あべこべ世界で襲われたくないのでフルアーマーで暮らしてます。 作:ダイコンハム・レンコーン
「ボクぅ? こんな所で何してるのかなぁ?」
「もしかして迷子? ならお姉さんが良い所に連れてってあげる」
ワイバーンを討伐した明くる日の昼下がり、Aランクの依頼故に報酬をたんまりと貰えた私達は、今日を休暇日としイルシュは朝から趣味の酒場巡りに、私は武器の整備をしに馴染みの武具屋へ向かう最中だった。
「い、いえ。僕はあの、ただ──わぷっ」
「は〜い。持ち帰り確定、ぶっ犯しちゃいま〜す」
「さんせ〜い」
その道中で通りかかった路地裏にてイカれた露出の女2人に挟まれ連行される少年を目撃してしまったのは幸か不幸か。頭のおかしな連中に絡まれているのは同情する。
「誰かっ、助け──」
2人の胸に顔面をプレスされた少年が青褪めた顔で必死に手を伸ばしている。前世ならば男の夢と言えた光景かも知れないが、この世界では肉食獣2頭に挟まれ舌舐めずりされている様な状態だ。寧ろ色々と縮み上がっているのではなかろうか。
よくは見ないが、偶にはある光景だ。変装もなく街を出歩いた時点で悲しいかな、少年の手落ちだ。助ける道理は私にない。
「──そこの3人。何をしている」
だが、一度や二度のミスで取り返しがつかなくなる様な世界ではない。捨てる神あれば拾う神あり、私は常に
あのか細い手がどこの誰に向けられたものか私は知らないが、見たからにはその手を取らなければ後味が宜しくない。私はイルシュより気分屋の気があるらしいが、否定は出来ないな、これは。
「……何? いま良い所だったんだけど」
「もしかして混ざりたいの?」
「鎧の、お姉さん……?」
お姉さんと呼んでくれるな、少年。ダメージが大きいぞ。
少し脅しかけるつもりで気迫を込めて言葉を放つ。
「──何をしている、と聞いている」
私は既に得物に手を掛けていた。既に発情し切ったメス猿相手では何を仕出かすか分からない。
見た所、女2人の得物はそれぞれ斧と槍、種族は──長耳、つまりエルフだ。褐色と白色の肌から察するにダークエルフとエルフのコンビらしい。エルフの女は誰彼構わず寝所へ連れ込む種族レベルの性豪である。
「邪魔、する気?」
「ならあたし達も容赦しないけど」
ダークエルフとエルフは此方にガンを飛ばす。治安が悪過ぎる。これに比べればイルシュは遥かに理性的だな。比べる方が失礼か。
「強姦魔風情が」
「そんな事言ってると──っ」
やや嘲りを含んだ罵倒にこめかみを顰めたエルフは、槍を引き抜き、凄まじい速さの一歩で彼我の間合いを詰めてくる。
とは言っても目で追える速さだ。
「槍で自分から突っ込むとは、阿呆か?」
「ぐっ……」
私は空いた片手で槍を捕まえ、引き抜いた得物を前に突き出していた。銃とは長槍よりも遥かに長い千里の槍、この時点で優位不利は決まった。
更に重銃剣の銃身の下部を伝い伸びる刃は、飛び込んで来たエルフの首元を捉えている。彼女は左右に動こうとするが、私もそれに合わせてピッタリと動きを変える。喉元に刃物と言う名のつっかえ棒を突き出されては前に進む事もままならないだろう。
余程彼女の力に自信があったのか、少年を捕まえていたダークエルフも唖然としてその様子を眺めていた。
「刺さるぞ」
「なっ」
私がそのまま前に進むと、彼女も慌てて後ろへ下がる。下げて、下げて、下げる。いつの間にかエルフが進んだ距離よりも私の進んだ距離の方が長くなっていた。
「その子から手を離してやれ」
私は隣で少年を胸と手で拘束するダークエルフにそう言うと、彼女はやけにアッサリと答えた。
「……分かった」
「うわっと!」
少年を私の背後へ押し出すとダークエルフはエルフの服の襟を掴み、私から引き剥がす。
「負けちゃったから、あの子は貴女のモノ」
「……折角見つけたのに」
私の足にしがみつく少年を往生際悪く見つめる2人は落胆を隠さない。肉食動物みたいな、と言うより肉食動物そのものの生活をしてるな。はっきり言って引くぞ。この世界で生きているとドン引きする事が日常茶飯事になってしまいそうだ。
