支部長室から出て、アナグラの廊下を歩いていると──自販機の近くに、レン様をお見掛けした。
その手にはピンク色の缶ジュース。開発が早まり、新発売した初恋ジュースである!
軽く片手を挙げる。
「チャッスです。聞いてた?」
「ええ、まあ。今からシオちゃんのところに行って、チクってもいいですよ?」
「やめてー。どうにかするから」
「ま、そんなことだろうとは思いましたよ。イザという時はリンドウの侵蝕率を高めて、無理矢理にでも教えようかなー、と考えていましたけど、必要なさそうですね」
「軽率に命の危機になりかけるリンドウさん……」
レン様の近くには、空になった初恋ジュースの缶がタワーのように積み上がっている。何本飲んでるんだよこの神機。
かくいう私も自販機に近寄り、小銭を入れる。ガシャコーン。初恋ジュースをゲット。
プルタブを開け、飲んでみる────うむ、なんでこんなものを開発した、サカキパパ。
「ところで神機博士に質問なんですけど。私の神機さんって、レン様みたいな意志って構築されてないんですか?」
「いえ、寡黙な方ってだけですよ。そして頭もいい。言葉による交流を徹底して避けている理由は──そうですね、アキさん。なるべくショックを受けずに聞いてほしいんですけど、頭のおかしい奴と会話したいって思いますか?」
「そんな風に思われてるんですかッ!?」
ガーン!!
神機さん、そんな馬鹿な! 私たち、相思相愛じゃなかったんですか!?
「担い手としては大変満足されていますよ。ただ、えーと……そう、
「あー……」
転生者属性が地雷でしたか。
神機さんもいわば人工のアラガミだもんね。で、アラガミはこの世界の地球の意志っぽいとこがある。──別世界から転生してきた異分子なんて、得体の知れない宇宙人みたいなものか。そりゃ拒否反応あってもおかしくないわ。
「理由は大体察した。ちなみに神機さん、擬人化したらどんな感じなの?」
「そうですねぇ……老紳士、的な? やっぱ最古参組なので、落ち着いた方ですよ。アキさんのことは苦手らしいですけど、実力は凄く買ってます。会話こそしませんけど、どこまでも付き合ってくれると思いますよ。信頼してあげてください」
「有難い話だなぁ……」
「あと、『早く付き合え』ってよく言ってます」
「楽しそうだなァオイ!!」
神機さんと超話したくなってきたよ私!! 老紳士イイネェ! マント羽織ってたり紅茶とか飲んでそう! 神機だから紅茶の代わりに初恋ジュース飲んでそうだけどな!
「──再三、確認しますけど。手札は揃ってるんですよね?」
レン様くんのその言葉には、にやりと笑って答える。
「当然。至上のハッピーエンディング、座して待っておいてくれ。期待しとけよ」
「ふふっ、分かりました。今回も傍観役に徹しましょう。まぁ、僕が本筋に関わる時はリンドウの危機ってことですから、役目なんて無い方がいいんですけどね」
バースト編は来ない。
第二のノヴァなんていない。
2の黒幕は消した。
3は今後の展開次第。
シナリオブレイクも総仕上げの時だ。それまでに──この最後の日常を満喫しよう。
▼
──色々と事情もシナリオも込み合っていても、ミッションとアラガミはこっちの気など知らずに襲い掛かってくる。
「っはぁ────ダメだわ。もうあらゆるアラガミが
「もうハンニバル種は瞬殺ですね、師匠……」
「ゴッドイーターの動きじゃない……」
“鉄塔の森”で通常ハンニバル三体を虐殺すると、流石に弟子とアリサちゃんからドン引きの眼差しを向けられた。
軽く溜息を吐く。
「加賀美センパイが異例すぎたんだよぉ……アレ、マジでやばかったんだぜ? 瞬きしたら後ろにいたり、意識が飛んだら攻撃が三連打されてたりな。寝ても覚めても絶望ターンだよ。今でも夢に出る……」
「お、お察しします」
「僕はちょっと戦ってみたかったけどなぁ」
「ユウ!」
ぽかぽかとアリサちゃんが命知らずの馬鹿を殴り始める。大変微笑ましい。
「アリサちゃんもよく付き合うよねぇ、周回に。最初は『ユウが毒されたー!』とか言われるかと思ってたけど」
「え? うーん……でもユウはユウですし……昔から一つのことに夢中になると止まらないし、ちょっと人より周回が好きすぎるって程度、私は特に気にならないというか……」
「やっぱり持つべきものは理解ある可愛い幼馴染だよね」
「ッ!? ばかユウ! かっ、かわ……何を言ってるんですかばか!!」
ちょっと小突くとすぐ青春するじゃん。こんなに可愛い幼馴染がいていいのか、神薙ユウ?
