あべこべ世界で襲われたくないのでフルアーマーで暮らしてます。   作:ダイコンハム・レンコーン

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こんなの見たいなとか思ったら書いてたの。


男と女

 ──貞操観念。この四字熟語を見て発情した馬鹿はとっとと病院に行けと言いたい。

 

 私はこの貞操観念という言葉に好きも嫌いも無かったが、ある理由から嫌いになりつつあった。そのある理由とは──この世界が貞操観念のひっくり返った世界だからだ。

 

 

 

「お〜い、リリー! 今日こそは行かない? インキュバスの風俗店」

 

 私の首に腕を回し、赤髪の美女が微笑む。言葉は聞かなかった事にしたいが、答えなければ延々と絡まれるのは目に見えていた。勿論断る一択だ。

 

「行くか馬鹿者。私はお前の様な色欲魔じゃないんだ」

「え〜? でも冒険者は皆行ってるけど?」

「冒険者だから何だ。そうじゃない奴もいるだろう?」

 

 ちぇっ、とか可愛らしく言ってるが、私は知っている。一度男を見れば興奮して猿の様になる事を。

 

「……リリーってほんと欲がないね」

「寧ろお前こそ欲塗れだぞイルシュ」

「さっすが"浄火の騎士"様。嫌味なほど真面目」

「その呼び方はやめてくれ、恥ずかしいんだ」

「あらぁ、リリーちゃんも照れ屋でちゅね〜?」

「眉間に風穴を空けてやればその濁った思考もスッキリするだろうか」

「やだやだ、冗談だって!」

 

 会話を弾ませる女、イルシュは私の同業者だ。

 

 私と彼女は冒険者であり、冒険者ギルドでクエストを受注し西に東に野を越え山を越えクエストを達成し金を稼いで暮らしている。クエストの内容は様々だが、私は主にモンスターの討伐や山賊や海賊退治を承っている。隣を歩く彼女とは良くパーティを組むが、私の事は女だと思っている。

 

 この世界の男は大抵が華奢で細身で、自ら鍛える事もない為に中々大きな男は少ない。それ故に男でありながら大きく育った私は、全身に鎧を着ていれば見た目で男と判断される事はまず無い。声もフルフェイスのおかげでくぐもり低く聞こえていると誤魔化している為、問題はまあ無い。

 

「はぁ、アタシも彼氏欲しいなあ」

「イルシュ、お前は見た目は良いが押しが強過ぎる。その調子じゃ出会う男という男全員に逃げられるぞ」

「ご忠告どーも。でもアタシだって譲歩してるよ。いきなり下半身凝視したりしないとか」

「当たり前の事を堂々と言うな」

 

 この世界が単純な貞操観念逆転の世界であれば分かりやすくて良かったが、ややこの世界の女性は性欲が強過ぎるきらいがある。前世ではほぼ男女比というのが5:5だが、この世界の場合は感覚3:7位なのもそれに拍車をかけていると感じている。地域によっては女の盗賊が教会にカチ込んで神父に暴行するなど治安の悪い話は枚挙に暇がない。

 

 昔は何かしらの疫病で男が数を減らしたのかと覚えたての文字で歴史本を読み漁ったりもしたが、それらしい話はなかった。そもそもこの世界の創世神話の男神が軒並み女神に襲われて子を成している辺り、こういう世界なのだと割り切るしかない。

 

「一応言っておくが、視線を向けられている側はどこを見られているか分かり易いらしいぞ」

 

 因みに男が女のプライベートスポットを凝視するとビッチ扱いされるらしい。そうした類の本で例えるなら、男の下半身を見て舌舐めずりする女、みたいなイメージだろうか。そう思われるのは嫌過ぎる。

 

「えっ、本当に? ならリリーのその兜って視線を隠して凝視する為の──」

「風穴を空けられたいらしいな」

「ごめんなさい」

 

 そんな認識、不名誉極まりない。第一、私は男に興味などない。が、こんな世界では女に理想を抱く事も無い。余程の事が無い限りは独身を貫くつもりでいる。勿論性別は隠して。

