2007年 8月。
「綱、硝子、今回はお前達に上層部からの名指しの依頼だ。それも緊急でな」
「わかった」
「えー私も?」
指示で教室で待機していた私達二人に教室を出てから暫くして帰ってきた夜蛾、いや、学長は教卓に立ってそう言った。私達の反応は対照的だ。
「……っていうか任務とかすごい久しぶりなんだけど」
「そうなのか?」
「まぁねー、危険な任務で外に出たこととか全然ないし、単独任務なんて任されたことないもん。高専に運ばれてきた術師の治療ならしょっちゅうだけど」
硝子の言葉に私は高専での数年間を思い出せる範囲で振り返る。言われてみれば彼女が単独で任務に出ている姿ば今まで見たことがない。何度か一緒の任務で協力したり、五条や夏油と一緒に任務に出ているのを見た覚えはあったがそれだけだった。
「元々硝子には危険度の高い任務は勿論、単独での任務を任せること自体禁止されている。自分だけではなく他人にも反転術式を行使できる貴重な存在だからな。危険な任務に出してその身に何かあれば高専の喪失は計り知れん……そのことを考えれば妥当な判断だろう」
「そーそー、私は貴重な女なんだぞ、どうだすごいだろー」
「……わぁー」
学長の解説に隣の席に座っていた硝子は態とらしく胸を張って自慢気に言う。それを無視するのも悪いと思い適当に拍手を送ると「気持ち込めろ気持ち」とチョップされた。空気を読もうという気持ちは込もっていたのだが……解せぬ。
「それで、そんな貴重な私に任務ってことは危険なものじゃないんでしょうけど………綱も一緒にって珍しくないですか?」
「あぁ、早速内容を説明しよう」
説明によると任務内容はこうだ。
任務地は京都府立呪術高等専門学校。そこに運び込まれた重傷者数名の治療。学長からの説明を聞いた私は内心首を傾げた。
(……私は不要では……?)
最初の内容だけを聞けば反転術式が使える硝子への救急要請。特に珍しくもない話だが私の力が必要だとは思えなかった。念の為の護衛は必要だろうが私を護衛に据えるというのは……
「? 聞いた感じよくある任務っていうか、京都への出張とか先月も行きましたけど……これ綱要ります? 護衛としては人選ミスな気しかしないんですけど」
どうやらそんな疑問を抱いたのは私だけではなかったらしい。私は硝子の台詞に去年彼女に言われた「相性最悪」「綱にはとことん向いてないよ」などの台詞を思い出していた。また彼女の反応を見るにやはりこういった内容の任務はよくあることのようだ。
「尤もな疑問だが、綱を護衛に指名したのは上層部。最初にも言ったがこれは上層部からの名指しの任務だ」
「……名指し、ねぇ……」
「……何か言いた気だな? 硝子」
私としてはこの任務での私の必要性自体に疑問があったが上層部からの指名という点に対しては特に疑問はなかった。何故なら1級術師になって以降私が受ける任務は上層部から指名されてのものが殆どだったから。しかし、硝子はその上層部からの指名に何やら違和感を覚えたらしい。
「学長、今まで綱が護衛任務したことなんてありました?」
「……一年の時に一度だけあるな。だが綱が護衛任務に当たったのはそれきりだ。護衛対象は無事だったがその時の市街地の被害が深刻でな」
「あはは、覚えてますよ。あの時の学長のキレっぷりと綱の天然っぷり見て私爆笑しましたもん」
一年の時の護衛任務。
そういえばそんなこともあったような気がする。護衛対象の少女は無事守れたので任務は成功に終わったと記憶しているのだが、はて市街地の被害とは何のことだろうか? 爆発により元よりも市街地の見栄えが良くなったことは覚えているが………
硝子の問いは続く。学長の応答を聞いた彼女は僅かに笑ったがすぐに真顔になっていた。
「じゃあ次、今まで私が治療で京都とかに出張に行く時って毎回護衛に術師の人が一人は絶対いましたよね?」
「あぁ、いたな」
「今まで私の護衛をする人を上層部が決めることなんてありましたっけ?」
「……ないな。家入硝子の護衛に選ぶ術師は1級以上の階級の術師とする、というのは上層部の指示によって決まっていたが護衛する術師自体は決まっていない。その時に護衛に当たれるものが担当する」
「……ですよね。そんでもって護衛は私の意向で決めてもいいとも言ってましたよね?」
話を聞くにどうやら硝子の護衛の術師を上層部が指名するというのは異例中の異例らしかった。
「……硝子」
「最後にもう一つ聞いていいですか?」
「何だ」
「今日、五条と夏油、七海と灰原、私と綱以外の生徒が誰一人任務で高専にいないこのタイミングでこの依頼が来たのは本当に偶然ですか?」
「…………何が言いたい?」
硝子の言葉に暫し沈黙した学長。その沈黙は学長もまた「偶然」とは思っていないことを暗に示していた。そして、学長の反応を見た後に硝子はこう口にした。
「この任務、きな臭過ぎません?」
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「さてと、獲物は網に掛かるかな?」
「……羂索、何故貴様がここいる?」
