【完結】爆弾魔系呪術師   作:平々凡々侍

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※勢いだけで書きました。今まで以上に駄文ですのでご容赦くださると幸いです。



爆発オチ

 

 いつか話したように私は爆発オチが好きだ。

 爆発で全てを吹き飛ばして終わらせる。言葉にしてみれば単純で強引で滅茶苦茶で、場合によっては杜撰にすら見えるかもしれない。

 

 ただそんな事すら気にならないほどに私は心から爆発に惹かれ、気持ちの良い爆発によって、清々しく締め括られる一生にある種の憧れを抱いていた。

 

 もしも、そんな風に死ねたとしたら、私は初めて爆発を起こしたあの時のように心から笑えるのだろうか?

 

「──何か、言い残す事はあるか?」

 

 憧れに夢見ながら私は刀で斬り飛ばされて宙を舞う自分の左腕を右手で掴み、

 

「──爆ぜろ」

 

 こちらを見下ろす男に向け、呪力を込め、投げつけて爆発させた。

 

 ◼️◼️◼️◼️◼️

 

「──…………此処は?」

 

 いつの間に眠っていたのだろうか。

 目が覚めた私は公園にいてベンチに腰掛けていた。この公園には見覚えがある。古い記憶だが私がまだ幼かった頃、父がまだ生きていた頃に住んでいた家の近所にあった公園だ。あの時は週に一回は父とこの公園に来ていたものだが、父が死んだ後は親戚に引き取られ遠くの家に引っ越してそれっきり此処に来ることはなくなった。

 

 父が死ぬ前なら最後に来たのは1996年。今は2007年。つまり最後に来たのは11年は前の話になる。決して忘れていた訳ではないがもう来る理由もない場所、その懐かしい景色を前に私は爆発を起こした際と比べれば大したものでもない感動を覚えつつ少々面食らう。

 

 だが、そうやって戸惑う時間も数秒。自身が如何して此処に居るのか。大き過ぎる謎に瞬時に冷静になった頭がそれを知るために目を覚ます直前の記憶を振り返ろうと働き始め、

 

「──随分と懐かしいな……覚えてるか? 綱」

 

 そんな懐かしかい声が聞こえた。もう聞くことは叶わないだろうと思っていた声の主が誰か……振り返るまでもなく察した私は前を向いたまま答える。

 

「覚えている。記憶力にはそれなりに自信があるからな、一度だって忘れたことはない」

「あぁ、だろうな。綱は昔から変に頭が良かったし何より物覚えがよかったからな」

 

 声の主が近付いてきて隣に来たのを気配で感じながら私は相手の言葉を待った。他にも何か言いたいことがあるのでは?と思ったから。

 

「それにしても、こんなに早くこっち(・・・)に来るなんてな。やっぱりお前には呪術師になんてならずに普通に生きてほしかったなぁ」

「呪霊が見えるようになった。そして、この術式(ちから)が使えるようになったんだ。遅かれ早かれこうなっていた筈だ」

「……そうだな。呪詛師にならなかっただけマシってもんか。なぁ綱」

 

 私の意見に声の主は納得すると、いつかと同じ台詞を口にした。

 

「お前は、心から笑えたか?」

 

 優しく微笑んだ父からの問いに私は目を閉じ少しの間を置いて答えた。

 

「──………私は」

 

 私の、答えは。

 

 ◼️◼️◼️◼️◼️

 

「──はぁ、はぁ………おーい、生きてる?」

「………あぁ……少し血を流し過ぎたが」

 

 反転術式を施したがまだ意識が朦朧としている綱に肩を貸しながら私は京都高専からは結構離れた場所にある森林を移動していた。どうしてこんな状況になっているのか、言ってしまえば簡単で、予想通りといえばその通りで、

 

(上層部のクソジジイどもが……)

 

 詰まる所、私たちが指名されたこのきな臭い任務はやはり罠だった。補助監督の迎えの車で東京駅に着き、そこから新幹線で京都駅に着いてから任務地である京都高専へと到着するまでは何の問題もなかった。その後は問題だらけ。まず京都高専に運び込まれていた重傷者を治療していた途中、緊急の任務が綱の元に舞い込み私たちは分断された。任務の内容としてはある術師が祓い逃してしまった呪霊を追い祓うことらしいが………