 

 何せ、この世界男の仕事と言えば家事育児。家父長制ならぬ家母長制であり、どうしても家に縛られてしまう。前世から来る価値観の違いで性に合わない事もあり、私は性別を隠して冒険者をやっていた。

 

 冒険者になった理由としては、冒険者が社会的に地位の低い人々の受け皿になっている事もあり、登録手数料さえ払えば身分を証明しなくてもなれる点が大きい。ただ冒険者になると男にモテると言う胡散臭い噂話のせいで女──特に覚えたての性を満たそうとする少女や行き遅れになり危機感を覚えた20代以上の女性が非常に多い危険地帯でもある。

 

 しかし虎穴に入らずんば虎子を得ず。生活する為の金を稼ぐにはコレが1番良い方法だった。

 そうして冒険者をやっている内にいつしかそれなりに名のある冒険者となっていたが、まだ辞める気はない。願わくば生涯現役でありたい。

 

「アタシと同じくらいの背丈でムキムキでバッキバキの彼氏欲しいなあ……でも高身長ってだけで急に該当者居なくなるんだよ酷くない?」

「酷いのは道端で性的嗜好を語るお前の頭だ」

「そっちも酷くない?」

 

 そう言う彼女は180cmはある。鎧を脱いだ私よりいくらか低い位だ。そして驚くべき事にこの体格は珍しくない扱いである。男女の平均身長まで逆転しているのかも知れない。逆に何が逆転してないか知りたい程、この世界はあべこべである。

 

「そう言うリリーのタイプは?」

「強いて言えば気の合う奴だ」

「つまんないな〜もっとハードでも良いんだよ?」

 

 またイルシュとは孤児院からの幼馴染でもある。孤児院では幼い頃の私が背丈の高さから女と勘違いされていたが、唯一孤児院の園長だけは私の事情を知り、困らない様に色々と手を貸してくれた。

 ただ、園長は男性で孤児院で暮らす女の子達の初恋を悉く盗んでいたので、今頃は孤児院を出た女達の集団に襲われているかも知れない。南無三。

 

 と、そんな下世話な会話をしている内に私達が拠点としている宿屋へと着いた。

 

「話は終わりだ」

「えぇ? 2人で女子トークしようよ。昨日のオカズの話とか!」

「そんな悍ましい女子トークがあってたまるか」

 

 私はイルシュを置いてそそくさと1人部屋に戻る。私はイルシュと同じ部屋に泊まると気が休まらないので、いつも私とイルシュで2つ部屋を取っている。金は掛かるが精神衛生上必要な事だ。

 

「──ふう」

 

 部屋の鍵を閉め、窓のカーテンを閉じ切り、テーブルの上に得物を置いて鎧を脱ぐ。

 

 鎧には抗菌防カビ清潔魔法とかいう明らかにこの世の外の人間が作ったであろう魔法が掛かっている為、汚れる心配はないし、鎧の中も常に清潔に保たれている。だから洗うのはいつも身体だけだ。

 

 鎧を脱ぎ、下着も脱いで水を溜めた桶に潜らせたタオルで身体を拭いていく。

 

『……ふっ、ぅぅ。はぁ、あっ、イクッ』

「はぁ、またやってるな」

 

 帰って来て間も無い筈だが、隣の部屋から艶めかしい喘ぎ声が聞こえて来る。壁が薄い宿では良くある事だ。酷い時は上下左右の部屋からステレオ喘ぎ声ASMR上映会となる事もある。若い頃は耳に毒だったが、聞き慣れると小鳥の囀りと同じ環境音程度にしか思えなくなっていた。

 

 女は男と違って自家発電に限度は無い。下手すれば私が寝るまで続いている時もある。他にやる事はないのかと聞きたいが、なぜそう思ったかの理由を聞かれるのが嫌なので話す事もないだろう。

 

『……おっ゛クるっ、凄いのクるっ!』

「さっさと寝て明日に備えるか」

 

 私が女だと思われている内は夜這いの類もない。安心して眠れる。だが男だとバレた時、私はさながら猛獣達の檻に投げ込まれた生肉と化すだろう。

 

