翌朝、再び現場検証に警察が訪れ捜査が再開された。
小五郎も横溝の依頼により捜査の協力に駆り出されていった。
残ったコナンと蘭は自室で朝食を済ませ、しばらくした後に警察から一階の大広間に集まるように連絡があった。
蘭と部屋を出た時、一階に降りる階段とは反対側にある現場の部屋の扉前に警官が立っているのが目に入り、コナンは警官に向かって走り出す。
「ちょっとコナン君!?」
「蘭姉ちゃんは先に行ってて! すぐ戻るから!」
警官の傍まで近寄ると、向こうもコナンの様子に気が付いたようだった。
「坊主、どうしたんだ?」
「あのね、小五郎のおじさんが調べてほしいことがあるって言ってたんだ」
「毛利さんが? ああ、いいよ。横溝刑事からなるべく毛利さんの捜査にも協力するように言われているからね。それで、何を調べたらいいんだい?」
「二つあるんだけどね、ちょっと耳貸して」
そう言って口元に手を寄せ内緒話のポーズを取る。
警官も腰を屈めると、コナンの耳打ちを聞く。
一通りの話を聞いた後、腰を上げた。
「一個目はすぐ調べられそうだけど、二個目はかなり面倒だなぁ……」
「でも、すっごく大事なんだって。おねがーい」
「わかったよ。でも少し時間がかかると思うから毛利さんにもそう伝えておいてもらえるかい」
「わかった!」
早速警官が別の警官と情報を共有し、動き始めたことを確認すると、コナンも蘭達がいる一階へと向かった。
大広間には蘭の他に、上杉夫妻と中野姉妹も集められており、一同の前には横溝と小五郎が立っていた。
「現場検証が完全に終わりました。ですが、出てきた証拠は昨日確認されこと以上のことはなく、現段階では事故か事件かの判断も難しい状況です」
「だが、意図は不明だが被害者のダイイングメッセージや、誰も使用していないタバコの後から外部犯の犯行であると考えました」
「よって、ここから先は事件の線で捜査を継続いたしますが、犯人は例のストーカーに違いないでしょう」
横溝と小五郎が説明すると、一同の間に動揺の空気が流れた。
いくら現場の様子から想像できていたとはいえ、警察からはっきりと身内が誰かに殺害されたと言われ、ショックと恐怖の感情は出てくるのだろう。
特段に二乃はおびえた様子を見せ、腰に回すように組んでいた腕に力を入れると震え始めた。
「あの、刑事さん。犯人はまだ見つかっていないんですよね?」
「ええ」
「そんなどこにいるか分からない状況で帰ったりしたら、待ち伏せされてたりしないでしょうか……?」
「心配なお気持ちはわかります。ストーカーの狙いが三玖さんであったとはいえ、あなた方は五つ子ですからね。同じ顔という理由で狙いが切り替わる可能性も否定できません。ですので、本庁と連携を取って姉妹の皆さんにはしばらくの間、護衛を付けさせていただきます」
その話を聞いて、ようやく二乃は安心したらしくほっと胸を撫で下ろした。
二乃が納得してくれた様子を横溝も確認すると一つ頷き、一同へと向き直る。
「と、いうことで皆さんは本来のご予定の通り帰宅いただいて結構です。捜査のご協力ありがとうございました」
(まずいぞ……予定通りってことはチェックアウトの時間まで後ちょっとだ)
コナンは焦った。先ほど調べ物を依頼した警官はまだ戻ってきておらず、依頼した内容からもまだしばらくはかかるだろう。
待っていたらその間に犯人はこの場を立ち去りかねない。
犯人を特定する決定的な証拠は消えたりするものではないため、後日警察を連れていって別の場で引っ張ることも可能だが、殺人の動機を勘案するとこの場で解き明かした方が得策だと考えた。
(しゃあない、一か八かだ!)
