IS インフィニット・ストラトス 3番目の兵器と呼ばれた少女   作:DON-KAME

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第6話 冗談だって言ってくれ

「FCSクリア、ジェネレーター駆動率は正常、スキャナー感度も良好。もういいだろ」

「まだ3割も終わってないわよ。ほら次、脚部バランサーのテスト」

セシリアの試合が始まって5分が過ぎ、ストレスが順調に私の中に生み出されていく。

いきなり呼び出しを喰らったと思えばラウマコーポレーションから送られてきたアップデートキットのチェックをしろとのことお達しだ。

とっくの昔に腕部と胸部のオートアーマーパージパーツのチェックから神経伝達回路のコンヴァートスピードのチェックまでやったっていうのにこれで終わる様子はない。

そりゃほんの数パーセントでも性能が向上するなら嬉しいんだけどよ、何事もタイミングってやつがあるだろこういうのってさ。

なんて文句の語句を並べつつ順調に蓄積していくストレスをため息と一緒に吐き出そうとする。

けれども不快感だけは虚しく残り、鼻腔をISの整備棟を満たすオイルの薫りを通り抜けていくだけに過ぎない。

「あたしだって急に呼び出し喰らったんだから文句言わないの。ええと」

「エヴァレンス」

「エヴァでいいかしら」

「気安く呼ぶほどお互いを知らないと思うんですがね」

「怒らない怒らない。別にいいじゃないの」

そうわざとらしくおどけながら空中に投影されている5つのデータに視線を這わせていくのはフィンランド人のコルホネンとかなんとかっていう名前の3年生。名前は正直面倒だからフィンと私は呼ぶ事にしている。

いかにも北欧人らしい訛りにいかにも北欧人らしい色素の薄いプラチナに見えなくもないヘアー。

事ある度に魔法瓶からコーヒーをマグカップに半分ほど注いでは一気に飲み干し、また作業をする。中身を一杯だけ飲ませてもらったものの泥水みたいなもんだから飲む気が起きないそれ。あんなもの飲んでいるっていうのに肌は本当に白い。稼働ロックを再チェック。

「はい、左の12番脚部スラスターの出力を上げていくわ。まず初期出力は15パーセントから10秒おきに15パーセント上昇のペースでやっているのだけど」

「オーライ」

今回のアップデートは総合演算処理において1.3パーセントのエネルギー負担軽減に成功したもの。

正直なところ演算処理の効率に関してはもう十分な領域に達しているから後回しにしてもいいんだがスペックが上がって損はしないしこの先開発されるであろう新武装に備えても必要であることに違いない。

ひょっとしたら衛星軌道上のデブリ掃討装置だってISとステーションとの連結無しで使えるときがくるのかもしれない。

デブリの森から目障りな宇宙ステーションとかISもまとめて蒸発できるし、地表に向けて使えば基地の一つや二つ地下シェルターまで丸焼きにできちまう。神々しさをも思わせるこれからの戦争を考えるとぞっとする。

「ため息やめてちょうだい」

「だったらちゃちゃっと終わらせて欲しいんだ。というかあとどれくらいで終わりそうなんだ」

「んーそうね夕食まではかかるかも」

「冗談だって言ってくれ」

「残念だけどそれはハードのチェックよ。残っているのはソフトのチェック。あとは駆動制御ソフトウェアの書き換えアプリのインストールと火器管制ソフトウェアのアップデートと新兵装のデータインストールとそれのコンバージョンソフトのインストール。おまけにそれぞれの制御プログラムがダイレクトに接続されているおかげでそれが終わったら全プログラムの再起動とスキャニング、テスト、あと全部終わってもあんたと私のサイン入りのレポートがいるんだから」