 だから私は隠し通す。己が男である事を。

 

『イく゛ぅぅぅっ゛!』

 

 他ならぬ、喧しい親友相手にも。

 

 

 


 

 

 

 今日も今日とて冒険者稼業。少女や成人女性、そして僅かな老女達でごった返す冒険者ギルドはいつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。

 

「でリリー、今日はリリーが選ぶ番だけど何するの?」

「残ったもので良い、人混みは苦手だ」

「りょーかい。やっぱりリリーは欲が無いよねえ」

 

 幾らか慣れたとは言え、朝の通勤ラッシュならぬ受注ラッシュに飛び込むのは未だ抵抗がある。受注ラッシュとは、冒険者ギルドの朝方の光景の事を指して私が勝手に考えた言葉だ。

 

 冒険者ギルドでは毎朝新しいクエストがクエストボードなる看板に張り出されるのだが、その中から少しでも良い条件のものを探す為に、朝早くから冒険者達はこれを見に来る。そんな冒険者は数多く、こうして人混みを作るのだ。全員が前世で見たセール時のおばちゃんみたいな気迫でクエストボードに群がっているのは、何というか恐ろしさすら感じる。

 

 少しでも稼ぎを良くしたいなら私もアレに飛び込むべきなのだが、満員の女性専用車に1人置かれた様なアウェーを感じて入る気にはなれないでいた。それに全身鎧のせいで誰かに当たったら傷付けてしまう可能性もあるのだから。

 

 だから私達は冒険者ギルドに併設された酒場付きの集会所へ退避している。隣でイルシュは朝っぱらから酒を飲んでいた。幾らザルとは言え、何かこう、あるだろう躊躇いとか。

 

「ふぅ、朝から必死にクエストを漁る女を見ながら飲む酒は美味いね」

「……お前と言う奴は」

「こうして時間潰すには1番でしょ」

 

 そうして時間を潰す事1時間ほど。人も減って来た為、私達はすっからかんのクエストボードを無視して受付に向かう。

 

「リリーさん、今日はどんなクエストを受けますか?」

「討伐クエストで見繕ってくれないか」

 

 すると受付に立っていた少年は、大量のクエストシートが挟まれこんもりと膨れ上がったバインダーの後ろの方から、一枚のクエストシートを取り出す。昨日より前に残ったクエストは受付が管理してくれている。

 

「では、これは如何でしょうか」

 

 差し出されたクエストシートには、近郊の高地に現れたワイバーン4頭の討伐と記載されている。必要な冒険者ギルドの認定ランクはA。最高ランクだが問題無い。

 

「ふむ。ならばこれにしよう」

「ねえリリー、アタシにも見せて見せて」

 

 そう言って覗き込んだイルシュも頷く。

 

「では、失礼する」

「またね〜、受付クン!」

「はい、お気をつけて!」

 

 そうして私達2人は、ワイバーンの討伐へ向かった。

 

 

 


 

 

 

「所で、なんで縁もゆかりもない場所にワイバーンが4頭も押し寄せる事になったんだろ」

「……まあ、いつものアレだろうな」

「ああ、アレね」

 

 冒険者ギルドのある街を出て乗合馬車を乗り継ぐ事少し、私達は高原に到着した。

 

 クエスト内容に記載されていた場所はすぐ近くにあるらしく、歩いているとドンドンと何か叩きつける音が聞こえ始めた。

 

「お、やってるね」

「また()()()か」

 

 坂を登り、開けた場所に出た時、私達はその光景を見た。

 

 この世界、モンスターの類に至るまでオスメスの比が可笑しい為、中々に狂った光景が見られる事がある。

 

 灰色の群れ、1頭のワイバーンの前で、3頭のワイバーンが乱闘していた。互いに尻尾で殴り合い、巨大な顎で噛み付いたりとバイオレンスな光景である。

 

 これは単なる縄張り争いではない。3頭のワイバーンと残された1頭のワイバーンの体躯はあからさまに差がある。具体的には、乱闘するワイバーン達の方がしていないワイバーンよりも1.5倍程巨大だ。大きい方がメスで、小さい方がオスに当たる。