「ピギャッ」
──その時。
視界の端の地面から、一体のアラガミがポップした。
小型よりも小さく、しかし人に比べれば充分に大きい。
真っ黒でぷかぷか浮かぶ、ああ、それこそは全ゴッドイーターたちの
「──」
一瞬で回り込んだユウが剣撃を叩き込む。神機を音速で銃身フォームにしたアリサちゃんがトリガーを引き、バレットを実に六弾放つ。だがそれでもアラガミは倒れず、恐るべき速度でその場を離脱していく──!!
「待──」
ユウのそんな声を通り過ぎ、私が後を追いかける。
ドッ!! と地響きを響かせて地面を蹴り飛ばし、風圧を神機さんで切り払いながら最速で接近を試みる。フィールドの水面上を通ることでルートを短縮すれば、獲物はすぐ目の前だった。
「ピギャギャッ──、ピッ!?!?」
その瞬間、振り返ったアラガミは見ただろう。
視界に、黒い風のようになって己に肉薄してきた捕食者の姿を────
▼
「あの……何、してるんです……?」
「スケッチ」
アナグラ内──エントランス二階。
おそるおそる後ろから話しかけてきたコウタ君に振り向かないまま、私は手にスケッチブックと鉛筆を持ってそれを見る。
壁に立てかけた神機さんに胴を貫かれたまま痙攣しているアバドンを。
「ピ……ピギッ……ギェピッ……」
「いつも見かけ次第、すぐ殺しちゃってたからな……生け捕りにできたこの機会に、後で第五開発室に持っていくつもりだ。チケットをドロップする秘密、今度こそ暴かせてもらう……!」
「拠点にアラガミを持ち込んでるってとこは大丈夫なんスか」
「支部長に許可とった」
「えぇ…………」
やっぱ合法なのかよ、コウタ君から諦めたような声がする。
さて、大体のスケッチも終わったので、こんなところだろう。神機さんを手にとって持ち上げると、まだ生きているアバドン君からうめき声のようなものが聞こえる。
「
「スイマセェン! なんか、なんか人語っぽいのが聞こえたんですけどォ! ねぇ!!」
「空耳だろ」
そのまま文字通り生き地獄中のアバドン君を連れていこうとすると、
「──あ」
瞬間、グワッと神機さんが勝手に捕食形態になり、アバドン君を喰らってしまった。モグモグ、などとというような可愛らしい咀嚼音ではない咀嚼音が響き、ペッと黒いチケットだけが吐き出されてくるので素早く拾っておく。
「ああ……もったいない……」
「介錯されたから良かったんじゃないっすかねぇ……」
おのれ神機さん。つまみ食いとはこれ如何に。
今度アバドンを生け捕る時には、予め初恋ジュースを叩き込んでおいた方がいいだろうか……?
がっかりしながら、そこでふと周りを見ると、野次馬していたゴッドイーターたちが一瞬で視線を外して無言で散開していく。ちょっとアバドン教信者の数が多めだったのは見ないフリをした方がいいだろう。
「──ていうか、コウタ君。居残ってるってことは覚悟できてるのかい?」
「あ、例のことすか? まぁ……そりゃ聞いて十秒くらいは失望したり戸惑ったりはしたけど、アキ先輩っていうムチャクチャ存在が好き勝手やってるんなら、俺も俺の気持ちに素直になった方がいいかなぁ、って。母さんも
「うーん、これは兄の鑑」
「う、うす。ありがとうございます」
藤木コウタ──やはり大物か。
つか、こんな殺伐末期世界で、こんなにマトモに真っすぐに育った少年って時点で、凄まじい存在である。割とアナグラ、彼に助けられている奴は多いのではないだろうか?