すでに大広間から出ようとし始めている一同の尻目に、コナンは小五郎の後ろにある襖を小さく開け、その裏側に回り込むと腕時計型麻酔銃の照準を小五郎へと合わせ発射した。
発射した麻酔針は命中し、直後、小五郎は間抜けな声を上げて後ろへ数歩下がった後に襖へともたれながらずり落ちて座った。
それを確認した後、蝶ネクタイ型変声期のダイアルを小五郎へ合わせたコナンは大きな声で全員を呼び止めた。
「ちょっと待ってください!」
「え、毛利さんどうしたん……おお! そのポーズは! まさか、来たんですね!!」
振り返った横溝が小五郎の体勢を見た瞬間、目を輝かせて興奮気味に声を上げた。
「ええ、来ましたとも横溝刑事。ビビッとね」
中野姉妹達もすでに足を止めており、小五郎へと向き直っている。
中でも、四葉は小五郎の様子をみてわなわなと震えだっていた。
「ま、まさか眠りの小五郎ですね!? あの難事件を解き明かす時に毛利さんが必ず取るというポーズ!」
「つまり、真相がわかったということか四葉?」
「ええ、風太郎さん。全てわかりましたよ。今回の件が事故ではなく、事件で、犯人がどこにいるかまでハッキリとね!」
「!!」
おお、という動揺と関心が入り混じる声を全員が上げる。
特に、三玖の死に一番ショックを受けていた一花の目が異様に鋭くなっており睨むような顔をすると小五郎へと歩み寄った。
「毛利さん、教えてください。ストーカーは今どこにいるんですか。私はその人を、三玖を殺した犯人を絶対に許しません!」
「落ち着いてください一花さん……犯人がどこにいるか、というのは実はそれほど重要ではないのですよ」
なぜなら、と続けて一度言葉を切ると、少し溜めた後に続けて言った。
「犯人はストーカーではなく、この部屋の中にいるんですからね」
「……!! 嘘よ!!」
信じられない、いや信じないとでも言わんばかりの剣幕で一花は怒鳴った。
「質の悪い冗談はやめてください。ここには毛利さんと、私達家族しかいないんですよ? ……だとしたら」
「まあ話を最後まで聞いてください。今回の事件は、蓋を開けてみれば計画性も何もない突発的な犯行で、後始末も実にお粗末だったと言わざるを得ませんでした。しかし、そのお粗末な隠蔽工作が事故と事件の二つの可能性を生み出し、結果として捜査をかく乱することに成功しました。危うく犯人の思惑通り、例のストーカーが犯人になっていたかもしれません」
「で、誰なんですか!? 犯人は!?」
小五郎に向かって横溝も詰め寄る。
「犯人はいくつもの情報が錯綜したアリバイ証言の中で唯一、真っ赤な嘘をついていた」
コナンは小五郎の声で話しながら、襖から腕を伸ばして小五郎の腕を動かすと一人の人間を指さした。
「中野五月さん、あなたです!」
五月の目が大きく見開かれた。
「五月が!?」
「嘘……そんなの嘘よ……!」
一同の視線が五月へ集中し、姉妹たちは全員が信じられないという顔をしていた。
当の五月本人はといえば、一度は愕然とするもすぐさま表情を引き締めると小五郎へ反論した。
「やはり、昨日の適当な推理を言ってきた時から疑っていましたが、あなたが名探偵であるということこそ真っ赤な嘘だったみたいですね。私はあの時、その場で反論しましたよね? ダイイングメッセージの意味、私がアリバイ工作のために毛利さんを起こすのではなく、わざわざ外へ出たという理由を……あなたは全て説明出来るというんですか!?」
「ええ、説明できますとも」
「っ!?」
即答する小五郎に今度は五月が息をのんだ。
「とはいえ、あたしの推理は途中まで合ってはいたものの、アリバイ工作のために外に出たというのは間違いでした。本当に重要なのはその前、あなたが本当は中庭で仕事などしていなかったということです」
「毛利さん、どういうことかご説明をお願いします」
横溝の横やりに五月やそのほかの面々も頷く。
「まず、事件の真相はこうです。五月さんは三玖さんへ電話を掛けた後、部屋へと戻り殺害した。おそらく電話の内容は『話があるけど今部屋にいるか?』といった内容でしょう。ここまでは昨日お話した通りです。そして、五月さんのアリバイが嘘であると分かった理由は、事件当時の旅館の人の出入りをおさらいするとわかります」
