────ヨハネス・フォン・シックザールが欧州から帰ってきた。
アーク計画に関する真実は、私が二日間医務室で寝ている間に、リンドウさんから第一部隊のみなに伝えられていたようだった。それぞれの葛藤やドラマがあったかもしれない。だが私はそれを見るつもりはない。最終的に辿る流れはほとんど変わらないだろうし。
さて、リンドウさんを筆頭として、第一部隊内では「シオ様を守る」「アーク計画を潰す」という方針が固まったようだ。近々、エイジスに乗り込む計画を立てているらしい。
そんな中──私は、戻ってきたばかりの支部長に呼び出されていた。
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「凄いっすね支部長。リンドウさんとソーマの探知範囲を避けて、どうやってアナグラに帰って来たんです?」
「二人には極東入りする直前に特務を発行してね。フ……通信越しの会話だけだったが、顎か腹に一撃を食らわせられそうな殺気を感じたよ」
「自業自得なんだよなぁ……」
支部長室にて、ザ・黒幕会議。
いつものように司令官ポーズで待ち構えていた支部長は、こちらの言葉に薄く笑った。
「君がやってきた時も、殴り飛ばされる覚悟をしていたのだがね。思っていたよりも冷静だな、中尉?」
「上司を殴る部下なんてどこにいるんですかねぇ? そんなことをしたら謹慎処分にされちゃうでしょうが。私から周回を奪ったら何が残るっていうんです?」
「相変わらずだな。──君の活躍は海外でも轟いていたよ。新型の彼らとも仲良くやっているようで何より。しかし、帝王ディアウス・ピターの絶滅は流石に冗談かと思ったがね。今の人類に、君の方法を体系化できる時間さえあれば、アラガミ絶滅の未来も夢物語ではなかったかもしれない」
「まるで時間はない、とでも言いたげですね、支部長」
「君はもうとっくの昔から気が付いているだろう?」
席から立ち上がり、支部長は壁に飾ってある一枚の絵画──荒波に浮かぶ一枚の木板の描かれたソレの前に近づく。
「カルネアデスの板。嵐の中、二人がつかまれば沈んでしまう一枚の板。君はこれにつかまるかね? それとも自己犠牲を選ぶかね?」
「はぁ。沈むような船、私は最初から乗りませんけど」
「仮説の否定か。実に君らしい回答だ。様々な危機的状況から、幾度も生還してきた君ならば、いかなる窮地も、『窮地』とは呼べないだろうね」
「それは自白と見ていいんですかねぇ……」
「否定はしない」
意外にもあっさり認めるようだ。数々のMIA案件、やはり陰謀か!
「ちなみに言っておくが。こちらで用意した『窮地』よりも、君が勝手に行方不明になった数の方が多いぞ」
「すみませんねぇ! 運が悪いものでねぇ!!」
「いや──君のその体質は、必然性のあるものだ」
──ほ?
くるりとこちらを振り返った支部長は、大真面目な顔で言った。
「幻代アキ。君は、君がかつていた違法研究所が、どんな目的で建てられていたか知っているかね?」
「凄い昔のことを聞いてきますね……いや、知りようがないですよ。アラガミ研究を違法にやってたトチ狂った連中の巣窟だったのでは?」
「大まかにはその認識で合っている。が、君が発見された当時──周辺を調査させてね。結果、アラガミに食い荒らされた研究所らしき残骸が見つかった。研究者も実験体も、君以外の生存者はいなかった」
「ん、残当っすな」
「だがいくつかの資料が見つかってね。断片的な情報を繋ぎ合わせたところ、どうやらそこは、アラガミを統べる人類の神──『
────なんですと?
「そこは終末捕食を信仰するカルト団体が運営していた施設の一つだった。彼らも既に集団自殺という形で潰えているが、君のいた研究所は、『君』という研究成果を確かに作り上げていたのだよ」
い、今明かされる主人公の衝撃の過去!?
