「……まだ、違和感があります」
「あー…なんというか、悪かった」
俺の横を歩く真昼は眉を少し寄せながらそう言った。俺はそれについてはただ謝ることしかできない。
「やっぱ持つ。よこせ」
「あ…。……少し強引では?」
なぜ怒る。
「そもそも…なんで着いてきたんだよ。違和感があるならまっとけば良かったじゃねえか」
「家に泊めてもらう身として、家主に全てのことを負かす事はできません」
俺はまた奪い返された買い物袋を見てため息を吐く。
時刻は夕方。まだ明るいと言える時間帯に俺と真昼は買い出しに出ていた。本来なら真昼が帰った後に買い出しに行く予定だったのだが諸事情によってキャンセルしてしまったのだ。その対価として今の時間に買い出しに行くことになったのだが、何故か真昼までついてきてしまうという事態になってしまった。
「だから気にしなくていいって言ってるだろ。なんでそんなに頑固なんだ?」
「気にします。恩をもらってそのままにしておくのは気持ち悪いです」
「恩ん?お前が抱けr「公衆の面前で何言ってるんですかっ!」……ったく…こういう力仕事は男に任せておけばいいんだよ」
俺は真昼が油断した隙にもう一度買い物袋を奪い取る。
「あっ!またっ!……ふっ…はっ!」
「……」
真昼に取られないように天高く掲げた買い物袋を奪い取ろうとぴょんぴょんと俺の周りを飛び跳ねる。なんだコイツかわいいな。
「おい…胸。当たってるが?」
「?………もう既にあんなことをしたんですから…今更では?」
「……」
つまりコイツは一度致したんだから胸が当たるくらいどうって事はないと…。ふーん。
「ちげえな…俺が言いたいのは……」
「…?」
俺は真昼の耳元に口を近づけ、低めの声を意識して…
「“誘ってんのか?”ってことだよ」
そう囁いた。そして買い物袋を持つ手の反対の手で真昼の頬に手を添えて、ゆっくり顔を………。
─パシャリ。
「…え?」
素っ頓狂な声を上げたのは真昼だった。閉じていた瞼を開けて音の正体を確認しようとするがその対象ははるか先。片手に買い物袋。片手にスマホを持った男だった。
「“天使様のキス顔”ゲット〜」
「……」
俺はカラカラ笑いながら先程撮った写真を見る。我ながらなかなか上手く撮れた。
キス顔天使こと椎名真昼は顔を真っ赤にした。そこにあるのは羞恥か怒りか、それを知るのは彼女しかいない。
そして彼女はスタスタとスマホを弄る龍也へと近づいていく。そのことに気づいた龍也はまた買い物袋を天に掲げた。
「スマホの写真…消してください」
「あ?別に悪用なんて考えてねえぞ?これは個人的に「消してください」……家に帰ったらな」
「……ふんっ」
─どす。
「グフ…おい!消すって言っただろうが!」
「乙女の純情を弄んだ罰です!」
力は弱いものの的確に急所を狙われた龍也はスタスタと…気持ち大股で歩いていく真昼に追いつくように歩くしかなかった。今声をかけると余計悪化することをなんとなく察していたからだ。
「うっま…」
「ありがとうございます」
俺は丁寧に盛り付けされたきんぴらごぼうを食べながらそう言った。あれから真昼の機嫌が斜めなこと以外は何事もなく家へ帰ってくることができた俺と真昼。食材を冷蔵庫にしまった後に夕飯を作ろうとしたところ真昼が『私が作る』と名乗り出た。まあそれを断る理由もなかったので任せてみたところ予想以上のものが出てきたというわけだ。
「ふぉんふぁふぃふぉううぃうふぁふぁっふぁんふぁふぁ《こんなに料理上手かったんだな》?」
「…飲み込んでからしゃべってください。行儀が悪いですよ?」
「……
俺は口にあったものを飲み込んでからそう言った。さっき食べたきんぴらごぼうも、濃いめの煮付けも、綺麗に巻かれただし巻き卵も、じゃがいもとわかめが入った味噌汁もそれら全てが今まで食べた中で上位には入りほどに美味い。
「特にこの卵焼きがやべえ…」
「卵焼き…。ぁ………作る前に龍也さんの好み…聞いておけばよかったですね…」
「好み?………。強いていうなら…水分多めのふわふわの卵焼き…だな。今まで食った中ではあれが一番だ」
「ふわふわ…じゃあ、明日の朝ごはんはそれにしましょうか」
「マジか…」
俺は見ていた。卵焼きの話題になった途端、真昼の瞳は影を映していたことを。そしてすぐに理解した。今の俺はそれを解決することはできないことを。
俺と真昼はベットの上で横になっていた。普通に寝るにもこの家にはベットは一つのみなのでどちらかがソファに寝ることになる。それを俺も真昼も許すはずがない。
