(何だあの存在感……)
眼の前にいるのはあの姫川大輝だ。
小さい頃からテレビをつければ顔を見なかった日はない、そんなビッグネーム。
その姫川大輝と仲が良いってことで最近有名な星野アクア。
そのアクアから目を外すことができないでいた。
同じモデルって世界で活躍している同世代の人間だけど、俺がいくらでもいる顔の良い人間であいつはスターだ。
雑誌にあって当たり前の加工なんて全く感じない存在感と美しさがあった。
ただただ写真をとっても絵になるに違いない。
(あれが星野アクア……!)
やべえ、俺場違いじゃね……?
心臓がバクバク言い出した。
あんなのといっしょにカメラに写んのか?
クラスの女子にメルトと写ると顔がおっきく見えるからやだーなんていう子がいたが、その気持が今はわかるかもしれない。
横に立ったら絶対比べられる!
俺には見た目の良さしかないのに、神様どうなってるんだ!!
「お、鳴嶋メルトくん来たね! いやあ、顔いいねー。鏑木勝也。プロデューサーだよ。よろしくね」
「あ、どもっす」
ふーんと全身ジロジロと見られるが、まあこういうのはよくある。勝手に見定められてがっかりされたり求められたりだ。
でも、今はわかりやすいいつもの視線が助かる。
「お、おれ、今からあそこでやるんですよねえ……?」
「そうだよ? 演技の経験は?」
「な、ないです。初めてで……」
「そうかい。ま、誰でも初めてはあるものさ。頑張ってね」
「え? あ、はい」
また後でねーと何が楽しいのか目は笑いながらいなくなってしまう。
ええ……。どうしろっていうんだ。
どうしていいかわからずただただ姫川大輝と星野アクアが台本片手にセリフを話しているのを見ていると、シーンが終わったのか二人の視線がこちらを向く。
「来たな。鳴嶋メルトだったか? 星野アクアだ。よろしくな。初めての現場は早めに入っておくといいぞ。挨拶済ませられるし、緊張も抑えられる」
「あ、はい。そうします」
「同世代にビビられてるじゃん、アクア」
からかう姫川大輝さんの言葉に星野アクアが肘打ちで返している。
ほんとに仲がいいんだな。
うえ、めちゃくちゃアウェーな感じがしてきた。
「ええと、俺、ドラマって初めてで……」
「だってさ。せっかくだしアクア教えてあげたら?」
「俺がか? まあいいか」
うお、近くで見ると星野アクアやっぱ美人だなあ。
まつげも長いし、ハーフなんだろうか?
妙に存在感も強いし、目も惹かれる。
写真詐欺もないし、本物って感じだなあ、まじで。
「心配しなくても今日は挨拶と本読みだ」
「本読み?」
「さっき俺と姫川さんがしてたみたいに台本を読みながら流れを確認するんだ。それが本読み」
「あ、台本読みながらでいいのか」
「まあ、そうだな。でも先の流れを知っておかないとわからない部分もあるだろうから、台本は複数回読んでおけ。基本的にはここでみんなで全体の流れを確認していく。演技の方向性や世界観なんかを確認していくんだ。どうしても台本だけじゃ見えない部分もあるしな」
そつない方なので、学校の国語の教科書だって何回も読んでない。
授業聞いてテスト前に見返せば赤点は取らないし、平均点近くは取れる。
台本だって、一度ちゃんと読めばいいんじゃないだろうか。
だいたい、見えない部分ってなんだろうか。
全部台本に書いてあるじゃん。
「見えない部分ってなんだ?」
「例えば、ここでお前の役が後ろから覗き込むって書いてあるだろ? でも、その前のシーンでは正面から会話しているから、行間として後ろに回るって動きが実はあるわけだ。でも、まっすぐ後ろに回ってしまうと、カメラに移動しているお前が映ることになる。だから今回なら右回りじゃなくて、左回りにしてカメラに映らないように移動しなきゃいけない。それに覗き込み一つにしたって、キャラに興味あって様子を見るのか、ただ単にものに興味を持ってみるのかで魅せ方が全然違うからな。どういう気持ちでその行動をしているかは大事だ」
「マジカ……覚えられるかな……」
「まあ、ちょい役だから覚えることはそんなに多くないが、気づいたことはメモしてイメージできるようにしたほうがいいぞ」
「なるほどなー……」
テレビの裏側を見たみたいで面白いけど、自分がやると思うとやることが増えるのめっちゃ億劫だな……やべ、メモって言っても書くものなんてどこにおいてるんだ?
