─椎名真昼の独白。
“私”が始まった日がどの日かと聞かれたならきっとあの日と、私が答えるだろう。
その日は雨が私を嘲笑うかのように降り続けていた日だった。
私はその日、母親に『要らない子』と面と向かって言われショックを受けてから思わず自暴自棄になり、公園でブランコを漕いでいました。
そしてそこにパーカーを着た制服姿の青年が私に傘を差し出してきました。彼は私にその傘を強引に私雨に濡れることも厭わずに走り出していってしまいました。
しばらくその傘をぼーっと見つめていると全て思い出しました。
彼の名前は藤宮周。私と同じ高校に通う一年生であり、そして将来的に恋人になる最愛の人物だと。
未来の私は一度死に、未来から逆行…タイムリープしてきたことを思い出し、理解した。一瞬その非現実さと死んでしまった時の感覚によって戻しそうになってしまった。
前の私はトラックに轢かれて死んだ。その後誰かが私の中に語りかけてきた。『時間を戻したいか』と『やり直したいのか』と私は迷わずに頷いた。そして再度聞かれた。『本当に良いのか?』となんのことかわからなかったがまたもう一度、彼と過ごすことができるならそれでも良いと…私は、言ったのだ。
次の日、私は
そしてエレベーターから出てきた彼は前と同じように風邪を引いているようだった。私のせいだと思うととても胸が苦しくなる。そして彼とまた会えたことに嬉しさを感じてしまった。今は彼の心配をするべきなのに不謹慎な自分が少し嫌になった。
「あ、あの?大丈夫ですか?」
「……別に、返さなくてもよかったのに」
「それより…熱、ありますよね」
彼は今に倒れそうなほどにフラフラで誰が見ても体調不良であることは一目瞭然だった。
「…ん?ああ、これくらい寝たらすぐ治る。気にしないでくれ」
「気にします。肩、貸しますから」
「え…?いや、家すぐそこだし…」
「病人は黙っててください。家、入りますけど文句言わないでくださいね」
私はその時点でほんの少しの違和感に気づいていた。しかし、今は彼のことが重視すべきことだとすぐその思考を打ち切った。
そしてそれは私の考えられる限り、最悪の形で姿を現すことになる。
「へ?いや、それは…─」
「鍵…何処ですか?」
私は彼の言葉を打ち消すようにそう言った。そして彼は少し言いにくそうに口を開いた。
「多分…空いてるぞ」
「…え?なんで─」
その疑問はすぐに解消された。ガチャリ…という音と共に彼の部屋のドアは開かれる。そしてその中から黒髪の…それは美しい女性が出てきたのだ。まるで神に作られたように整った容貌に思わず私は声を失った。私もそれなりの容姿をしていると思っていたが彼女と比べるのは烏滸がましいとすら感じてしまう。
「あ、あっくん!?ど、どうしたの!?」
「あ、ああ…ちょっと熱っぽくて」
「ええ!?わわわ!ど、どうしよう!きゅ、救急車!?」
「寝てたら治るから…心配しすぎだ雪奈…」
彼は親し気にその彼女と話し出す。私は心に張り付くような嫌な予感を振り払いたくて彼女に質問する。
「あ、あの…。も、もしかして…彼女…さん、ですか?」
喉が渇く。鼓動が早まる。嫌な汗が流れる。頷かないでくれという私の儚い願いは最も簡単に打ち砕かれた。
「は、はい!そうです!あっくんの彼女です!」
私はその返事を聞いて今にも倒れてしまいそうになった。今思えば彼に感じた違和感はこれだったのだろう。元々彼は人付き合いが少なめで暗い印象を感じる人だった。だけど今はそれを感じない。きっと彼はもう、彼女に救われているのだろう。
彼の眼差しも、優しげな声も、意外と大きな手のひらも、彼のぬくもりも、もう彼女のもの。
でも、少し、納得できた。都合が良過ぎたのだ…私と彼との出会いは。優しくて、カッコよくて、紳士的な人、彼女ができないわけないのだ。彼の人柄を知っているからこそそれを深く、残酷なまでに理解することができた。
そこからの記憶はない。家に帰って何もせずに眠ってしまったことだけは覚えている。そして気づいた時には学校がある月曜日だった。
学校には行きたくなかった。もし、今彼の顔を見たら泣き出してしまうかもしれなかったから。でも、私の“天使様”がそれを許さない。