「面倒だ」

思わず笑ってしまうと一瞬目線をこちらにやったフィンランド人は乾いた笑みを浮かべては鼻で笑う。

「同感よ。やってられないわまったく。もうちょっとこっちの都合を考えて欲しいものね。16枚分の技術理念授業のレポートが残っているのよ、信じられる?」

「どうせならピザのデリバリーでも頼みたいね。ラージサイズコークとポテトサラダもセットにして、クーポンももらえるだろうよ」

「悪くないけど太りそうだからパスね。うん、メインブースターは異常なし。次は13番よ。何か変な感じとかない?」

やけくそ気味に冗談を飛ばし終えると言われた通りモニターを覗いてみる。演算処理バックアップを中心とした通信回路のデータ通信のモニタリング画面が映し出されていた。

蛆虫のように蠢くグラフとその数値の変化を大人しく見つめても特に何も問題はないようにも見える。残るシステムが順番にテストされていく中グラフが映し出されていく。

この調子なら一つあたりチェックを含めて45秒はかかるこのふざけたテストを私はしなくちゃならないおかげで当然ルームメイトの”決闘”は見れそうにない。

「今のところ問題はないわ。神経伝達信号の変換ラグは許容された範囲内だし、この調子なら何事もなく終わりそうね」

「だとしたらピザはお預けってことか。最高、本当」

無音の整備棟を彩るのは私たちの声と機材の駆動音。対してこのIS、その気になればこのフィンランド人を誰かわからなくなるまで壊すことができるラプターⅡは命令を待つ放牧犬よろしく照明を鈍く反射するばかり。

薄暗い空間をディスプレイの輝きが柔らかく照らし出す。緊張感がなく、泣きたくなるような作業を淡々と進行する静かな空間。淡々と流れる時間に私は思考を渡しそうになる。

けれども20分経つころには会話らしい会話もなくなり、30分、45分と終盤に近づけばそれはもう会話ではなく、次の作業へのスイッチと化し、思考の幅を狭されていく。考えていたことといえば一刻も早く終わらせて自由な時間を得るはずだったのに気がつけば作業を終わらせることそのものが目的となっては固定化させ作業効率を低下させメンタルの低下を引き起こす。

まだ終わらない、まだまだ先だ、これが終わってもまだ半分以上残っている、頼むから早く終わってくれ。そんな義務の放棄を望む声が次第に大きくなっていく。

「ここは使用中だから、第3ブロックを使ってちょうだい」

集中が切れそうなそのとき突然フィンが声を出す。声の大きさからして私に大してじゃないのは確かだ。

入り口方面に対して意識を集中すると眼鏡をかけた東洋人が戸惑った様子で突っ立っている。第一印象からして誰にでもフレンドリーという印象はない。正直私からしたら面倒なタイプのやつ。

「でも、わ、ここは私が予約して」

「ごめんなさい、聞こえないからもう一度言ってくれるかしら」

「私、予約したんです」

明らかに苛立った様子でフィンが声を抑える。モニタリングしていた時とは大違いだ。

そうか、思い出した。ありゃ生徒会長の妹だ。関わると本当に面倒なことになる。そりゃいらない任務がハグしにやってくるくらいに。

「他の生徒が作業中のときの部外者は原則立ち入り禁止のはずよ。あと20分くらいで終わるからそのときにでもまた来てちょうだい」

フィンなりの優しさなのか、余計な一言を添えて東洋人を追い払う。

何かを言いかけた東洋人は結局小さな声でわかりましたと言うと私たちに背中を向けて厚さ25センチはあるであろう防壁から出て行ってしまった。

「20分で終わるとか、なに言ってんだよ。終わるわけねえだろ」

「ちょっと仕事をパッパとやってくれるプログラム組んじゃえばいいのよ」

「止めろよそういうの。しくったら減俸だってわかってんのか」

「ただのユニークなアルゴリズムパターンの構築をするだけだから大丈夫よ。それに自作したプログラムによる報告書の記入を行ってはならないなんて言われてないし」

「だけどよ」

「もし馬鹿正直にやっていたら22時までかかるかもしれないって言っても真面目にやるのエヴァ」

そう言うなり、というよりは話の途中から既にプログラムの構築を始めるフィン。その顔はイカサマを思いついたギャンブラーそのもの、まさに私の知り合いにいる大バカと同じ顔。

もう何もしなくてもいいのだろうと判断して学園内のISコアの位置情報を確認。セシリアはシャワールーム、オリムラは決闘を行ったであろうアリーナの管制室にいることをぼんやりと確認してはとりあえずはセシリアの勝利なんだろうと考える。

きっと部屋でたくさん話を聞かせてくれるに違いない。下から上へと流れる記号の羅列。とりあえず私はラプターのそばまで椅子を引きずってそこに座る。読みかけていた核戦争の後を生きる人々を描いたSF小説を読み進めることにした。