「これが流行りの寝取られってヤツ……」
「違うよ、これは私が先に好きだったのにってジャンル」
「勧善懲悪と言う言葉を知らないのかお前達は。いやそれよりもさっさと散ってくれ」
乾き掛けのスライムばりにしつこい2人だ。と思っていたらエルフが私に向かって頭を下げる。どうやら反省したらしい。
「……私達が悪かったから、3人でシェアしない?」
「お前はこの少年の人権を何だと思ってるんだ?」
いや、違ったようだ。そろそろ衛兵にでも連絡すべきか迷っていたが、足元の少年が変態エルフ2人に向かって何かを言いたそうにしていたので、私は彼に聞いてみた。
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
少年は、意を決した様子で口を開く。
「……うん。僕、買われるなら、鎧のお姉さんの方が良い」
少年は言った。
ふむ、そうだろう。こんな変態どもに買われる位なら──いや待て。
「……聞き間違えか? 今何を言ったんだ?」
「その距離で聞き間違えるとかありえなくない?」
急に常識人ぶり始めたエルフはさて置き、私の耳に理解不能な言葉が流れ込んで来た気がするぞ。買う? まさかこの少年、
「……強引な人は、嫌いなんです」
「あ、ああ! あばばっ!」
「あっ、死んだ」
そう少年に冷たい視線を向けられたエルフが白目を剥いて気絶し、ダークエルフは倒れたソレを手慣れた様子でそれを引き摺りどこかへと消えて行った。
私は得物をしまい、彼女達が消えた路地の奥を暫く見ていた。
「何だったんだ、アレは」
男の魔力に取り憑かれた女の成れの果て……この世界に女に迫られて素直に喜ぶ奴はそう居ない事を自覚した方が良い奴が多過ぎる。イルシュも普段は他人の気持ちを慮れるが、男の事となった瞬間頭の中を真っ白にして暴走するから無理な話なのかも知れない。
「ありがとうございます! お姉さん!」
まあ、ここは1人の少年の身を守れた事で良しとすべきか。
だが、これから彼が言うであろう言葉に対して、私はどうすれば良いか頭を悩ませていた。男の私が男を買うなど、無理な話だ。
このまま帰らせてくれるなら、それ以上の事はないが。
「ひとまず、君が無事で良かった。ではこれで」
「待って下さい!」
しかし、彼が私の考えなど知るはずもない。表通りに向かう私の手を、彼の華奢な手が捕らえる。当然の流れだ。
「僕を、買いませんか?」
──さて、どうするか。私は兜の奥でため息を吐いた。
「で、握手と頭撫でるだけして、金渡して帰したって?」
「ああ、そうだな」
「勿体なさ過ぎるでしょ!」
それから、私は当初の目的通り武器の整備を終え帰っていた。その最中にイルシュに誘われ、こうして酒場で席を共にしている。彼女は私服姿だが、私はあいも変わらず鎧姿。もはやイルシュも慣れたか突っ込まない。
その酒の席のネタとして、今日あった事を話したのだが、イルシュは予想通り男を買ってほぼ何もしなかった事に大変憤慨していた。いや、あんな子供に何を興奮しろと言うのか。それならばイルシュくらいの方がまだ良い。
「何もしないで帰すのも却ってプライドを傷つけるかもしれないだろう?」
「はぁ〜? 普通ワンナイトして1発で当てて来て責任取る流れでしょ〜?」
「怖い事を言うなお前は」
男として身体を売っていたのなら、あの外見では想像もつかないコネを持っている可能性や美人局の可能性もあった。私の武器は対大型モンスターに特化した半ば兵器染みた代物であり、穏便に済ませる為にああして金を払ってお引き取り願う手段を取った。もっと冴えた手段はあったのかも知れないが、これが最善のつもりだ。
「お前だったらどうしていた」
だから、少し気になってイルシュに聞いてみた。次からの参考になるかも知れない。
「アタシだったら勿論手近な宿に連れ込んで──」
前提条件を付け足してやろう。
「お前ならそうだな。後は金さえ払えばどんな事でもやってくれるとしたら?」
「で…………」