あたりを探しても何もない。
勉強は得意な方じゃない。記憶力に自信はない。全部を覚えるなんてできない。終わった……
「やるよ」
「は?」
「ペン。持ってないんだろ? 2セットもって来てるからな」
「お、4色ペンだ……」
「自分の動きはこの色、他人の動きで気をつけるところは別の色、動きじゃない気をつける場所はこの色みたいに色を分けておくと整理しやすいぞ。まあ、俺はだけど」
「はー、助かるよ」
なんていうか、こいつ頭良さそうだな。
勉強できそう。
クラスの勉強ができるやつってノートの取り方もなんか違うんだよな。
こいつからはそういう効率よく学んでるみたいな感じがある。
……雰囲気には驚いたが、要はしっかり準備するガリ勉やろうってことだ。
このアクアがなんとかなるなら……俺ならま、楽勝じゃない?
「カット!! カメラを意識しろ!」
「カット!! 見切れてるぞ!」
「カット!! 棒読みすぎる! 気持ちをのせろ!」
うわあ、もう疲れたたてない……。
本読みを終え、後日実際の撮影現場に入ったらこれである。
「くそう、びいきがすぎるだろ……アクアといっしょに撮影した時はすぐOK出るのに、俺だけの時だけカット出しまくってさ!」
「……ま、最初はそんなものだ」
「アクアはカットなんてださないぞって監督に言われた!」
「これでも役者として結構経験重ねてるからな」
「てか姫川さんもすげーよなー。スイッチはいるとめっちゃかっこよくなるじゃん……すげー。テレビの姫川さんだよ……」
「たしかに。息抜くの上手だよな」
ぐったりと座り込んでしまった自分と比べて隣に立ったままのアクアはまだまだ余裕そうだ。
どっこいしょと力を込めて立ち上がってアクアの開いた台本を見ると自分の十倍は書き込まれていた。
「うわ、書き込み多すぎ。そんなんちゃんと読めるのか?」
「慣れればな。大体は書いた時点で頭に入るし」
「はー。なるほどなー」
年が近くてもやっぱり役者やってるだけあってなれてるなあ。
アクアから何度もアドバイスを貰いながらだけどなんとか撮影を撮り終えたが、自分には役者の才能はないかも。
ああ、結局俺には顔しかないのかなあ……。
**
「メルト、めちゃくちゃかっこよかったな。演技もできるって初めて知ったぜ」
「は?」
学校で声かけてくる友達が手にしているのはスマホで、あの撮影したドラマの一話だ。
正直、自分的には全くうまく行ってなかったから放送されてはいたがまだ見てもいなかった。
「あれ……?」
「姫川大輝とアクアもかっけーけどさ、お前のこの辺のシーンかっこいいよな。あの二人に負けてないってやばくね?」
「言い過ぎ。流石に負けてるだろ」
「いや、でも結構かっこよく映ってたよなー」
あれ……?
スマホに目を奪われる。集中してみてしまう。
……意外に、悪くない?
でも、見てると流石に荒の目立つところもあって、それはほとんどがカットを連発されたところだ。あれだけカットされて苦労させられたのに、そうじゃないシーンのほうがうまく映っている。
……アクアと一緒に映ったシーンだ。
なんでだと友人から携帯を奪って何度も見返す。
台本とちょっと違うアドリブの入ったセリフ。
後を引き立てる位置取り。
すべての動きが次につながっていて、一緒に映っている俺もよく見える。
「……まじかよ、すげえな……」
プロ野球選手が小学生にホームランをあえて打たせたのに、自分の力で打ったと信じてしまうような自然さだった。
俺もクラスメイトたちに感想を言われてなきゃ意外にいいじゃんとしか思わないかもしれない。
大きく流れを作ってコントロールしたのがアクアで、その流れに寄り添ってより強めているのが姫川大輝だ。
全部はわからないけど、現場のことを思い出すとそういう図が見えてきた気がする。
「……すげえ……」
まるで魔法だ。
素人を参加させて魅せてみせるマジシャンのような手並みだった。
「あれが、中身が詰まってる男っていうのかな……」
家にメルトは自分ひとりだったらどうなるかを知りたくて机に放り投げてた台本を取り出し、カメラを回しながら演じてみた。
「おゆうぎかいじゃん……」
腹立つナルシストが園児みたいな演技をしていた。
これは、カッコ悪い……。
今度はアイツラの作る舞台の一員になりたい。
中身のある男になりたい。
メルトには初めて明確な目標ができた。
台本を何度も読み直して、それだけじゃわからないから漫画を全巻買い込んで、段々と演じるキャラに愛着を持ち出し……少しレベルアップして次の現場に臨んだ。
たくさん練習してきたのに、多少はましになっても他の役者とも比べられないレベルで、だから満足なんて全然できなくて、悔しくて……。
だからメルトは、努力を続けた。