戦場ボイスロイド   作:うぇへ

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第3話

 

塹壕の壁の端で空を見てはため息をつき、土をいじっていると頭上から声がした。忌々しい声が。

 

「おう穀潰し。元気してるかい?」

座り込んで祖国の現状を憂いつつ時間の浪費に当たっている俺を知ってか知らずか、軽々とした高めの声で、楽しそうに声をかけてきた。そいつはここにいる野郎どもにしては珍しく、口元しか露出のないフルフェイスのミリタリーヘルメットを被った細身で茶髪の中肉中背の女のクソ野郎。

ああ。クソ野郎だ。

 

「…なんのようだよおばかさん。今憂鬱な気持ちでノスタルジーに浸ってたとこなのによ」

「私の名前は尾陰だ! おばかじゃない! というか戦場じゃ挨拶はしなくてもいいと言ったけど最低限礼儀ってもんがあるだろう! 座ってないで起きろよ! 私は上官だぞ! 寝転がるな!」

暇してると本当にいじりがいのある人だ。少しのじゃれあいにも全力で反応するので面白い。クソ野郎だけど。話を聞きながら寝転がって試しにいびきもかいてみた。

鳩尾のあたりを蹴られた。肺の中の空気が全部でた。キレそう。

「…いッ、てかあんたが敬礼は必要ないって言ったんだろ。一度言った発言を曲げんなよ」

蹴られた文句のために立ち上がる。立つと立つとでこの人より目線が頭一つ分高くなってしまう。

「必要ないとは言ったが礼儀がないのは違うだろ!」

 

埒が開かない。話を早々に切り上げたい気持ちが込み上げてきて、仕方がないので嫌々ながら口を開く。

「っす。んで尾陰さん。この度はなんのようでしょうか」

言葉の節々がカタコトになったが気にしない。気にされても気にしない。そんな言葉に対して尾陰は青筋を浮かべる。

結月の方からバカにするような息遣いが聞こえた。ストレスゲージが振り切りそうだ。怒るぞ。

「本当に何の用なんすか」

「…用がなきゃ来ちゃダメかよ」

「ダメでもないけど」

なんだこのやりとりは。

「…さっきの、飯前の敵軍に気づいたのはお前だって聞いたから労いにきたんだよ」

そう言葉をおいて、そいつは自身のフルフェイスのヘルメットに手を当てて。その目を隠している部分を少し持ち上げられて目が覗かれる。

 

「その、よくやったね」

はにかんだ。

…断じて見惚れたわけでもないが、救いを求めるように結月の方へ目を向ける。しかし救いはなかった。

視界の先には少しだけ見開いた目で心底以外そうなものを見る結月がいた。あいつあんな顔もできるんだ…。

そんな場合ではない。この動揺をどうすればいい。ええいままよ!

 

「無闇にヘルムを上げるんじゃありませんっ」

目元を隠してきた部分を下げる。突然閉められて尾陰はあぷっと声を漏らした。クソ。クソ野郎。少し頭に手が当たったからって当たったところ抑えるな。口元がニヨニヨしてるのがお前はわかりやすいんだよ。どうすんだこの空気。

「シッシッ! あんたがいると気楽にサボらないだろ! あっち行け!」

「ははは! 今の発言は気分がいいから見逃すよ。でも次行ったらペナルティだからな!」

本当に用はそれだけなのか、そのままUターンして来た道を戻って行った。軽やかにスキップするように帰って行った。

 

「…なんだよ結月。なんだその目は」

今だに驚いた時から表情の変わっていないそいつに声をかける。

「いえ、随分と面白いものを見れたなぁと思いまして。」

先ほどと打って変わって、雑誌を口元まで持ち上げて面白そうに声をかけてきた。

「それで、尾陰上官とはどういう関係なんです? 元カノ? 過ちとかそういうのですか?」

「そんなんじゃねぇよ…あいつはクソ野郎だ、クソ野郎」

「えー、照れ隠しですか? 気持ち悪いですよ」

怒るぞ。

「そのことを話したらなんかあるかよ」

「いえ、ただ知りたいだけです。言いたくないならどうぞ」

一応、引き際は弁えているらしい。でもまあ、暇だし、もとよりこいつと少しは上手くやるためにここに戻ってきたんだ。しょうがない。話してやるか。昔話を。

 

