※今回家入硝子に関して独自設定多々あり。
「いたい、あついよォ……」
半壊した教室の中、床に倒れ悶え苦しむ一体の呪いが叫ぶ。間近で爆発を受けたのだから熱いのは当然だ。熱くない爆発など爆発ではないのだから。
「せン、せえ! たす、けて……」
悶えながら此方を見上げた呪いは必死に助けを求めて声を出す。その声は変わらず幼い少女のものだが、やはり見た目の異形振りと合わせるとミスマッチすぎて普通の人が見れば同情よりも恐怖が勝りそうである。
闇で光る四つの目に鋭利過ぎる鉤爪だけでもインパクトがある上に今、その呪いは私の爆発を下手に避けようとした結果上半身だけで床に転がっていて、片腕は千切れているので見る人によってはグロテスクな容姿をしている。
「…………」
教卓の爆発を無理に避けようとしなければ苦しむことなく一撃で消えれただろうと思っていた私はこうして足元で
「私は先生じゃない」
残った片腕を、鉤爪を此方に伸ばしてくる呪いにもう一度だけそう告げて私は呪いの頭を踏み潰し止めを刺す。本当は爆発させたいところだが遺憾せん呪力の無駄遣いは避けたい。何故なら、
「「あそぼあそぼォー!!」」
未だ呪いは健在であるから。
見たところさっきの爆発で爆殺できた呪いが二体と今仕留めた呪い、合わせて三体は始末できたようだが戦闘前に視認できた呪いは八体。つまり残る呪いはあと五体。まだまだお楽しみはこれからだ。
「せンせえ!あははははは!」
その五体の内の二体はそれぞれ左右から同時に飛び掛かってくる。私はギリギリまで二体の気配を察知できなかった。呪いという存在が皆そうかは知らないがどうやらこの呪い達は闇に紛れるのが得意らしい。
「楽しそうで何よりだ」
死にたくないならずっと隠れていればいいのに。
そう思いながら攻撃した瞬間に気配を現した二体の呪いに私は対処しようと両手をそれぞれ左右に伸ばし、鉤爪が私の喉元に届くより速く呪いの頭を鷲掴みにして後ろにある黒板に思い切り叩きつける。
「「ぐぎゃッ」」
黒板に軽くヒビが入る威力で叩きつけられた二体の呪いは同時に声を上げる。だがまだ消えてはいない。そのように加減したのだからそれもその筈だ。
「互いに楽しむとしよう」
次に私はまだ反応のある二体の呪いが消えない程度に、暫く動けなくなるまで掴んだ二つの頭を何度も黒板に叩きつける。最初の数秒はジタバタと手足を動かしていた呪いだがすぐに手足をぶらんとさせ動かなくなった。
「あたしもまぜてェ!」
その直後に背後から呪いの一体が現れ、私の胸を引き裂かんと鉤爪を振り上げる。
「ふん」
私はそれに対して右手に掴んでいる反応の少なくなった呪いの一体を盾にし鉤爪の一振りを受け、受け終わった瞬間に右手から呪いを手放して前に蹴り飛ばし、
「──起爆術式」
空いた右手を握り締め、蹴り飛ばした呪いを爆発させ同時に二体の呪いを爆殺する。私が先程消えない程度に黒板に叩きつけた二体の呪いは呪力量が減り、起爆術式で直接爆発が可能になっていた。
つまり、今爆発させた呪いとまだ左手に握っているこの呪いは私にとって爆弾とほぼ同義だということだ。
「はははは! きれいきれい!」
残る三体の呪いの内の一体は爆発を見て楽しそうにそう言って正面から中々の速さで仕掛けてくる。
「私もそう思う」
爆発を綺麗という呪いの感想に心から同意しつつ、私は真っ向から呪いを迎え撃つ。左手に掴んだ呪いを手放し首を僅かに動かして鉤爪を回避し、呪力を込めた拳で呪いの胴体を貫き、
「あがっ、せ、ン……」
怯んだ呪いの頭を左の拳で殴り飛ばす。千切れた頭はボールみたいに、まぁボール程よくバウンドはしないが床に落ちて転がった。
それから私は手放した呪いの胸倉を左手で掴み上げる。
「せン、せえ? おきゃくさン? 楽しいね楽しいね!」
その時、少し遠くから少女の声がして私は其方を見た。いつの間にそこに居たのか。声が聞こえた方を見遣ればそこは教室の割れた窓の向こう側。外に居た残る二体の呪いの内の一体は何故か上を見ていて、続いてその場に深くしゃがみ込んだ。どうやら上の階に向かって飛び上がるつもりらしい。それに対して私は左手に掴んだ呪いの頭を右手で鷲掴み、
「──起爆術式」