 

 

 

 

 

未だに冬の名残を感じさせる肌寒さの中白く吐いた息を眺めては記憶にこびり付く程の生臭さを忘れようと彼は潰れた煙草の箱を取り出す。

既に禁煙は4回に渡って挑戦してきたものの既に諦めている。ついこの間までは寿命や健康よりもタバコの高価格による出費から再び禁煙を試みてはいたのだが今回ばかりは吸わなければ気が保たないと判断しての行動であった。

目をつむれば浮かぶかつて脳の指示に従って動いていたであろう人体の一部、細切れにされた人体そのものが散乱する部屋の光景が目に浮かぶ。

腐乱死体を含む様々な現場を経験してきたであろう上司でさえ口をへの字に曲げていたのだ。使用された凶器は刃物や工具と手広く使用されており、どの被害者にも死を迎えるその時まで苦痛を与えられていたという憶測が一目でできた程。

切り落とされた手首、指先に打ち付けられた釘、爪ごと潰された指、水ぶくれの残る焦げ後、いくつも小さな風穴が開いた指のない手。

五体を失った胴体に残る這うような火傷痕とぱっくりと割れて中身を覗かせる肌ーーー体中に巻かれた発火性の紐のようなものに火をつけられたんだろうと彼は聞いていた。何よりもこれから先、彼の心に残るであろう光景、扉を開いた来訪者を迎えるように並べられた被害者の首。体が震える。気を紛らわせるために頭を振る。

現場検証は既に行われておりそんな中で上司から与えられた休憩時間は残り10分。残り4本かと憂いつつポケットを弄るも肝心のライターなかなか見つからない。祈るように内ポケットに手を差し込もうとすると差し出されるマッチが視界に入る。本能的に火を守りつつ咥えた煙草を突き出しては火をつけ、煙を肺に吸い込むのと上司がマッチの火を振るのは同時だった。

ニコチンの摂取に脳が歓喜の声を上げるも上司からの煙草の請求に思わず煙草をくわえた口をへの字にしてしまう。慌てて表情を正そうとするも意地悪く笑う上司の顔を認め大人しく彼は1本飛び出した箱を差し出す。残り3本。

「大丈夫だお前だけじゃない。よっぽど運の悪くない限り今回みたいなのはもう見ないさ」

「高華組の奴らですかね」

「あいつらはここまでやらない。海渡ってきた来たやつらどうしでやり合ったかもな」

名残惜しそうに携帯灰皿へ灰を落とす。被害者は以前からマークされていた外国人。それが最近目立った動きを見せなくなったと思えば決して忘れられないであろう形でこの世からいなくなった。

このまま順調に事が運べばある程度の出世を望む事ができる。そもそもこの町では自分たちの出番は少ないのだから下手に動き回りさえしなければ安泰のはずなのだ。なにせIS学園という金食らいが存在する以上面倒事は自動的に消滅してしまうのだ。

治安も潤沢な予算のおかげで想定の範囲内にとどめられている。重武装のテロリストが現れたとしても今日のように民間の治安維持を担う武装会社により重大な被害が出る前に解決されてしまう。市民団体からの矛先も大抵は彼らに向けられ自分たちは肩身の狭い想いをせずに済む。それどころか市民と共に彼らを責める事さえ許されてしまう。

マッチのカスを携帯皿で受け取りそのまま左の内ポケットへ仕舞う。

白い息に煙草の香りが混じっていることを嗅ぎ取り、家に帰るまでにはごまかさなければならないと思いつつ近隣への聞き込みのため上司と並び歩みを進める。きっと今回もどうにかなると彼は己を納得させる。

新聞から批判されていたあの学園への武力事業を請け負う民間企業による試験的人員配備の実施も、芸能人の性差別発言スキャンダルも特別気にすることもない。来年の今頃も自分と妻は今日のように安心して暮らしているのだろうかという疑問をも彼は煙草の後味とともに吐き出す。

「また煙草が増税で値上げだってよ」

「まじすか」

「今のうちに味わっとこうや。ほんっとうに煙草飲みの俺たちはどこまで落ちればいいんだか」

己の子供にさえ別れた妻から会わせてもらえないと愚痴る顔を彼は思い出した。

結婚記念日をもう一度頭の中で指折り数える。

 