木々が生い茂る森の中、慶弔が待機場所に選んだ地点に生えた木の上に登って辺りを見渡す羂索。それを見上げ睨みながら慶弔は率直に聞く。
「おや慶弔、漸く来たね」
「疾く答えろ。答えによっては叩き斬る」
昔馴染みの到着に気付いた羂索はまるで待ち合わせていたかのような態度で木の上から手を振る。だが慶弔としては羂索と待ち合わせなどした覚えは一切ない。腰に複数帯刀した刃物の中から一本の小刀を手に取った慶弔はその柄に手を掛けたまま再度聞き、それを見た羂索は「おー怖い怖い」と嘘臭い台詞を吐きつつ木から降りて答えた。
「やあ何、もしかしたらこうして会うのも最後になるかもしれないからねぇ……最後にもう少しだけ君に付き合おうかと思ってさ」
「……最後、か」
「……もう一度聞くけど、本当に闘る気かい? 私としては全くお勧めできないけれど」
その言葉に慶弔は以前、羂索の話していたことを思い出す。
『前回の術師も中々だったけど、今回の起爆術式の使い手は肉体強度・呪力操作になんといってもあの超感覚染みた危機察知能力。総合して見れば歴代の起爆術式の使い手達をあの若さで既に凌駕している。しかもあれでまだまだ伸び代もあるときた』
『ははは、私はただ客観的な評価を下したまでさ。君も既に気付いてるだろうけど、彼は前回の術師のように君の視線に既に勘付いてる。それも呪力を察知した訳じゃなく気配を察知して。ついでに実力を計るために差し向けた呪詛師も赤子の手を捻るかの様に爆殺された』
『それでも闘る気かい? 今度ばかりは死ぬかもしれないよ?』
あの話での当世に残った最後の起爆術式の使い手、朝木綱の評価に対して慶弔は納得していた。慶弔は羂索の人間性・性格の気持ち悪さは嫌悪しつつもその慧眼に関してだけはそれなりに信用していた。だから、今回の戦いで自分が死ぬことも彼の頭には浮かんでいた。
「儂はあの忌まわしき
だが、それでも慶弔の中に「闘わずに逃げる」という選択肢はない。あるのはたった一つの選択肢のみ。
「死んでも斬る、斬って捨てる、儂の中にあるのはそれだけよ」
──「死んでも斬り捨てる」。
慶弔の意思は、選択は、何百年と前から既に決定していた。
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学長から任務の説明を聞き、私が色々と質問して「きな臭過ぎません?」と指摘したことに対し、綱はまるで他人事みたいに軽い調子でこんなことを呟いた。
「──まぁ、いつものことだな」
その呟きに私は勿論のこと学長も綱の方を向いた。
「学長、補助監督の迎えは?」
「す、既に高専前で待機しているが……」
「そうか。硝子、お前はどうする?」
「……え、は? どうするって……」
「この任務を受けるか否か、だ。私は受けてもいいと思っている。だが任務内容を聞くに私はあくまで護衛だからな。硝子が行かないのなら私は当然必要ない」
驚く私たちに構わずに綱は学長に一つ聞き、次に私に聞いてくる。それに私は困惑したまま聞き返した。
「綱はなんで乗り気な訳? この任務には明らかに裏がある」
「あぁ」
「なのに……あー、綱もしかしてさっきの私と学長の話聞いてなかったの?」
「いいや」
「……じゃあ何で?」
その時の私はいつもと変わらない綱の、爆弾魔の態度に多少苛ついていたのかもしれない。自分でもびっくりするぐらいに低い声が出た。
「上層部の任務がきな臭いのは今に始まったことじゃない。それにこの任務は上層部から名指しされた上に緊急だ。こちらに拒否権があるとは思えない。どうだ? 学長」
「……そうだな。この任務は緊急だ。もしも受けないというのであれば重傷者はまず助からないだろう」
「……チッ」
助からない。
その言葉に私は舌打ちをした。私が「この任務を受けない」というのは=で「重傷者を見捨てる」ということになる。そんなことは最初から分かってる。だけどいざ言葉にされると冷静ではいられなかった。
私の反転術式なら重傷だろうが生きてさえいれば人の命を助けられる。助けられる命を見捨てるなんて私だってしたくない。見捨てたりしたら嫌な気分になるのは目に見えているから。
でも、今回ばかりはそんな嫌な気分をしたとしても構わない。そう思えるぐらいにこの任務は怪しい点だらけで嫌な予感しかしなかった。「緊急で治療の必要な重傷者」というのもまるで私がこの任務を断らないようにする為の餌にしか思えなかった。それに以前から綱が上層部の思惑かは未だ不明だが任務で度々不測の事態に遭っているという情報もまた私の疑念に更に拍車を掛ける。
「ねぇ綱。最初の質問に戻るんだけどさ」
「何だ」
「あんたはさ、何で乗り気な訳?」
悩みながら私は聞いた。綱は考える素振りも見せず即答した。
「楽しくなりそうだからな」
「……はっ」
そのいつもと変わらない危機感のない……いや危機感すら楽しんでいるのか?イカれた爆弾魔らしい言葉に真面目に危険だからどうとか考えてるこっちが馬鹿みたいに思えてきてしまって、
「あははははっ!」
──私は思わず大声で笑った。
そして、私は選んだ。
次回最終話予定。