転生神機使いは狩り続ける   作:時杜 境

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2072年のバレンタイン

 なんか今日のアナグラは甘い匂いがするなぁ、と思った。

 

 本日の極東もそこそこに活発で平穏。終末捕食に比べれば、極東での騒動なんて、なんでも日常の一部である。というかアラガミが激減している現在、世界は平和だと言ってもいいだろう。

 

「あ、アキさーん!」

 

 ベテラン区画の廊下を歩いていると、カノンちゃん様に呼び止められた。その隣にはアリサちゃんもいる。なんだね、ガールズトーク?

 

「アキさんも一緒に作りませんか? チョコレート!」

 

「チョコ?」

 

 なぜに?

 嗜好品としてのモノなら、配給で頼めばいいのでは?

 

「なぜそんなきょとんとした顔をしているんですか……バレンタインですよ、バレンタイン。アキさんもソーマに贈るんでしょう?」

 

「………………バレン……タイン……?」

 

「どうして宇宙の真理を聞いたような顔を!?」

 

 ちょっと待て、なんだっけそれ。聞き覚えがあるぞ。

 確かそう……あれは前世でやったソシャゲのイベントで……ログインするとキャラからチョコを貰ったり、時には贈ったり……なんかそういうイベントだった気が、する……けれど?

 

「……え、いや冗談ですよね? 知ってますよね、バレンタイン?」

 

「……チョコを配ったり食べる日?」

 

「ま、まぁ大まかにはその通りですけど、“女性が親しい人にチョコレートを贈る日”、ですよ! といっても、人によっては異性同性に限らず、普段お世話になってる人に感謝の気持ちを伝えたりする日ですけど」

 

「あー……」

 

 カノンちゃん様の説明のおかげで、おぼろげにだが思い出してくる。

 ありましたね、そんな日。ていうかこの世界、というかこの時代、バレンタインなんて概念が残っていたのか……私は年中アラガミ周回していたから、気にするイベントなんて誕生日ぐらいだったぞ……?

 

「……もしかしてアキさん、バレンタイン、初めてなんですか?」

 

「そうかもね……知ってはいたけど、今まで忘れてたし。こっちで入隊した当時なんか、毎日周回で頭いっぱいだったし。去年、出張から帰ってきた時には……バレンタイン、過ぎてなかったっけ?」

 

「な、なんという……」

 

「仕事人間というか、周回バカというか……」

 

 言い訳のしようもない。

 転生してからの2月14日──ソーマと出会った年のその日だって、周回に連れ回していたような記憶しかない。というか当時の神機使いは絶対数が少なかったし、バレンタインを祝う余裕なんて無かった。毎日アラガミさんとのデートで予定はいっぱいだ。

 

 では去年はというと、原作シナリオ真っただ中だ。つーか私、支部長の陰謀でMIAになってなかったっけ? バレンタインの話だって聞いてなかったし。

 

「……無いな! バレンタインの思い出……!」

 

「なら今年から参戦すればいいじゃないですか。今、カノンちゃんとチョコ作りの話をしていたところなんです。一緒に作りましょうよ」

 

 ……。

 アリサちゃんの料理の腕は……あの……

 

「なんなら、サクヤさんやシオちゃんも誘ってみましょうよ! きっと楽しいですよ!」

 

「よし喜んでやろう是非ともやろう。チョコ作り、いや菓子作りのコツを教えてください、カノン先生」

 

「せ、先生!? あ、いえ、こちらこそ、ふつつかものですが……!」

 

「あの、私のことも頼ってくれていいんですよ?」

 

 キッチンが爆発しないことを祈ろう!!

 

   ▼

 

 ──バレンタイン当日。

 

 ──私は。

 

 キッチンでチョコを喰いながらチョコを作っていた。

 

「いや、なんで!?」

 

 おや、神出鬼没でお馴染みのレン様くんじゃないか。初恋ジュースのお供にするチョコをお探しかい? その辺にある失敗作なら適当に持っていっていーよ。

 

「待ってください。いや待ってくださいよアキさん。流石にこんな惨状は聞いていませんよ。確かに古今東西、バレンタインというテーマで描かれてきた物語はいくつもありますけど、貴方は一体いま、どういう状況なんです!?」

 

 ボウルをかき回し、チョコを噛み砕きながら私は応える。

 

「チョコを……作っている!」

 

「もうバレンタイン当日の昼ですよッ!? あちこちでカップルが誕生したり、アリサさんのキッチンが爆発したり、カノンちゃんに義理チョコを乞う男たちの行列ができてたり、狂った男性整備士たちがチョコで作った神機を振り回してたり、雨宮家は今日という日に限ってリンドウがサクヤさんを怒らせちゃって家庭崩壊の危機だし! 皆で騒動を起こしている中、どうして貴方だけ舞台にすら上がる前の段階に踏み止まっているんですかッ!?」

 

「めちゃくちゃ面白そーなことになってんな外界」

 

 やはりバレンタイン、祭りか。そういう宿命なのかもしれない。

 しかしアリサちゃん……だからあれほど、チョコを“超伝導体”で急速冷却するのはやめろと言ったのに……ま、その失敗データを糧にして、私は別のアプローチを取らせてもらうとしよう。その犠牲、無駄にはしない……!

