あべこべ世界で襲われたくないのでフルアーマーで暮らしてます。   作:ダイコンハム・レンコーン

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ルビコンで独立傭兵やってました。

戦闘描写? 荼毘に付したよ……。


山あり、山あり。

 ある少女は憂いていた。この世界の未来を。

 かつてこの世界は、危険に満ち溢れていた。……主に男にとって。

 

 人々は今よりもずっと野生に近く、男と見るや否や襲い掛かるような世界。『汝男子ならば、隣人を信ずるべからず』。かつて異教として扱われた宗派の警句にもある様に、世界は男を寵愛しながらも北風の如き逆境に晒していた。

 

 かつて隆盛を極めたオークを絶滅に追い込んだエルフ主導によるオーク狩り。

 

 かつては当たり前の様に見られたゴブリンが深い森へ姿を消すきっかけとなった獣人によるゴブリン狩り。

 

 魔界からインキュバスを始めとした多くの男体魔族が人間界へなだれ込む原因となったサキュバスによる内紛。

 

 奴隷商人や戦争が終わり職にあぶれた傭兵崩れ達による人買いが横行し、女は殺せ、男は犯せが罷り通っていた暗黒期。

 

 この世界は到底ロクな造りになっていない。だからこそ男は守らなければならないと、少女はそう教え込まれていた。

 

 だからこそ、少女は憂いていた。世界中の男の未来を。

 

「ああ、女神よ! 何故世の中の男性達はあの様に無知で無防備なのでしょうか!」

 

 少女は街へ出る度に思うのだ。あれだけの事があったのに、男達は歴史を忘れつつある。服は薄くなり、肌面積は増える。少女はシスターの身でありながらカソックを着た男ですら破廉恥に思えるのだから、この現状がいかに危険な状況か肌に感じていた。

 

 歴史は繰り返す。決してこれは杞憂ではない。今が奇跡的に平穏なだけなのだと、少女は何度も説いて回ったが、聞き入れられる事は滅多に無かった。

 

 だが少女には何も名案は浮かばない。歴史とは降り積もる塵に似て、吹いて散れば元に戻る事はない。やがて忘却が無知となればそれは不可逆の退化となる。

 

 時間は残されていない。男達が忘れつつある危機感を取り戻させるには。

 

「……私は、どうすれば」

 

 だが、懊悩する少女を女神は見捨てなかった。

 

 ある時、神から天啓が授けられたのだ。

 

 女神曰く──『()()()()()()()』と。

 

『男と言う生き物が如何に蠱惑的な存在なのか、無垢な彼らに()()()()()()()。貴女の内に秘められた有り余る欲望が、それを助けるでしょう』

 

 それは都合の良い幻聴か、あるいは無自覚な願いの発露か。彼女はその言葉に光明を見出してしまった。

 

 敬虔で奥手だった筈の少女は、一夜にして豹変した。少女は、()()になったのだ。

 

「ああ。これが、答えなのですね」

 

 ──そうして1人のモンスターは生まれた。

 

 大人になりつつある身体に暴力的な性をぶつける事により、恐怖を植え付けるサキュバスよりも悪魔めいた女。

 

 その名は後にこう語られる。

 

 ──『童貞狩り』と。

 

 

 


 

 

 

 薄暗い下水道の中を、カツン、カツンと音が行く。

 

「カロン様ぁ」

 

 1人の女が頭頂部から生えたツンと尖った耳をそば立てて、人気の無い道を歩き続ける。

 

 肌を覆い隠すシスターの服には暴力的なまでに育った身体のラインがくっきりと浮き出ている。もはや服に対する暴力である。

 

「今なら優しくしてあげますよ。早く出て来てください……」

 

 ブーツから響く足音と呼びかけの声が、寂しく木霊する。だが女の口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

 さながら聖父か。否、そこにあるのは太陽の様な暖かさではない。底冷えする様な北風の寒さ。

 

 女の足は下水の臭いに微かに香る若い男の匂いを手繰り、一歩一歩とあの広間へと近付く。恐るべきは獣人の嗅覚か、女の勘か。

 

「そこに、居るのですか?」

 

 悪魔の手は、いよいよ迫る。

 

「──ここは」

 