 

 私の護衛として来たはずの綱をどうして別の依頼に向かわせようとするのか。どうして綱が京都(ここ)に来たタイミングでそんな任務が舞い込んで来たのか。まるでタイミングを見計らったようで、これが偶然と思えるほど私は楽観的じゃなかった。

 

 この任務を受ける前から感じていた胸騒ぎが収まらなかった。

 

 だけど、そんな私に構うことなく事態は進む。綱は補助監督の案内で逃げられた呪霊を追って現場に向かい、京都高専の学長が代わりに私の護衛についた。

 

「あーあ、やっぱこんな依頼受けるんじゃなかったわ」

「私のことはいい。早く逃げろ」

「私が来なきゃ死んでたくせに指図すんなっ。逃げるなら一緒だっての」

 

 こうして私達はその罠にまんまと掛かった。いや、正しくは罠に掛かりそれを真っ向から食い破ろうとした綱を私が医務室にいた数人の重傷者を無理して速攻で治してから助けに駆けつけてやった、だ。

 

 それと綱と合流するにはさして苦労しなかった。なんたって綱がいる場所からは爆音が幾度となく聞こえて閃光まで見えるから。

 

『っ、綱!』

『新手の術師か……』

『起爆拳』

 

 駆けつけたタイミングとしてはギリギリ間に合ったというところで、私が来た時には綱の体には大量の切り傷があって深々と斬られた部分から普通なら死んでいてもおかしくない量の血を流していた。そして、左手に関しては綺麗に切断されていた。今は反転術式で左手を治して出血も止めた後だから命に別状はない。だけど、

 

「それにしても、まさか綱が自爆以外でここまでボロボロになるなんてね………五条が見たら絶対爆笑してたよ」

「……間違いない」

「あの呪詛師、そんな強い訳?」

 

 もう私たちが安全かと言われれば全くそんなことはない。何せ綱にここまでのダメージを与えた呪詛師は未だ健在だ。私の登場で一瞬呪詛師が綱から意識を外したところで爆発を起こして爆煙に紛れて逃げ出したのだが……これっぽっちも油断できる状況じゃなかった。

 

 それに私の方は数人の重傷者に反転術式を使い、更に綱にも反転術式を使った後で呪力量はかなり乏しかった。そもそも基本的には乱用していいものじゃない反転術式を乱用した後で私の疲労は結構溜まっていた。今の私は軽傷程度ならあと数回は治せるが重傷者はお手上げだ。

 

「呪力量は高くない。私よりも低い」

「? なら何で直接爆発しないの? ……いや、できなかった訳か」

 

 移動しながら私は綱と敵の呪詛師についての情報を聞く。私が見た呪詛師の特徴としては私達と歳はそう変わらないように見える若い男で、両手には刀を一本ずつ持っていて二刀流。それに男の周りには男以外にも不気味な雰囲気を纏った人?の一団が、見える範囲に少なくとも十人はいてその手には小刀や包丁などの刃物が握られていた。

 

「あぁ、呪力量は低いが呪力操作は相当のものだった。何度か直接起爆しようと試みたが失敗に終わった。それとあの男が持っていた刀だが、どちらからも何の呪力も感じられなかった。つまりあれは呪具じゃなくただの刀だ」

 

 呪詛師の持っていた刀については既に戦闘していた綱が考えていたらしく推測込みでもあるがその考えを明かしてくれた。

 

「相手も呪具を持ってちゃ爆発の的になるだけってちゃんと分かってるってことね……じゃああの人達は? っていうかあれって人なの?」

 

 あの一団からは反転術式の使い手としてのぱっと見の所感だけど生気がこれっぽっちも感じられなかった。あの血の気のない体はまるで死人で、だけどその目には強い憎悪があるように見えた。

 

 私の疑問には自力で歩き出した綱が答えてくれた。

 

