一騎当千の拳 作:北斗のハゲ
今を遡る事、千八百年前の中華三国時代。中華統一を目指し、散っていった英雄たちがいた。その英雄たちの魂を封じた勾玉は、日出づる国へとながれつきさ、現代に生きる少年少女たちへと引き継がれていた。
ある者は、手に入らなかった栄光を掴むため。
ある者は、かつての宿命から逃れるため。
封じられた武将の魂ゆえ、戦わずにはいられぬ。勾玉に導かれし闘士たちの覇権をかけた戦い……そこに、一子相伝の暗殺拳の使い手が入り混じる。
東京へ行きなさい。そして、闘士として天下を取ってくるのよ。
勾玉を受け継ぐ少女──
(フム……よくわからんが素晴らしい)
己ヲ磨キ 他ヲ潰サン
そんな物騒な名言染みたものが彫られた石を孫策はボーッと見つめている。
(それに、見渡すかぎりカモ……いや、闘士だらけだ)
周りに闘士がいる。そんな光景を見た孫策は自然と口角が上がっていた。
「よーーし、やったるか!」
母親から言われた事。それは「初めが肝心。手始めに30人ほど闘士をブッ倒して学校をシメちゃいなさい」だ。
フンス、とやる気を出した孫策はまず初めに、視界に入った闘士に喧嘩を売るのであった。
「おい、校門の前で知らねえ爆乳が暴れてるらしいぞ!」
「マジか!? 転校生?」
「わかんねえ、とりあえず見にいこうぜ!」
ドタバタと、男子生徒が駆けていくのを見ている少年がいた。
背は175cm程で髪は黒。物静かという印象をもたれる彼だが、その組まれた腕はとてもがっちりとしており、鍛え上げられていることが一目で分かるほどだ。
「……」
少年は閉じていた目を開けると、窓ガラスの外を見る。其処には少女が男子生徒を吹っ飛ばしている光景が見えた。そして、そこに向かっていくヘッドバンドを巻いた厚い唇が特徴的な大柄な男の姿も。
大柄な男──
楽就はクイ、と人差し指を曲げ、此方に来いと言うジェスチャーをするが少年は顔一つ変える事なくそれを無視し、楽就は分かりやすくショックを受けた。
「ふぃー! これで何人だっけ……? んー、29?」
指で倒した闘士たちを数える孫策の背後に男、楽就は立つ。
「蹴ってみろ」
周囲が見守る中、楽就はそう口にする。
「……は?」
孫策は言われたことが飲み込めず、しばし無言になる。
「いいから、俺を蹴るんだ」
そんな孫策を見てもなお、男はそう口にする。
「け、蹴れって……もしかしてマゾ? ムチとか、カンチョーとかで喜ぶヤツの……」
「ち、ちがうっ!」
孫策にあらぬ誤解を持たれた楽就は強面の顔を少し赤くしながら否定する。しかし、そのような誤解を受けそうなことを言っているのも事実である。
「でもさ、無防備な相手に蹴り入れる、ってのはなんとなくさ……」
「ええい! ガタガタ言わずに、さっさと蹴ってみろ!!」
有無を言わさぬ楽就の言葉に、孫策はどうなっても知らないかんね、と小さく呟いた後、その顔に向かって蹴りを放った。
スパァァン! と音が鳴り響く。
「……やはりな」
楽就は、孫策の蹴りを指一つで受け止めていた。その声からは何処か失望したような雰囲気が感じられた。
「フン」
「おわっ」
「加減したつもりだ、ケガしてたら許せ」
楽就が指を振るうと孫策はまるでボールのように弾かれ、校舎の壁に激突……したかにお思えた。
「くっそー……あ、待て!」
楽就は既に孫策に背を向けて歩き出しており、孫策の声など聞くつもりもないだろう。そんな悔しがる孫策の背後から小さな声が。
「あ……が……」
それは、東京に来た孫策の面倒を見るように
「ったく……なに考えてんだ、君は。いきなり道場破りみたいなことしてさ、登校は明日からでしょ」
人形に開いた穴から抜け出し、ボロボロになった公瑾は久しぶりに会った幼馴染である少女に呆れ果てていた。こんなにもバカだったか? と。別人かも知れないと頭の片隅で思ってしまったくらいだ。
ビリ。公瑾は溜め息を吐きながら自分の昼ごはんである惣菜パンを開ける。
「大体……」