抱き枕として俺の腕の中にいる真昼が聞いてきた。
「りゅ、龍也さん?」
「ん…?なんだ」
「あの……その、だ、抱かないん…ですか?」
「…抱かれたいのか?」
「そ、そうは言ってません…ただ、少し気になったので…」
腕の中でぶんぶん首を横に振る真昼。どうやら本当に気になっただけのようだ。
「俺は女を大切にする主義なんだよ。今日抱いたらお前が学校行けなくなるだろ」
「……そうなんですね」
そこで会話が終わる。そしてしばらくした後また真昼が口を開いた。
「─龍也さん」
「なんだ?」
「私、明日家に帰ります」
「…そうかい」
真昼が決めたなら俺はそれに口出す資格はない。もう既に覚悟が決まっているようだ。
「真昼」
「はい」
「お前は俺が出会ってきた中で、一番良い女だよ」
「…はい」
「ただ…少し抱え込みすぎだ。また躓いたら屋上に来い……話くらい聞いてやるよ」
「はい…」
真昼が少し身じろきする。ほんの少し俺と真昼の距離が近づいた気がした。
「龍也さん…」
「なんだ」
「頭、撫でてくれませんか?」
上目遣いでそう聞いてくる。俺はその希望にただ答えた。
「……好きなだけ撫でてやるよ」
真昼の頭をゆっくり優しく撫でる。真昼はそれに少し安心したのかゆっくりと瞼を閉じた。俺もそれに続くようにゆっくりと微睡に落ちていった。
朝起きると真昼の姿はそこになかった。
ただあったのは食卓の上に乗ってあるラップされた朝ごはんらしきものと、『温めて食べてください』という丸みを帯びた文字の書き置きだけだった。
俺は温めた朝食の卵焼きを口に運ぶ。とても美味い…が。
「…やっぱ、出来立てが一番美味いよな」
──何か、物足りない気がした。
────────────────
時は過ぎて3月。
年を越し、学校の修了式が終わるまでに結局、真昼があの屋上に顔を出すことはなかった。本来なら喜ぶべき事柄だろう。しかし俺の心は何か物足りないような…何かを求め続けているような感じが続いていた。
心に纏わりつく嫌な感じを紛らわすように俺は外を散歩していた。空は分厚い雲が覆い尽くし、あの日の…真昼と出会った日のような青空はすっかり鳴り顰めている。
俺はぶらりぶらりと意味もなく歩き続ける。目的も何もないただ頭を空っぽにして街を歩き続ける。
早朝から歩き出したので既に5時間ほど経っただろうか。これ以上は意味がないと帰ろうとした頃にポツリポツリと水滴が空からこぼれ落ちた。それは少しずつ量と勢いを増していく。
俺は溜め息を吐きつつそこの近くにあったコンビニへと入りビニール傘を購入する。かなりの時間を歩き続けたことによりかなり家から離れたのでしょうがない出費だ。
「ん?」
もう少しで家というところまで来たところで正面から歩いて来る人影に気づいた。それは女性で色素の薄い亜麻色の髪は雨に濡れていて服すらもびっしょりと濡れている。それに白い服を着ているのでライムグリーンの下着がうっすらと透けて見えていた。
俺は駆け出す。今は1秒でも早く彼女の元に行かなければいけない気がした。
俺はスッと幽鬼のようにふらりふらりと歩く彼女へと傘を差し出した。
「おい。こんなとこで何してんだ?ここは屋上じゃねえが…話くらい聞くぜ。真昼」
そっと顔を上げた真昼はフッと吹けば壊れてしまいそうな儚さを纏い、苦しい、痛い、辛い──という感情を隠すような弱々しい表情を浮かべていた。
ミドリムシはキモい
天使様8.5巻楽しみですか? 9/14発売予定。
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楽しみ!!!
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予約した!
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そんなに…
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9巻の方が見たかった!
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そもそも単行本持ってない…
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表紙の真昼可愛すぎだろ!