2074年。
極東支部の外部居住区は、三年前よりもややひらけた空気感が漂っている。
アラガミ装甲壁こそまだ解体されていないが、“楽園化”によって外部居住区の中にも草木が生い茂っているせいだろう。地表の緑化は、殺風景な終末世界を様変わりさせ、少し歩けば、今日も子供たちが楽しく駆けまわっている景色を伺うことができる。
──そんな景色に混じり、建物の路地に身を隠す、怪しい神機使いが数人。
「キグルミの目撃情報ねぇ……」
バンド練習が休止して二日。
我らが頼れる主人公組、神薙ユウと神威ヒロがそんなイベントを持ってきた。
『情報提供があったんですよ。この前、たまたま独立拠点から物資輸送に来てた、空木って人から』
「……ウツギ?」
通信機越しのユウの説明に、思わず聞き返してしまう。
『? お知り合いでした?』
「いや、気のせいだ。人違いさ。たぶん──ははは」
聞かなかったことにしていいだろうか。いや、偶然ってこともあるし、ね? まさか公式主人公が全員存在する世界だったなんて、ねぇ!?
「いざというときは、シオとカルビにまかせろ! だぞー!」
「キュルルル」
元気よく張りきっているのはシオ様と巨大カピバラ──ことカルビ。
特にカルビの方は、ブラッド隊シエル・アランソンの降臨によって、遂にそのサイズ限界を突破した。デカい。デカすぎる。ぎちぎちだった檻も、先日眠っている間に破壊してしまったらしく、現在はシオ様一人を背に乗せて走れるくらいの大きさになっている。もふもふ、でっかい。
『じゃあ作戦は……俺とユウさんで回り込んで、追い詰めた後アキさんが突入……そしてアキさんに気を引かれたところで、シオちゃんとカルビのコンビがアタック! これでいきましょう!』
「アラガミ討伐じゃないんだから……」
『今回こそ……今回こそ、その正体、暴いてやる……!』
『ヒロ君? 君だけ目的が変わってない?』
神威ヒロにとっては、キグルミへのリベンジ戦のようなものになるのだろうか……今から諦めておいた方が精神のためだぜ、GE2主人公?
『ッ! こちらアルファワン、ターゲットを発見しました……! あれは……博物館? あ、入っていきました!』
『こちらブラッドワンでも確認しました。先行します……!』
……主人公組のガチっぷりがやべー。君ら、任務よりおふざけの方に物凄い気合が入ってない?
人目につかぬよう、路地を駆使して博物館の方角へ向かう。でっかいカピバラがいる時点で目立ちまくってるとか言わない。
「キュル……」
「シオ……わくわくしてきた……!」
「貴方がいる時点で平和ミッション確定なんですよねぇー……あ、博物館あった。ユウ、状況は?」
『僕は裏口に回り込みます……! アキ師匠、ご武運を!』
「お前もノリノリじゃんかよ」
ツッコみつつ、此方も気配と足音を消して、超消音状態で博物館に侵入する。もちろん入場料を払いながらなので止められることなんてない。カピバラに乗ったシオ様もそれに続こうとし、
「あ、すみません……ペットのご入場はちょっと……」
「キュルッ」
「がーん」
「でしょうな」
普通に受付の人に止められて、カルビ脱落。入口のところでリードを留めておき、ここの警護を任せることとする。
さて、気を取り直してシオ様と手を繋いで入場だ。
「おぉ~! いろんなもの、いっぱい! はかせのコレクションみたいダナ~」
「旧文明の展示品ですからねー……うわ、帝王のアラガミ素材まである……」
ほとんどのアラガミが消え去った現在、ゲームで馴染みのある連中も、いつかは神話や物語だけで語られる伝説の生物扱いになっていくのだろうか。一足先に絶滅した帝王くんは、その中でも幻のなんかとして語り継がれそうだが。
しばらく進めば、かつての地球──西暦2050年以前の風景写真を飾った展示エリアに入る。
極東の四季。捕食される前のビルディング。私の前世よりも、少しだけ前に進んでいた近未来。
「アキ……なつかしい?」
「ん? んーん、そこまで懐かしさはないかな。もうちょっと昔だったから」
「そっか」
昔と今と。そしてこれから。
……これから先のこと。人生計画という意味ではなく、彼女、シオの未来は──
「おー、アキ! これスゴイ! ロケット……!」
──アラガミである少女は、きっと誰よりも長く、生きるだろう。
考え始めるのは、ちょっと早すぎるかもだが。
しかし神機を振るっているだけでは、できないこともある。もう戦わない──その選択をしたら、次に私がやることは、
「うん。楽しいね、シオ」
遠い未来まで残るような。
一分一秒でも長く、多く──ヒトのカタチを愛した少女と、思い出を作ることだろう。
「……アキの呼び捨て、久々に聞いた!」
「シオ様ー。滑らかな口調になってますよー」
「えへへ。二人っきりだから、いーの!」
スマイル百億点。誰かアーカイブ化してくれ。思わず白い頭を撫で回す!
