情報過多の荷物持ちさん、追放される   作:エム・エタール⁂

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116話

 

 お互いに剣を構える。

 道化師の手に握られたるは、何度見ても普通の剣だ。おかしな細工など見当たらない。

 だけどそれを、手元を隠すように構えて、

 

「ではっ!」

「っ、今度はなに、」

 

 居合、遠いところから、

 あれはそう、鎌鼬! 刀を振るってその鋭さを届ける——

 

「しっ!!」

「おっと、」

 

 風に乗って斬撃が飛んで来る、

 事前に把握していたから防げたが、もし距離があるからと楽観視していたら簡単に体が裂けていただろう。

 

 とはいえ大仰で劇的な構え、そう注視しなくても次の動きを読むことは簡単だろうが、

 

 いや違う。

 

「ふふ。ではこんなのはどうでしょうか、」

「剣、引いて、突きの構え、槍——、」

 

 ビユッンッ——‼︎

 予想した通りに、明らかに元の射程を超えて長槍と化した剣だったものが迫る。

 

 逸らした横を突き抜けて、相手の視線を垣間見れば、次の狙いも丸わかり。

 大袈裟にわかりやすく殺気を乗せて、次も次も次もいっそ同時に複数の線が、手元の槍、いや小さな剣から放たれる。

 

「これも駄目ですか。ではもっと発想を上げましょう!」

 

 ガクンッと、急にエウスの動きが重くなる。

 先程まで軽々と振り回していたはずの槍、だから剣が! 急に重い鉄塊にでもなったかの様にズルリと振り上げて、

 

 いやあれはただの鉄塊じゃない。

 大袈裟で、大雑把で、それでいて何よりもわかりやすい。分厚い大剣、

 あまりの重さに引っ張られながらも、確かに力を込めてそれを叩きつけ——

 

「だから! 普通の剣だってのに!!」

 

 ガキンッ!!

 明らかに軽い剣同士をぶつけたのとは違う音がなり、体に負荷がかかる。

 重い、力強い鉄塊による攻撃は、確実にこちらを押し潰さんと、

 

「っ。そこ!」

「おっと、流石に力任せ過ぎましたか、」

 

 でもただ強いだけの乱雑な力なら、対処は簡単だ。

 スルリと滑らせ、地面へ流す。

 

 あれだけの自分が振り回されるほどの力だ、受け流されて地を叩けば腕への負担も大きいだろう。

 だけども予想通り、その鉄塊は地面を抉らずヌルリと元の剣に戻り、軽々しく姿勢を立て直す。

 

 あ、しまった、そのまま大剣のままにしておけばよかった。いやでもあんなの近くで爆発されたら、こっちにも被害が来るか。しょうがない、

 

「・・・・・・んー、でもその場合は、自分の意思で戻せるのか?」

「おやおや、どうでしょう、」

 

 いつも通りの上品な笑顔でニヤつきながら、余裕と必死さを演出する道化師。

 そのタネはわかってきた、わからされた。

 なるほどこれは、とてもらしくて嫌らしい、

 

「では今度は、おっとっとっと、」

 

 フラフラと、剣を後ろに振りかぶって体を揺らす。

 まるで急に剣がとても長くなって、バランスが取れなくなったかの様に、

 そしてその先に、もはや剣とも呼べない長い長い鋭い竿を幻視して、いや実際見えてしまう!

 

「そーーれ!!」

 

 ——グワシンッ!