小五郎の言葉の後、横溝が懐から手帳を取り出し、話始める。
「えっと確か、最初に二乃さんと三玖さんが部屋に戻られ、二乃さんは温泉へ、三玖さんは部屋で休まれた。その次に一花さん、上杉さん、毛利さんの三人が毛利さんの部屋まで行き、今度は上杉さんがすぐに旅館を出られて、その少し後に毛利さんが就寝されると一花さんも旅館の外へと出られた。そして次に五月さんは部屋へ戻った後、すぐに中庭へと移動された。最後に食事の片づけでしばらくした時間が経った後、旅館へ戻ろうとした四葉さんは風太郎さんに連れられて行き、蘭さんとコナン君の二人が外から自室へと」
「ストップ」
横溝の話を遮って小五郎は止めた。
横溝は手帳から顔を上げる。
「つまり五月さんが中庭で作業をしている途中に、蘭とコナンは部屋へ戻ってきたということになります」
「そうですね」
「横溝刑事、確認しますが今日この旅館に来てから事件現場まではまっすぐ向かわれましたか?」
「はい」
「では、入り口から事件現場までの道順と、その間に何があったかを説明してもらえますかね」
「えっと、受付がすぐにあってその先には共有スペース、そして廊下をしばらく歩くと二階へ上がる階段の前に中庭が……ああ!」
「そっか!」
横溝と同時に、蘭も気が付いたようだ。
小五郎はその気付きを説明する。
「そう、この旅館は客室にたどり着く前に和風づくりの中庭を見てもらえるよう工夫が凝らされているのです。そして中庭に備え付けられたベンチは、階段の前から見えるところにあります。お酒が入っていた一花さんが外へ出る時に仮に見逃したとしても、子供たちまで中庭にいた五月さんを見逃すなんてことを考えづらいんですよ」
「ト、トイレに立っていたんです! 別に一度も中庭のベンチから席を立ってないとは言ってません!」
思わず五月が強い口調で反論する。
「あなた、確かこうもおっしゃってましたよね。『パソコンで仕事をしていた』と。確かに人影がなければベンチの存在も幾分かは見逃しやすいかもしれませんが、それもパソコンがあったのなら話は別です。パソコンで仕事をされていたということは、当たり前ですが電源が入っており画面が光っていたはずですよね?」
「そ、それは、パソコンを閉じて席を立ったんです……」
「……わかりました。では、次の話をしましょう。部屋に戻った五月さんは三玖さんと、ある話をした。そしてこじれた。二人は揉み合う形となり、最終的に体勢を崩した三玖さんはテーブルの上に置かれていた灰皿に頭を強打し、死亡した」
「で、ですが毛利さん。テーブルには被害者の血痕は付着していませんでしたが……」
「それについても後で話します」
心配げに申し出る横溝だが、小五郎の回答とりあえずは頷いた。
「三玖さんを殺害したこと後、あなたは現場を何とかしなければと考えた。何しろ、これから自分達が寝ようとしていた部屋で殺害したのです。到底、最初から殺す算段を立てていたとは考えられません。そこであなたは犯行を家族以外の第三者によるものとすることにした」
「……そうか、タバコか!」
話を聞いていた風太郎の中でも話がつながり始めたらしく、思わずといったように言った。
「その通り、五月さんは例のストーカーが喫煙者であり、トラブルが起きたことを知ったことから、何かあっても自分がタバコを差し出すことで解決できないかと考え、あらかじめ道具一式を購入していた。パソコンが入っている五月さんの小さいほうのカバンはおそらく仕事用のものの使いまわしで、タバコ道具が入ったままだった。だからそれを使って喫煙の跡を残すこととした。しかし、五月さん本人はタバコを吸わない。だから火をつけた後、自然燃焼によって灰が出来上がるまで待つ必要があった」
「し、しかしですね毛利さん。そんな悠長なことをしていたら、家族の誰かが返ってくる可能性もあったのではないですか?」
小五郎の頭を少し押し頷くような素振りに見せかける。