 

 

 

 

「ええと、そうだ自己紹介!俺、織斑一夏っていうんです。いや違うか、マイネェム、イズ、イチカ、オリムラ、ナイストゥミーチュゥ、ミス・・・ええと」

「Hi Orimura.My name is 冗談よ。コルホネン、よろしく」

「コルホネンさんですか、よろしくお願いします!」

94秒の沈黙に耐えられなくなったのか向かい合わせで座るオリムラが訛りなんてやさしいものじゃない放送禁止な形容詞が付くほどの意味不明な言語で自己紹介を始めようとしたところコーンスープを飲み込んだフィンがオリムラに気を遣うかのように付き合う。

それに続くようにシノノノが耳障りな音を立ててミソスープを飲み私もポテトサラダを飲み込み次第ハンバーグステーキを口に突っ込む。本来ならフィンと軽く自己紹介をしながら食事をするつもりだったのに整備課のフィンがいるってだけでオリムラたちと一緒にいた3人組がコネ欲しさなのか一緒のテーブルに着いて、この有様ときた。

東洋人の顔には慣れたつもりだったのにこうして手にしたフォークを突き刺せる程の距離で見ると違和感を感じる。顔面の各パーツの彫りの深さ、比率、肌の色。白人という集団に属する私とは違うつまり私を含む集団とは別の集団に属する人間。私の視界に写るアジア人は今のところ髪型でしか見分けがつけられない。

ノホトケを最後に各自の自己紹介ならぬコネ作りが終わると今度は企業についての質問が始まる。やれ仕事はどんなことをしているのかやれ職場の環境はどうかつらくないのかいつから始めているのか働くきっかけエトセトラ。どうしてそんなことを言わないとだめかと思うとうんざりしつつ表情にならないように努める。

「ねえエヴァレンスさんってバイトをしているって教えてくれたけど、どういう仕事をしているの?」

「書類の流通に関係していること。電子メールとかじゃやり取りできないようなものとか」

軽くあしらったはずの質問をここぞとばかりに聞いてくるものだから嘘ではない言葉を返す。

「へえ、なんか意外っていうか」

「それってやっぱりシークレットなものとかも運んだりするの?」

「私はまだそこまでの仕事はまかされていない。むしろコーヒー配ったりとかパシらされたりとかならまだやらされる」

これも嘘じゃない。暇な時はおっさんたちから走らされる。やれコーヒーもってこい。コーヒーを淹れてこいとかミルクをもっと入れてこいとかとかとか。そんな適当な話をオリムラと3人組は物珍しそうな顔を向けてくる。

「やっぱり偉い人は秘書とかそういう専属の人とかいるのか」

「いるぞ。つうかあいつらの淹れるコーヒーめちゃくちゃ美味い。ハイヒールでコツコツ耳障りな音を立てなきゃいい人たち」

「へえ、なんていうかやっぱすごいんだなNAGAって」

「なんだよいきなり」

そんなことを真面目な表情で突然言い始めるものだからつい私もフォークを止めてしまう。そこへ営業スマイルのフィンも面白そうに口を出す。

「オリムラくんは秘書とかを見た事がないのかしら」

「ないですよ。日本じゃ秘書ってだけで女性差別だなんて言われるくらいですし」

やっぱりお前馬鹿だなと言いかけた言葉を急いでポテトサラダで黙らせる。この不特定多数の人間が聞き耳を立てているであろう食堂で旧時代的な思想発言をするのは固定概念を破壊する英雄的革命者か馬鹿のどっちかだ。万国共通である女性人権保護団体の本当の恐ろしさを知らずに生きてきたんじゃないだろうか。

「その女とムキになって勝てない喧嘩をしたのはどこの男なんだかな」

マズいと思ったときにはもうつい八つ当たりじみたことが口から飛び出す。自分を罵りながらフォローの言葉を考える。

「いや、今のは言いすぎた。悪い」

ただでさえ繊細な話題はこの先を考えると避けるべきだったのに。これ以上ターゲットとややこしくなる前にさっさと切り上げた方がいい。

幸い何かを言いかけていたオリムラの表情が意外そうなそれになったのを見て私は安堵する。

「まさかエヴァレンスさんも決闘を申し込んでくるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたんじゃないの織斑くんってば」