 

 この乱闘が起きた原因は恐らくモンスターの発情期だ。モンスターのメスが発情すると、数少ないオスに対して半ば襲いかかる様にして番になるように迫る事がある。オスは多くの場合メスから逃げる、その逃避行の最中で多くのメスは争いや環境の変化によって死んでいき、最後に残ったメスがオスを独占する。

 

 木の実を啄んだ鳥が遠方へ排泄物として種を蒔く様に、メスの発情期にオスが逃げ惑う事でモンスターはあらゆる地域にその生息域を広げるのである。

 

「もうメスの数も少なくなってるけど……あ、今1頭死んだ」

「不味いな、このままメスが1頭になればここで繁殖が始まる。この辺りの猟場にワイバーンが拡散するぞ」

「うわ、考えたくない」

 

 私達は武器を構え、オスのワイバーンの背後へと向かっていく。

 

 先にオスさえ狩ってしまえば繁殖の心配はない。発情期のモンスターを狩る時の鉄則はオスから狩る。メスからも冒険者からも狙われるオスには憐れみを覚えてしまうが、許せよ。これも仕事なんだ。

 

 コソコソとオスの尻尾の裏へ回り込み、私とイルシュはそれぞれ得物を引き抜く。私はハンドキャノンタイプの重銃剣(榴弾仕様)2丁、イルシュは魔杖と蛇腹剣。

 

 1撃目はイルシュに任せる。アンブッシュは鎧のせいで五月蝿い私には不向きでな。

 

「ファーストストライクは任せた」

「よし来た。オスを倒した後はヨロシクね」

 

 彼女は可愛らしく首を傾けてウィンクする。同性への振る舞いは性の話を抜きにすればマトモどころか頼れる仲間になるが、異性を前にすると途端に欲望が先行してガン見で首を怪しく上下させながら鼻息荒く近付いてくる。損してるぞ、お前。

 

「ああ、お前は私が守る」

「それ男の人が言ってくれたら燃えるんだけどなあ」

「夢を見るのは寝てからにしろ」

 

 彼女が宝珠を戴く魔杖を蛇腹剣に翳し、無詠唱の魔法を掛ける。すると蛇腹剣が薄らと青い輝きを帯び、白い冷気を放ち始める。相変わらずの練度だ。

 

 私は昔から魔力に恵まれずこの様な得物を使うに至ったのに対して、彼女は逸材レベルの魔法使いの素質を持っていたが、後ろでコソコソやっているとモテないという話を聞いて剣士に転向した過去がある。私は初めてこの話を聞いた時、世の中の理不尽を再確認したものだ。

 

 だが、頼もしい事に変わりはない。彼女は必ずやってくれる。だからこそ変わらず共に冒険者をやっているのだから。

 

「──とぉっ!」

 

 オスへ向かって走り出した彼女は、地面を蹴り上げ軽く3〜4m程跳び上がりその太い灰色の首の上空へ。

 

 そのまま彼女は身体を横に回す。すると一見ただの剣が分裂し、ワイヤーで繋がれた剣の鞭となる。

 

「そぉれ!」

 

 蛇腹剣は遠心力に従い伸び切り、2m近くあった間合いを潰しオスワイバーンの首を両断する。いつ見ても元魔法使いの身体能力とは思えない。鍛えているのは知っているがこれは……。

 

 と、考えるのは止めだ。どうせ理不尽な結果だけが待っている。だから身体を動かせ、私は体勢を崩すオスの死体を踏み越え前に出る。

 

 ──ギャオ? ギャァッ?! 

 

 メスがオスの死に気付き、悲痛な叫びを上げる。メス2頭は重力に従い落ちるイルシュを噛み殺そうと迫る。

 

 このままでは踊り食いされるだろうが、彼女はこちらに笑みを浮かべて何もしない。幾ら信用してくれているとはいえ、大した事でもない場面で命を預けてくるのは心臓に悪いから止めてもらいたい。

 

 ──ギャォッ! 

