シャーレの先生となった貴方がハッピーエンドを迎えるためには 作:銃・病原菌・フェス
貴方はワカモという女の子について、いくつかのことを知っています。
まず、非常に優れた能力を持っているということ。戦闘能力は勿論のこと、バレンタインのイベントストーリーでは矯正局から何度も逃走しつつ、不良生徒たちの協力のもとヴァルキューレと何人かの生徒たちを見事欺いて目的を達成しており、扇動能力や頭脳においても優秀であることがわかります。
しかしその一方、情緒的には成熟していないように見えます。意中の人である先生が近づいてきたら逃げる。先生が望んでいないことを気づかずに暴力行為を働き、叱られて泣きだす。まるで子供のようです。親しい友人もいなさそうですし、1人で大抵のことはできることも相まって他者と深く関わることもほとんどないのかもしれません。
とはいえ、目標達成のために冷静に行動することはできるでしょうし、好き勝手暴れて本人は楽しく生きてるのかもしれませんけどね。後ろ暗い場所で生きていくなら案外今のままが一番良さそうに見えます。しかしこのままではきっとシャーレと衝突することになって、貴方が矯正局へと叩き込むことになるでしょう。そして矯正局で彼女が幸せに暮らせるとは到底思えません。
「提案があるんだけどさ」
「もしかして命乞いでしょうか?大人しくシッテムの箱を渡してくださるのであれば傷つけるつもりはありませんので、ご安心くださいな」
「そうじゃなくて……」
貴方がどう説得しようかと悩んでいるとき、扉の開く音が聞こえてきました。原作通りの展開なのですから当然予想できて然るべきことですが、ワカモの対応に夢中になっていた貴方の頭からはすっかり抜け落ちていたかもしれません。貴方たちがシャーレのビルの奪還に成功したのであれば、当然すぐにリンが地下へとやってきますよね。
「お待たせしまし……ッ!!」
想定外の状況にリンは一瞬硬直しますが、ワカモにとってはこれ以上ないほどの好機です。憎き連邦生徒会の幹部へと銃口を向け、
「……?」
銃弾を発射したのですが、至近距離にもかかわらずリンには当たりません。続けて数発撃ちますが、またもや弾は逸れていきます。
「ダメですよワカモさん!私の前でそんなことはさせません!」
勿論貴方の計算通り……ではなく完全にアロナに助けられましたね。まだアロナにシッテムバリア(仮称)を使ってなんてお願いしてませんし、リンのことなんて完全に忘れてましたし、もう心臓バックバクです。
「……これもシッテムの箱の機能ですか?」
「そうみたいだね。アロナのおかげで助かったよ。ありがとう」
「へへん、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「……これはどういった状況ですか?」
シャーレを無事奪還したと聞いていたのに、いきなりワカモに発砲されたかと思えばいつの間にか起動されているシッテムの箱に守られて、流石の連邦生徒会主席行政官も困惑を隠せません。簡潔かつ丁寧に状況を説明してあげましょう。
「ワカモちゃんと楽しくおしゃべりしてたところだね」
「誰がワカモちゃんですか」
リンはなんだか呆れてますし、ワカモももはや目標達成は難しいことを悟り若干不機嫌そうです。現実とは上手く行かないものですね。しかしまだ項垂れる暇はありません。ワカモが逃げ出す前に話をつけておきましょう。
「話を戻すけど、さっき提案があるって言ったでしょ?ワカモにシャーレの部員にならないかって誘おうとしたんだけど、どうかな」
「シャーレはキヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを、制限なく加入させることが可能、なんだよね、リン?」
「その通りです。しかしいきなり凶悪犯罪を犯して矯正局に収容された後、脱獄した生徒を部員とするのは、リスクが高いかと」
「たしかに政治的には悪手なんだろうけど、政治だけでは解決できない問題を解決することが先生の仕事の1つだからね」
「……そうですか。元より私に止める権限はありません。先生が正しいと思ったことをなさってください」
「そうさせてもらうね。それでワカモ、シャーレに入ってくれないかな?」
「ご遠慮させていただきます。そのようにする理由がありませんので」
声色からはいまいち感情を読み取れません。今仮面の下ではどのような表情をしているでしょうか。手ごたえはありませんが、それでも貴方は説得を続けます。
「あると思うけどな。ワカモだってお金が必要でしょ?業務に協力してくれるならお給料だって出すし、犯罪を隠蔽とかまではできないしやらないけど多少の後ろ盾くらいにならなれる」
「そこまでするメリットが貴方にはあるのですか?」
「これからシャーレとして活動するにあたって優秀なワカモの力を借りられたら助かる場面はいくらでも出てくるはずだよ。色々やりたいことはあるし、それから……そうだな、連邦生徒会への嫌がらせにもちょうどいいかも」
「は?」
ワカモが驚いた様子を見せます。一矢報いた気がして気分のいい貴方は、虚実を織り交ぜながら話を続けます。
「私だっていつの間にかキヴォトスに連れてこられて、先生やることになって、銃撃戦に参加させられて、やめるつもりはないけど不満くらいはある。多分ワカモがシャーレに入ったらちょっと捕まえにくくなるだろうし、連邦生徒会も嫌なんじゃないかな」
