推しの子の異母兄   作:もこもこ@

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110 あかねは演じない

 

 人気のある、使い勝手のいい演者というのはなんだかんだでいろんな現場に呼ばれる。

 演技の幅が広かったり深みがあったり、視聴者から視聴率を取れる人間はやはり引っ張りだこだ。

 

 これは仕方がないことだ。

 

 オリンピックでも三位以下になった選手の名前や顔を知らない人が多いように、制作側もこの役に誰をやらせたいかと言われて名前が出るのはやはり人気者だからだ。

 日本中の役者の中にはもっともっと役にはまり役な人間はいるかも知れない。

 でも、名前が挙げられる範囲はとても狭い。

 

 なので、なんだかんだでよく顔を合わせるメンツ、というのはいるもので、同じララライ所属ということもあり、黒川あかねともよく共演する。

 

「あ、姫川さん!」

 

 やや人見知りの部分がある黒川あかねは現場が同じ時はよくこちらに駆け寄ってくる。

 かなちゃんが一緒の場合は真っ先にかなちゃんに声をかけに行くが、ピンならこっちに来る。

 

 彼女はこちらに近づくと周囲を見渡しながらこっそりと耳打ちしてくる。

 

「カナちゃんってSMはどこまで許容してくれると思いますか?」

 

 クソ猥談だった。

 まだ朝の早い時間なのにこれである。

 数日後三人で会う予定ではあったが、もうこの娘の頭はゆだっているようだった。

 

「……まあ、体に傷がつくのは絶対NGだから軽く手をタオルで縛るくらいからかなあ……」

「なるほど……うーん、最初は身近なものからちょっとずつ置き換えて、かな……」

 

 えへ、えへっと浮かれて口元がぐにゃりと緩んでいる。

 きっとあかねの脳内ではかなちゃんはあられもない姿になっている。

 

 原作のあかねの欠片もなかった。

 なんでだろ……。

 

 正直事故で経験をさせてしまったくらいしか違いがない気がするのだが。

 原作でアクアと清い関係だったかはわからないが、ツヤのある女優になったことを考えればまあ、あってもおかしくない。

 そのへん同じはずなのだが、だいぶ違う。

 

 別に彼女との関係はかなちゃんを挟んではいるがいい関係を築いているので悪いわけではないのだが、単純に不思議に思った。

 

 

 **

 

 

「なるほど。その疑問の答えはきっとここにあるよ」

「うわ、出た」

 

 変装してファミレスでぼんやりしていたら相席されてしまった。

 眼の前にはやたら嬉しそうな疫病神ことツクヨミがいる。

 今日は姫川大輝だとバレないタイプの変装なのだが、彼女には全く関係がないようだ。

 さらっとチョコDXパフェとドリンクバーを一つと注文していく彼女に長い話になるのかと身構える。

 

「推しの子……コミックス?」

「そうそう、君の読めなかったやつだよ」

 

 俺は積み上げられたコミックスの中から最終巻を手に取るとペラペラとめくりだす。

 最終巻なのにアイが表紙なあたり最初から最後まで存在感たっぷりだなあ。

 一巻で死んでるんだぜ。

 

「うわ、アクア死んだ……」

「なに最終巻から見てるんだ!」

「もしかして、(すい)しの子って水死(すいし)の子って意味? 怖」

「あ~、段取りが! 段取りが崩れる!!」

 

 ダンダンと机を叩く幼女にしょうがなく自分の読めなかった話から読んでいく。

 うーん、アクアに恋しているかなちゃんを見ると胸が痛むような、結構変わったんだなと思って別人に見えるような、不思議な感じがある。

 ドラマで別人の恋人役をしているのを見るような気持ちだ。

 かなちゃんに会いたくなる。

 

 静かな読書の時間が過ぎ……

 

 最後まで見終わったが、大きくため息を吐いてしまった。

 実際の世界で生きている今、実写の世界に生きているようなものなので、漫画を見ただけで発狂したりはしないが胸が痛んだ。 

 