「──幻代中尉! 緊急任務が入りました、黒いカリギュラです!」
「すっかり専門家みたいな感じになっちゃったなぁ……」
階段を駆け上がってきたヒバリ嬢に神機さんを持ってる方の手を挙げると、頷かれ、オペレーター室の方へと走っていく。ミッションの受注はもう完了してあるのだろう。私は周回の機会を逃さない。
「コウタくん、これラボラトリにでも持っていってやって」
「あ、はい! 気を付けてー!」
持っていたスケッチブックと鉛筆をコウタ君に押し付け、出撃ゲートの方へと向かう。
黒ギュラ……地味に探してはいたが、間に合って何より。
──そろそろ周回にも終わりが見えてきたなぁ。
▼
愚者の空母。
やはり夕暮れ時に来るこの場所が一番良い。感じる懐かしさが半端じゃない。
『──偵察班より入電! そちらにグボロ・グボロ、コンゴウ、プリティヴィ・マータ、ヘラ、ポセイドンが向かっています! アラガミの強いオラクル反応に触発されたのでしょうか……!』
「了解りょうかーい。まあ、サクッと片しますよ」
黒いカリギュラの連撃をかわしながら応答する。
宙に跳びあがって捕食捕食。斬撃を三度叩き込めばその背中のブースターが壊れるのが見える。そこでカリギュラがこちらへ振り返ってくるので、タイミングを合わせて頭に一撃。神機さんも随分とパワーアップしたのか、その一撃で頭部の結合崩壊が果たされる。
「ガ──」
「一食分にも満たないなぁー」
カリギュラの足元が光り、冷気の気配がする。だがそれが発生する前に首を切り上げ、アッパーカットの要領でのけ反らせる。そのままコアの気配がする首元に神機さんを突っ込み、引き抜くと、相手が痙攣しながら地面に倒れ伏して、完全に動かなくなるのを見届けた。
超弩級アラガミ、黒カリギュラ。こいつも原作ではムービー出演だけで、私も交戦を期待していたのだが──流石にあの加賀美式究極ハンニバルの後では、凡俗生物と言わざるをえない。
まぁ、こっちとしては早く戦闘が終わる分、評価高めだが。
『はや……か、カリギュラ沈黙! 多数のアラガミ、作戦エリアに入ります!』
そこで獣道──アラガミだけが通る道から、続々とお客様がやってくるのが見える。
特にかける期待も意気込みもない──強いて言うなら、お小遣い稼ぎには、いい相手だ。
「戦闘終了。他になにか任務は? ない? じゃあ帰投しまーっす」
通信を切って、ヘリが来るのを待つ。
周囲には胴体にポセイドンのミサイルが突き刺さったプリティヴィ・マータや、口の中にコンゴウが詰められたグボロ・グボロや、開帳した前面装甲からヘラの尻だけ生えているポセイドンの死体群が転がっている。
まったくもって地獄絵図だ。アラガミスプラッターアート、流行るだろうか?
「…………」
ちら、っと海の向こうに見えるエイジス島の方に視線を向ける。
明日。全ては明日の夜だ。そこで全てが決まる。
月へ行ってしまうかもしれない少女の運命も。
この世界の命運と未来も。
転生者だと自覚してからの十数年、ずっと待ち望んでいた日が──ようやく来る。
「──残すはラスボスのみ、か」
握っている神機さんが震えた。その金色に輝くコアが、一瞬だけ青く点滅する。
世界を変えるためのカードはこの手の中に。
エンディングまでの残り僅かな時間を、最後まで楽しもう。
レン様くん
初恋ジュースを永遠に飲んでいる。時折アナグラに初恋ジュースの空き缶が大量に転がるようになり、一体どこの猛者なのかという都市伝説と化す。アキの精神を読んで、リンドウが大体なにかあっても助かることを知ったため、割とリンドウを犠牲にすることにためらいがなくなってる。
アリサちゃん
周回本能に理解のある幼馴染。ユウのヒロインは君にしかできない。
コウタくん
原作よりもアナグラが活発、MIA絶対生還者の存在、同期のイカれ具合、もろもろ加味して、“そんなに悩む必要あるか、コレ……?”と自力で悟りを開いてしまった藤木家長男。お前がナンバーワンだ。
お気に入り1万人突破、ありがとうございます。
決戦前日の日常。悪魔の前では、もうギャグみたいに始末されてしまうアラガミたち。