「あれはあの男の術式だ。戦闘が始まった直後、男自身が語った」

 

「術式名は『憑弔呪術』。術式効果は触れた死者に自分の意思を憑依させ自在に操作する。操作人数と操作時間に限りはなく術式で操作された死者は呪力がゼロになる、らしい」

 

「だが、あの死者たちの身体能力は並の人間のものではなかった。呪力が感じられなかったが少なくとも呪力強化した術師と同等かそれ以上だ」

 

 その話を聞いて私は今回の呪詛師がどれだけ綱にとって相性最悪の相手か理解した。

 

「話を聞くに術式の開示をしたからってだけじゃない。多分私達の知らない縛りを複数課してる。それにしても死者を操作ねぇ……」

 

 気味悪っ、と思いながら私は綱に問いかけた。

 

「さて、それじゃあこの後はどうする? 私としてはこのまま逃げ切っちゃいたいんだけど──」

「──逃してはくれないだろうな」

 

 そう言って綱が見る方向に同じく目を向ければ数人の人影、呪詛師が操る死者たちが私達を捉えて走って来るのが見えた。

 

「起爆術式」

 

 綱はそれを迎え撃つべく腕に呪力を込め、勢いよく横に振って呪力をばら撒き一斉に爆発させる。死者たちはその爆発を避け切れず巻き込まれた。

 

「………ちょっとしぶとすぎない?」

「私もそう思う」

 

 だが、爆発を受けた死者たちの何人かは体に欠損があったが痛みを感じた様子も一切なく立ち上がる。死者がまともに相手にするのが面倒な相手というのは今のワンシーンだけで理解できた。爆発をもろに受けても死なない……いや死者だからもう死んでるのか。

 

「ふんッ!」

「よっと!」

 

 再び向かってきた死者たちを私達は各々で倒して駆け出した。

 

「! あれは……」

 

 そして、不意に見上げた空には変化が生じーー夜になっていくのが見えた。

 

 ───────────────────────

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 朝木綱と家入硝子の二人の呪術師と慶弔という一人の呪詛師。その戦いを遠巻きに見物していた羂索はそう唱えた。

 

(本当だったら、今後のことも考えて家入硝子も始末して起きたいんだけどね)

 

 事前に慶弔には一切伝えていない羂索の独断……言わば御節介で下ろされたそれは結界術に長けた羂索のものらしく特殊な術式効果のある帳。

 

(君ってば女性相手にだけはやたらと紳士だからなぁ……仕方ないか。君の拘りに付き合ってあげるよ)

 

 その効果は「外から術師は入れず、内から朝木綱だけは出られない」。

 

「余計な事を、って君は苦い顔をするかな? でもいいじゃないか。最後ぐらい大目に見てよ」

 

 自分のこの行いを知った慶弔が今どんな顔をして、何を思っているのかを想像した羂索は目を細めて、

 

「………さようなら、慶弔。良い最期を」

 

 少しだけ名残惜しげに後ろを振り返った後、帳の外に出た。

 

 そして、二度と振り返ることはなかった。

 

 ───────────────────────

 

「はぁ……私達のことを逃してくれる気はとことんないっぽいね〜」

 

 帳が下ろされた事実に気付いた硝子はため息をついた。硝子の乱入でこのままだと逃げ切られると思ったあの呪詛師の仕業か。それともあの呪詛師に仲間がいて、その者の仕業なのか。またどういう効果の帳なのか。色々想像できるが誰の仕業かは重要じゃない。効果も大方内側からは出られないといったところだろう。

 

 重要なのは何故今更(・・)帳が下ろされたのか。

 

(どうして最初から帳を下ろさなかった?)

 

 何かが引っかかった。何であの呪詛師は最初から、私がこの森に入って来た時点で帳を下ろさなかったのか?

 

『──朝木綱。起爆術式の最後の使い手よ。お主個人に怨みはないが、その術式(ちから)の存在を許す訳にはいかぬ。儂が今ここで絶ち斬る』

 

 襲い掛かって来た呪詛師の姿は青年そのものだったが口調はまるで爺のようで向き合っていて違和感を覚えたことを強く覚えている。また直感ではあるがあの呪詛師からは戦っていて死んでも私を殺すという執念があるように思えた。そんな相手が私が逃げる可能性を潰すことを、帳を下ろし忘れたりなどするのだろうか?