そこへすかさず赤毛がからかいをいれる。

「え、いやそんなつもりじゃ、はっはは」

「え、まさか図星」

そいつの顔が引きつった笑いで固まるのを尻目に私は一度落ちつこうと水を胃に流し込む。するとどうだろうか、チョップスティックを震わせていた隣人が彼を睨んだかと思いきや口を開く。

「まったくお前というやつは。そうやって腑抜けているからあのような女にも負けるのだぞ。まったく本当に情けない!」

「あのときはあと少しだったんだ。箒も見ていたろ!」

「言い逃れるつもりか!負けは負けだ馬鹿者!」

棘のある声で彼女は彼に言葉を投げつける。それもヒステリックに近い全力投球。

このバイオレンスコミュニケーションをオリムラに対して恨みでもあるかの如くいともたやすく行う女が残っていたことを念頭に置いていなかったことを強く後悔するしかない。そして同時にセシリアがこの男に焼死した事はこれでわかった。

「シノノノ、確かにオリムラは勝てない喧嘩で負けた、だからって馬鹿とか言いなんじゃないのか」

「なんだと、事実は事実だ。部外者が口を挟むな」

「二人ともよそうぜ。エヴァレンスさんもほら俺は気にしていないから」

「オリムラはシノノノにベッドで伸ばされても構わないかもしれないが今私はシノノノに対して言っているんだ」

「貴様何をいきなり!あ、いや、あれはこいつが、風呂上がりのときにその」

「ちょっと待ちなさいオリムラ、あなたもう女の子に手を出したっていうの」

「違います!先輩は誤解をしています。って箒も睨むなよ!」

「織斑君って肉食系なんだ」

「のほほんさん、気をつけようね。のほほんさんが狙われたら最悪私が食べるから」

「わぁ〜オオカミさんだぁ」

「だから違うっつうの!そもそも俺はそういうのはこう、なんていうか、好きな人にしかやらないから!」

収集のつかなくなってきた状況の中そいつが動揺に震える口を噛み、身体を強張らせる。前にもこういう反応をしてきた奴がいたし多分こいつもあいつと同じ反応する可能性がある。あの時のような異性の完全なる混乱を望む私はあの時と同じ言葉を、賽を投げることにした。

「オリムラ、お前はその好きなやつとかはいたのか」

「まだいないぞ」

「つまりまだそういうことしたことないってわけか?」

「ああ、まあってちょっと待て!いやいやいや!待ってくれちがうんだ!」

戯れ合いを唐突に止める3人組。私の一言でその頬を紅く染めるシノノノ。爆笑するフィン。どこかで吹き出しそうになるやつ。顔を赤めらせるやつ。野獣の如き眼光をオリムラに向けるやつ。どういうわけか私たちの席を中心に収拾のつかなくなる一歩手前の状態に陥る食堂。伝言ゲームのように食堂中に広まるオリムラに関連する噂。

先ほどまでとは打って変わり、収拾のつかなくなった光景を前に私は隣で腹を抱えて爆笑するフィンにもたれられながらもボイルドキャロットを口に放り込んではさっさとこの場を抜け出そうとするついでにシノノノを一瞥する。さっきまでの不機嫌面は相変わらずだがオリムラを捉える目はそれどころじゃない。目が合ってまたこのサムライガールに絡まれたらたまったもんじゃないと肩を揺らしながら呼吸を整えるフィンとテーブルの面子に短い別れの言葉を残してはさっさとプレートを返すべく私は立ち上がった。もうこれ以上に情報は得られそうにないしルームメイトを待たせすぎたかもしれない。

 

 

 

部屋に入るとシャンプーの香りがした。シャワーから出たばかりなのかもしれない。気取らないその香りを吸うと落ち着く。奥へ行くと案の定でかい鏡を前に髪をブラッシングする彼女がいた。まだ湿気の残る髪がブラシに合わせて色気のある動きを見せる。既に寝巻きに身を通している姿はメイクもアクセサリーも身につけておらず待機状態のISだけがあった。他の人は見てないであろう普段とは異なる姿の彼女を見ていると理由の分からない優越感を感じてしまう。そんな小さな満足を胸に収めつつリュックを置きベッドへ横になると疲れが取れると思っていたはずなのに何も変わらない、ただ疲れを意識するだった。