「もっと『シオ』って、呼んでよんでー」
「はーいはい」
とか、そうやって本来の目的を完全に忘却しつつ、現状を楽しんでいると。
『こ、こちらブラッドワン……聞こえますか? っ、ターゲット、絵画エリアから離脱……追跡します! ──うわぁ!?』
ブツッ、とそこでヒロからの連絡が途切れた。
……すいません。いきなりシリアス寄りのホラー、やめない!?
「し、シオ様……」
「ごくり……アキ、シオからはなれないで……ちゃんと、まもるよ……!」
「やだ惚れる……」
可愛い姫騎士が手を繋いだまま先行してくれる。本人は至って真面目なのだろうが、可愛いしか感想が出てこない!
「おっと……? 庭園なんてあったのか、ここ」
「わぁ……! キレイ! ん、むこうになにか、ある……?」
慎重に進んでいくと、人工的に自然環境を整えたらしいエリアに来た。
イメージはアレ、フライアの庭園に似ている。花畑があって、その奥にはシオ様の言う通り、一つの墓代わりの展示品があった。
──加賀美リョウ、ここに眠る。
そう建てられた墓石の横、ガラスケースの中にあったのは、私が回収した先輩の腕輪だった。見覚えのある完走した感想も変わらず、刻まれたままだ。
「こういう形で展示されてたんだ……そういえば見に来たことなかったなぁ……」
記念館かどっかに展示される、とは聞いていたけど。
先代転生者として、とても丁寧に扱われている様子は、ちょっと安心するものがある。二度とは戦いたくないが。
……いや、戦ったんだっけ? よく、思い出せないけど。
「おはか……シオ、しってるぞ。こういうときは、おいのり、するんでしょ?」
シオ様が両手を組み合わせる。
これも誰かさんが教えていたんだろうか。私の知らないところで交流&教育とは……帰ったら、いちゃついてるところを存分に見せてもらおう。そうしよう。
「そうですね……祈っときますか」
シオ様に倣って、私も両手を合わせる。
いま脳裏に浮かぶのは、やはりあの地獄すぎる三日間のことだが。
それでもまぁ、あの先輩のことだから、今もどっかで楽しくやってるに違いない。
「……!!」
「!?」
「ギャッ」
圧縮した悲鳴のような声が出た。
後ろに唐突として現れる影! 本家本元、キグルミさんである!!
こえーよ。
無言で後ろに立つんじゃない。
「あ、ああ……キグルミさん。お、お久しぶり……ていうか三日ぶり……?」
ひしっと此方の腰に震えながら引っ付いたシオ様をなだめつつ、キグルミさんに向き合う。
「……? ……!」
はてな? と疑問を訴えるような傾げポーズに、ぶんぶんと両腕を振る喜び? のモーション言語。
分からん。喋ってくれ。いややっぱいい。アンタはずっとそのままでいてくれ。謎の存在として。
「ん……?」
と、なにやら紙袋を手渡された。
なにこれ…………えーと、お土産……? は? なんか『南極饅頭』って書いてあるんだけど……なにこれ?
「……『帰省してたおみやげ』……だって! それ、ウマイのか!?」
「帰省」
スーパー頭脳をお持ちのシオ様によるモーション言語翻訳に、今度こそ宇宙猫状態になった。
いや帰省って。南極て。
ハハッ。
……お前の故郷ってどこだよ!!!!