いや──ちょっと待て。その文脈でくると、支部長が私を度々狙ってきた理由に説明がついてしま──
「人間を終末捕食の特異点とする……狂った思想に違いはないが、その頃から私は君に期待していた。いつかゴッドイーターとしてアラガミを喰らい続け……生きた特異点になってくれるのではないか、とね」
「…………」
……ちょっと言葉が出てこない。
「が、君はアーク計画について……私の思想について勘付いている様子だったからな。まあ、邪魔者の排除を兼ねて、あわよくば死体を回収、検分して解析にかけて、人造特異点研究のサンプルにできないかと思ったのだが」
「流石のブラック発想。ドン引きです」
「──だが君は生き残り続けた。どころか、積極的にアラガミを殲滅し、遂にはその一種類を絶滅させるに至った。黒いハンニバルとの戦闘も、良い糧となったのではないかね?」
「アレもアンタの仕業かよォ!」
「正確には、本部が隠していたものを引き取っただけだ。加賀美リョウ──死体を回収され、向こうで実験体にされていたものだが、アラガミ化した彼は、『強者のみを喰らう』偏食傾向を持っていてね。人的被害を被ったのは、結果として君だけだったということだ」
覗けば深淵のごとくブラック。これがフェンリルか。
確かに失踪ってのはおかしかった。彼が持ち帰ったアラガミのコアは回収されているのに、その回収者だけは行方不明とか、意図を感じざるをえない。本部ェ……
「彼との戦闘で君が死んでもサンプルとして確保、生き残ればそれはそれで特異点化が進むということだ。三日間、とても興味深い戦闘推移が見られたよ。そして確信した。
マジで言っとんのかこの黒幕??
表面上は唖然としているが、その、内心では結構プレイヤー部分が大爆笑してるんだけど。
その……なんだ…………この致命的な部分で彼がポンコツ化してしまっているのは、ひとえに、“神機さんの研究が進んでないから”、に尽きる。
だが、この絶妙な認識の食い違い──利用しない手はない。
「お話は理解しました……で、ここまで明かしたからには、何か本題がおありなんでしょう?」
「
っスよね──……
ですよね。それしかないっすよね。
私を特異点だと思い込んでるんだからなぁ!!
違法研究所の残骸という物的証拠! P73偏食因子の適合例! 帝王絶滅!
いや、うん。正直同情する。まぁ勘違いしても無理はないよねって材料が揃い過ぎてる。だってこの人、シオ様のこと知らないし。私という人造特異点が手元にあるってなら、ソッコーで動くよね。
これ向こうからしたら、めちゃくちゃシリアスなんだろうけどなぁ……なぁ……憐れだなぁ、ヨハネス君……帝王絶滅はやっぱやり過ぎたなぁ……思わぬ副産物だよ……
「それはー、あー、命令ですか」
「そうだ。交渉して断られても困るからな。すまないがこれに関しては決定事項だ。君には犠牲になってもらい、次代に未来を託させてもらう」
支部長マジ支部長。
まあ、上司と部下っていう関係上、そりゃそうなんでしょーが。
「……私を殺してから死体を使ってやる、みたいな展開ではないんですね?」
「おそらく君という特異点は、君自身が生存していなければ意味をなさない。君そのものがコアとなっているようなものだからな。P73偏食因子の完全適合、異常な自己治癒能力、七十二時間以上の長期戦闘を可能にする能力、何より、オラクル細胞に一種族の生成を諦めさせるほどの影響力。どれをとっても、君が生きていなければ発動しない力だろう」
支部長の勘違いが加速する────!!
ちゃうんス支部長、それ全部神機さんのおかげっす。レトロオラクル細胞製とかいう、転生者御用達のオーパーツ兵器のせいナンデス!!
まあ、こっちとしては好都合なので、そのまま勘違いしてもらっておくがね!?