「だからこの犯行はお粗末だと言ったのですよ横溝刑事。五月さんの隠蔽工作は少しでも歯車が狂えば途端に崩壊するものなんです。そして、実際に歯車は狂った。部屋に蘭とコナンが来たのです」
「え、ってことはあの時会った三玖さんってもしかして」
「そういうことだ蘭。突然の訪問者に焦った五月さんだったが、訪問者が子供たちであると分かるとまだ三玖が生きているように見せかけるため、変装をしたんだ」
「……」
五月は答えないままでいる。
反応がないことを確認すると、小五郎は話を続けた。
「すでにご存じの通り、五月さんとご姉妹は五つ子、同じ顔をしています。そして姉妹の皆さんが変装をするのは初めてではなく、比較的日常的に行っているとコナンが聞いたと聞きました。ここに来た時、姉妹の方々と風太郎さんは顔だけで判別出来ると言っていました。しかし、あたしたちは当然そんな芸当ができるわけもなく、実際に蘭は変装していない姉妹の方々を前にしても、しばらく不安げにしながら名前を呼んでいました。五月さんはそれを利用して二人をだまし、まんまと追い返すことに成功したのです」
「では毛利さん、お尋ねしますが変装、つまりは偽装工作を終えた後で五月さんはタバコをどうしたのでしょうか。所持品検査では五月さんの荷物からタバコは見つからず、館内のごみ箱に捨てられた形跡もありませんでした」
「タバコを燃焼させ切った後、五月さんは次の行動に移りました。タバコの処理です。時刻はおそらく、八時四十分ごろ。その様子は、二乃さんと上杉さん達がご覧になっているはずです」
「もしかして、お風呂から上がった時に五月とすれ違ったっていう……」
急に話を振られた二乃は困惑気に言う。
「そう、五月さんはその時、旅館の外へ向かう最中だったのです。実際上杉さん達は外で、例の鐘がある崖の近くで五月さんを目撃しています」
「そうか、崖からタバコや道具を捨てたというんですね! おい、すぐに崖下の捜査をしろ!」
「それには及びません。すでにあたしの方でここに来る途中にいた警官にお願いしています」
「流石は毛利さん!」
コナンはゴホンと一つ咳払いをした。
「そうして証拠を捨てることにも成功した五月さんは旅館へと戻り、その時には一花さんが三玖さんを発見していたというわけです。これが、事件の真相です……五月さん、何か言うことはありますか?」
それまで黙っていた五月の表情をすでに苦し気に歪んでいた。
けれど、顔を上げるとキッとした表情で小五郎を見た。
「確かに筋は通っています。ですが、今の話だけなら私以外……例えば一花にだって犯行は可能だったのではないですか?」
「五月! 何言ってるの!?」
悲鳴じみた声で一花は言って五月を見た。
けれどそれ以上は話すまいと黙る五月に対して、しばらく沈黙を続けた後でコナンは諦めるように溜息をつくと、再び話始める。
「できればここから先は、五月さん、あなた本人から話してほしかったのですが……わかりました。では、あなた以外に犯人はあり得ないという決定的な証拠をお聞かせしましょう」
「……!!」
そしてコナンは、話をしている最中に部屋へ入ってきていた警官へと言う。
「刑事さん! 私が調査をお願いした件、確認取れましたかね!?」
「はい! ご報告いたします! 1点目、例の崖の下を捜索したところ、タバコ道具一式と、被害者の血痕が付着したティッシュが大量に入ったビニール袋が発見されました!」
「ティッシュ?」
予想外のものに横溝は眉を顰める。
「2点目! 上杉夫妻の部屋にあるテーブルを調べたところ、被害者の血液情報と合致するルミノール反応が検出されました。また、1点目2点目共に、中野五月さんの指紋も検出されています!」
「な、なんだって!!」
「そんな……!」
驚愕したのは風太郎と四葉だった。
五月本人は茫然としている。