▼
結局あの後、音信不通になった主人公組とは博物館の出口で落ち合った。
途中で通信が切れたのは、キグルミさんにぶつかって通信機を落としてしまったからだとか。ちなみに二人ともパンフ片手でお揃いのストラップまで買っていた。おい。
と、まぁ。
こっちの世界線はどこまでいっても平和路線。
ただ、合間合間にちょっとしたイベントがあるだけで──
「……流石に緊張してきた……」
「僕もちょっと手が震えてる……最近アラガミ狩ってないからかな……これが、恋!?」
「発作だろー」
「……!」
舞台裏で軽口を叩きつつ、ステージから聞こえる歓声に笑みが浮かぶ。
数年ぶりのFSD。フレンドシップデー。
平和な時代の起点となる大イベントは、極東支部全力の音楽祭ということもあって、大いに盛り上がっていた。
今はそう──ちょうどシオ様とユノちゃんが、「光のアリア」を歌い終えた頃だ。
この世界で今一番のヒット曲ということもあり、更にそれがアラガミ少女と人間の歌姫なのだから、そりゃあもー、これがトリ以外の何であろうか、ってぐらいの盛り上がりである。
……さて。そんな公式歌姫の後に、今からサプライズ出演するのが私たちなのだが。
「ユウもヒロもキグルミさんも、もう一回ステージ上がってたじゃん。この中で一番緊張してるの私だと思うんだけど」
「あれは皆がいたから……」
「道連れが多いと心強いっていうか……」
ちなみに。
ブラッド隊は隊長と副隊長が歌う「F.A.T.E」、クレイドルはアリサちゃんとシオ様が歌う「Over the clouds」だったりした。名曲とキャラが揃うと神曲が生まれる。真理だね。
「ていうか、アキさんはあんまり緊張してる風には見えないんですけど……いつも通りというか」
「フッ……これでも今はアラガミ素材の名前を一個も思い出せないぐらいには緊張してるんだぜ……?」
「すごく緊張してる!!」
紛れもなく異常事態である。
いやぁ、大衆の前で何かを披露するって、こんなに怖いんだね……?
「けどま、ここには君ら二人とキグルミさんもいるし……大丈夫でしょ」
「アキさんは謎に僕らにすごく重い期待を乗せてくることがありますよね……?」
「俺ら、素早くアラガミを狩れるってこと以外、そんなに自信ないんですが……?」
「君たちのチームが君たちに向けてるものほど重くはないさ。いつも通り、虎の威を存分に借りさせてもらうよ」
「……!?」
主人公二人とキグルミさんというスペシャルメンバー。
極東の魔人だの、ブラッドの天魔だの、キグルミだと呼ばれるお三方なら心強いことこの上ない。
『──それではここで飛び入りゲストチーム! 「リザレクション」! お願いします!!』
司会者役のヒバリちゃんの声。
フッとそこでステージのライトは消え、夜に差し掛かった世界は、真っ暗闇となる。
「!!」
「よし」
「じゃあ」
「──行きますか」
かくして主役たちは舞台に上がる。
マント付きのコートで揃えた黒い衣装は、神を狩る使者の如く。
……キグルミさんは流石にマントを装着しただけだが、そこはご愛敬。
武器となる楽器を手に──配置につく。
ワン、ツー、スリーのドラムを合図に、ギターをかき鳴らす。
それに合わせてステージがライトアップされ──世界は光に照らされる。
「ラストナンバーだ!! ついて来れる奴だけついて来いッ!!」
宣戦布告にも似た挨拶を響き渡らせて。
この神が蔓延る世界で、魂を燃やす曲を歌い上げる。
──「IMAGINARY LIKE THE JUSTICE」──!!
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>>2071年+GE2×BURST-RESURRECTION÷spiral fate
……随分と丸く収まったものだ、と彼は思う。
愚者の空母と名付けられた戦場にて。
黄昏を浴びながら、十八歳のソーマ・シックザールはここ数か月間の出来事を振り返るように、ある方向に視線をやった。
そこにあるのは水平線にある人工島──ではない。
地平線の向こう。
見えるのは白い大樹。あれこそが一か月前に生えた、「終末の樹」と呼ばれる代物だ。
緑に溢れるあの地点は現在、緩やかに終末捕食を続けている。
その領域は徐々に今もこの地上へと広がっており、食い止める術がない以上、人類はやがて来るあの美しい終焉に身をゆだねるしかない。
アラガミが生まれず、オラクル活動が不活性化するあの領域が、「聖域」と呼ばれ始めたのは、いち早くフェンリル本部がそう名付けて民衆に広めたためだ。
……正直なところ。ソーマもあの日、終末の樹が生まれたあの日、何が起きたのか定かではない。
その唯一の証言者であり、出来事の体現者たる青年も、今は──
「なぁソーマソーマ。ザイゴートって卵みたいに料理できねぇかな?」
