「……さて。メインとしては新種ハンニバルを狙いたいが、イベントとして絶対に欲しいのは父祖、か。どっちから行こうか──それとも、どっちから来てくれるかな?」
荒野の崖で一人、幻代アキは期待をこめて呟く。
応えるように、その肩に担いだ神機のコアが、一際強く輝いた。
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「……なんか、静かすぎると思わないか?」
食堂でポツリと呟いたリンドウの不穏な一言に、対面に座っていたソーマは顔を上げた。
「……あの二人か」
「……ああ。アキも前より『ユウに会わせろ』って言わなくなってきたし……あと、結構すれ違いそうになったこともあるハズなんだが、全然面識なさそうなんだよな……」
「……」
リンドウも別に、四六時中を他人の言動を監視できるわけではない。ソーマも同様だ。精鋭ぞろいの第一部隊に所属する以上、連日出撃するのは当たり前だし、その間に彼ら二人がうっかり出くわしてしまう可能性はゼロではない。
「……この前」
「ん?」
切り出したソーマに、リンドウが食事の手を止める。
「ユウと出撃した時……あいつ、前より動きが最適化していたように見えた。元から成長の早い奴だとは思っていたが……思えば、アキの戦い方と似ていた気がする」
「……俺もこの前、サクヤとユウを連れてグボロとシユウを狩りに行ったんだが……五分もせずに終わったんだよな。そう……まるで周回のように……」
──男たちの会話がそこで止まる。
彼らの頭の中に嫌な想像が思い浮かぶ。
ただの予感、直感にすぎなかったソレは徐々に輪郭を帯びていく。
「……まさかなぁ?」
「……まさかだろ」
おどけたように笑うリンドウの目は笑っておらず。
冷静な表情を保ちながらもソーマの額には汗が滲んでいた。
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帝王狙いの共同周回、第十三回目。
雪の広がる廃寺フィールドの付近。
「神薙クンはさ、なんでゴッドイーターになったんだい?」
そろそろ気になってきたので、そんな問いを投げてみた。
ついさっき一分半でぶちのめした帝王を神機に捕食させているユウが、こちらを振り返る。
「うーん……なってやるぜ、みたいには当初、別に考えてなくて。単にパッチテストで新型適性があったから乗っかった……ってのが第一ですかねぇ」
「そう? にしては君、ピターを見る時の殺気がちょい強めだけど。やっぱそれは幼馴染関係?」
「あー……」
なにか、言葉を模索するような言葉の置き方だった。
しばらく黙っていると、やがて彼が続きを語り出す。
「──僕の実家、まぁまぁ裕福な家庭で。具体的には、フェンリルに貸しを作って、大陸に移住して平和に暮らそうぜってことが実現できるくらいの家だったんですけど。それでロシアに移住して、お隣さんになったアリサと出会って……」
お、おお……原作主人公の知らない過去が明かされ始めた……
裕福な家庭。海外移住。幼馴染との出会い!?
なにそれプレイヤーも知らん。そこには神薙ユウの「人生」が確かにあった。
「でも、住んでた町がアラガミに襲われて……避難所に逃げる途中で、父さんと母さんは僕を逃がすために、まぁ、このピターの同種に食べられちゃって……」
思ってたよりスゲェちゃんとした因縁アッター!?
完全に人生の宿敵じゃないか。もうなんか、二分とかからず倒せるようにまで成長させてしまったけれど!?
「そんな時、アリサのご両親が、いなくなったアリサを探しに行ってるとこを見つけたんです。アレはヒヤッとしたなぁ……近くに『ピター』がいることは分かってたので、もう無我夢中で二人を安全なところに避難させて。で、ひとまずその場は駆けつけてくれたゴッドイーター、あ、ぶっちゃけリンドウさんだったんですけど。リンドウさんがピターを撃退してくれて……その後、クローゼットに隠れてたアリサも見つけられたんです」
お、そこはレン様経由で知っちゃってるご事情。
精神体って、偵察系とか完全に無敵だよね……
「その時アリサに、物凄い大泣きされちゃって。あー、思い出してみてなんか分かっちゃったんですけど、うん。たぶん僕、アリサに泣いてほしくなくて、ゴッドイーターになったのかもなぁ、なんて」
「照れるなよ少年。立派な志じゃないか。お姉さんは心から応援するよ? 少女一人のために奮闘するその姿勢! スゲー燃えるじゃないかよ」
「あはは、ありがとうございます。でも誤算だったのは、そのアリサまでゴッドイーターになったところですかね……始めは嬉しくて、でも不安で。けど最近のアリサの頑張りを見ていたら──」
「あーもう結構結構。お姉さんはお腹いっぱいです。その先は幼馴染ちゃん本人に言ってあげなさい」
「あ、すみません」
いいねーいいねー。青春だねぇ。素晴らしいねぇ。
めっちゃ主人公くんが主人公だねぇ……いやぁ、そうこないと。
「──あ。師匠、血晶出ました」
「マジかよ。ドロップ率もいいよな君。羨ましいことこの上ない」
「あげましょうか?」
「要らん。己のドロップ率憎んで他人のドロップ率憎まず。そいつはお前が倒したんだ、素材の横取りは周回道に反する」
「周回道……! そんなものもあるんですね、師匠……!!」
適当こいただけだが、本当に良いリアクションをしてくれる子だなぁ。弟子にした甲斐がある。
