しにてえ……
星野愛久愛海として生きた今世、雨宮吾郎として生きた前世。
思えば数奇な人生だったと思う。
祖母に望まれ、期待を裏切れなくて医者になった前世。
やっているうちにすっかり楽しくなってしまった役者をやっている今世。
推しの子供に生まれて、人生やり直せるのに外科医じゃなくて役者なんて全く違う業界で生きていて、
アイの笑顔を毎日見れる人生は最高の一言で、思えば今の人生で辛いと思うことは殆どなかった。
言うなれば喜びに溢れた二度目の人生だ。
だが、今俺には試練が訪れている。
バレないようにするのに必死だが、正直今すぐ足が砕けて床に崩れ落ちてしまいそうである。
びっちょりと濡れたシーツを手に握りながら俺は思った。
しにてえ……
朝っぱらから妹の初めての後始末とか死にたくて仕方がない。
別に妹相手にNTRみたいな感情は一切湧いてきていないし、アイに男がいたのだと知ったときのような衝撃はない。
むしろ相手は認めている男であるし、甥のような兄のようなと親しくさせてもらっている相手でもある。
でもなあ……
妹の……
患者の……
推しの……
初めてであることが丸わかりのシーツの後始末とか死にたくなるだろ……。
幸い妹はシャワーを浴びているのでシーツを握りしめながら無心になって心を守っているところを見られてないが、そろそろなんとかしなくてはいけない。
「びちょびちょだなあ……」
今世では経験がないので確かなことは言えないが、前世の経験が言っている。
多分、あいつメチャ上手いな……。
妹の敏感さは私生活で何となく感じる。
イコールあっちの感度ではないが、まあ、そうなのだろう。
てか、女の匂いと男のアレの匂いが臭い。
ため息を吐きながら洗面所で最大水量までじゃあじゃあに出したところにシーツを当てる。
色々な”跡”が水で流されていくが、染みてしまった跡は根強い。
「ジュースでもこぼしてごまかすか……」
コーラがあったはずなので、そのへん零せば誤魔化せるかもしれない。
正直やる気は出ないが、旅館の関係者にB小町のファンがいないとも限らず、シーツの跡で情事をさとられないとも限らない、
『お兄ちゃん~?』
「なんだよ」
シャワーの音に混ざって浴室から声が響いてくる。
裸の女の子が隣りにいるのに全く”来ない”あたり、ルビーはホントに家族なんだなあと感慨深くなる。
どうだ見ろ、俺はロリコンじゃなかったぞ。
携帯に写るさりなちゃんを見て俺をロリコン呼ばわりしたツッコミのきつい看護師の同僚を思い出す。
『ゴローせんせ、死んでたんだね……』
「……ああ、まあ、俺がここにいるからな」
話はあいつのことではなく、俺のことだった。
『せんせは犯人恨んでる?』
と言っても、正直吾郎の死には思うところはほとんどない。
前世では絶対手に入れられないたくさんのものを得られたから、今が幸せだからだろう。
むしろありがとうとすら言ってもいいくらいだ。
「でも、殺されなかったら今こうしていられなかったからなあ」
あ、いや、今のシーツをこすり洗いしている今だけは犯人を恨んでいるかもしれない。
ルビーの様子からして、今こうしたのはそのせいだからだ。
「ルビーは今どうだ? 不幸で犯人に復讐しないと生きていけないか?」
『ううん、今に不満はないかも……』
「じゃ、良いじゃないか」
今更だが、犯人はアイを知っていた。
極秘出産でアイだって社長だってバレないようにはしていただろうし、病室は個室ではあったが妊婦同士交流はあったし、ヨガだのなんだのと顔合わせをする機会もあった。
たまたま知ってしまった人の家族に厄介なファンがいた、位の可能性があってもおかしくはない。
少なくても今までなんの音沙汰もないのだから、アイや俺を狙うことはもうないと見て間違いない。
俺の死にビビって部屋の隅でガタガタしているのかもしれない。
ま、自業自得だ。
俺はお前の作ってくれた機会で幸せになる。
ふっと笑いを浮かべるが、タイミングが最低だった。
シャワーを終えたルビーが見たのはシーツの滲んだ赤い部分を見つめながら笑う俺だったからだ。
体をほかほかさせながらも真っ赤になったルビーが叫ぶ。
「アクアさいて──!!」
ああ、また死にたくなってきた……。
作中で最も可愛そうなアク虐かもしれないシーンw