 女がやや開けた空間の中心へ歩いていく。すると奥の方から1人、向かってくるではないか。女は訝しげにそれを見つめる。

 

「あらあら、こんな場所にシスターさん。女神の威光は下水道まで照らしちゃうって事?」

 

 燃える様な赤髪を一房に。腰の両側に剣と杖を差した女がギラついた笑みでシスター服の女を出迎える。

 

「敬虔なシスターさんには悪いけど、ここに教えを受けた人は居ないよ」

 

 シスター服の女は僅かに逡巡し、1つ答えを思い付く。

 

「……なるほど。カロン様は既にお手付きだったと」

「はははぁっ!? そ、そっ、そんなのじゃないし!」

「そうでしたか」

 

 赤髪の女は思春期の子供が如く顔を赤らめるが、その様子で処女と見切ったシスターは目を細める。

 

「ならば、まだカロン様には教えが届いていないのですね。急がなくては」

「……やっぱりアンタが、"童貞狩り"って訳?」

 

 不名誉極まる名前を口にされたシスター服の女は、静かに肯首する。

 

「ええ、その通りですとも」

「なら一回くらいシバかれても文句は言えないでしょ。絶対シバく」

 

 赤髪の女、イルシュは杖と剣を両手に携え私怨混じりの戦意を明確にする。

 女なら一度は夢見る取っ替え引っ替えの境地に辿り着いた童貞狩りには、思う所しかないのがイルシュと言う女だった。

 

 イルシュは銀色の剣先を童貞狩りに突き付ける。

 

「──行けっ!」

 

 彼女が刃に魔力を満たした次の瞬間、その先端は弾丸の様に加速しながら前方へ突き進んだ。

 

 魔力は人の意志。人の意志に満たされた蛇腹剣は自在に動く。加減速すら思いのままに。

 

 刹那の内に手渡された相手への手番。不意打ち気味の一撃を前に冷静を保つ童貞狩りは半身になって躱す。

 

「速いですが、それだけです」

 

 そして伸び切った蛇腹剣の剥き出しのワイヤーを掴み、追撃を許さない。

 

 しかしイルシュの顔色も平時のまま。彼女がもう片方の手に握る杖を剣の柄に翳すと、そこから冷気が剣全体に広がっていく。

 

「──っ!」

 

 童貞狩りは手が氷漬けとなる前にそれを手放そうとするが、イルシュは同時に振り切った杖の先端をその彼女へ向ける。

 

「目は良いけど、勘は鈍いんじゃない?」

 

 放たれたのは風の弾丸、同系統の魔法の中でも速度と燃費のバランスに優れた一撃だ。だがそれは童貞狩りの足元で炸裂し、轟音と粉塵のみを生み出す。

 

「外れた。いえ、外した?」

 

 イルシュの魔法により生まれた一瞬の空白。手元に剣を戻した彼女は童貞狩り──否、その後ろに膝立つ1人を見つめた。

 

 童貞狩りの背後の闇、彼女が歩いてきた通路の奥から僅かばかりの青い閃光が迸る。彼女の耳が震えた。

 

『──外さない』

 

 

 

 そんな副音声を幻聴したイルシュの前には──氷の魔法弾の直撃を受け、片腕を氷漬けにした童貞狩りが立っていた。

 

 彼女は額に汗を滲ませ、背後に目を向ける。

 

「っ、伏兵でしたか」

 

 イルシュはこの手狭な空間との相性が悪い。得物のレンジと噛み合っていないからだ。だがそれでもこの未知の相手とここで戦う事を選んだのは、相手が獣人と言う情報から鼻を潰す為と、この挟撃を成立させる為だった。

 

「正解!」

 

 イルシュが指を弾く。リリーは変わらず得物を構える。

 

 現に、童貞狩りの背後の通路の行き止まりから放たれた氷の魔法弾は彼女の右腕を撃ち抜いた。

 

「知覚の外からの攻撃に反応するか」

 

 仄暗い通路の奥から、鈍色の鎧(リリー)が現れる。リリーとイルシュ2人は狙い通り釣り出した童貞狩りを追い込んだ。

 

 だがイルシュとリリーにとっては最善の状況ではない。これ一発で終わるのが最善だった。これは謂わば次善。

 