そのまま千切った頭を外に立つ呪いに飛び上がるより早く投げつけ──呪いの眼前に到達した段階で頭を爆発させた。何故か上の階に意識を向けていた呪いは回避もできずに爆発の直撃を受け跡形もなく消えた。また頭を失った呪いも手を放すと力無く倒れて消え始める。
これで八体いた呪いは一体残らず消え、後には黒い爆煙と呪いのものなのか爆発によるものかは未だに不明だが花火の後に香る火薬のような……だけどそれとは微かに何かが違うような匂いが残った。
(いい匂いだが………まだまだだな)
それから私は夜風が吹いて煙が晴れるのを見届け、目を閉じて鼻孔をくすぐる匂いを感じながら今起こした爆発を自己評価する。威力、範囲ともに悪くはない。だがもっと集中していれば更に高い威力でしかし周囲の地形は無傷。といった爆発が起こせていたに違いない。
本来なら地形のダメージなど気にせず爆発させたいところなのだが、八年も呪いと戦い爆発を起こしてきたこの廃校とその周囲はいよいよ原型が失われつつあった。私自身はこの場所に大した愛着はないがここは他の場所と比べて呪いが湧きやすく、爆発させる対象が多く私にとっては中々に気持ちよくなれる場所だ。ここが爆発によって今後使えなくなるのは少々惜しいし、理由としては十割中一割ほどではあるがここが母校だった人のことを考慮すれば校舎を跡形もなくする程の爆発はよくないだろう。
(上の階に行ってみるか)
時間にすれば十秒にも満たない時間。暫し思考して呪力を爆発させる瞬間を脳内イメージし直した私は目を開き、教室を出て二階へ向かう。先ほど外に居た呪いの視線の先、そこに何があるのか僅かな興味と期待を胸に階段を上がり、その途中でゴン!という物音を聞いた。
固いものを固いものに打ちつけたような、呪いの頭を黒板に叩きつけた時よりかは小さな音に私は一度足を止め音がした方向……長い廊下の先を見つめた。丁度その時、月を隠していた雲が少しずつ晴れていき、暗い廊下に月光が差し始め──私は呪いを目撃した。
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「はしった、はしったッ」
遭遇した呪霊から逃げ出そうと咄嗟に駆け出した私だったがその呪霊は肥えた姿からは考えられないほど速かった。
「! かはっ……!」
駆け始めてから一分と保たずに私は目にも止まらぬ呪霊の体当たりを一回目は勘で避けたが、二回目をもろに受けて吹っ飛ばされて壁に背中を強打した。衝撃に一瞬息が止まる。
「はぁ、はぁ」
こんなことになるなら煙草探しになんか来なきゃよかった、そんな今更な後悔をしながらすぐに呼吸して冷静になろうと考える。
(デブなカエルみたいな見た目しといて速すぎだろコイツ……というか今日見学で見た呪術師の人が祓ってた呪霊よりよっぽど強そうなんだけど)
歩み寄ってくる呪霊を見つめながら私は生き残る為、状況を打開する為に思考を回す。だけど、どれだけ思考を回したところでまだ呪術師でもない私の思考には限界があった。私は呪霊をどうこうする知識なんて大して持っていなければ今まで呪霊とまともに戦ったことだって一、二程度……というより呪霊との戦い自体避けるよう言われてきた。
なんでも私は反転術式というRPGでいうところの回復呪文が使えて、呪術師の中じゃそれを他人に使える者は希少だとかなんとか……だから私は今まで少しでも危険な事はさせられなかったし、私自身呪霊なんかと戦うのは面倒くさそうだと思ってたからラッキー程度に思っていた。
「はぁ、マジだるいけど……」
でも、今回ばかりは戦うしかない。死にたくないし。
昼に見学していた呪術師が祓っていた呪霊が2級だったから、それよりヤバそうなこいつは1級呪霊ということになるのだろうか?そんなことを考えながら立ち上がり目の前の呪霊と改めて対峙する。
(うわっ勝てる気しねー)
人間サイズの二足歩行デブガエル。如何にも力持ちみたいな見た目しておいて素早さもある。こんなやつ相手に私みたいなか弱い女の子が真正面から勝てるかっての。なんて思っていたのも束の間、
「がっ」
「きそ、く、ぜったい!」
気付いたら私はカエル野郎の手で首を掴まれ、壁に叩きつけられていた。動きが全く見えなかった。
「う、ぐっ……こ、のっ……!」
