出会い
毎日毎日残業残業、一ヶ月の内九割をとても長い残業で埋め尽くされている。それにはもう慣れてはいるのだが、どうやら俺のデスクの上に仕事とは関係無いメモが置かれている。この部署に来てから誰ともプライベートな会話を交わすことなんて出来なかったはずなのに……、これは一体何だ? 気になった俺はその紙を広げてみることにする。
すると其処には可愛い文字が書いてあるではないか。
―――今日の仕事終わり、桜丘大噴水で待ってる。
そのメモを読み終わった俺は急いでポケットにそのメモを入れ込み、同僚達に仕事を早く終わらせるための提案をしてみることにした。
すると、驚くことにいつもなら絶対に許さない奴らが素直に従ってくれたのだ……。
(そうかっ!そういうことだったのか!こいつらも実は心優しい奴らだったということだな!?まぁ当然と言えばそうなんだよ!)
と一人納得した気分になりながらも、帰り支度を始めた。
***
一つ悩んでいることがある。
このまま桜丘大噴水に向かうか、一度家に戻り服を着替えてから行くか。
あのメモには桜丘大噴水で待っているとしか書いてなかった。つまり何時に行っても大丈夫ということではないかと思ったが、相手が女性かもしれないという俺なりの考察の結果とりあえず家に一回帰ってシャワーを浴びてからもう一度来ることにした。なんせ俺は今汗臭いと思うからだ……。別にそんなことを気にする必要も無いだろうと思いつつ、念の為に家でサッパリしてくることにした次第である。
ただ少し時間を潰すために家の最寄りの駅前にあるカフェに行くことを決め歩き始めたその時であった……―――背後の方角より凄まじい熱視線を感じた俺は一瞬ビクッとした。
「
聞き覚えのある声を聞いた俺は振り返りつつも瞬時に悟った……。
(これってもしかしなくてもあの人の声だよな?)
そして、そこにはやはりが彼女いた。ただ予想していなかった事があるとすれば、彼女の服装だった……。
そこに居た彼女は黒猫をイメージしたであろう大人びた出で立ちであり、髪もそれに合わせてなのか黒く染まっていた為思わず目を疑ったが、間違いなくそれは彼女であって……。
だから余計驚いた訳でもあるが、何故かとても似合っているとも思った。
きっと普段はあんな可愛らしい容姿をしているだけあって、こうやって着飾ると一段とお洒落に磨きがかかるに違いない……。
「紫音さん、今日はどうしたんですか……?こんな俺を誘うなんて」
一応社交辞令的に言葉をかけたつもりだが、本当に謎すぎるのだ……。
「私、見ちゃったんだ」
「え?」
見たというのは何を? まさかあれかな。今日の朝の通勤路での光景の事だろうか、それともこの前彼女に振られた話に関してのことを言っているのか、だとしたらどちらにせよかなり恥ずかしいんじゃないのか……俺!
「幽霊でも見たんですか?」
「ううん、違います……」
彼女の答えを聞き、俺はホッとする反面胸騒ぎを感じ始めていた。……なんだこの状況はかなりおかしいんじゃないか……。
「じゃあ、何を見たんですか?」
「宗弥さんってホロライブ好きでしょ?」
「―――はい!」
(ついにきたのか、この時が!やっとこの話題について語ることが出来るんだぜ?最高じゃないか!だってオタク趣味とか誰にも言えないしねっ!?まああそこまでオープンにしていれば、もう言わずとも分かり切っていることだけどもそれでも敢えて口にしてくれるのは嬉しすぎる)
「私、ホロライブメンバーに会ってきたんだ」
「―――え!?マジですか!誰です!?誰に会いました?」
(おぉぅ……。これは夢ではないよね。頬っぺたつねれば分かる)
こうやって彼女が嘘を言うメリットは無いはず。だからほぼ本当だという事は分かっている。だからこそ興奮せざるを得ないというものなのだが。
ちょっと待ってほしい。何故いきなり会いに行けたのかが分からない。いくらなんでも急展開過ぎて、ついていけなさすぎて若干引くくらいだ……。
「私が分かったのは、紫咲シオンが一人で何かと戦っていた。それくらいしか分からなかった」
「そうですね……、何と戦い合っていたかは知りませんけど、多分間違っちゃいないと思いますよ。それにしてもどういう事なのでしょうか……。何でシオンちゃんが一人だったんだろ?」