「つまり、貴方は自分の目的のために私を利用したい、ということですか?」
「win-winの関係を築きたいってことだね」
「部員になりたいかはともかく、まずモモトークの交換しようよ。確かシッテムの箱にはもうインストールされてたし……うわ、アカウント登録も済んでるんだ。えっと、IDは────で……」
「……そろそろお暇させていただきますね。失礼いたしました。」
「えっ、もう行っちゃうの。じゃあね」
ワカモが去り、シャーレの地下には貴方とリンの2人きりになってしまいました。
「それで結局、何がしたかったのですか?」
「言ったでしょ。リンちゃんを困らせたかったんだよね」
「……生徒を適切な呼称で呼ぶのも先生の仕事の一つでは?」
「じゃあもっと仲良くなってからってことね」
「それはともかく、先ほどの話しぶりは酷かったですよ。ワカモさんの力になりたいという先生の考えが透けて見えるようでした。まだキヴォトスに来たばかりでシャーレとして何をすればよいかも存じていらっしゃらないでしょうが、ワカモさんの助けを借りずとも充分活動できると思いますよ」
「いや、ワカモに助けてもらえると嬉しいのは本当なんだけど……ともかく、私は先生として為すべきことをしようとしただけ」
「なるほど。核心的なことを抽象的な物言いでぼやかすのはやめた方がよろしいですよ」
「忠言ありがとう。お互いズカズカとものを言えるほどリンちゃんと仲良くなれて嬉しいよ」
「……はぁ。サンクトゥムタワーの制御権を回復していただけますか?」
「無視!?酷い!」
サンクトゥムタワーの制御権の回復自体はアロナにお願いするだけの簡単なお仕事です。突然現れた見知らぬ男にキヴォトスの支配権を獲得させるなんて正気の沙汰とは思えませんが、連邦生徒会長に指名されたと聞いたくらいでここまで信頼してよいのでしょうか。あまり身内を疑うのは得意ではないのかもしれません。
「アロナ、お願いできる?」
「お任せください!ちょっと待ってくださいね」
暫くすると照明が点くと同時に機械の起動音がシャーレの地下に響きました。ワクワクする演出ですね。
「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……」
「先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました」
「ありがとうアロナ。制御権を連邦生徒会に譲渡してもらえる?」
「わかりました。……でも、よろしいのですか?」
「大丈夫!」
「元気のいいお返事ですね……改めてわかりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
アロナとのおしゃべりを終えてシャーレの地下の方へと意識を戻すと、リンは携帯端末を操作した後にしまっているところでした。連邦生徒会へ確認するために電話していたのでしょう。
「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められます」
「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。」
「どういたしまして。先生として為すべきことをやったまでだけどね。」
こうして貴方は無事にサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すことができました。この後リンからシャーレのオフィスへと案内されて説明を受けますが、特に問題が起こるわけでも重要なことが提示されるわけでもなく、つまり語るには値しないでしょう。物語はここで一度閉幕となります。
しかしこれはプロローグにすぎません。これから貴方はより複雑で、より困難な試練に直面することになります。貴方には特別な能力はありません。貴方は”先生”のように戦闘を指揮して生徒たちを勝利に導くことも、不屈の精神を発揮して奇跡を起こすこともできないでしょう。それでも、何もできない訳ではありません。
貴方はシッテムの箱に通知が来ていることに気がつきます。画面を点けると、モモトークの登録ユーザーが1人増えていることがわかりました。
貴方は”先生”のようにワカモを教え導くことはできません。貴方と”先生”の外見は変わらないと思われますから、ワカモは”先生”の内面を好きになったのでしょう。生徒のことを何よりも優先し、絶対に信頼を裏切ろうとしない特異な精神性を感じ取ったのかもしれません。何はともあれ、ワカモが貴方に一目惚れしなかった以上、”先生”のようにワカモを諭しても無意味でしょう。それでも、そんなことは重要ではありません。絶対に信頼できる大人にはなれなくても、それなりに信頼できる大人くらいにはなれるかもしれません。いきなり好意を持たれなくても、少しずつ交流を深めていけば友好関係くらいは築けるかもしれません。今はまだ成功したとは言えませんが、成功へと一歩近づけたくらいのことは言ってもいいんじゃないでしょうか。奇跡を起こす必要はありません。貴方は貴方なりのやり方で、一歩一歩前に進んでいくことができます。そしてそれこそが、シャーレの先生となった貴方がハッピーエンドを迎えるための方法なのです。