ギリギリと首を締められ、私は私の首を掴むカエル野郎の腕を呪力を込めた拳で叩く。しかしカエル野郎は怯みもせずに私の首を更に絞める。次に私は持ち歩いていたナイフを取り出し、呪力を流しカエル野郎の腕に突き立てた。だがカエル野郎は痛がる素振りすら見せずに私の首を絞める力を更に強める。視界は朦朧とし始める。
(あ、これ、マジでヤバいかも)
これ以上強く絞められれば間違いなく死ぬ。そう確信した私は抗おうと必死でカエル野郎の腕を叩くが段々力が抜けていって、私は飛びそうになる意識の中で考える。自分の今までの人生とか……そんな走馬灯染みたものが脳裏を過ぎっていく。
我ながら呆気ない人生だったなと思う。
子供の頃から、他人を術式で治せる希少な存在だからと少しでも危険があることは碌にさせてもらえなかった。一人で外出することを許可されたのだって割と最近のことだった。そんな親への反抗と興味で煙草を吸い始めたり、夜遊びをしてみたりしていた。
そういえば来年から私、呪術高専とかいう学校に入学するんだっけ。中学は好き勝手にサボれてたけど高校でも好き勝手にサボれるかな……まぁそんなこと考えたって仕方ないか。私ここで死ぬんだし。
(あーあ、こんな早く死ぬんだったら、もっと煙草吸っときゃよかった)
そんなことを考えながら私はゆっくりと意識を手放そうとして、朦朧とする視界の中で最後にカエル野郎が私の首を折る瞬間を、
「起爆術式」
──幻視した。
「がああああッ!?」
それはあまりに突然のことだった。
私の首を絞めていたカエル野郎。その腕に私が突き立てたナイフが何の前触れもなしに爆発を起こした。しかもそれは私には当たらずカエル野郎にだけ直撃するという私に都合が良すぎる、絶妙な威力の爆発だった。カエル野郎は咄嗟に私の首から手を離し大きく後退る。
「おまえ、ろうか、はしったなッ!!」
カエル野郎は爆発に混乱しながらも燃えた手を振って火を消し、何かを察知したのか真っ暗な廊下の先を向いて叫んだ。私は絞められていた首を摩り、必死に息を吸いながら私もカエル野郎に釣られてそちらを見た。すると廊下の先からこつこつという靴音が聞こえてきて、暗さと爆発による煙のせいでよくは見えないが人らしきものが此方に歩いてきていることはわかった。
(もしかして呪術師? いや、呪霊?)
更に目を凝らすとその人影が2m近くあるように見えて、あまりの巨体に最初はそれを呪術師か何かと考えていた私はまた別のヤバい呪霊かと考え直して精一杯立ち上がろうとした。だけど、手には上手く力が入らず立ち上がれない。
「ろうかは、はしるなァ!!」
そんな人影に向かってカエル野郎は叫びながらとんでもない速度で飛び掛かる。後ろから見ていた私には一瞬カエル野郎が消えたように見えるほどの速度……人影はきっと私のように呆気なく吹っ飛ばされる。そう思った。
「私は走っていない」
だが現実はそうはならなかった。
そこに立つ人影から驚くほどに落ち着いた、静かな声が発せられた後、何かを殴るような鈍い音がした。気付けばカエル野郎は床に倒れ込んでいて、カエル野郎の傍に人影が投げたらしい石ころのようなものが転がったかと思えば、
「廊下を走っているのはお前だ」
──次は石ころが一瞬光ってから突如爆発した。その威力は先程よりも高く、咄嗟に横に飛び回避を試みたカエル野郎を衝撃で吹き飛ばし、カエル野郎は派手に窓ガラスを割って外に落下していく。
「………なんだそれ」
急過ぎる展開の数々で混乱しつつ私は遂そんな言葉を漏らす。そんなめちゃくちゃをしでかした人影はカエル野郎が落ちていった方を一瞥し、次に私の方へと歩み寄ってくる。距離が縮まると同時に爆煙も晴れていき、徐々に人影の姿が、輪郭がはっきりとしていく。
「無事か?」
(呪霊よりヤバそうなの出てきた……!)
そして、煙が完全に晴れ、割れた窓から差した月光に人影の姿が露わになった。露わになったその人影は学ランにボンタン。ツーブロックな坊主頭。暗い廃校の中なのに何故かかけている黒いサングラス。それに加えて2m近くあるように見える巨体。どこからどう見ても明らかにヤバそうな男だった。
「……ははは、無事に見える?」
廃校には、というかどこにいたって悪目立ちするであろうインパクトある男の登場とその第一声に私は思わず苦笑しながら口を開く。
これが私と