 Zランクの冒険者は、Sランクとは異なり根っからの兵士や戦士と言う訳ではない。故に戦闘力が純粋に高い者、搦手を得意とする者、様々である。ただ行動により齎された被害がその立場を定めている為、能力もピンからキリまで読めない相手と言える。

 

 その者をZランクたらしめるものが力か魔法か知恵か思想か能力か……そのどれかだと言われても予想が当たる事はまず無いだろう。

 

 だから今の一瞬より、童貞狩りは比較的戦闘力に振ったZランクだったのだろうとリリーは考える。でなければ時に手厚く保護される少年達の身柄を襲いに行くなどままならない。

 

「出口と入口を塞いで……確実に仕留める気ですか。素晴らしい警戒心ですね」

 

 称賛を交えながら童貞狩りは2人を交互に見やる。彼女自身は拍手も送りたかったが、自らの手を見て諦めていた。

 

 対する2人、リリーは長銃剣の柄と銃把を両手に持ち即座に突き、射撃に移行出来る体勢に。イルシュは杖の先端から魔力で出来た半透明の刃を幻出させ、虚実から成る二刀流の構えを取る。

 

 最初に動き出したのは──童貞狩りだ。

 

 一足でリリーとの間合いを詰めた童貞狩りは左手で掌底を打ち込む。が、彼は銃把を握り直しトンファーの様な持ち方に変えた長銃剣の腹の部分で防ぐ。

 

(っ、痺れる……な)

 

 しかし骨身まで響く衝撃に、リリーは驚愕する。たわけた膂力だ、数多の少年に対し有無を言わせず組み敷いて来た力だ。

 

(凄まじい堅牢さですね。鎧もさる事ながら、肉体も)

 

 だが、彼女の利き腕は凍りついて使えず、リリーの身体が特別頑丈であった為効きは薄い。童貞狩りは背後のイルシュからの蛇腹剣を回避しながら、また2人との距離を離す。

 

「諦めろ。大人しく捕まり、もう一度首輪付きになれ」

「それはまだ、出来ません。女神の教えはまだ──」

 

 格闘戦を主力とする童貞狩り。彼女には既に勝負の結末は見えていた。力のある者だからこそ、この2人に片腕だけで勝てる未来は無いと悟っていた。これは2人の作戦勝ちだ。

 

 だが、彼女は自らに与えられた天命を捨てる気にはなれない。元々は敬虔なシスターだったのだから。

 

「そうか、ならば──」

 

 今度はリリーが仕掛ける。

 

 振りかぶった彼は、トンファー持ちの長銃剣の柄先を突き出す。同時に迫るイルシュ。童貞狩りは先にイルシュの魔力剣をスウェー1つで躱し、近付く柄先は回し蹴りで弾く。

 

「──ちぃっ!」

 

 聞こえた舌打ちは誰の物か。リリーは足払い、イルシュは杖を逆手に持ち直し二撃目。

 

「素晴らしい……っ!」

 

 淀みない連携に童貞狩りは舌を巻く。

 

 童貞狩りは足払いを最低限の動きで回避し、残った腕で杖を止める。

 

 だが、それも悪あがきだ。

 

「終わりだ」

 

 イルシュはもう一方の蛇腹剣を童貞狩りの首筋に添えて、リリーは体を回して背中を向けながらも、逆手持ちの銃の口は彼女の背中を捉えていた。

 

「……私とした事が、油断を晒すなんて。まだ未熟でしたか」

 

 ()()を理解した彼女は、ため息混じりに呟く。

 

「では、アナタ方に、女神の祝福があらんことを」

「要らないっての!」

 

 イルシュが柄で放った殴打に意識を刈り取られる直前、童貞狩りは微笑みを浮かべていた。

 

 

 


 

 

 

「……プルート、カロン。大丈夫だったか」

「本当に、勝っちゃった。あんなにあっさり」

「あっさり勝つ為の準備をしたんだ。こうなっていなければ泥沼だった」

 

 目の前の少女、プルートは唖然としながら何故か亀甲縛りにされている童貞狩りを見つめていた。いや、ノリノリで縛っているイルシュにもツッコミたいが、まあいい。

 

「お姉ちゃんって、本当にAランク冒険者だったんだ」

 