そして学校には行った。でも到底授業を受ける気分にはなれなかった。学校の屋上で静かに蹲ることしか今の私にできることだった。何もかも投げ出したい気分になった。全て忘れてしまった方が楽に生きていける。
あの時の声が『本当に良いのか』と言った意味がわかってしまった。こういうことだったのだ。
……。親に見放され、恋人になるはずだった人が他の女性の恋人だった私は、いったいどうしたら良いのだろう…。私に、救いはないのだろうか…。もう一生、この空虚なキモチの中を生きていくしかないのか…。
──私の生まれた意味って……何なのかな…。
そう考えた瞬間、私の視界を影が覆った。思わず上を見てその正体を確認すると……。
「え?」
上から降ってくる人。私は思わず悲鳴を上げ、次に来るであろう衝撃に備えて頭を守る。
しかしその衝撃は一向に来ず、私はおそるおそると前方を確認する。そこには人がいた。染め上げられた金髪に、耳に開けられたピアス。睨みつけるような瞳。
私は思わずその視線から逃れるように蹲った。すると前方にいた男の人が一方的に話しかけてくる。
「…気を付けろよ」
貴方が落ちてきたんでしょう!という言葉は口に出る前に飲み込んだ。言えばどうなるかわかったものじゃない。
私は重い溜め息を吐いてまた蹲った…現実から目を背けるようにして。
「ホレ」
「…何ですか」
「当たった。俺は要らねえ」
私は差し出されたそれを思わず見つめてしまう。薬などを疑ったわけではない。ただなぜ私にそんなことをするのか分からなかっただけだ。
「ひゃっ!」
「けっ」
私が受け取らなかったことに腹を立てたのかその手に持ったペットボトルを投げつけてきた。思わず悲鳴を上げてしまったが思ったよりも優しく投げられたので腕の中にぽすりと簡単に入ってきた。
「んで?うちの学校の“天使様”がこんな時間にどうしたんだ?」
「……貴方には関係ありません。要らないことに口を突っ込まないでください」
私は思わず硬い口調、冷たい声色でそう言ってしまった。これが自己防衛によるものか先ほどのことを根に持っているのかは私自身もよくわからなかった。
彼は噂の“天使様”とのイメージ像と違ったのか目をパチクリさせている。
「何ですか。噂と違ってガッカリでもしましたか?生憎ですけどそんなこと貴方に言われる筋合いもありませんから」
「…別にナンも言ってねえだろ」
「……」
「シカトかよ」
まただ。棘の多い言葉をまた使ってしまった。『殴られるかもしれない』という感情が彼の言葉を無視するように言う。しかし彼は何故だか納得したような顔で眠ってしまった。
…………………。そう言えば…この人ずっと私のことを気にしてますね…?
少し振り返るとあれ?と思うところが多い。このもらった紅茶、あの人は当たったって言ってたけど…この学校の自販機はそんな抽選をするものはなかったはずだ。渡す時も投げられたけどそれはとてもゆっくりで受け取りやすい位置だった。
じゃああの『気を付けろよ』って言葉も心配の言葉…?
……見た目は怖いけど、優しい人…なのかな?
私は彼から受け取った紅茶をコクコクと飲む。そう言えば、最近全然水分をとっていなかったことを今思い出した。
いつのまにかペットボトルの半分ほどを飲んでしまい、ばっとペットボトルから口を離す。そして思い至ってしまった最悪の状況を想像して正面にいる彼を確認する。
「……あ」
彼は眠っていた。それはもう穏やかな表情で。
思わず肩の力を抜いた。先ほど感じた危機感のようなものはすでになり潜めていた。
そして自問する。何故彼が薬を入れていると疑ってしまったのか。そして答えはもうわかっていた。私が彼の顔と雰囲気を見てそう判断したからだ。彼はそう言う人間だと、勝手に決めつけた。
─私、最低だ。
自分を天使様で見られることを嫌がったくせに自分自身はそう言う目で見て良い?そんなわけないだろう。
「あれ…?」
もう一度彼を見てみるととあることに気がついた。
「(右手首…赤くなってる…?)」
よくみると腫れているようにも見える。あの赤み的につい最近できたものだろう。でもいつ…?
「もしかして…さっき…?」
思い当たることはある。先ほどぶつかりそうになった時どうやって避けたのか…あの時に無理な避け方をして手首を痛めていた?