「五月さんは三玖さんが倒れた拍子に頭を打ったのではなく、振り下ろした灰皿で撲殺されたように見せかけるため、タバコの燃焼を待っている間に血痕を拭き取りテーブルを隣の部屋のものと入れ替えるという実に大胆な行動に出たのです。これはコナンが上杉夫妻の部屋に邪魔した際、床の部分にある机の脚の跡と日焼け跡がずれていたことがテーブルが移動していることを物語っていました。さあ、五月さん。これらの発見された証拠に対しても、まだ自分が犯人ではないという理由を説明できますか」
「ちょ、ちょっと待ってください毛利さん! まだ大事なことの説明がされていないですよ! 被害者が握っていた小銭のダイイングメッセージはどういう意味なんですか!?」
もはや推理は終わったという様相を呈した小五郎に対して、横溝が慌てて口を開いた。
「ああ、それはですね。あれはダイイングメッセージなどではなく、逆に五月さんから三玖さんに対してのメッセージだったんですよ……それも、とても悲しいね」
「犯人から被害者への……どういう」
「……真田の、六文銭です」
更に話を聞こうとした横溝の言葉を遮って、消え入りそうな声で五月は言った。
とうとう、諦めたようにこれまで小五郎が話し始めたこと以外の言葉が出てきたことから、その場にいた全員が五月が犯人であることを信じざる得なかった。
「五月……なんであんた三玖を……どうしてよぉ……!!」
五月の胸倉を掴むも、その場で二乃は掴んだまま力なく崩れ落ちる。
コナンは話を続けるべく補足をする。
「真田の六文銭とは、戦国武将である武田信玄の家臣、真田家の家紋です。絵は当時の通貨だった一文という穴の開いた硬貨が六枚並んだもので、六文とは現代の貨幣価値に換算すると三百円相当となります」
「な、なるほどぉ」
「意味は当時、戦で命のやり取りをしていた侍達が討ち死にした時、三途の川を運んでくれる船頭への渡し賃となる六文だけをもって戦地に赴くという心意気を示すものです。戦国武将が好きだった三玖さんの安らかな眠りを願った五月さんは、その逸話にあやかって形や価値が近い五十円玉を六枚、三玖さんに握らせたのです。逸話自体は高校教師である五月さんなら知っていてもおかしくはない。そうですね?」
「全て、毛利さんの仰る通りです……でも、殺すつもりなんて……殺すつもりなんて本当に、なかったんです……!!」
自供を始める五月は、膝から崩れ落ちると涙を流し始めた。
その姿には一切の嘘偽りがなく、とうてい人を殺したような人間には見えなかった。
「理由はおそらく、金銭のトラブルですね」
「……!」
五月の傍で泣き崩れえていた二乃が顔を上げた。
その脇では風太郎と四葉が気まずそうな顔を浮かべる。
「あんたまさか、あたし達のことを……?」
「二乃、お金のトラブルってどういうこと?」
一人だけ状況が理解できない一花が、何かを知っている風の二乃と五月へ呼びかける。
五月が話始めようとすると、それより先に二乃が言った。
「私と三玖には、借金があったの」
「……え?」
予想外であったのだろう。一花は固まった。
「お店をもっと良くしようと二人で張り切ったんだけど、うまくいかなくってさ。結局改装費用のために借りたお金だけが残っちゃったのよ……」
「まさかストーカーっていうのも」
風太郎が呟いた。
「ええ、そう。借金取りよ……もっといいところから借りるべきだったわ、みんなに迷惑をかけないようにってちょっと変なところから借りたら、そいつ三玖に目をつけてね」
「どうしてそんなことになる前にお父さんに相談してくれなかったの!」
「したわよ。でもそしたら条件を出されてさ……『わざわざ借金がある上杉家の店舗を借りるんじゃなくて、僕の知り合いが経営しているテナントへ移転しなさい』って……出来なかったわ。だってあのお店は、もう離れ離れになっちゃったフー君と私や三玖を繋ぐ、最後の繋がりだったんだもの」
「なら、私たちに相談とか……」
「できるわけないじゃない! あんた自分の立場分かってんの!? 女優なのよ!? ただでさえ借金持ちの家族ってだけでもあんたの脚を引っ張ってるのに、直接巻き込む訳にいかないわ! それにフー君達だってお義父さんの方の借金を返してるっていうのに、お店を借りてる私達が更に負担になることなんて出来ないわよ!」