「望む事はなんでも、だ」
「……」
すると彼女はどんな過激な妄想をしたのか、フリーズして動かなくなった。
「恥ずかしくなるくらいだったら私にとやかく言うべきではなかったな」
「い、意地が悪い」
我に戻ったイルシュが此方を睨む。イルシュの戦闘スタイルは防御を軽視する傾向にあるが、下の話での防御力も相応に低いらしい。墓穴を掘る事に事欠かないな。
そして話す事も無くなろうとしていた時、彼女が何か思い出した様に話を振って来た。
「……そう言えば、最近街で手と口しか使わない
この世界では一般的に男の方が身体を売り物にするというイメージがある為、娼夫という言葉も男を指すのが普通の事である。
「それはまさか、今日会った少年の事か?」
「プレイの内容が分かれば断言出来たけど、頭撫でるのと握手だけじゃ無理」
少しは話を聞いてみるべきだったか。いや、聞く必要はないのだが、妙に気になってしまう。私はやたらと金を使う性格でもなく元々余っていた金を捨てる気で渡しただけで、執着する理由もない筈だった。
「手と口だけ、か。その話、詳しく聞きたいのだが」
彼女の話に興味が湧いたので、私は彼女から続きを聞く事にした。
「うん、その娼夫の客が言うには『おちん──』」
「待て」
次の瞬間、不味い事を言いそうになったので彼女の口を閉じさせた。
別にコンプライアンスを気にして黙らせた訳ではない。酒場でなら多少の下世話な話はよくある事だ。だが、男の事に関して口にするのは不味い。彼女の口を塞ぎながら周りを見ると、周囲に座っている女達の視線がバッと私の視界から外される。さっきまで聞き耳どころかガン見されていたらしい。
酒も入るこの席で、口が少し軽くなるのは仕方ない。しかし男の下半身の話などの直接的な言葉は女の興奮を煽りかねない為、その話をすると酒場を出禁にされる事もあるのだ。
ただこれは話す様に仕向けた私が悪いか。
「……『お賃金』が低い? ならその客はもっと働く事だな」
彼女が手を合わせて頭を下げる。
「やっちゃった……リリー、ごめん」
「いや、私が悪い。話す場所を変えよう」
酒場を逃げる様に飛び出した私達は、夜風を浴びながら街の外周を歩いていた。イルシュの酔いもこれで醒めるだろう。
「──なるほど、お……裸を見たいと言ったら『身体に傷があるから見せたくない』と言われたと」
「娼夫なんてやってるのに、そんなシャイな事言うのは不思議だと思ったんだけど」
その娼夫の言う事は納得出来るような、出来ないような、微妙な言い分である。それは多分、男にとって傷は勲章にもなるという前世での考えを引きずっているからだろう。
だが、気になるのは、彼女の言葉に妙な実感がある事だ。
「まさかと思うが、実体験か?」
「お、お金払って逃げて来たから、その先は知らないけど」
「……すまない、悪い事を言ったな」
「アタシを慰めないでよ! 惨めになるからさあ!」
あの問いに言葉を詰まらせたのは、その時の光景が蘇ったからか。まだイルシュくらいならば男を買わずとも相手を見つけられそうなものだが。
別にそうした仕事は違法ではない。利権云々の関係から同業者にやっかみを買う事などはあるにしても、それを利用する事も別に罪ではない。前世の倫理観を引き摺れば悩む事が増える為ある程度は切り離して考えられる様にしているが、これはこういう時に役立つ。おかげでイルシュを意味無く軽蔑せずに済む。
「……身体を見せたくない、か」
この時点で私の頭の中には、傷がある以外の理由でその娼夫が服を脱がない可能性が過っていた。
この世界では男であると言うだけで特殊な立ち位置になる。身体の価値というものも変わる。その身体が相手を男と認識してしまった時点でその手や口に価値が出来てしまう。
そしてそれを利用し、偽りの価値を作るシンプルな方法がある。それは男装だ。
「どうしたの、リリー」
「イルシュ。悪いが明日も休暇日にしてくれないか」
「え?」
「その娼夫を調べる」
「急に? 何、本当にどうしたの」