「特異点であること以外でも……私は君に感謝している、中尉」
「?」
「あれほど楽しそうにしている息子は久々に見た。同胞という点で惹かれたんだろうが、あれの孤独を癒してくれた君には、親として感謝している」
おい。
どこかでキレた自分がいた。おい。
「──おい、ミスターバッドコミュニケーション。そういう面を少しでも本人に向けてやってみたらどうなんだい? 分かりにくいよアンタの伝え方。あっち全然伝わってないよ、改善しようぜ?」
「それこそ無理な話だ。ソーマには私という人類の敵を倒してもらわねばならない。多くに犠牲を強いる者には、相応の落とし前があるのが道理だろう」
ヨハネスの意志は固い。そりゃあもう死ぬまでその意志は変わらないだろう。
本当にこいつはさぁ…………
「……つか、相手が私ってところにはツッコミないんすか?」
「子の幸せを願うのが親というものだが、私にはそんな権利はないな」
「アンタ状況ほんとに分かってるか? 息子さんの想い人を礎にしようとしてるラスボスだぞ。ソーマくんのライフがゼロ突破してしまうよ?」
「必要な犠牲だ。一人の情と多くの命。天秤にかけるまでもない」
「ドン引きだよぉ……」
強く生きてくれソーマ。NPCなのに親がラスボスとかいう主人公ばりの立ち位置についちまってる立場、ほんと同情する。
「一つだけ、訊いておきたい。君はアーク計画をペイラーから聞いたのか?」
「ただの思考シミュレートですよ。ファーザーは貴方を裏切ってません、ご安心を。人類最後の砦を預かる立場の人間が、最終的にどんなことを思い描くか──合理的に考えれば、種を残す選択の方が可能性は高い。多くを切り捨て少数を生かし、未来に賭ける。悲観主義的でありながら人類愛に満ちている。一目見た時から私はピンときていましたよ」
すらすらと流ちょうに口は回る回る。
久しぶりにこういう真面目くさった捏造台詞を言うとクッッッソテンション上がるな。アガるアガる。自分の演技力がどこまで試されるか、どこまで信じさせられるのか、この独特の緊張感、タマらねぇぜ……!
「で──いつやるんです? 明日? 来週?」
その言葉にヨハネスが目を見開いた。
この人が驚いた瞬間を見るのは初めてだ。
「……随分と決断が早いな。いいのか? 知り合い、仲間、友人たち全員と別れることになるが」
「そっすね。寂しいですけど、まあ、これまでのことが無かったことになるわけではないんで」
「先ほど言ったように、私は何度も君を殺そうとしてきた。また、君を拉致した違法研究所は、私たちがオラクル細胞を発見しなければ存在すらしなかったはずの場所だ。恨みはないのか?」
「うーん。正直な話、『辛かった』って思い出はあるんですけど、それ以外のことはあんまり覚えてないんですよね。暗殺だってそっちの計画を思えばしゃーないな、ってなってたし。恨みはあの研究所にいたイカレ野郎たちにだけで、間接的繋がりの貴方には特に興味ないっすよ。まぁそれより、ゴッドイーターとして拾ってくれた恩義の方が強いかな。──私の優秀さはご存じでしょう? 上官の命令なら、従いますよ」
主義主張の一貫。
これまで見せてきた人格と思想の合一性。
それらを緻密に計算しながら、言葉を選びながら、私は
真実九割の中に嘘を一雫。
それが「幻代アキ」という人間だ。つまり──いつも通りだ。
やがてヨハネスさんが、細く、深い息を吐き出した。それだけで彼の中での天秤が、どう傾いたかは想像に難くなかった。
「──君に敬意と感謝を、中尉。計画は明日にでも実行に移したい」
「せっかちだなぁ……ま、いいでしょう。分かりました。じゃあ明日の夜、エイジスで会いましょう。仲間に別れの挨拶をする時間くらい、あってもいいですよね?」
「ああ、許可しよう」
勘違い黒幕との協力戦線、ここに締結。
彼に背を向け、支部長室から退室する。
誰もいない早朝の廊下を一人歩きながら、私はこみ上げる笑いを必死にこらえる。
「さぁーって──……」
──こいつは面白いコトになってきたぞぉ!!
支部長・シックザール
約束された勘違いの運命。残当では? 以下簡単な状況。
・特異点(真)のシオ様を知らない
・神機さんの由来(加賀美リョウ関連)は小耳に挟んでいるが自己進化してることは知らない
・親の情がないわけではない
・終末捕食RTA勝ったと思っている
・幻代アキが半ば自己犠牲的に殲滅周回に勤しんでいると思っている
(これくらいの理由がある方が自然だろ、と納得するための解釈)
P73偏食因子適合体! 日常的な周回! 帝王絶滅! 特異種ハンニバル討伐! ミッションほぼSSS+! こんな怪物の出自が「人造特異点の違法研究所」出身! なぁ、勘違いしないって方が無理じゃね?
幻代アキ
決戦の準備完了。やーるぞー。
いつも応援ありがとうございます。
世界がシリアスになるとき、主人公はコメディになる。