を思い出してたの」

「あの時はこいつらに迷惑かけられっぱなしだったけど、まあ楽しかったなってな」

「風太郎ひどい、私達だってさんざん風太郎に馬鹿だなんだって言われて大変だったんだよ」

「それは家庭教師としての仕事だったからな。それにお前は怒られても嬉しそうにしてただろ」

「え、風太郎さんって中野さん達の家庭教師だったの?」

 

 すると、風太郎は昔を懐かしむような顔を浮かべる。

 

「ああ、同じ学年だけど俺は学年トップでこいつらは赤点候補。だから俺が勉強を教えてやってそれぞれの進路まで進めてやったんだ」

「その節は大変お世話になりました。上杉さん」

「なんだよ、昔の話し方に戻して」

「えへへ、なんか懐かしくなっちゃって、ちょっとね」

 

 そういって笑いあう二人は、さきほどまでの事件を忘れさせてくれるかのように穏やかな空気であった。

 その空気に感化されてかコナンの表情もほぐれて、あらためてスマホの画面を見せてもらった。

 写真に映ってる場所はおそらく沖縄のようだった。

 

「これって国際通り?」

「コナン君も沖縄の街並み知ってるんだ。そうだよ、みんなで買い物に出かけた時に撮ったやつなんだ」

 

 写真に映っている六人は皆笑顔で、それぞれがポーズを決めていた、風太郎などは直立不動のピースだったので一人だけ浮いている気もしたが。

 そうして写真を見ている中で、ある一点に気が付いた。

 二乃だ。

 

「ちょ、ちょっとコナン君?」

 

 コナンはスマホに触ると写真を拡大し、二乃の足元を拡大した。

 そして、今日あった二乃のことを思い出すと、一つの可能性が思い浮かんだ。

 

(二乃さんのマニキュア。今日見た時って確か……)

 

「あ、四葉さん勝手に触ってごめんなさい。それでね、二乃さんのことでちょっと気になったんだけど、もしかしてさ」

 

 そう言ってコナンは四葉に耳打ちをした。

 

「え? ……うん、どうもそうらしいんだ」

 

(やっぱり……!)

 

「二人で何を話してるんだ?」

 

 突然目の前で内緒話を始め、当然のように風太郎が疑問を投げかけた。

 コナンとしてはあまり人に聞かせるべき話題はないと思い耳打ちをしたのだが、どうやら杞憂であったようで四葉が説明をした。

 

「さっきおじいちゃんに聞いた話だよ。コナン君、写真を見ただけで気が付いたらしくってさ……」

「……! 流石探偵の連れの子だ」

 

 なんてもその話は上杉夫妻も先ほど個別に祖父のもとへと向かい聞いた話らしい。

 

「僕はただ、二乃さんのお仕事のことを差し引いてもおかしいなって思っただけだよ」

 

 照れくさそうにコナンは頭をかいた。

 けれど、この話をそのままにしておくと事件の捜査に影響が出る恐れがあると考え、コナンは念のため釘をさすこととした。

 

「ねぇ、このことは二人はどうするつもりなの」

「そりゃもちろん、家族に相談するつもりだけど」

「それ、ちょっと待ってもらえないかな」

「どうして……?」

「きっとこの後、本人たちが言ってくれると思うから」

 

 そういうコナンの表情は自信に満ちており、たいして二人は頭の上に疑問を浮かべたが、少しした後に頷いた。

 

「よくわからないが、なんだか君の言うことは信じられる気がする。俺たちはこの旅行が終わるまでは黙っておくよ」

「ありがと、じゃあ僕もそろそろ戻るね」

「はい、おやすみなさい」

 

 上杉夫妻の部屋を後にし、そのまま隣の自分たちの部屋に戻るとすでに小五郎も戻ってきており眠っていた。

 蘭はコナンの帰りを待っていたようで、心配そうに目を向けてくる。

 

「ちょっと、何がトイレに行ってくるよ! 全然帰ってこなかったじゃない!」

「ごめんなさい。ちょっと気になったことがあったから」

「まったくもう……もう一時よ。お父さん達警察も今日の捜査はもう終わりにして続きは明日にするんだって。私達も早く寝ないと」

「はーい」

 

 促されるままコナンは布団に入るが、脳内では未だに事件のことを考えていた。

 けれど、最初のころとは違う。

 

(読めたぜ……! これで最後まで引っかかってたあの謎の答えもわかった。これは事故ではなく殺人だ。後は証拠の裏取りさえできれば、犯人はストーカーなんかじゃない。アリバイ証言の時にはっきりと嘘を言っていたあの人だ!)

 

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