イルシュは首を傾げているが、その可能性に思い至っていないのか。
否、その可能性を無意識の内に否定しているのだろう。男だと思ってたら実は女だった、女としての審美眼に問題があると言われている様なもの。ショックに決まっている。中には新しい扉を開いてしまう者もいるかも知れないが、多分彼女は普通に落ち込む気がする。
だからこそ、私はその噂の真偽を知りたい。
「──私が騙されるのは構わないが」
「え?」
私の親友が騙されて金を取られているというのなら──気分が良くないのも仕方ないだろう。
「少し、知りたくなった」
明日の予定は決まりだ。
カモが掛かった。
路地裏で明らかに性に飢えた馬鹿エルフどもに捕まった時は流石にヤられると思ったけど、女神様は私を見放さなかった。
偶々通りかかった鈍色の厳つい鎧の騎士があのむさ苦しい胸から解放してくれた。
──本当、運が良かった。
「僕を、買いませんか?」
私の経験からして、実用性の低いフルプレートを身に付けるのは隠したいほど疾しい事がある奴か
で、この女は私の素性も知らず得があるか分からないのに私を助けた。ならきっと彼女は後者の考えがどこかにある筈。だからきっと私がこう言えば、彼女はきっとこう言う筈。
「……買うつもりはない」
英雄に色恋はつきもの。だけれど、手付きの男に触れる英雄は居ない。それは破滅に繋がるから。
「そこを何とか! 僕にはたった1人の妹が居るんです!」
まあ、嘘だけど。
こう言えば、大抵金だけを落としていってくれる。手も口も疲れないし、元手も無しに言って得するならなんでも言っちゃえばいい。
「それなら仕方ないから」
そう。貴女はそうしていれば良い、金だけを落としたら。
「ならこうしよう」
けど、彼女の手はこっちへ伸ばされた。それに私は少しどきりとする。
胸を触られたらバレるかもしれない。私は咄嗟に胸を庇ってしまった。
すると、彼女は私の手を引っ張り、握りしめる。その手を解いたかと思ったら私の頭には何か温かいものが乗って二、三度往復した。
「……え?」
それが手だと分かったのは、私の視界の上から彼女の手が出てきた時。
「これで十分だ」
そう言って、彼女は私の手に金貨を7枚置く。
──私、今撫でられたの?
私の困惑をよそに彼女は手を引っ込めると、目線を合わせて私に聞いてきた。
「少なかったか?」
「い、いや……」
「ならこれで終わりだな」
……私が相手にした女なんて、皆ガサツで乱暴で、興奮したままに頭なんて押さえつけたりするだけだったのに。
鼻息も鳴らさないし、手付きにも興奮が表れてない。
何で彼女は男のフリをした私の前で、そんな何も感じてない様な風に接する事が出来るのか、分からなかった。ただ金を渡す様なヘタレな連中でもそうなるのが
「お姉さん、あの」
「私は君をこうしたかった。それに対しての代金だと認識しているが」
服を脱がされそうになった時は逃げたりもするけど、そうでない限りは、一応客だから。……この女は、私を見下さず、ただ仕事をしたって意味で金を渡して来た。ただ金を渡して格好を付けようとするのとは何か違う。
「それとも、これ以上触れるべきか?」
私の頬を撫でるザラ付いた布の感触。女でもかなり低い方の声色。何故か私の鼓動が早まっていく。
言葉に出来ない。彼女が何を見て、思って、こうしたのか、分からない。いや、たぶん違う。分からないのは私だ。私が、彼女に何を思っているのか。
私と彼女、何かが違う気がする。それがこの困惑のタネ。
「……顔が赤いぞ」
「っ、ありがとうございました!」
不味い──いや、何が不味いっていうの。
乱れた思考に訳も分からず私は、彼女から逃げる様に路地を抜けて走り出していた。
──なんで、今までこんな事無かったのに。
私の中に致命的な
「私が? はっ、冗談」
頭を巡る彼女の言葉、行為、声。
「
きっと、明日になれば忘れられる。私は、そう考えていた。
「また、会ったな」
その明日が来るまでは。
ざんね〜ん、実は私、男の子でした〜
って奴を貞操観念逆転フィルターにかけた結果。