宗弥が一人でブツブツと呟いていると、紫音がその疑問に対して口を開いた。
まるでこれから語られる真実は、全て事実であることを知らしめているかのようにゆっくりと。
「宗弥さん、そこで私から言いたいことがあるんですが……」
「はい……、なんでしょう?」
(なんだよ、ここまできて焦らさないでくれ!早く教えてほしいところなんだが!そわそわし始めてしまうぞ!全くっ!一体どんな事を言ってくるというんだ!俺の心がワクワクで溢れそうな件!心臓の鼓動が止まらないっ!あぁダメだ)
「あなたも、ホロライブメンバーがいる世界に行ってみたいと思いませんか?」
「勿論行きたいですよ。……ん?行けないのでは……、ないんでしたっけ……、確か」
自分で言っておきながら何で最後自信無さげになるんだ……。確かに前に彼女の説明を聞いてそんな感じの結論に至ったはずだ。
そう思うとますます頭が混乱してくる。
「今は行けるんですよ……。正確には今しか行けないと言うべきかもしれませんが、詳しいことは私にもわかりかねておりまして……。ただ一つ言えることがあります」
彼女は真っ直ぐな瞳を見せてくる。
いつもとは違った真剣で芯がしっかりと通って見えるその綺麗に澄んだ色をしている蒼く大きな双眼には、俺の顔だけが映し出されていた。
「ホロライブの世界に行ったら、こちらの世界に戻ってくるのは不可能なんです。それでも宗弥さんは行きますか?」
「あぁ、行くに決まってる!」
「即答ありがとうございます」
ただ、何故か不思議な気がしない。
例えここで躊躇ったり、少しでも悩んだりしたとしても結局は絶対に決めていたことのようなそんな感覚がしてならなかった。
「じゃあさっそく出発します。準備出来てるってことでいいですね宗弥さん」
彼女は何気無い会話の延長のように尋ねてきた。だが、その内容はとても異常だったはずであるにも関わらず、彼女の顔を見てたら不思議と信じられてしまった……。いや信じざるを得ないということの方が正しいかもしれない。
「あぁ、頼む」
「では死んでください」
唐突に告げられた殺害宣告。
それはあまりに理不尽であると言えた。
だがそれでも、彼女になら殺されても別に構わないと思った自分が居たりするのは何故なのだろうか……? まあいつもの如く、現実逃避しているわけだが……。
ふむ、殺されるということはどういったものか想像出来ないこともない。ただ本当にやるのだろうか?
そう思っていた時には、自分の腹部にナイフが突き刺さっていた。血まみれで倒れ込んでいる自分を見下ろしてみようと思う……。
目の前が真っ赤に染まっていくと同時に、段々と意識がなくなっていくことが感じられる。そしてついには何も考えることが出来なくなったその時であった……、俺は暗闇の中へと堕ちていった……。
***
ここはどこか知らない場所である。
しかし、見慣れぬ場所なのに何故か違和感が無いのだ……。
ふと周りを見渡していると、お馴染みのデスクチェアがあったため座ってみることにする。そこに深く腰掛けると突然パソコンの画面が点灯する――、そこにはある配信が表示されていて…….? 俺は反射的に目を大きく開いてしまった――。
生ハム:こんしお~
絶世のママ:こんしおー
ペリカンズ:こんしおー
シロロン:ねバねバすき
プリン三十世:ハすハす
ハクサイ:きちゃー!
そしてシオンちゃんの待機画面からオープニングに切り替わり、俺はいつものようにあのコメントを無意識に打ち込んでいた。
―――線だあああああああああああぁぁぁ
コメントを打ち終わると、俺はいつものようにシオンちゃんの配信を聞いていた。
「はーい、こんばんわー。ちょっと遅くなってごめんねー」
それから得意の脊髄トークで楽しい雑談を繰り広げていきつつ、話題は今日の夜に開催される予定の黒王竜の討伐戦の話に移った。相変わらず視聴者は皆盛り上がっており、自分もワクワクしながら話を聞くのが日課になっていたりする。
「ほんとさー、今日のイベントクリア出来ると思うー?w」
シオンちゃんが冗談半分でそんなことを聞いてくると、少し間を開けた後にみんながコメントを送る。
ポルポルル:シオンちゃんなら出来るよ!