「そして、そんなお二人の事情を唯一知る五月さんが、この旅行で打って出たんですね」
五月は頷いた。
「そうです。二乃達の言うことも理解できましたが、それで三玖に危険が及んでは元も子もありませんでした。特に三玖は自分が上手くいっていると信じたかったのか、相談しないということに頑なだったので説得をしようと、夕食後の彼女が一人になった時間を狙って話にいったんです。でも説得はうまくいかなくって……だから私がみんなに説明するって席を立ったら三玖が止めようと掴みかかってきて、振り払おうとしたら体勢を崩し……後は毛利さんの推理の通りです」
「ですがね五月さん、あなたがそんなことをしなくても、いずれこの件は家族に知れ渡っていたんですよ」
え? と五月は疑問の顔を浮かべて小五郎へ目を向けた。
「昨晩のことで、上杉さん達の部屋にコナンがお邪魔して昔の写真を見た時、あることに気が付きました。それは、マニキュアです」
二乃が自分の足を見た。
「昔、沖縄にいたころの写真に写っていた二乃さんは手と足にマニキュアを付けていました。サンダルを履いてましたからね、見えましたよ。そしてこの旅館で会った二乃さんの手足を見た時にはマニキュアはつけていませんでした。料理人をしている二乃さんが、衛生面から手のマニキュアをつけなくなるのは自然な流れでしたが、わざわざ足までやめることはないでしょう。考えられる可能性は単純にお洒落をしなくなったか、金銭的な面から続けることが難しくなったか……なので、後者の可能性を考えて四葉さんへ確認したんですよ。二乃さんはお金に困っていないかってね」
「でも、どうして四葉が私たちのことを」
答えたのは小五郎、ではなく四葉であった。
「昨日の夜、おじいちゃんから私と風太郎に呼び出しがあったんだ。『二乃から店の資金繰りに困っていると相談があったが、旅館の経営も苦しくてあまり支援してあげられなかった。それに姉妹にも内緒にしようとしてるから助けてやってくれ』って」
五月が驚いて二乃の方を見た。
「ええ、そうよ。昨日お風呂から上がった後、おじいちゃんに相談しに行ったわ……私に残された最後の頼りだったから」
コナンは言った。
「風太郎さん達の耳にまで話が届いていたのなら、一花さんに伝わるのも時間の問題だったでしょう」
「そんな……じゃあ、私はなんのために……三玖を、姉妹を……三玖、お母さん、みんな、ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
泣き崩れ、まるで土下座をするように頭を床につけながら謝り続けるその姿は、まるで小さな子供のように見えたのだった。
その後、五月はパトカーに乗せられて静岡県警へ連行されていった。
去り際にコナンは横溝を呼び止めると、アリバイの確認はもっと正確にするようと釘を刺した。
横溝は五月の嘘の証言を見破れなかったことを言っているのかと思い、困った表情を浮かべた後頷き、去っていった。
旅館の前でパトカーを見送った一同。車の後ろ姿が見えなくなったころ、蘭はコナンへ話しかけた。
「ねえコナン君、どうして横溝刑事にあんなことを言ったの?」
「だって、横溝刑事が蘭姉ちゃんと僕のアリバイを聞かなかったじゃない。僕もその時は気が付かなかったけど、ちゃんと話してたら五月さんが犯人だってことはもっと早く気づけたはずだったんだ」
「どういうこと?」
「ほら思い出してよ。僕達は五月さんが変装した三玖さんに会った後、部屋に着く前にもう一人会った人がいるじゃない」
「……ああ、そういえば四葉さんと会ったわね。確か忘れ物をしたって」
すると四葉がえっ、と声を上げた。そして同時に二乃が顔を伏せた。
おずおずとした様子で四葉が話す。
「私、旅館には一度も戻っていないよ? 戻ったならちゃんと言うし……」
「だよね」
「ええ! じゃあ、あの時会ったあの人は」
「変装した二乃さんだよね? そうでしょ? もしこのことをアリバイ確認の時に言えてたら、すぐに二乃さんがアリバイを『言ってない』ことに気が付けたし、二乃さんが犯人だとしたら僕達と別れた後で犯行をしたことになるけど、それだとタバコのトリックをする時間が足りないんだ。そうなると残る容疑者は一花さんと五月さんに絞られるから、もっと楽になったってわけ」