「私の…せい…?」
そう思った時には動いていた。心は申し訳ないと言うような気持ちでいっぱいだったのだ。
常備していた包帯を鞄から取り出して彼の手首に巻きつける。あくまで応急処置だがやらないよりかは良いだろう。
「…オイ」
突然聞こえた低い声に思わずどきりとする。
「…なんですか」
「なんですか。じゃねえだろ…お前がナニしてんだよ」
こちらを睨みつけてくるような強い視線。だが応急処置をされていたことにすぐ気づいたのか何処か気まずそうに視線を逸らした。
「…捻挫していたのか。俺にこんな事するギリはないんじゃねえのか?」
「……紅茶。貰ったので」
避けて貰ったのでと言っても彼は納得しないと思ったので私はものをもらったお返し…と言う体を取る。
「ハッ…さっきのことで少しでも責任を感じてるとでも言ったら、もう少し可愛げがあったんだがな?」
「可愛げってなんですか。そんなもの私に求めないでください。それにアレは貴方が勝手に降りてきて勝手に避けたんでしょう。ソレに感謝こそすれ責任を感じることなんてありません」
目の前の彼が言った言葉であの人のことが少し蘇ってしまった。だからだろうか、つい棘の多い言葉を吐いてしまう。
あの人のことを思い出すたびに胸が締め付けられるかのように苦しい。
手当てを終えて私はまた膝に顔を押し付けて蹲った。もう彼のことは忘れないといけないのに…彼には幸せになってほしいのに…。私は…自分の幸せも、求めてしまっている…。なんて…浅ましい女なんでしょうね…。
「じゃ。オレん家来いよ」
「…はい?」
はい??
「…お邪魔します」
「ああ」
…来てしまった。
「…汚いですね」
「ア?そうか?男の部屋なんてこんなモンだろ」
彼の部屋も元々こんな感じだったな…。と思いながら彼の後ろをついていく。
これから、私は彼に襲われるだろう。前世ですら捨てたことのなかったものを捨てることになってしまうが、きっと彼を諦めるためにはこれしかない。
手を伸ばせるところにあるから求めてしまう。お母さんのことも…きっと血のつながった家族だったから諦めることが出来なかった。
なら、私は手が伸ばせないほど深くまで堕ちてしまおう。そしたらきっと…私は彼を、本当の意味で…諦められる。
目の前の彼が私にキスをしてきた。薄寒い感覚と拒絶感が一気に襲ってくる。すると彼はそれに気がついたのかしばらくバードキスを続けてくる。本当に、慣れていると言う感じだ。
10分程経っただろうか…寒気のようなものも拒絶感もすっかりなり顰め。耳や首筋を愛撫され続けたことによって私の息はほんの少し荒くなり、頬から熱を発する。
それを見計らったように彼は舌を口の中に入れてきた。最初はゆっくり…舌と舌を合わせて混ぜるように動かされ、吸われた。その瞬間背筋に甘い痺れのような感覚が走った。私は思わず目をパチクリさせてしまうがその間にも彼の舌は私の口の中で動き続けていた。
「(舌…長い…)」
その舌が私の歯茎や歯をなぞってくる。これに関してはよくわからなかったがやられていたら良くなるのだろうか…?
私がディープキスに慣れてくると彼の蹂躙が始まった。私はただ目を白黒させながら彼の猛攻を堪えるしかない。
そして私は察したコレは女を堕とすためのものだと。息が思うように吸えずに頭が真っ白になり思わず彼の肩を弾き飛ばしてしまう。
しかし彼と私の体格は全然違う。私の力では合わせていた唇を話すことぐらいしかできなかった。
彼は私の顔を見て笑った…準備が整ったと言うばかりに。
私は今どんな顔をしているのだろうか。今は少し、自分の顔を見るのが怖くなった。
私は大きなベットまで運ばれて下された。そして全身を愛撫され、ジンワリと顔だけにあった熱が身体全体に広がっていく。
そして私は少し泣き出してしまった。拭っても拭ってもその溢れでる雫は止まることを知らない。早く止めなければ彼に迷惑をかけてしまう…頭では分かっているが心が泣き続けていた。
すると彼は私を起き上がらせて頭を撫で始めた。そして彼は二言だけ私に言った。『俺は泣いている女を抱く趣味はない』と言うことと『ここに
彼のどこか不器用な優しさにじんわり心が温かくなった気がした。逆行してから初めて感じた…人の温かさだった。
──こうして私は初めてを捨てた。
堕天使…主なる神の被造物でありながら、高慢や嫉妬がために神に反逆し、罰せられて天界を追放された天使、自由意志をもって堕落し、神から離反した天使である。
天使である彼女は、最愛の人と生きたいと言う傲慢がために神が創りし時の法則に反逆し、罰せられ、求めた幸せを奪われる。
天使は彼を忘れるため自らの意思で堕ちる。
だが、その先に幸せがあるのかどうかは………
──神すら知り得ない。
天使様8.5巻楽しみですか? 9/14発売予定。
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楽しみ!!!
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予約した!
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そんなに…
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9巻の方が見たかった!
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そもそも単行本持ってない…
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表紙の真昼可愛すぎだろ!