 

 ………いや、そうではないとしたら?

 

(帳を下ろし忘れたのではなく、そもそもこの帳を下ろせなかった?)

 

 帳は夜蛾先生の授業で一年生の頃に聞いた話だが簡単な結界術。当然使用する人物によっては上手い下手が出るが呪力を扱える人物なら大抵が帳を下ろすだけならできるらしい。だが特殊な条件付きの帳を下ろすのはそうもいかないという。仮に「外から術師を入れず、内から術師は出られない帳」を下ろすとしたら如何だ? 少なくとも私は結界術に関しては然程の知識もないため下ろせる自信はない。ならあの呪詛師は?

 

 あくまで推測になるがあの呪詛師の呪力量から考えるに術式以外に呪力を割こうとするとは考え難い。刀捌きは凄まじかったが呪力に関してはそんな余裕があるようには見えなかった。

 

「──綱? ちょっと聞いてる?」

 

 硝子の呼び声に思考を中断した私は顔を上げた。

 

「聞いている。これからどう動くかだろう? あの帳の影響で私は(・・)逃げるにも逃げられなくなった。なら呪詛師を始末するしかないだろう」

「……一応聞くけど、方法は?」

「特には思いつかないな。とりあえず殴って蹴って、爆発を当てられるだけ当ててみようと思っている。それだけだ」

「そんなこったろうと思ったよ爆弾魔」

 

 私の返答なんてわかりきっていたのだろう硝子は呆れた顔をしながらも口元は緩ませていた。つい先程呪詛師に好き勝手斬りつけられ左腕も一度は斬り飛ばされ危うく死にかけたが私の中には微塵の恐怖もなかった。それどころか奇妙にも私の胸は躍っていた。

 

 

「それじゃあ、昔懐かしの作戦で行くかー。あんたが自爆覚悟で突っ込んで私が治す。まぁ私はもう軽傷ぐらいしか治せないし、清々しい程に脳筋戦法だけど」

「……その前に一つ、私にいい考えがある」

 

 そんな心持ちで私は硝子に一言そう伝え、後ろをついてくるように言ってから忍足で歩き出した。

 

 歩きながら私はまた考える。

 

『しぶといな……だが、無駄だ。起爆術式の使い手は誰であろうと必ず斬り捨てる。嘗てと同じように』

 

 何故だか、理由は未だにわからない。

 だが殺し合いの最中に随分と熱中した様子で喋っていた男の言葉がやけに鮮明に頭に残っていて、私の中には一つの確信めいた思いが生まれていた。

 

 幼い頃からの謎だった父の死、目の前で起きた世間的にはただの爆発事故として処理された事件。呪術師になってから培った知識の数々。何より呪詛師である男の言動から私は直感した。

 

 父を殺したのはこの男だ、と。

 

(……この気持ちは何だ?)

 

 自分の胸に手を当てれば、不思議と熱を感じた。それは爆発を起こす際に味わえる快感や高揚感に似ていたが厳密にはどこか違うような……私にとっては慣れない感覚だった。

 

 あの男を殺そうと考えれば考えるほど、胸の熱が強まっていくのがわかった。この感覚の正体が知りたくて私は自身の記憶の中で最もこれに近い感覚を探り、見つけた。

 

(もしそうなら、懐かしいな)

 

 確証はないがこれはきっと私が嘗て「呪いが見えて祓えるのは自分だけ」と思って一度は抱いていた使命感に近しいものだ。懐かし過ぎてすっかり忘れかけていた。

 

 使命感を抱いた理由は「父の仇を見つけた」「父の仇を討てる」という架空の世界じゃ在り来たりで、だけど現実じゃ滅多にない状況を前にしているからだろう。そうと分かれば、今から自分が執ろうとしている行動にも私自身納得がいくというものだ。

 

「仇討ち、か」

 

 ……術式が使えるようになって、爆発に心奪われた時から人間性などとうに失くしたものだと思っていたのだがこう考えると私にもまだ人間性とやらは強ち残っているのかもしれない。いや、単純に仇討ちという今から体験できるかもしれない事に興奮しているだけか?