 しなった長い鉄竿に叩かれて、体勢が崩れる、

 そしてそんなものを防がれて、もっと大変な事になってるはずの奇術師は、クルクルとその長さの剣ではあり得ない回転、小さな剣に戻してその場で回る。

 

 相手の手はわかる、わかればわかるほどドツボにハマる。なるほどなんというか、狡いな。

 あれがさっきからやってくる摩訶不思議な演劇、それは端的に言えば、

 

「パントマイム、それだけでここまで、」

「ふふ、称賛の言葉は、ありがたくお受け取りしますよ」

 

 幻視する。

 そこに無いものをある様に見せかけ演技する、

 このピエロの王が、先程までやっていたのはその単純な演出。

 

 それをこっちまで本当に体勢が崩れてしまうほどのリアリティで。あまりにも精密に、あまりにも大袈裟に、あまりにも本気に、

 魔法ですら無い技術だけで、これだけの現象を、いったいどれだけの研鑽を積めばこんなことを・・・・・・、

 

「いや、そんな、」

「お気に召しましたか? ではもっとお見せしましょう、」

 

 今度はエウスが体から剣を遠ざける。

 わたわたと、突然熱く燃えたそれを体から離すように、

 

 いや違う、物体が急に燃えだすなんて、それこそ魔法でも使わないとありえないはずだ、

 でもそんな兆候は感じ取れなかった、僕の視覚以外の感覚で確信できる。

 

 なのに、その信頼を置いているそれが、

 目を逸らしたってあの手に持たれた炎が、確かな熱と力を持っていると言って聞かない、、

 理性で考えてさえ、あんなものが急に現れて、でも確かにそれを持ったエウスは熱がっているしと、それを肯定してしまう。

 

「うわーっと、」

「っ、やっぱり熱い、くぅっ!?」

 

 なんだこれ、パントマイム、だけじゃ説明がつかない。

 もし全力で自己暗示をかけてこれを触っても、元の予想通りに火傷をしてしまいそう。

 

 思い当たるものがある、確か人間は目隠しされた状態で熱いと思ったものに触れると、それが実際にどうであれ火傷をしてしまうことがあると。

 プラシーボ、だったか? この状況に当てはまるかは知らないが、

 それのとびきり強力な・・・・・・、

 

「いや、違う!」

「おっと、あちち、危ないですよ?」

 

 理解をすればするほど、タネを解けば解く程、ありえないはずなのに、

 もしかしてそれが、本当に起きてしまうのでは無いかと錯覚させられる。

 

 思考誘導、ミスディレクション、

 わかっていても集中すればするほど、手玉に取られて術中に落ち入る。

 疑心を逆手に取った反催眠術、自信に裏打ちされた集団心理の個人的先導者、目立つインフルエンサーの異常性バイアス、

 そのどれでもあってどれでも無い、コロコロと手が変わって、分析すればするほどまた新たな火種を植え付けられる。

 

 もしかして最初の数回の斬撃はタネがあったのか、それとも最初に演劇を見た時点で術中にはまっていたのか、それすら思考の誘導で、未だこれには物理的なトリックがありただの手品の延長線上なのか。

 エウスならどれでもあり得る、そう思った時点で現実となる。

 その全てが可能性として存在し、それが増えれば増えるほどその全てに対処しないと否定することが出来なくなる。

 

 そしてそれは一つにまとめられ、一幕の劇場に、

 

「・・・・・・なるほど。これは、僕は理想的な観客だったらしいね、」

「ええ、とっても。」

 

 振りかざす炎、気づけば町まで燃えていた。

 幻想だと理解しても、もはや僕には実害のある幻影だというふうに、受け入れてしまった。

 

 一度つけてしまった認識は、そう簡単には覆らない。

 例えば僕は他人の体内に直接酸素を送り込んで、その人の呼吸を必要なくさせることができるが、

 じゃあそいつはそう説明されたって、今までずっと無意識にだってしてきた呼吸動作を完全に止める事なんてできるのか。

 

 同じだ、赤は赤い、それ以外では説明がつかない。

 この演劇の脅威は脅威である。今更変更することはできない。

 この攻撃に対処する対処法は、初めから無関心でいることであった。一度でも探ってそこに仕掛けがあると受け入れてしまった時点で、そこに仕掛けが生まれてしまう。

 

 もはや、覆すことは不可能。

 

「・・・・・・・・・・・・いや、でも、」

「ははは、熱くなってきましたねえ!」

 