「──さて、今日はここまでだ。帝王四十八連戦、他アラガミ六十体近く。まさにアラガミキラーだな。後は武装を整えたら、もう極東でお前に敵う奴は私の神機さん以外にいないだろう」
「全て師匠のおかげですよ! 本当に感謝しています」
流石は公式バグというか、主人公というか。
神薙ユウは本当に良い生徒だった。飲み込みが早い、柔軟性がある、戦闘の勘も良い、私が十年近くかけて培ってきたものを、この短期間でスポンジのように吸収してしまった。第一部隊、副隊長と目されるのも時間の問題だろう。しかし──
「──しかしだな、ユウ。幼馴染想いなイイ奴のお前には、ただ一つだけ欠点がある」
「? なんでしょう」
「周回大好きすぎ。永遠にアラガミと戦っていたいです、って面と向かって断言したのはお前が初めてだよ」
「いやぁ、それほどでも……」
「褒めてないから。むしろセーブしてくれ、欲求を。バイタルゼロになって、スタミナだけで周回に食いついてくる奴はもうゴッドイーターってレベルじゃねぇんだ。周回中毒者なんだ」
──そう。なぜリンドウさんやソーマが、私と会わせたくなかったのかの理由が、これではっきりした。
神薙ユウ。こいつは根っからの周回適性者だ。魂の病気レベルの廃人だ。私の手には負えない。こいつ完全にブレーキを投げ捨てて狂気というアクセルだけで走ってやがる。
「いや、でも師匠。MIA周回とか無断周回とかを考えつく人に言われたら、僕もちょっと自己弁護しづらいんですけど……」
「『合法』と冒頭につけろ馬鹿弟子。私のイカれたアイデアは全部合法なんだよ。お前はちょっと目を離すと、永遠に周回しそうなんだよ。っつか、ここ二、三回中は私の設定した目標周回カウントを超過してたからな?」
はぁ──、と一度、大きく息を吐き出す。
「いいかユウ──健全な周回は健全な精神からだ。廃人周回なんてリンドウさんやソーマや私ぐらいしか付き合えんぞ。幼馴染にドン引かれたくなかったら、他になんか趣味を見つけなさいよ」
「趣味ですかぁ……アラガミ討伐以外で?」
「以外で」
「うーん……ちょっと思いつきませんねぇ……」
末期かよ。末期だったわ。この対アラガミ決戦兵器め。
「でもまぁ、師匠の教えのおかげで、だいぶ自分を客観視できるようになったとは思いますよ? つまり、これからは皆に合わせた適切な数で周回すればいいってことですよね!?」
「……お前だけは将来的に、『殲滅兵』にならないことを祈ってるよ……」
「ええー!? なんでですか!?」
なんでもなにもねぇ。この人間の皮を被った虐殺機構め。私がここまで言うって相当だぞ?
やっぱ公式の主人公格ってのは、戦闘能力がおかしいんだろうか……おかしいんだろうな……特に加賀美リョウとか……マジであれ、何……? 後生だから転生者であってほしいんだけど。
──しかし、そういった意味では、神薙ユウは別に転生者ではなかったんだよなぁ。
チラ、とユウの方に視線を向ける。
「弟子や。『リザレクション』ってどんな意味かワカル?」
「? 復活……とか、蘇生って感じの意味でしたっけ」
「転生って概念についてどう思う?」
「そうですねぇ……来世でも、皆と会いたいですね。できれば、アラガミのいない世界で」
「……最後の質問。アリサちゃんの格好についてどう思う?」
「寒そうだなぁ……って思いますね。危ないから上着を着てほしいですね……切実に」
健全だ……健全な主人公だ……周回要素を除いては……
まさかの純・現地民。極東という魔境には、魔人ばかりが誕生するのだろうか?
ちなみに今ので大事なのは、二つ目の質問への回答だ。
“できれば、アラガミのいない世界で”。
──さらっとこういうフレーズが出てくる辺り、かなり現地人していると私は思う。
この世界における常識をしっかりと基盤に持っているこの子は、転生者ではない。細かい会話のやり取りからしても、この世界を「元ゲームの世界」と捉えているようには見えなかった。
それでその全てが演技だったら脱帽するしかない。神機さんを譲り渡すレベルで。
「────ん」
感覚がアラガミの反応をキャッチする。
近い。雪の積もった道を少し歩き、下の方を覗いてみる。
そこには六、八体のヴァジュラ種の群れがいた。通常種、プリティヴィ・マータのごた混ぜで、まさにヴァジュラの狩り場。
そしてその群れを率いている、黒い先導を見た。
「翼が……」
「ない……」
隣に来たユウが呟く。
そこに、いた。奴が、歩いていた。
ディアウス・ピター──その推定
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食堂で朝食を済ませたリンドウとソーマは、一応のため、心の平穏のために、事実確認を行うところから始めることにした。
訪れた司令室には雨宮ツバキや竹田ヒバリを始めとした、オペレーター陣がいた。
「最近のアキの討伐数? そうだな……やたらと『ディアウス・ピター』との交戦回数が多いというか、狙っているというか……ヒバリ」
「は、はい。幻代中尉の戦闘ログ、ありました。今開きます」
パッと巨大モニターに記録が映し出される。
それは幻代アキが入隊してからの約十年間のゴッドイーターとしての活動履歴。
そこにはびっしりと、
(…………評価基準ってSSS+しかなかったっけ?)