 

 

「目的地はここだ」

「ここ? ……割と移動したけどこんなとこまで来てどうすんの? つうか何か他にも作戦あるなら移動前にこっちにも共有しろっつーの」

「悪かった。私は団体行動が少々不慣れでな」

「知ってる。あと少々どころじゃないからね?」

 

 考えながらも目的地に到達した私は足を止め、それを見た。

 

「で、帳の真ん前まで来たけど……どうすんの? これパッと見は帳が下りてないみたいに見えるけど……」

「あぁ、結界術には詳しくないが、これが視覚効果より術式効果を優先しているということはわかる」

 

 私は硝子の台詞に頷き、目の前の視覚的には何もない空間に手を伸ばして触れた。するとその手は目には見えない透明な壁か何かに阻まれて止まり、それ以上先へは伸びなかった。このことから、帳が下りて既に一分と数秒が経過したにも関わらず私達の目には空が暗くなっただけでまだ帳が下りきったようには見えていないがこの帳が既に完成していることが分かった。

 

「視覚効果より術式効果を優先ねぇ……」

 

 そして、分かってないことはもう一つあった。

 硝子はこちらの真似をするように私の前に出て私と同じように帳がある位置に手を伸ばし、

 

「作戦を言い忘れていたから、今話すが──」

 

「──あの男は私一人で始末する」

 

 そんな硝子の背中を私は片手で突き飛ばした。

 

 ───────────────────────

 

「……は……?」

 

 一瞬、何をされたのか、何が起きたのか、何もわからなかった私は間抜けな声を上げてよろめいた。だけど倒れるほどではなくて、数秒ほどが経って綱に突き飛ばされたと理解した私はイラッとした。理由がこれっぽっちもわからないから尚更だ。また突き飛ばされると同時に明かされた作戦も頭に来た。

 

「あんたいきなり何して──」

 

 私はすぐに文句を言ってやろうと声を上げようとした。綱が偶に私たちが理解できないような奇行、破壊行為をすることは多々あるが急に人を背中から突き飛ばすのは意味不明だ。一発ビンタでもさせてもらわなければ気が済まない。振り返った私はこちらを見つめる綱に歩み寄ろうとして、

 

「……待って、これどうなってんの?」

 

 見えない何かに阻まれて、気が付いた。

 私の体が帳を通過できたという事実に。驚いた私は何かの勘違いかともう一度前に歩き出そうとしたがやはり足はそれ以上前に出ない。

 

「成る程な。やはりそういう効果の帳か」

 

 だというのに綱は涼しい顔で、まるでこうなる可能性を考慮していたかのような台詞を吐く。そのいつもと変わらぬ様子を見た私は何故だか無性に焦りを覚えた。

 

「この帳を下ろしたのがあの呪詛師か否かは不明だが、やはりあの呪詛師の狙いは私らしい」

「……綱、説明して」

 

 私は何とか冷静さを保とうとしながら綱に説明を求めた。綱がこの帳の術式効果を知ろうとしてここまで移動してきたことは分かる。分からないのは………

 

「説明するも何も。見れば分かるだろう?」

「っ、説明しろっていってんだろ!」

 

 どうして私を帳の外に出したのか。思わず声を荒げる私を見た綱は帳のある位置に手を当てて言う。

 

「この帳は恐らく私を閉じ込める為のもの。だから私以外の術師は誰でも内から出られる。しかし私の殺害の邪魔はされたくない為、術師は外から入れない。そんな術式効果の帳なのだろう」

「…………だから何?」

「お前はこうして帳の外に出ることができ、無事に逃走できるだろう」

「違う!」

 

 我慢できなくなって私は叫んだ。

 