ミースター:行けるんじゃない?
草草:よゆーだよ
「でも開催時間深夜だから子供どもは出来ないねw」
その発言には思わず苦笑いしながらも、俺はツッコミを入れてしまうところだった。
「シオンさー、朝からトイレ我慢してるんだよねwでもアイドルはトイレには行かないからw」
いつもの様にくだらないことを言ってのけると、リスナーも爆笑してくれるので安心できたりしていたのだが。
そんな中不意に見覚えのない文字が表示される……、それはとても奇妙な言葉であり意味も分からないものであったが。一瞬何かと思いつつもすぐに考え直そうとしてみれば、そこで初めておかしいことに気がついた。
なぜならば、先程まで流れていたはずのチャット欄の文字が表示されていないからだ。
「それじゃあシオンはトイレ行ってくるねー」
そのままトイレに行ってしまい、シオンちゃんの席がオフラインになったことを知らせる表示がされる。
しかし、その時だった。
スマホの動作が完全に止まり、キーボードすら叩けない、そしてマウス操作も何もかも全て効かなくなってしまっており、何をどう足掻こうとこの状況から抜け出せなくなった。
「何が起こっているんだ……?」
訳が分からず焦っていると、再び突然とパソコンの画面から光が発せられる。あまりの眩しさに目を細めながらも確認してみると、いつの間にか俺は上空にいた。
「……は?」
理解不能すぎる出来事過ぎて、もはや頭がついていけずに混乱することしか出来ずにいる中、下をよく確認してみると巨大な竜と一人で戦っている少女が見えた。
(まさかあれは―?)
それは確かによく見ると、大好きな紫咲シオンと同じ特徴を備えていた。
そして彼女の声も知っているものと同一だということに気づく――、いや聞きなれたと言わざるを得ないものだった。つまりこれは……、どういうことだ? そんなことを考えながらじっと見ていたら、次の瞬間である。
「――クソガキックー!」
という元気の良い掛け声と共に、凄まじい飛び蹴りを巨大な竜にお見舞いしようとした。
しかし、飛び蹴りは華麗に外してしまい盛大な空中ダイブをする羽目となってしまう……。そのまま巨大な竜は口から黒球のようなものを放ち、少女の元へと落ちていく。
俺は咄嵯に反応したが時すでに遅過ぎたようだ……。黒玉は見事に着弾して爆発を起こし、激しい爆風が俺にも襲いかかってきた。必死に身を守ろうとしたが耐え切れず吹き飛ばされてしまった。
「ねぇー、だいじょうぶ?w」
「あぁ、なんとか生きてるとだけ言わせてくれ……」
目の前に広がる謎の風景を見ながら返答する……。一体なんなんだこの現状……。
「シオンさー、あなたが急に落ちて来たからビックリしたんだけどー」
彼女の姿を見たが特に外傷はないようでホッとした。
ただこんな場所にいると、普通じゃない状況だと理解できるくらいだ……。とりあえず冷静になるべきだな……。
「なんで無傷なんですか?」
「え?黒魔術で簡単に防いだだけw」
は?という顔を見せる俺に対して、彼女は話してくれた。
「早めにあのドラゴン倒したいからさー、そこで待っててくれる?」
「はい分かりました……、ですけどどうやって倒すんですかね……..?」
俺は少し興味があったので聞いてみた。すると彼女から予想通りの回答が返ってきた――。
「もちろんシオンの魔法だよ」
そして彼女がニヤッと笑った後に、俺はようやく気づいた。
「あ、あぁぁぁぁ!?」
「――召喚!出てこい、我が忠実にして従順なるシオンの鎖!」
そう言い放った後すぐに、シオンの背後から無数の鎖が現れる。それらは勢い良く四方八方に飛び散っていくと、それぞれを縛り上げるように動き回る……、そしてあっと言う間に拘束されてしまう黒竜。
「シオンの魔力は無限だからね~」
シオンは得意げになりながら言う。
俺はその光景を見ているしかなかった。
やがてシオンは再び口を開く。
そして詠唱を始めたのだ。
それは今まで聞いたことも無い呪文であり、まるでアニメのようなファンタジー感あふれるものであった。