 

「さっき廊下で見かけたソーマさん、凄い顔をしていましたよ……なんか、戦友を一人亡くした翌日のような顔を……」

 

「? エリックは生きてるだろ?」

 

「なんでそこであのマスク・ド・オウガが出てくるのかは分かりませんけど。作ってるなら、さっさと完成させてください。今日中に。これじゃソーマさんがあまりにも可哀想です」

 

「言われなくともそのつもりさ。……しかし、まだ“これだ!”、という決定的なビジョンが浮かばなくてな……」

 

「何をそんなに悩んでいるんですか……チョコなんて切って刻んで、溶かして型に入れて、冷やせば完成でしょ?」

 

「単純に言ってくれるんじゃねぇよ。その『型』が問題なんだよ。私、今年が初バレンタインなんだぜ? つまりソーマにとっても初バレンタインってことだろ?」

 

「いや、ソーマさんってモテるから、別に今回が初めてとは限らないのでは……」

 

「かもしれないけど、私からのチョコは今回が初めてでしょ。だったらさぁ、こう……こう! なにか趣向を凝らしたくなるのが年上心なんだよ!」

 

 彼の生い立ちを知っているからこそ、半端な出来にはしたくないのである!

 仮にこれが、たとえ最初で最後のバレンタインになったとしても……一つドカンと! 思い返したら楽しい思い出になっていたり、してほしいのだよ!

 

「なぁどれがいいと思う!? イーブルワン型チョコか、シオ様1/8スケールフィギュア風チョコか、ノヴァ型チョコか、いっそアルダノーヴァかッ……!」

 

「そこまでいくと、もはや嫌がらせなのでは?」

 

「分かってるよ! でも決まらないんだって!」

 

「……貴方からのものだからこそ、普通のでいいんじゃないですか?」

 

 レン君の放った言葉に、一瞬、手が止まる。

 

「半アラガミ。救世主。他の人々から見れば、『特別』である貴方がたも、今日という日くらい、普通の、どこにでもいる男女のように過ごしても罰は当たらないと思いますけど」

 

「……そういうもんかな?」

 

「そういうもんですよ」

 

 ふーん、とボウルを混ぜる動きを再開しながら、冷蔵庫の方を見る。

 

 まあ、なんだ。

 私は色々と迷う前に、保険をかけておくのを忘れないタイプなのだ。

 

   ▼

 

「ハッピーバレンタイン」

 

 結局、夕方ごろになってからソーマの部屋に赴いた。

 去年から室内の本も徐々に増えてきている。どれもサカキ博士からもらったものだろう。この世界のオラクル技術に関する書物は、私も昔読んだことがある。どれもこの世界の設定の深掘りっぽくて楽しかった。まぁ、流石に専門的な用語まで混じってくるとお手上げレベルの理解度だが。

 

 閑話休題。

 

「……もう来ないのかと思ってたぞ」

 

「ごめんて。はいどーぞー」

 

 ソファに座って本を読んでいたソーマに小さい袋を手渡す。

 ま、色々とアイデアはあったが、結局は何の変哲もない造りのものになってしまった。甘いものから甘さ控えめのものまで、小粒のチョコレートを十数個。昨晩、「ひとまずコレで」と妥協ラインに至った生き残りたちである。

 

 つーか。

 三日前にバレンタインを思い出したばかりの奴が、凝った作品を作れるわけがなかった……!