それにさ、とコナンは続ける。
「僕たちに会ったから二乃さんは四葉さんになりきるために風太郎さん達の部屋に入って、そのままその部屋に備え付けのバスタオルとかで温泉に行ったみたいだけど、会わないでまっすぐ自分の部屋に戻っていたら犯行現場に鉢合わせていたってわけ」
押し黙る二乃に風太郎が問いかける。
「二乃、お前どうして四葉に変装なんかしてんだ」
「それは……」
二乃が諦めるように目を伏せた。
「からかってやろうとしただけよ! 会うの久しぶりだし、去年のあんた達の結婚式じゃ五つ子ゲームはばっちり見分けられたから……だから、フー君がまだ私のことを見分けられるのか確認しようとしたのよ……でも、外で本物の四葉と歩く二人を見かけて出ていくわけにもいかず戻ったの」
「お前……たく、相変わらず馬鹿なんだな。お前は」
やれやれ、といった風に溜息を風太郎はつく。
そして、二乃の頭へと手を置いた。
「間違えるわけないだろ。確かに俺が愛してるのは四葉だが、四葉だけじゃなくお前ら姉妹だって、特別な存在なんだからな」
「フー君……!」
嬉しそうに顔を上げ、笑みを浮かべる二乃と少し照れくさそうにしている風太郎の様子を傍から見ていた蘭も、思わず笑みを浮かべた。
「もしかして、二乃さんって風太郎さんのこと」
「ばーか、それ以上言うのは野暮だよ。蘭、コナン、俺も戻るぞ。ここにいたら邪魔になるし、まだチェックアウトまで時間があるんだ。おれぁもう一回風呂にはいりてえんだ」
(まだ言ってんのかこのオヤジ……)
もう日も変わって太陽が昇っているというのに、どうやらまだ飲みながら温泉に浸かる計画を諦めていないらしい。
部屋へ戻ろうと旅館へと歩き始めた時、後ろから風太郎達が呼びかける声がした。
「毛利さん、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それに、事件を解決してくれて感謝してます……きっとこれから先は大変だと思いますが、おかげで二乃だけでも助けてやれそうです」
「うんうん、こういう時のためにお姉さん稼いでるんだから。可愛い妹の困りごとなんて、お父さんに頼らなくても助けてあげるわよ」
「……ありがと」
「私からもお礼をさせてください。毛利さんはただ犯人を捕まえるだけじゃなく、五月が三玖を最後まで大切に想っていたことも解き明かしてくれました。あれがなければ、姉妹の絆はバラバラになっていたかもしれません。これからもし毛利さんが困ったことがあれば、私と夫の風太郎が精いっぱいサポートさせていただきます!」
その見送りを後に、旅館の中へ入った時……コナンはあることを思い出した。
「そういえば、帰りはどうするの? こんな山奥だしタクシーなんて呼んだら凄いお金かかるし、頑張って町まで歩いて降りてもおじさんがお酒飲んじゃったら車を借りることもできないよ?」
すると小五郎の顔は思い出したかのようにみるみる青くなっていった。
「し、しまった……! お、おーい風太郎さん! 四葉さん! 早速お願いがあるんですがー!!」
(いい感じだったのに、最後までみっともねえなぁ……ほんと……)
踵を返して再び風太郎達のもとへ駆け出す小五郎を、コナンと蘭は半目で見送った。
ご拝読ありがとうございました。
三玖ファン、五月ファンの皆さんで不快にさせてしまった方がいたらすみません。
私も五月推しのため、そのせいで犯行の動機などが考えやすかったのは皮肉が聞きすぎだなと思いました。
また、ごとよめでトリックを書くなら入れ替わりは必須と考えましたが、読む側も警戒するだろうと考え最後の二乃の暴走を書きました。
また、五つ子は全員大好きですので動機も最大限『誰も悪者にならない』よう、配慮したつもりです。
今回はたまたま今年の映画の出来が良くハマったごとよめとコナンでクロスオーバーをしましたが、今後もごとよめ関連で別のお話を書けたらいいなと思っています。