「…お前らが投入される前、俺とあの人は別の隊で市街地の侵攻をしてたんだ。どういうわけかここに流れ着いたけどな」

結月は最低限の相槌、はあ、とかはい、とかだけど俺の話に耳を傾ける。…こいつもあかりみたいに反応してくれたら面白いのにな。

「そんなある日、俺と尾陰以外が全滅した」

 

本当に酷い日だった。その戦場は俺と尾陰の初陣だった。市街地なのに霧の濃い日で、そんなに先が見えない状態で。普通はそんなときは動かない。不利な状況で突っ込む馬鹿はいない。いるはずがなかった。そんな中突っ込んだ奴がいた。

突っ込んだのは、尾陰だ。

 

「あの人がですか?」

「ああ。元々尾陰は戦争孤児だったんだ。親とか面倒をみてくれる人が先立たれて天涯孤独。復讐のために軍に入った、らしい」

 

戦場の状況は最悪。視界も良くない。場所は相手のホームタウン。補給はないし構造をしっかりと理解もしていない。初陣なんだからトラップなんてあったら必死だ。

でも、運良く隠れられる場所を見つけて。

 

血みどろになりながら、隠れた。そこにそいつもいて。

正直な、頭に来てたんだ。

突撃したクソ野郎が生き残って、仲間は死んで。俺は出会い頭に腹を銃のストックで殴りつけてやった。なんで無鉄砲に突っ込んだのか、こういう結果になるのは知ってただろって。テメェのせいで仲間が死んだって。あの時、突っ込んで行った尾陰を追いかけようって言い出したのは俺なのに。

 

そしたら、尾陰は黙っちまった。そしていろんな液体を流しながら言い出したんだ。本当は死にたかったんだって。死ぬためにここまで来たんだって。いざ死ぬとなったら怖いって、どうせならあなたが…って。

 

「だから俺は皆殺しにした」

「えっ」

驚いたように結月は身を引いた。あー違う違う。

「敵をな。もう嫌になっちゃって。壁越しに撃ったり、近接戦に持ち込んだり、卑怯なことも色々やって無我夢中でな。とにかく殺した」

ありし日を思い出して遠くを見やる。

「尾陰は疲れて寝ちまったようで、起きたらこれまた驚きで、全部忘れてんだよ。笑えねぇよな」

乾いたように笑いながら言う。尾陰は強いストレスで直近の記憶を全部忘れてしまった。そんなとこなんだろう。

「だから、その時の手柄も全部尾陰に押し付けた」

「それは、なんでですか?」

「まあ聞けよ。そしたらその功績からあいつは階級が上がるわけだ。そうして今の尾陰が爆誕ってわけ」

なぜ押しつけたのか疑問に思っているのか、結月は次の言葉を待っているようだった。案外こいつは聞き上手だったりするのか、はたまた俺の話が長いだけか。

 

「…あいつは基本的に死にたがりなんだよ」

「…今はそんな様子もないですけど」

「今でも、少しだけある。変に食料を譲ってきたり自分の装備が整ってなかったり、アイツのつけてる装備、だいたい俺が見繕ったんだぜ?」

そんなもんだから、考えたんだ。死にたがりになりにくい環境を。

 

「ある程度、重要なポストにつけば死にたがりも息を潜めると思ったんだよ。重要すぎず、軽すぎず。そしたら突撃なんてしないだろうと思ってな。実際上手く行ってる」

「はあ、なんでそこまですることができたんですか?」

なんで、どうしてそこまでできたのか。ただのおせっかいで、俺が功績を挙げたって言って早く離れてもよかった。けど違うんだ。

「…俺、人を殺しときながら人に死んでほしくないんだ」

だからおせっかいを焼く。無駄で余計でいらない事をしているかもしれないが、俺がしたくなったんだから。

でも、苦労をかけられたし記憶がないせいで調子になったりするから、クソ野郎だ。

「…そうですか」

 

その答えを受け取ってどう思ったのか、結月はまた雑誌に目を写した。興味がなくなったか、でも話ができたからよしとしよう。30分後に起こすように言って、寝ることにした。

朝倉が寝息を立てた頃に、雑誌を読み進める手が止まる。

 

「…マスターは、私を知ったらなにか……」

そのつぶやきを聞き届けるものはいなくて、何を考えているんだと、ため息がその場に残った。

 

 

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