 カロンはこちらばかりを見ているが、あちらを見ても教育に悪いだけだろうから、気にしない事にした。

 

 ……振り返れば、最初の1発で片腕を封じられたのは大きかった。

 

 長銃剣の()()()()()()()()()()を眺めれば、尚のことそう思う。刃が無ければ銃身まで破壊されていただろう。どう言う理屈か知らないが、魔力の類は感じなかった。斬鉄ならぬ砕鉄を成したあの拳は何なのか。直撃しなかったのが幸いだ。

 

「だが、これではただの銃だな」

「ま、良いじゃない。アイツをギルドに突き出せば報奨金が貰えるんだし。修理するか新しいの買いなさいって」

「……そうだな」

 

 武器は基本的に消耗品だと思う質だが、扱っているとどうしても愛着を覚えてしまう。取り敢えずは修理に出そう。修理と言う名の魔改造を施されるのがオチだろうが。そう、重銃剣も元は軽く取り回しの良い銃剣だったな。

 

 しかし、結局童貞狩りが何故隷属の輪を付けていなかったのかは謎のまま、か。いや、知った所で何だと言う話だが、意味が無くとも知りたい事の一つ二つはあるだろう。

 

 自らそうしたのか、誰かの力を借りたのか。もし後者ならば、その下手人に目をつけられていない事を祈ろう。

 

「……リリー」

「リリーお姉ちゃん、ありがと!」

 

 鈍い衝撃で我に返る。下を見ればプルートとカロンが抱きついていた。

 

「ひとりでやった訳じゃない。礼ならイルシュにも言ってくれ」

「ありがとね、イルシュ()()

「イルシュ()()、ありがとうございます」

「何か距離を感じるんだけど……」

 

 イルシュは納得いかない顔をしていたが、最後には笑って2人の頭を撫でていた。

 

「じゃ、帰りましょっか」

 

 私が気絶した童貞狩りを担ぐ最中、イルシュはそう言う。横目にプルート達の様子を見ると、一瞬表情を曇らせながらも、笑顔を保とうとしていた。これ以上何かを求める訳にもいかない、そんな葛藤が見える。

 

 前を行く彼女は振り返って手招きをする。

 

「……? ほら、プルートちゃんも、カロンちゃんも、一緒に来るんじゃないの」

「えっ?」

 

 私は2人の背中を押して前へ進ませる。イルシュのしようとしている事は大体想像がつく。何せ彼女は私と違って冒険者一本の人間ではない。マジックスミス、腕の良い職人でもある彼女の本業はソレだ。

 

 Aランクとしての名声よりも、マジックスミスとしての名声の方が上なのは凄まじい事だがな。ただ中身は……ほぼほぼ大人の玩具造りで得たもの故、私も胸を張ってそれを褒め辛い。凄い事には違いないんだが、これも前世の感性との噛み合いの悪さだ。まあ、表向きは普通の職人だ。プルートがそれを見ることは無いだろう。

 

「丁度売り子が欲しかった所でねえ。どこかに年の割に対人経験豊富でよく働いてくれそうな子、居ないかなあって思ってたんだけど」

 

 鋭く光る彼女の目に、プルートはまだ呆然としている。カロンはよく分かっていない様子だ。

 

「だがイルシュ、お前はカロンを囲い込みたいだけなんじゃないのか?」

「違うって、人聞きの悪い! アタシの工房で働くなら一日三食四時間労働で一日金貨2枚は保証するけど? どう、興味ない?」

 

 いつの間にか俯いていたプルートは、顔を拭いながら私達を見上げた。

 

「……貴女達、お人好し過ぎよ。お人好し馬鹿よ」

「はあ。イルシュ、言われてるぞ」

「いや普通にリリーの事でしょ」

「何?」

「なに?」

 

 ──無言で睨み合ったイルシュと私だが、漸く状況を飲み込んだカロンの喜ぶ声が聞こえて一旦中断する。

 

「お姉ちゃん、お仕事決まったの!?」

「ええ、そうね。イルシュさんのおかげで」

 

 イルシュはプルートの後方で腕を組みながら、雇用主の威厳を醸し出している。少し可笑しかったので小突いてやると、鼻を鳴らしてドヤ顔を見せてくる。悔しいが社会的地位では彼女の方が上だ。私が男とバレたら、どうなるかはさっぱりだが。