 

「普通だな」

 

「くっ……すまん」

 

「美味い」

 

 もう袋を開けて召し上がっていた。そりゃまぁ、なんの変哲もないチョコですからね。大して面白い味でもないだろう。

 

「それは何より。……まぁ、個人的には市販品にしようか迷ったところだったんだけど」

 

「? なんでだ」

 

「……だってそれ、つまんないでしょ?」

 

「……何を言ってるんだお前」

 

 呆れたように溜息を吐くと、立ち上がったソーマがこちらにやってくる。身長差があるので自然、こちらが上を仰ぐ形になる。……彼ってこんなに背、高かったっけ。なんて思っていると、その左手が伸びてきて頭を撫でられる。

 

「面白かろうがそうでなかろうが、お前が作った物を渡されて嬉しくないわけないだろ」

 

「……お、驚きのデレ期」

 

「言ってろ。お前こそなんでこういう時は素直じゃないんだ」

 

「……そう言って頂けて超嬉しいです。アリガトウ……」

 

 よし、と褒めるようになでなでが続行される。なんだ、この幼児扱いは。

 

「……撫でるの上手くなったね。三百点」

 

「満点じゃないのか」

 

「満点を出しちゃったら撫でてくれなくなるような気がしてね」

 

 ──あ、そうだ。サプライズって意味なら一つ思いついた。

 

「そんなことは……ん?」

 

 ちょいちょい、ともう少し近づくように手招きすると、ソーマが距離を詰めてくる。

 瞬間、背伸びしてそのシャツの襟を掴み、唇を重ねた。

 

「おまけ。じゃね」

 

 離れると、青い瞳が大きく見開かれたまま固まっている。軽く頭を撫で返し、部屋を後にした。

 ははは、良い顔が見れた。

 

 

 ──その足でアナグラのエントランスへ向かってみると、一階にはタワー状のチョコレートフォンデュが顕現していた。

 ただし甘い匂いとは裏腹に、その色はピンク色であり、周囲には哀れな犠牲者(チャレンジャー)たちが転がっている。レンだけはマシュマロを浸けて美味しく食べているから、たぶんアレ初恋フォンデュだ。

 

「アキー! はっぴーばれんたいん!」

 

 地獄絵図と化している下界から視線を外すと、駆け寄ってきたシオ様がプレゼントの袋を渡してきてくれる。透明な包装から見えるその中身は、手の平サイズのアバドンを模したチョコレート彫像だ。れ、レベル高ぇ……!

 

「ありがとうございます。こちら、私から」

 

 そう言ってシオ様にも用意していたチョコレートの入った袋を渡す。中身はソーマに渡したものとは異なり、ホワイトチョコレートをメインにしたものだ。──なお、一部は厳選アラガミ素材入り。

 

「おお……! アキのちょこ……!」

 

「代わり映えしないもので申し訳ないですけど」

 

「そんなコトないぞ? アキのチョコだから、とくべつー!」

 

「……あ」

 

 ……そういうことか。……そういうものだったね、バレンタインって。

 

「うおおー! ユウー! しっかりしろぉ──!」

 

「川の向こうにディアウス・ピターがいる……狩らなきゃ……」

 

「ピターは絶滅しています!! 戻ってきて、ユウ──!」

 

 そこでコウタ君とアリサちゃんがユウに肩を貸しながら、医務室の方へ運び込んでいく光景とすれ違った。改めてこの世界で絶滅なんて聞くと耳を疑うな。

 

 その後も発狂している職員やリア充を呪う整備士などがアナグラ内に散見されたが、シオ様特製の「ぎりぎりチョコ」の配布によって浄化されるなどした。これによってシオ様は“バレンタインの女神”として一部から信仰を集めたりする結果となるが──それはまた別の話だ。

 

「これからソーマにもチョコ、わたしにいくぞー! いっしょにアキからもらったやつ、たべるー!」

 

「じゃ、なにか飲み物でも準備しますかね」

 

「うん!」

 

 以上、ハッピーバレンタイン!

 

 

 

▼2072年のバレンタイン

Fin

 




幻代アキ
 なんだかんだで初バレンタイン。周回から解放されたので参戦。
 最低限の料理スキルはあるけど、菓子作りは初めてなのでそりゃ普通レベルだという。
 ソーマ、シオにはチョコを。サカキ博士、リンドウさん、ツバキさんにはチョコクッキーを渡した。

ソーマくん
 チョコ貰えてホッとしてる。

シオ様
 ぎりぎりチョコの形はミニオウガテイル。学習が早いのでその道でもやっていける。

ヨハネス支部長
 チョコ0個。ペイラーに煽られた。

神薙ユウ
 チョコ取得率ナンバーワン。周回狂でもやはり主人公か。

藤木コウタ
 母親や妹以外から、自分で思っていたよりもチョコをもらえた。

初恋フォンデュ
 サカキ博士からアナグラ内のゴッドイーターへ向けたバレンタインプレゼント。
 誰かによっていつの間にか完食され、後に開発班で初恋フォンデュ販売企画が立てられたが支部長が速やかに却下した。


 なんでバレンタインネタなのかって? 平和時空になったなら煎じなきゃいけないと思ったんだ。
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