リンドウの顔がひきつる。
並ぶ数多のミッション名、その右横には一分の狂いもなく、コピーか改ざんしたかのような在り得ない記録の数々。
MIAを除いて──他全てのミッション評価は、どれも同一だった。もはや執念さえ感じられるほどに。
隣のソーマも息を呑んでいるようだった。
「……凄まじい画面だな……記録の方がバグってるんじゃねぇのか……」
「気持ちは分からなくもないが、事実だ。私も初めて見た時は驚いた。ここまでくると一種の芸術のようだな」
「そういや俺、アキが被弾してるところって……見たこと、ないような……助太刀に来た時も、ああそうだ、雷球を叩き落としてたくらいか……あれって攻撃判定だったの?」
三人で口々に感想を零すが、記録と結果は雄弁に語っている。
普段はあんなにふざけていて狂っているのに、本気で疑いようもなく有能なところを、逆にどうにかしてほしいくらいだった。
「……えーと、直近の幻代中尉の討伐記録は……色々混ざっていますが、一日に三十体以上はピターを狩っていますね……ここ三週間近く……」
「「……、」」
そんなにか。そんなに何かが気に入ったのか、あのアラガミを。
第一部隊を窮地に陥れたあのアラガミの何が気に入ったんだ。翼か? やはり翼なのか? 一日三十体を三週間? え? 六百体以上は狩ってるってこと???
──そんな思考をリンドウとソーマの頭を掠めたが、それも束の間だった。
「アキは今どこにいる?」
「ご自分で発行したミッション中ですね……極秘任務のカテゴリーで、部隊長以外の人間に閲覧権がありません」
「じゃ、俺が許可するんで頼むわ」
「はーい」
アキのいう「極秘」に対してまったく守秘義務のない職場だった。そもそも彼女自身が「発行した任務」という時点で、なにか嫌な予感がしてならない。
「あー……周回希望者を募ったミッションですね。任務外のアラガミを自由討伐する、『殲滅兵』の業務の一環らしく…………って、アレッ!? 皆さん、大変です!!」
やはりか。
一瞬早く、リンドウは顔を片手で覆い、ソーマの目は死んだ。
「ど、同行者一名! 神薙ユウさんです!!」
「「……──やりやがった、アイツら……ッ!!」」
完全に意志を合致させた二人を横に、ツバキは冷静に指示を下す。
「通信、繋げ」
「はい、直ちに! 今──」
『──あー、こちら幻代アキ。司令部、聞こえます?』
と。
ヒバリが繋げる前に、アキの方から通信が入った。
「は、はい! 聞こえてます、中尉! 何かありましたか!?」
『ディアウス・ピターの“新種”を発見。第一部隊の応援求む。絶対に逃がしたくないので多人数で叩きたい。ああ、ずっと黙ってたし、バレてるかもだけど神薙ユウ君の身柄は預かってまーす』
「お前ぇ──!!」
『あ、リンドウさんいたの? 話が早いや。始末書が欲しいなら後で何百枚だって書くよ。っつーわけで早めに「鎮魂の廃寺」に出撃お願いしまーす。待ってるねー』
ブツリ。通信はそこで途切れる。
……室内に、なんとも言えない沈黙が下りた。
「……こういう報告はちゃんとしてくるんだな、あいつ……」
「そうなんだよ……規則で決まってるから……」
「……『新型のアラガミを発見した際は、即報告を』……ありましたね……」
「基礎は行えるなら、反則を突く手腕も別のところで発揮してもらいたいものだがな……」
ツバキの意見には、その場の誰もが同意した。
第一部隊、総員集合。
緊急ミッション発令。
──あの周回バカどもの援護。そして連れ戻せ。
そう命令を下したリンドウの顔は、まるでアラガミの侵蝕を受けたかのように真っ青だったという。
神薙ユウ(17)
現地民らしくお労しい過去持ち。だが周回廃であることには特に理由もきっかけもない。生来の気質である。狂ってんのか? だって原作主人公だし……
悪魔による英才教育の結果、加減も容赦もなかった周回スタイルがやや軟化した模様。殲滅兵にジョブチェンジ希望だが、周囲から全力で止められているという。
アキの周回中(初回)はファイトドリンクをガブ飲みして体力を引き換えにスタミナだけで回っていた。「既に体力がないからリンクエイドの必要がない、戦闘不能ではない、スタミナだけで走れば無問題」、という神薙超理論で見事走り切ったという。流石は原作主人公だぜ!
お読みいただきありがとうございます。次回、父祖戦。