 

 何はともあれ、めでたい事だ。私からも祝いを出さなければな。

 

「イルシュの工房で新人歓迎と誕生日会を一緒にするのはどうだ」

「そ、そこまでは」

「えっ、良いの?!」

「ちょっとカロン、これ以上お世話になったら……」

「リリーの奢りって事!?」

「イルシュ、何故お前が一番驚くんだ」

「いや、リリーってドケチだし」

 

 失礼な、出す時は出すぞ。まあ普段の食事はクエストついでに採ってきた山菜や肉で済ませるが。

 

「じゃ、思いっきり飲んじゃおうかなあ?」

「いや、お前の何を祝えと?」

「ぶ〜、ここは女を魅せなさい女を!」

「そう言うのは時代錯誤だとは思わないか?」

「そんな古っぽい鎧着てるリリーには言われたくないって!」

 

 何を、格好いいだろうこの鎧は。師匠からの貰い物だ。それに私が魅せるなら女じゃなく男だ。……まあ、これを言えば可愛げがない男と言われそうなのがこの世界だが。

 

「何あれ……ふふっ、よく分からないわ」

「ははっ、2人とも仲良しなんだ!」

「──違うぞカロン。こう言うのは腐れ縁と言うんだ」

 

 プルートとカロンの笑い声に包まれながら、私達は今日の終わりを迎えた。

 

 

 


 

 

 

 童貞狩りは無事ギルドに身柄を引き渡した。

 それから、イルシュの工房にはプルートとカロンが住む事になり、私はいつも通りの冒険者稼業へと舞い戻った。

 

 たった1日と少しの時間だったが、私の身の上では、そう容易く他人と縁を結ぶ事は出来ない。そう思えばこれも貴重な出会いだろう。

 

 今回はギルドに気分でガンハンマー……頭が単発式の巨大な銃となっているハンマーを担いで来た。

 

 これも類に漏れずクセの強い武器で、先端に機構が仕込まれているせいで力を入れて持たずに1発放つと反動で柄の持ち手を軸に自分の頭目掛けてハンマーの頭が帰ってくる。

 この武器も銃剣やパイルバンカーを手掛けた職人の作品だ。偏屈な見た目幼女のドワーフの職人で、座右の銘は『武器が人を選ぶ』ならぬ『選んだ奴全員殺す武器』らしい、それだけの剥き出しの殺意を込めると言う事だ。

 ……恐らくは今日もまた、助手の吸血鬼君が試作品に殺されていることだろう。南無三。

 

 今日は1人でやって来た。

 イルシュは本業が忙しいらしい。風の噂では、男の子みたいな売り子が居るとかなんとかで人が集まってるらしいが、そんな輩もじきにイルシュの職人としての腕を認めるだろう。彼女が作った氷の魔法弾は容易く砕けず、爆炎の魔法弾は火に強いワイバーンの鱗を容易く吹き飛ばすほどだ。

 

 いつもの様にクエストを求める人の波が捌けた後、空になったクエストボードを横目に私は残ったクエストを受注しにカウンターへ向かおうとする。

 

「ん?」

 

 が、今日はまだ人が残っていた。カウンターの前で右往左往する冒険者に、受付も苦笑いしている。基本的に受付側から冒険者に何か語るという事はご法度だ。あくまで自己責任、ギルドはただ頼まれた事をするスタンスで荒くれも少なくない冒険者達からのいちゃもんを防いでいる。

 

 だからこういう時は、冒険者同士の相互扶助が原則だ。

 

「……どうした、何か困り事か?」

『え、えぇ。私、凄く遠い場所から来たから、あまりここの事がよく分かってなくて』

 

 そう言う彼女の服は、ワイシャツとスカートの上に最低限の革鎧。腰には剣を佩いているが、冒険者としてはどこか野暮ったい。それに黒髪黒目、ここじゃ少し珍しい外見だ。だが控えめに言ってもかなりの美少女だ。この世界からするとスタイルは申し分なくとも、身体の線が細いという点はあるが。

 

 そして一番驚いた事は……そうだな。

 