 ジリジリと、肌が焦げていくのを感じる。

 このまま対処しなくては、焼け死んでしまうだろう。

 

 しかし、もはや剣技でも無いな、なんだこれ。

 僕だからここまで動きを予想して付き合えたが、普通こんなに現実的に脅威を予測できないだろう。

 いま僕は、無駄に相手の妄想にそって、炎の燃え広がり方から被害の受け方まで計算してしまっている、

 

 改めて周囲を見渡して、惚れ惚れするほどに物理法則に沿った現実的な燃え広がり方だ。

 普通ここまで炎の広がり方など気にしない、普段から周囲の情報計測している僕だからこそ、ここまで精密になってしまったのだろう。

 つまりこれは、常に理性的な思考で動いている僕にとって、

 

「うん、熱いね。」

「ふふふ、」

「でも石造の道の、開けた場所だから、大して燃えるものはない」

「ええ、そうですね」

 

 そうだ、大袈裟に、どれだけ熱がってみせようが、目の前のエウスが燃えてない時点で大した温度じゃない。

 先程の、その前の攻撃もそう。どれだけ大袈裟に力強く剣を構えようが、僕と大して体格差のないエウスに扱える時点で、底は見えている。

 もし仮にこれが、エウスに対して余分な警戒を抱いて、必要以上にその虚像を大きなものにしていれば、物理現象を無視してその脅威はもっと際限なく広がっていただろう。

 

 そうだ、なにも不利な事ばかりじゃない。

 確かに僕は周囲の空間把握してしまうせいで、エウスの僅かな予備動作からでも次の攻撃を幻視して、本来予測できない脅威も描き出してしまうが、

 逆に言えば僕の想像を超えた大いなる脅威を、エウスは現出させることができない。

 

「だから、いつも自信満々に大仰な動きしてたんでしょ?」

「いえいえ、これが嘘偽りのない、ワタシそのものですよ、」

「そう。まあいいや、『整理』」

 

 軽い調子で、余計な警戒はいらない。

 エウスはこちらの認識を利用する都合上、不意打ちのような意識外からの攻撃はできないのだから。

 

 架空の、僕だけに見えている炎を『収納』する。

 恐らくエウスにすら、この正しく物理的に広がった存在しない炎の全貌はわかっていない。

 でも僕にだけは、意識する必要すらなく、見えているものが全てだと把握できる。

 故に対処は簡単だ。

 

「——だから、まだ、」

「おや、今のは、」

「ん、見えたの?」

「いえ、涼しそうになりましたから」

 

 架空の炎、空間内にしまっても、そこにはただ無があるだけ。

 でもまあいい、そういうものだと納得してやろう。

 理性で後から観測しても、それは幻影でしかないが、見ている時はたしかに本物。

 素粒子みたいなもんだ、いや違うか?

 

「でもこれで、わかったでしょ? 僕を純粋な物理現象で倒したいなら、まあブラックホールとかビックバンでも持ってきなよ」

「あはは、それワタシも死ぬじゃないですか、」

 

 そだね。まあ僕は小型のくらいならどうにかなると思うけど。

 ともかくいいや、無理に抗わない、それが最善だろう。

 幻想パントマイム破けたり! って、なんかちゃんとした技名欲しいな、いや技名つけたら余計強くなっちゃうか。

 

 ・・・・・・まあ、ともかくこれで、強引に無効化する必要は無くなったな。

 

 

 実はこの技、絶対的な回避方法が一つあった。

 それは、心を無にする事。感受性がない目の前の相手を殺すだけの機械になれば、そもそも想像も予測もはっきされない。

 まあ普通意識してできるものじゃないけど、それこそ意思を持たない自動で動く魔道具とかでもないと。

 

 僕の場合は、

 でも流石に君のために戦ってる時にそれやるのは、どうかと思うしね。

 

 

「それじゃあ、」

「では次、です。」

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