シャーレの先生となった貴方がハッピーエンドを迎えるためには 作:銃・病原菌・フェス
「お、バリケードできてるね。丁度いいしあれでテストしてみようか」
「テスト、ですか?」
「ほら、さっき言ったバフをかけるってやつ。ちょうどいいしスズミ、試しにやってみるからバリケード撃ってみてよ」
貴方はカードを使用してスズミを強化しようと試みます。生徒が強化されたか自体は把握できませんが、何か大切なものが抜け出たような感覚から大人のカードを使用できたことは間違いないようです。
「それでは、発砲します」
ダンと破裂するような音と共に、バリケードの一部が吹き飛びます。
「凄いですね。それほど力を込めてないのに、かなり威力が出ました」
「力を込めてないって?」
「弾に力を込めなかったんですよ」
「……もしかして、弾に力を込めると、銃弾の威力が上がるの?」
「そうです。キヴォトスの外では弾に力を込めないのですか?」
「そういうのはないかな」
新たな情報が出てきましたね。確かに「弾に力を込める」ことができるのであれば、生徒によって銃弾の威力が異なることを上手く説明できそうです。キヴォトスと外での大きな違いと言えば神秘の有無ですから、もしかしたら込める力というのは、神秘のことなのかもしれません。
貴方は一部の欠けたバリケードを見つめます。スズミはかなりの威力が出たと言いましたが、その言い方から察するに大人のカードによる強化がなくても不可能ではない威力なのでしょう。コンクリートと思しき素材が使用されているバリケードは貴方ではとても壊せるようなものではありません。貴方は銃についてはあまり詳しく知りませんが、以前の世界の銃を使ってもあのように破壊することはできないはずです。貴方はキヴォトスの人々が暴力において完全に貴方と格の違う存在であることを実感します。
「じゃあテストも済んだことだし、行こうか」
戦闘開始、といっても貴方には生徒のような戦闘能力も”先生”のような指揮能力もありませんから、少し後方で遮蔽物に隠れて生徒たちの戦う姿を見ることしかできません。
生徒たちに貴方の能力を説明した際、貴方は一つ嘘をつきました。いや、正確に言えば、重要なことを説明せず、意図的に誤解させるよう誘導しました。
貴方が大人のカードを用いて生徒の能力を強化したのは、先ほどバリケードを前にスズミに施したときが初めてです。当然、強化に関する詳細など知りません。つまり、戦場から離れて安全な場所で待機していても、生徒たちを強化できたかもしれないのです。
戦場において、貴方は邪魔者でしかありません。大人のカードだって本当に貴方を守ってくれるかはわかりません。もっと慎重に検証を行った方が、より確実に最適な手段を選ぶことができたでしょう。それでも、貴方にはこうしてわざわざ戦場に立つ理由がありました。
貴方の耳には絶えず銃声が響き、度重なる轟音に貴方は鼓膜に若干の痛みを覚えています。貴方を狙う生徒はいないようですが、ときどき流れ弾が貴方の方へ飛んでくるらしく、耳の近くで風切り音が聞こえます。大人のカードによって貴方の生が削れていく感覚がしますが、これは生徒たちを強化しているからでしょうか?それとも、貴方に当たるはずだった銃弾を避けたからなのでしょうか?貴方はこれまで普通の生活を送ってきたのであり、次の瞬間には命を失うような戦場とは全く無縁でした。理性の上ではきっと安全であることは理解していますが、本能的な恐怖に抗えるはずがありません。手足は震え、血の気を失った顔からは熱を出したときのような寒気を感じます。反対に胃の底の方は煮えるような熱さで、喉の辺りにぐっと力を込めなけば吐いてしまいそうです。
先生としてキヴォトスで問題を解決するにあたって、今回のような事態は何度でも起こるでしょう。むしろ、今回は予め何かが起こるかわかっていましたし、準備する時間も充分あったのですから、かなり易しい状況とさえ言えます。今の貴方が、もしも急に戦闘に巻き込まれたとき、問題解決のための方法を冷静に導き出すことができるでしょうか。生徒から信頼できる大人として頼ってもらえるでしょうか。
しかし、人は慣れることができる生き物です。まだ恐怖が薄れてきたとは言い難いですが、それでも周囲を確認するくらいの余裕は出てきました。
「先生!強化が強すぎます!今相手が吹っ飛んでいきましたよ!?」
無意識に身体に力が入っていたのかもしれません。そもそも身体に力が入っていたからといって強化が強くなるのはおかしい気もしますが、実際にそうなっているのですから、考えても無駄でしょう。貴方は感覚を調整して、強化をもう少し弱めるように試みます。