『やっぱり、伝わらない、か』

 

 ……かつての世界で慣れ親しんだ(前世の)言葉を扱っている事だな。

 

()()()()()()()が、クエストを受けに来たのか?」

 

 と、受付を指で指してみれば彼女は、冒険者の証明証であるギルドカードを提示して必死に頷いていた。あくまで私は現地の民として、彼女をサポートする事に決めた。秘密はどこから割れるか、分からないからだ。

 

「と言う事らしい、彼女のランクはE。私はAだが、丁度良いモノを見繕って欲しい」

「リリーさん。ありがとうございます」

「いや、そちらも手出し出来ずにヤキモキしてたんだろう。他の冒険者も、朝の取り合いに夢中で気付いていなかった様だからな。寧ろこっちが世話になる側だ、何かあったら遠慮なく相談してくれ。勿論、バレない様、内密にな」

「は、はい!」

 

 少年は顔を赤くして古いクエストシートがミルフィーユと化した本をペラペラと捲っていく。そしてその手が杭を打った様に止まる。

 

「これは如何でしょう」

 

 提示された見開きには、薬草採取とモンスター駆除の複数の依頼を1つに纏めたクエスト。

 

「なるほど、基礎中の基礎か。流石の目利きだ。受注しよう、あそこの彼女併せてだ」

「はい、分かりました!」

 

 黒髪の彼女の方へ振り向くと、彼女は何やら愚痴を吐いていた。

 

『普通こう言うのって言葉か文字くらい解る様にするのが普通でしょ! これじゃ無理ゲーじゃない! 助けてくれる男も全っ然居ないし!』

 

 なるほど。最初のは猫被りか。だが私だって同じ状況なら、こうも荒れたくなるな。同情するぞ、ご同輩。

 

 ただ、女としてここに居られる事は幸運だった。

 もし男としてここに来たのなら……想像したくない。恐怖で震えそうだ。

 

『な、何よ。まさか私の言葉が──』

「言葉が通じないのは分かった。これは分かるか?」

 

 差し出したのは、先程のクエストの内容を絵に起こした物。ここに来る前に少年から手渡されたのだ。全く腕が良い。

 

『これは……草と、肉? もしかして、採取と討伐的なアレ?』

 

 私は草を引き抜く様なジェスチャーと、彼女の腰の剣を指して振るうジェスチャーを見せる。

 

『やっぱり……! 貴方話が分かるじゃない。いや言葉は全く分からないけど……そうよね、()()()はこういう時、頼りになる!』

 

 んんっ……どうやら彼女は勘違いしているらしい。いや勘違いではない上、紛れもない真実だが。

 あくまでも私はこの世界では女として扱われている。だから彼女の認識は誤りで……いや、こんがらがって来たな。

 

 振り返ってみれば、少年がニコニコとこちらを眺めている。

 すっかり安心し切っているな。という事はやはり、彼女の言葉はこの世界には通じないと言う事だ。だが同時に、彼女がこの世界の常識を知り得る可能性が非常に低いという事だ。

 

 彼女は私の世界の様な場所、男女の比率と性倫理がやや大人しい世界から来たのではないか。

 ならば当然、こんなナリをした声の低い奴に出会えば男と勘違い(正答)するだろう。もっともこの世界じゃ有り得ない部類の人間だと自負しているが。

 

 新しい売り子、プルートの噂で暫くイルシュの工房は繁忙期に入り、その間私は1人で動く事になる。

 

 だから彼女をこの世界の常識に染める……いや染めたらダメだ。この世界の常識を教えて、私が彼女の正し過ぎる認識を流布させない様にすべきだろう。

 

 上の者らしく、年下の面倒を見る。心配はない、孤児院の時と何も変わりはしない。

 

 ──これは、私の尊厳を賭けた小さくも大きな戦いだ。




Tips1:リリーの武器庫には魔力が噴射し鉄球を加速させるフレイルや火炎放射器、丸鋸、魔力を燃料とした巨大なジェット推進装置などもある。

Tips2:尚、複雑な武器よりそこそこの魔法を使う方が遥かに楽で手っ取り早い為、銃を始めとした複雑な仕掛けを持つ武器は過去の遺物として扱われている。

Tips3:リリーはキレた。
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