「そんなこと……聞いてるんじゃないッ。なんで、私だけ逃がそうとしてんのかって……! なんで私を突き離してあんた一人で戦おうとしてんのかって聞いてんだよ!!」

 

 何に対する怒りなのか。よく分からないまま握り締めた両手を見えない帳に叩きつけて私は綱を睨んだ。

 

「そんなに私が邪魔だった? 足手纏いだった? ふざけんな……ふざけんな! 私が来なきゃ死んでたくせにカッコつけてんじゃねーよ!!」

 

 気付けば私は泣きそうになっていた。理由なんてのは私にもわからなかった。ただ滲む視界の中で綱が首を横に振るのが見えた。

 

「勘違いするな。私はお前を邪魔だとか足手纏いだと思ったことなど一度たりともない。カッコつけるつもりも毛頭ない。これは………いつもの如く、私が気持ち良くなるために執った行動に過ぎない」

 

「あの呪詛師は私の手で殺したい。爆発させたい。そう思った。その最中で仮にお前が死んだら私は心から気持ち良くなれないだろう。だからこうした」

 

 綱はそれだけ言うと歩き出した。その歩みを何とか止めようと背に手を伸ばそうとするが帳のせいで届かない。届くのは声だけだった。

 

「ッ、綱! 待て! おい! 待てってば!」

 

 必死に声を上げるが綱は振り返ることはなく、

 

「……あぁ、そうだ」

 

 少しの距離が空いてから何かを思い出したように呟いた綱は私に言い出した。

 

「気が向いたら、五条と夏油に伝えてくれ。精々楽しく、自分が気持ちよくなれるように生きてみるといい。私は最期までそうする、と」

 

 それは誰がどう聞いても遺言にしか聞こえなくて、ふざけんなという私の気持ちをより一層強くした。誰が伝えてやるもんか。伝えたいなら自分の口で言いやがれ。そう思いながら私は綱の背を凝視して、

 

「それと、家入硝子」

 

 懐かしいフルネーム呼びに私は目を見開いた。何を言うつもりか知らないが遺言染みた台詞などもう聞きたくなかった。だけどその思いとは裏腹に私の目は綱から離れず、聞き逃すまいと耳は澄ませていて。

 

 そんな私に、綱は肩越しに振り返ってこう言った。

 

「煙草は、程々にな」

 

 そうして、綱は少しだけ微笑んで、言いたいことだけ言って歩き去っていく。

 

「……ちょっとぐらい、待てよ……」

 

 この時、最後に見た綱の遠ざかっていく後ろ姿は今でも私の脳裏に焼き付いて離れないでいる。

 

 ───────────────────────

 

 私は先程まで「父の仇討ち」をするという使命感で確かな熱を感じていた。その熱だけでも十分な熱量だったというに……何故だろう。硝子を帳の外に出した直後から不思議と熱が高まっているような感覚があった。

 

 これはあの呪詛師と一対一で戦えることが確定したからなのか、硝子を安全圏に出せたことである種の安心感を覚えているのか……それともまた別の何かなのだろうか?

 

「見つけた」

 

 その明確な理由抜は分からず私は森を歩き、開けた場所に辿り着けばそこにあの男はいた。男は私に背を向けながらも即座に気配を察知して抜刀する。

 

 胸に渦巻く熱の正体に対する思考を放り捨て、私は道中で拾った小石に呪力を込めながら男に歩み寄った。

 

「まさか其方の方から現れるとはな。朝木綱。忌々しい起爆術式の使い手よ。反転術式を使う女子は……逃したか? だとするなら賢明なことだ」

 

 私の前で刀をゆらりと構える男は後ろに死者をぞろぞろと引き連れている。その数は未だに十人近くいるように見え、余力は未だあるように思えた。またこの呪詛師の厄介な点はあの刀捌きにある。仮に呪力切れしたとしても一切油断できない相手だ。

 

 ……慢心など私の柄でもなければ、元より油断などする気はないが。

 

「朝木綱、貴様だけはここで斬り捨てる。この命を賭してでも……それが儂の──」

「──御託はいい」

 

 私は男の言葉を遮って一歩前に出た。

 