「勝利を祝わせていただきますオルコット嬢」

「祝いをありがとうございますエヴァレンス殿。勝利を目撃しなかった罰として明日のティータイムへ出席をなさい。さすればあなたの罪は赦されるでしょう」

演劇よろしくわざとらしい英国アクセントで話しかけると彼女もそれに乗じて英国女王陛下のような口調で返事をする。互いに軽く笑っていざ武勇伝が返ってくると思えば微笑んだまま髪を弄る始末ときた。怒っているのかどうかもわからない彼女の振る舞いにアクションも取りにくくただただ時間が過ぎていく。スキンケアを終えると彼女はベッドへ向かっていった。

「明日のISのレッスンは何を話すと思う?」

ベッドの隅へ腰かけて話しかけると腕を伸ばして本を手にしたところだった。

「んー、やはり細部には触れず概要などを詳しくやると思いますがあの男性の専用機とフォームシフトとワンオフアビリティーについて触れるかもしれませんわね」

イチカオリムラの急速的操縦技術と適応の確認は学生間でもその話がされているし各国および各企業が血眼になって情報を集めているのは事実。さっきからの様子からするとあの男についてかもしれない。実際に戦闘、正確には決闘で接触をしたこのセシリアそして英国は最も情報的アドバンテジを得ているということになる。その言動から何かを得ようとしても多分難しい。ルームメイトの私には特に気をつけているに違いないだろうからこの振る舞いもそういうことなのかもしれない。

「なにせあのブリュンヒルデだから予習復習は油断できないしご褒美はさすがにきつい。もう寝るのか?」

「いえ、時間があるので本でも読もうかと思いまして」

向こうから関連性を出してきた以上あまり触れることができないし本人から情報を引き出せると考えるのは難しい。手詰まりとなった上に今回の情報を聞き出せと言われた覚えはないし給料もそれをやるとなると物足りない。シャワーを浴びようとベッドから立ち上がって着替えを取り出そうとかろうじて部屋に入れた着替え入れを前にしゃがむ。

「ねえエヴァ、さん」

どうもいつもとは違う様子で話しかけてきた彼女にいつものように返事をする。

「んー?どした」

「あなたはいままで立派な男性というものと出会ったことはありますか」

立派な男性という言葉を聞いた瞬間に過酷な山で命を救ってくれた人を思い出した。スコッチ入りのフラスコ持ち歩いていてしかも女運が悪くて、もっとたくさん一緒に過ごしてもっとたくさん話したいと思ったあの男。そもそも立派な人間とは何かと考えそうになって頭を振る。

「ある。セシリアはあるのか」

「ありませんわ。その人について聞かせてくれませんこと」

「その時が来たらな」

個人的にあまり彼のことを話したくないっていうのもあるが何よりヒマラヤの山中でロシアに新たな国を作ろうとしたアホどものやっていた核兵器の取引をぶっ潰してきただなんて口が裂けても言うことができない。

「ではその時に」

彼女にはこの返事が想定通りだったらしく納得と好奇心の混じったようなその笑みを見届けて彼女との絡んだ視線を外した。

下着からの開放感と清潔で暖かいシャワーを味わうこの時の私はまさか明日からまた面倒な事態に巻き込まれることなど考えられるはずもなく文明的生活を満喫しているばかりだ。私の目的を果たすために来たこの学園、ここにいるとどこか心が浮かんでいってしまいそうであり得ないとはわかっていてもよくわからない焦りとも表現できない迫るものを感じてしまう。私の大事なものは何だろう。ずっと何かを守って、何かを奪って、そんなことを続けて生きていくのか。ひょっとしてここで見つけられるかもしれないし見つけられないかもしれない。どちらにせよこれ以上何もトラブルが起きなければいい。そうすればみんな生きることができるはずなんだ。人の幸せを邪魔するやつらなんか殺せばいい。

今週はやることも終わらせたし特に忙しくなることもないはず。

明日はどんな一日になるんだろうか。




前回よりアホかと言われても仕方のないほど時間が経ってしまいましました。
楽しみにしていた方がいたらすみません。
そういえばISも最新刊が発売されますね。この先どうなっていくんでしょうかね?

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