「……イカれた話は自分のことだけにしとけ、リョウ」
──このように。
今日も今日とて、散歩気分でアラガミを殲滅していた。
支給されたフェンリル制服に、以前と同じままの黒い髪。だが、その目だけは金色のまま、彼が「アラガミ」に近しいモノであることを示し続けている。
「そんなー。でもタンパク質っぽい味はするんだぜ、アレ? 進化個体っぽいサリエルもさぁ、干物とかは割といけるんだ。モゴモゴ」
「食うな!!」
拳骨が飛ぶ。
がはぁっ、とスルメのようなものをかじっていた馬鹿が転がる。
「違っ……これはアラガミじゃないよ! 流石の俺にもデリカシーぐらいあるよ! でもさぁ、考えてみてくれよ! アラガミで作ったラーメンとか気になるんだよ俺は!!」
ソーマは無言で額に手を当てた。
デリカシーとか言いつつ、そういう発言自体が既に人外の言う事なのだ──しかし、こうして馬鹿らしい時間をそう悪くないものに思っている自分がいてなんかイヤだ。釈然としない。
……この加賀美リョウは、神機使いとして新人でありながら、あらゆることが規格外だった。
入隊してからこなされる異様な数の任務量。ベテランたるリンドウに、「あいつだけ地球産じゃなくない?」とまで言わしめた戦闘能力は、遺憾ながらソーマも認めるところではある。
が。
一月前、そのような認識はまだまだ甘すぎたことが明らかになった。
(…………こんなのが史上初の人型アラガミ……)
しかも本人によれば、人間という最終進化を経て、再びアラガミになったとかいう頭の痛くなる証言がある。
更には黒蛛病を発症し、特異点になり、ノヴァを喰い、終末捕食を局地的に起こすことで人類絶滅を一時的に回避────ダメだ、情報量が多すぎる。本当になんなんだこいつ。
「おいおいソーマ? また難しいこと考えてるな? 俺のことは深く考えると負けだぜ!? フィーリングフィーリング! お前の親父さんだって俺の顔を見るたび目を逸らしてくるんだから、後の小難しいことは連日狂喜乱舞しているサカキ博士やラケルちゃんに丸投げるのが一番だって!」
「…………本当になんなんだ、お前は……」
「加賀美リョウ──って、ずっとこの名前を使うのも、本家の方に申し訳ないなぁ……よし決めた! 今から俺の名前はフェンリル!! 最強と呼んでくれ!!」
一体どこにどう配慮したのかソーマにはさっぱりだし、その改名案は職場の本部にまったく配慮していないだろうと思う。
「おー! サイキョー! サイキョウって、ナンダ?」
「ものすごく偉くて強い奴のことさー!」
「エライ! ツヨイ! スゴイ……!」
「──────待て。なんだそいつは」
さらっと会話に知らん声が混じっていた。
ソーマが顔を上げると、同僚の隣には見知らぬ、白い少女がいた。
その瞳の色は……世界最高の馬鹿と同じ、金色である。
「彼女? なんかそこで会ったから連れてきた! ソーマの妹にしていいよ!」
「知らん知らん知らん知らん」
冗談じゃない。冗談じゃない!!
ただでさえコイツの制御係にされて仲間から同情と羨望の目を向けられているのに、これ以上の面倒事を増やされるなど、たまったものではない……!
「ソーマ! よろしくな、ダゾ!」
自称フェンリルに肩車された少女が、にっこりと手を挙げる。
それにソーマは──ただ、
「勘弁してくれ…………」
これから訪れるであろう数々の展開を思い、がっくりとうな垂れた。
──これがとある神喰らいの世界の顛末。
未だ神は多く、闘争は続き。
その先の未来は、まだ歩み出したばかりだった。
▼
2074年の空の下。
──私は、黄金の神機を手に立っていた。
「ん? なにさ神機さん、引退するんじゃなかったのかって?」
精神に直接語り掛けてくる相棒に、はて、と首を傾げる。
「いやさ、そういう未来はいずれ来るだろうけど。だったら初代担い手として、最低限の仕事は済ませてからじゃないと、次代には引き継げないでしょ」
次代。
今後現れる、神機さんに適合できるだろう人間。
そんな大きな希望に対して、中途半端な出来の相棒を任せられるワケがない。
「──神機さんのスキルを妥協ナシに極めきる……! それが幻代アキ、神機使いとしての最後の大仕事! 付き合ってもらうぜぇ、神機さん……!!」
これを告げた時の身内は呆れていたけど!
ま、私の神喰らい人生の最終ミッションとしては悪くないだろう!
廃墟の高台から現れた狐姿のアラガミに切っ先を向ける。
これが本当に最後のウイニングラン。変な夢を見なくなってからこっち、なぜか戦いたい衝動がうずいて仕方がない。きっと、それぐらい楽しい夢だったに違いない。
「フェンリル極東支部独立支援部隊、クレイドル──“神堕とし”、これより殲滅を開始する!!」
──これはとある神機使いの世界の顛末。
未だ神は現れ、闘争は終わらず。
これからも、未来へ向かって駆け抜けていく──