「これから爆発させる相手のバックボーンに興味はない。何故お前がこの術式を怨んでいるのかも心底どうでもいい。私は私が気持ち良くなる為だけにお前を爆発させる。重要なのはそれだけだ」

 

 この言葉を皮切りに私と呪詛師の戦いは再開した。

 

 ───────────────────────

 

 それから先の綱の記憶は随分と混濁している。

 

「っ……はぁ、はぁ」

 

 刀で彼方此方斬られすぎたせいか。死者たちの攻撃によるものか。原因は漠然としているが今綱自身楽しいと感じていることだけは確かだった。

 

「はは……はははは!」

 

 その証拠に自然と笑いは込み上げ、綱は笑い声を上げながら戦っていた。呪力強化した腕で刀を弾き、向かってきた死者たちの頭を殴り飛ばしたり、千切った死者の部位に呪力を流して爆発させたり、気付けばただただ無我夢中で戦っていた。

 

「あはははは!」

(これは……ッ)

 

 術式によって生まれた数の有利に加え、自爆しないようセーブしているとはいえ綱の爆発を受けて尚一撃で倒れない死者たち、見てからでは避けられない二刀による攻撃、単純な戦闘経験の量から生まれた差。

 

 戦局だけを見れば優勢なのは慶弔だった。

 

 だが戦いの中、慶弔の中には朝木綱という存在に対する恐怖が徐々に生まれつつあった。

 

 勝っているのは此方だと、慶弔は自分に言い聞かせるように内心呟くものの恐怖は消えず、そこから来る不安と焦りは徐々に増していく。慶弔はこれに既視感を感じていた。

 

(あの男と初めて戦った時のような……いやそれ以上か!)

 

 何度斬りつけられようが、死者たちの攻撃を受けようが、怯むことなく心底楽しそうに笑いながら向かってくるその姿は正に狂気の怪物。そんな存在を慶弔は過去にも見た覚えがあった。それは過去に殺した起爆術式の使い手の一人だったが……慶弔は確信した。これはそれ以上の怪物に成り得る。否。成ろうとしていると。そして、

 

「シッ!!」

 

 このままでは不味い。一刻も早くこの男の息の根を止めねばと。死者たちを四方八方から襲い掛からせ、そちらに注意が行き隙だらけになった綱の首を刎ねるべく二刀の刀を横一文字に振るう。

 

「はははっ!」

「なっ!? がっ」

 

 しかし、凶刃は山勘で首に呪力を集中されたことで弾かれ、笑いながら死者たちの攻撃を掻い潜った綱の拳は慶弔の胴に直撃した。

 

「ぐ、化け物が……!」

 

 そんな状態で吐血しながらも慶弔は右に持った刀を左胸に突き刺そうとし、これを綱は両手で刃を掴むことで止めた。

 

「シィッ!」

「ごふッ」

 

 次の瞬間、左に持った刀が綱の右胸を貫き、綱の口からは慶弔が吐いたよりも多い量の血が溢れた。慶弔は続けて突き刺した刀を抜こうとし、

 

「かはっ……!」

 

 これより早く綱に腹を強く蹴られた慶弔は後ろに吹き飛びふらつきながらも着地し、即座に綱の方に目を向けた。

 

「…………あは」

 

 綱は右胸に刀が刺さったままの状態で地面に仰向けに倒れ、尚もその口元は弧を描いていた。側から見れば不気味にしか見えず、到底理解できない、そんな表情だったが綱は自身が死の淵に立っているこの状況下さえも楽しんでいた。

 

(不思議だ。痛みを感じない。体が軽い)

 

 もう何度爆発を起こしたかは綱自身記憶になく、残る呪力から考えて彼が術式を全力で行使できるのは後数回程度。それだけの爆発で慶弔を爆殺できるか、それは彼にもわからなかった。だがこのままいけばどっちみち自分は死ぬという確信はあった。

 

 なのに何故か、どうなるかわからないこの時間が彼には楽しくて仕方なく、

 

今はただただ この世界が 心地良い

 