まだ言いたいことはある、と公瑾が口を開いた時、目の前の少女の目線が気になった。
「……」
その目線は自分を見ていない。闘士である公瑾はすぐに察する。それは、自分の手に持っているモノに向かっている、と。
「ねえ、財布とかは……」
「今持ってない」
「鞄は……」
「置いてきた」
もはやここまで来ると諦めである。追い討ちとばかりに孫策のお腹から、グゥ、と音が鳴る。
「〜〜〜……ッ、はぁ……分かった、分かったよ! ほら!」
公瑾がパンを差し出すと、少女の顔はぱぁ、と笑顔になり、パンを齧り出す。
「あ、公瑾でもこれ……」
「あー、もういいよ」
公瑾は昔もこんな事があったような、と思い出しながら頬杖をつく。また後で何か買おう。そんな公瑾の肩を孫策はつつく。
「なんだよ? 別に遠慮しなくたって……」
「ちがう。あと3つ買ってきて。それにアロエヨーグルトとクーとシャブリとえっと……」
次々に出される追加の注文に公瑾は呆れながらもそれを買ってきた。
(っんと、ガキの頃から全然変わって……)
──いや、変わっているところはあるか。
公瑾とて思春期の男子。成長した幼馴染の、大きな胸を見てごくりと生唾を飲んでしまうくらい当然の事なのだ。
「ごちそーさまでした! よし、じゃあ行くか!」
「お、お粗末さま……って、何処に行く気だよ」
「そりゃあ……ねえ?」
孫策はふふふ、と笑う。
「ま、まさか……!」
公瑾はその笑みだけで少女が何をしに行くか察した。
「やめるんだ! あの人……楽就さんって言って、この南陽の四天王のひとりなんだぞっ! さっき、君は殺されてもおかしくなかったんだ!」
「ふふーん♪」
(き、聞いてない……)
孫策は陽気に鼻歌を歌いながら校内をうろつく。再会した幼馴染を初日で殺される訳にはいかない、と公瑾は必死に彼女を説得しようとするが、どれもこれも失敗に終わり、トドメの
「楽就さんと戦うってことは、学園トップの人たちを敵に回す事になるんだぞ!?」
という言葉を聞いた孫策は、まだ見ぬ強敵を想像し、分かりやすく燃えていた。
「……どうだった?」
校舎に戻った楽就は、教室で座っている一人の生徒に向かって問いかける。
「……なにがだ」
教室の隅に腕を組んで座っていた少年は面倒くさそうに楽就に問い返す。
「見ていただろう。
「……」
楽就がそう言うと、少年は眉をピクリと動かす。
「まぁ、結果は見ての通りだがな。あれでは覇王の爪先にもなれていない」
取り越し苦労だった。と無傷な己の肉体を見ながら楽就は語る。だが、少年はその身体の上から下まで視線を映すと、フッ、と小さく笑う。
「……油断したな」
少年が楽就にそう言った瞬間、楽就の身体が崩れ落ちる。
「ぬぉッ! こ、これは……!」
(内功、
それは、毒手と呼ばれる技の一種であった。
気づかない内に仕込まれた技に楽就はたらり、と汗を流す。孫策の蹴りを受けた時、気を使った様子は無かった。恐らく、無意識のうちに、楽就にも気づかれないレベルの気を打ち込んだのだろう。それが時間差でやってきた。
「
少年は孫策に興味を持ったようで、直接見ておけば良かったか、と少しだけ思う。
「あれー? ガクちゃんなんで入り口で座ってんの?」
蹲る楽就を見下ろす様にして教室に顔を覗かせた金髪でタバコを咥えた色黒のチャラい、ギャル男が現れた。
「さ、
楽就は当てられた事すら気づけなかった己が恥ずくなり、そう誤魔化す。
「ふーん、で、何があったのケンちゃん」
「……その呼び名はやめろ」
左慈は近くにいた少年に声を掛けるが、少年は左慈につけられたあだ名が気に入らないらしく、眉間に皺を寄せていた。
少年──
「む……すまん、ケン」
先ほどまで感じていた痛みが嘘のように消え、楽就はふぅ、と息を吐きながら立ち上がった。
「やっぱガクちゃんヤられてたんじゃん」
「う、うるさい!」
左慈はニヤニヤとしながら楽就を見ており、それに気づいた楽就は少し顔を赤くしていた。