シオンは両手を大きく広げると空に向かって叫ぶ。
黒竜が叫び出すが、そんなことはおかまいなしに続ける。
「これから何が起こるんだ?」
そして俺は見てしまう。
シオンの背後に先程までなかった大きな魔方陣が出現していたことを。それは光り輝いており、段々と大きくなっていった。そしてその輝きはより強くなっていき……、とうとう辺り一帯が紫一色に染まってしまった。
(これが本当の異世界なのか……)
「―――黒魔神罰! 」
その声と同時に、巨大な黒龍に特大級の大技を食らわせた。
シオンの身体は青白い光に包まれており、その姿はまさに女神のようであった。そして黒龍の悲鳴と共に眩い光が放たれた。思わず目を瞑ってしまうほどの明るさだったが、次に見た時には黒竜の姿は消えていた。どうやら討伐が完了したらしい。
黒龍を倒し終わると、シオンがこちらへと歩いてきた。
「ねぇ、今何時?」
「はい、午前二時ですね」
「やったぁ、時間ピッタリじゃん」
「……え?」
「シオンさ、実はずっとトイレ行きたかったんだよねwごめんなさい!」
「そういうことだったのか……」
そう言うと、シオンはそそくさとどこかへと走っていった。
***
シオンがトイレを済ませている間、俺はただ呆然と立ち尽くしながら考える。
(ここが言っていたホロライブの世界なのか……?)
俺は改めて自分のスマホを見てみるが、今度は電波が圏外になっており使い物にならなかった。それにスマホの充電の減りが異常に早い。そしてシオンは用事を終わらせて戻って来た。
そして開口一番にこう言った――。
「そういえば自己紹介してなかった!」
「え? 確かにまだお互いの名前も知らないですもんね」
(俺はずっと前から知っていたけど)
俺はそう言って彼女に近づきながら手を差し出した。
「俺は、リヴィスといいます」
するとシオンは嬉しそうな顔をした後に握手をしてきた。その握る力は凄まじく痛かった……。しかし俺は笑顔を保ち続けた。なぜなら彼女の瞳がキラキラしていたからだ……。
「へぇー、いい名前かもしれないね」
「お気に召したなら良かったですよ」
そんな会話をした後で、お互いに名前を交換した。
「シオンはホロライブ所属の二期生、紫咲シオンです。よろしくね」
「はい、こちらこそお願いします」
「それであなたはなんて呼べば良いのかな?リヴィって呼んだ方が良いの?それともリィちゃん? 」
俺は少し悩んでから、シオンちゃんに聞いてみた――。
「リ、リヴィって読んでくれた方が嬉しいかも……」
「じゃあリヴィー、これから仲良くしようね!」
その瞬間だった。俺は全身が熱くなるような感覚に陥った……。まさか、そんなはずがないと思いつつも確認するかのように呟いた……。
その言葉が聞こえていたようで、彼女は微笑みながら答えてくれた。
彼女は俺にとって憧れの存在であり、最推しである存在だ……。その彼女が今目の前にいるという事実を読み込めていない。
「ちなみに彼女とかいる?」
唐突な質問に驚きながらも、俺は素直に答えるしかなかった――。
なぜなら、この話には聞き覚えがある。
前にシオンちゃんの配信で「最近彼女がー」とコメントが流れてきて、「仲の良い友達と遊んだほうが一番楽しいとはわかっているし、恋人なんか欲しくもないけど、目の前で楽し気にしているリア充を見ているとなぜかイライラする」って言っていたのを思い出したからだ。
そしてクリスマスの日の配信の時も、
そこら中でリア充が外をうろついているから「間に入って『すいませんすいません!そこ通ります!』ってやりたい」と言っていたはず。
だから既に恋人は居たことがないと伝えておいた……。そしてシオンは納得した様子を見せ、何かを考えていた。
「じゃあさ、シオンの家に帰ろっか!」
「あ、あぁ、はい。分かりました」
「あははっ、もっと気軽に接してくれていいんだって」
俺は緊張しながらもシオンちゃんの家へと向かっていった。
この異世界でシオンちゃんと出会った結果、俺の人生はどうなるのだろうか……?