「悪いが仕事なんでな」

 

 オスの死体を乗り越えて来た私に、メスワイバーン2頭の注意が移り、顔が俯く。その瞬間、私は予め撃鉄を起こした2丁の得物の銃口をそれぞれの顔に向け、引き金を引く。

 

 すると銃口から迸る閃光と爆音。衝撃を吸収する機構を搭載したこの鎧を以ってしても余りある反動に軋む金属の節々。

 破壊的な威力を込めて放たれた榴弾はそのエネルギーを睨む2頭の眉間に叩き込み炸裂する。

 

 この銃は元々竜人族や大柄の魔族など、飛び抜けて頑丈な身体を持った種族が使う事を想定されていた。因みに私の身体はそれらに並ぶかそれ以上に頑丈らしいが、それでも生身では手に余る。

 小さな大砲とも称されるこれの一撃は、例え硬い耐熱性の鱗を持った竜に連なるものであろうとも致命傷を与える事が出来る。

 

 その証拠に爆炎から現れた2頭は、頭蓋を剥き出しにし絶命していた。

 

 こうして発情期のワイバーンは皆死んだ。出来れば二度と来ないで欲しいものだ。

 

「ありがとうリリー。アタシの最高の友達(マイベストフレンド)

 

 何事もなく着地したイルシュが私の肩をカンカンと叩く。人の気も知らずに。

 

「友達と思うなら、私に不安を与えてくれるな」

「だってリリーは頼り甲斐あるし」

「そういう態度は男にしたらどうだ」

「は、はぁ?! そんな気安くしたら『えっ、何この人いきなり距離近くないキモ』とか思われちゃうでしょ!」

「……はぁ」

「ため息で返さないでよ!」

 

 顔を赤くして鎧を叩く彼女が処女である事は何となく察している。

 

 偶に宿屋で窓際から夜に出歩く冒険者の男女カップルに対しての怨嗟の声が聞こえてくる事がある上、普段も遊んでる風なフリをして私が男の話を振ると生娘の様な態度を取る事も珍しくない。こんな有様で誰かと関係があるとは思えないだろう。

 

 そして私達は、ギルドへの討伐証明にワイバーンの牙と目を剥ぎ取り、目印となる双子石の欠片を地面に刺しておく。

 元々双子石は頑強な1つの石で、これを分割すると1番大きな欠片と引き合う特性がある。冒険者ギルドからの貸出し品であり、討伐した獲物の近くにはコレを置いておけば、後で双子石を頼りに冒険者ギルドの職員(ギルド専属冒険者)達が向かい後始末を行なってくれる。

 

 ともかく、これでやる事は全て終わったという事だ。

 

「帰るぞ、イルシュ」

「は〜い、リリーってば本当に真面目ちゃん。ちょっとくらいガサツな方が男にモテると思うけどなあ」

「それは自分への慰めか?」

「言葉のナイフ止めよっか、リリーちゃん」

 

 初めの内はリリーなんてガーリーな名前に慣れなかったが、いつしか当たり前の様に受け入れてしまっている私が居る。慣れとは恐ろしい。

 

 ……ただ、鏡を見る度に似合わないとは思っている。嬉々としてリリーを名乗り出したらそれこそお終いだ。

 

 この世界で性別を隠し生きる男は案外居るそうだが、大抵は華奢な身体を利用してちゃんとした女装をする。別に女性が皆高身長と言う訳でもない為成立する事だ。ただそうした女装をしている内にいつしか戻れなくなるなんて怪談じみた話もある位だ。

 

 そういう意味では、女装しこの世界に飛び込むより、全身鎧で正体を隠すこの方法なら、男としての尊厳もすり減らす事なく生活出来る。我ながら良い案だ。

 

「じゃ、帰ろっか」

「ああ」

 

 ──隠し事をする後ろめたさは、なくも無いが。

 

 兜の裏で目を伏せる。こんな思いはしまっておいて、今を生きる事に集中する。

 

 明日の事は明日の私が考えるだろう。そんな毎日を過ごしている内に、いつか割り切れる時が来ると信じて。

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