「ごめん!もうちょっと弱める!」
「そのくらいです!」
ユウカの反応から見るに成功したようですね。調整に集中することで若干ですが恐怖がマシになった気がします。
貴方は一度深呼吸をしてから、戦場を眺めます。銃を用いた戦闘に関する知識を全く持たない貴方はどこに注目すればいいのかさえわかりませんが、それでも何か学びを得るために特徴的な部分を見つけ出そうとします。
ユウカは前の方に、スズミは少し後ろに、ハスミとチナツはさらに後ろの方に位置しているようですね。使用する武器の射程が違うからなのでしょうか。チナツが注射器を使うと他の生徒たちの傷が治っているようですが、実際に薬剤を注入している訳ではないようですし、全く理屈がわかりません。これもまた神秘の為せる業なのでしょうか。
彼女たちもキヴォトスに生きる生徒なのですから戦術的なセオリーに従って行動しているはずですが、貴方には生徒たちの行動のパターンが全くわかりません。貴方がかつて運動が苦手だったのであれば、中学生のときの体育の授業を思い出しているかもしれませんね。
とはいえ、貴方には先生の目と脳があるのですから、戦術指揮官としての才能がない訳ではないでしょう。暴力渦巻くキヴォトスで生きる以上、使える力は少しでも使えるようにしておきたいところです。後から書籍やBDで戦術的な知識を学ぶとしても、実際に現場を見ておくのとそうではないのとでは学習の効率が違うでしょう。そう考える貴方はできる限り戦場を観察しておきます。
「よし!建物の入口に到着!……うん?この音は……」
貴方がキョロキョロとしている内に4人の生徒たちは不良たちをなぎ倒し、いよいよシャーレのビル前まで辿り着くことができましたが、そこには一台の戦車が待ち受けていました。低く唸るエンジン音は貴方の胸にまで響き、その巨大さを物語っています。
「クルセイダー1型……!暫く撃てば壊せるでしょうが、面倒ですね……」
貴方にはとても小銃で壊せるようには思えませんが、これもまた神秘の為せる業なのでしょうね。
ここで貴方はとあるアイデアを思いつきます。きっとこのまま何もせずとも生徒たちは戦車に打ち勝ち、不良たちとの戦闘に終止符を打ってくれることでしょう。しかし、ここまで苦しい思いをしてきたのですから、最後に少しくらいご褒美が欲しいところです。
「ハスミ、戦車に向かって思い切り力を込めて撃てる?」
「可能ですが……一体何を?」
「やってもらえればわかると思うから、お願い」
ハスミはまだ納得の言っていない様子ですが、力を込めて撃つ程度であれば特に重大なことにはならないと踏んだのでしょう。銃を構えて集中し始めます。
貴方はハスミが銃弾を発射するタイミングに併せて、大人のカードによる強化を一段階引き上げます。膨大な神秘の込められたハスミの銃弾は赤と黒の螺旋の軌跡を描きながら即座に戦車へと着弾します。その結果引き起こされた戦車の爆発は迫力満点で、勝ち鬨に代わる花火としては上々のものでしょう。
最後の頼みの綱であった戦車を失った不良たちは、蜘蛛の子を散らすように退却していきます。おめでとうございます!貴方は無事最初の試練を乗り越えることができました!
「先生、ああいったことを急にされると危険です。せめて事前に何をするつもりなのか説明してください」
「……すみませんでした」
もっとも、貴方の軽はずみな行動はハスミに注意されてしまいましたが、これくらいならご愛嬌でしょう。
4人の生徒たちに戦闘に協力してくれたことへの感謝と機密保持のためにまだシャーレには立ち入れない旨を伝えた後、貴方はシャーレのビルに入ります。
シャーレの地下室へ辿り着くと、石板のようなものが浮かぶ装置を眺めているワカモがいました。
「うーん……これが一体何なのか、まったくわかりませんね。これでは壊そうにも……」
「それはクラフトチェンバーと言って、素材を投入すると道具を作ってくれる装置だね」
「……あら、こんにちは」
貴方の姿を見かけてもワカモは取り乱す様子を見せません。それどころか急に現れた不審な人物である貴方に警戒しているようです。なぜワカモは貴方に一目惚れして一目散に逃げて行かないのでしょうか。いえ、一見不思議に見えますが、これは当然なことですね。なぜなら貴方は”先生”ではないのですから、ワカモも”先生”でない貴方を好きになるはずがありません。貴方に好意を持たないワカモとシャーレの地下で二人きり、貴方はどうすべきでしょうか。
ワカモが先生のことを好きにならなかった場合について考えると本当に興奮してしまいます!