 そう思い倒れたまま、綱は自身にトドメを刺すべく近付いてくる慶弔の気配を感じながら一度目を閉じた。このまま死んでもきっと然程悔いはないと綱は思った。だって楽しめたから。気持ち良くなれたから。

 

 だから、ここで殺されてもいいかもな、なんて考えが綱の頭を過った次の瞬間、彼のその考えを上から塗り潰すように別の思考が過った。

 

(負けて死ぬより、勝って死ぬ方が気持ちが良いに決まってる)

 

 綱は目を開き、死の際でその手は呪力の核心を掴むとまでは行かずとも……確かに呪力の核心に触れていた。

 

 そして、彼にはそれだけで十分だった。

 

(ありがとう。名も知らぬ呪詛師。貴様が強いお陰で、貴様が私の父の仇になってくれたお陰で、私は今──)

 

 倒れながら敵への感謝を胸に抱き、両手を組み、親指同士だけは組まずに広げ、掌印を結ぶ。

 

──領域展開

 

──爆裂灰燼帰(ばくれつかいじんき)

 

 刹那、綱によって展開された生得領域に慶弔とその支配下にある死者たちは巻き込まれる。

 

「! 領域展開……!?」

 

 慶弔は光景の変化に動揺して声を上げた。

 生得領域の中の光景はまるで都心のようだが、映る建物の悉くは崩壊しており、道路には転倒したトラックや黒焦げになった車が置かれ至る場所で炎が燃え盛っている。まるでテロでも起きているかのような風景が広がるこの領域の範囲は綱の半径約100mに及ぶ。

 

 瀕死の状態かつ即席の領域展開ということが起因し、領域内は穴だらけで隙間からは外の光景が覗いており、通常は中から外に出る事は困難な領域だがこの未完成といえる領域は例外だった。

 

 また未完成ではあるがこの領域は確かに「領域」の体を成し、術式の必中効果にとある術式効果を有していた。その効果は起爆術式の爆発で発生する煙を一定量吸い込む事による副次効果、術式の乱れを煙を吸っていなくとも領域内の存在に強制的に起こすこと。これによりこの領域を展開した本人以外の術師は一時的に術式を行使できなくなる。

 

(これは、術式が……!)

 

 この効果で慶弔の術式は大きく乱れ、術式によって操作されていた動く死者たちはただの死骸に戻り一人残らず倒れゆく。

 

 周囲を見渡して死者たちの変化に気付き、次に自身の術式の異常を理解した慶弔はその原因である綱へと目を向けーーゆらりと立ち上がる姿を見た。

 

惹起、爆裂、顕現、煙焔

 

 胸には刀が刺さったまま、口からは血が流れ続けている。がそれに構う様子はなく綱の口は動いていた。その言葉に慶弔は瞠目する。

 

遺すは玉の音、熱を宿した大土

 

 体は反射的に動き、綱の口を、詠唱を止めようと慶弔は刀を両手で持ち首を切り落とそうと振り下ろした。その渾身の一振りは綱の直感により動いた右手で止められそうになりーー止まらず手は斬り飛ばされる。

 

悉くを領解し、今解き放く

 

しかし、手による妨害で刀の軌道はズレ、呪詞の完全詠唱が完了、慶弔にとっては致命的な瞬間が生まれた。

 

出力最大──起爆術式

 

 残った左手を開き握った綱の一言で、慶弔を中心にした大爆発が起きた。

 

 朝木綱にとっては最初で最後の200%の起爆術式。その威力は凄まじく、発生と同時に穴だらけの領域から閃光が溢れ、領域は崩壊し、それどころか帳までをも破壊し、空にはキノコ雲ができていた。

 

(あぁ、やっぱり、綺麗だ)

 

 大爆発に巻き込まれる直前、綱はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──心から笑えたよ……あぁ」

 

 父の問いに私はそう答えた。

 脳裏には仲間達との思い出と今迄の戦いが燦々と輝いていて、改めて自身の人生を振り返った私は晴れ晴れとした気持ちで心からの感想を零した。

 

「楽しかった」

 






最後まで読んでいただきありがとうございました!
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