 アクア死んでしまうんだな……。

 ただ、アクアは満足した笑顔を浮かべたので満足なのだろうか。 

 でも、ルビーちゃんがかわいそすぎるやないか……最強のアイドルになれてもアイより悲惨である。

 

 そもそも、原作の(姫川さん)も全然立ち直れてなさそう。

 まあ、この状況になったら俺も燃え尽きてしまうかもしれない。

 

 15年の嘘がカミキヒカルにクリティカルしなかった。

 ……したかもしれないが、カミキヒカルを改心できなかった時点で他には物理的に排除するしかないということか。

 

 殺人を教唆できてしまう以上、環境ではなく、意志か体を砕かなければいけなかった。

 どこか神にカミキヒカルの物理的排除を肯定されたような気持ちと……

 

 ーーああ、俺のアクアがこうならなくてよかった。

 

 そんな気持ちが湧いてきた。

 

 今すぐアクアとルビーちゃんにも会いに行きたくなる。

 抱きしめたい欲にかられているが、問題は眼の前の幼女である。

 

「で、わざわざ原作なんて見せて何のつもりだ?」

「黒川あかね、どうしてこの世界とあんなにも違うんだと思う?」

「アクアと付き合ってないからかな」

 

 まあ、そもそもまだ

 そもそも、まだアクアが高校生になっていないので、比べるべきは原作最後のあかねではなく、恋愛リアリティショーのあかねかもしれないが。

 だとしても、まあ、頭がだいぶゆだってしまった気がする。

 将来あのキリッとした尽くすタイプの名探偵あかねにはなれそうにない気がする。

 

「ある意味ではそうだね。黒川あかねはアクアと出会い変わってしまった。なぜ……?」

「なぜって……」

 

 恋は人を変える……という話でもないのか。

 ある意味ではここのあかねもかなちゃんに恋してそうだが、全く違うあかねになったのはなぜかと言われると、

 

「あかねが変わったのは……アイを演じたから?」

「そう! そこが黒川あかねを変えた」

「でも恋愛リアリティショーの後半の短い間アイを演じたくらいで……」

「いいや、違うね。黒川あかねは……最終巻までずっとアイを演じ続けているんだ」

 

 原作の黒川あかねは恋愛リアリティショー終了後の東京ブレイドの話の中でも、恋愛リアリティショーの頃のような暗く引っ込み思案の自分では何も決められない少女ではなかった。

 アクアと対等に、それ以上にアクアを見守る包容力の強い彼女になっていた。

 経験を、知識を与え、アクアを育てていた。

 

 アイを演じ続けていた(………………)

 

「そう、命を助けてくれた相手の好きな相手がわかっているんだったら、なるよね? 真似するよね? だってもっともっと好きになって欲しいもんね?」

 

 アクアに好かれるために、自然と彼女の中にインプットされた星野アイに近づこうと努力する。

 意識的か無意識的かはさておいて。

 

 彼氏に趣味や服装などを寄せる女性は結構多い。

 より自分を好きになってほしいという気持ちは自然なものだ。

 だが、演技の天才の、それも憑依型の彼女がそれをすると……どうなるか。

 

「黒川あかねは憑依型。役を演じるのではなく、その役になるタイプの演者だ。神を降ろす巫女のように、彼女は(アイ)になる。何度も何度も理解を深めてより近づく。彼女は答えにたどり着かなくても、役を演じきれば自然とアクア(息子)の母親になる。無償の愛を捧げる。アクアが求めているから。アイがそうだから。だから彼女はアクアに捧げ続けたんだ。女じゃなくて母として」

「……だからか」

 

 子供を守るためなら、殺人すら厭わない。

 出来立ての彼氏のためだとやり過ぎに感じても、母だと言うなら理解できる範囲になるかもしれない。

 

 そして母だから、最大の愛を捧げながらもアクアからの愛は自分のものにせず、アクアが思いを抱く有馬かな(彼女)に譲ろうとする。

 

 星野アクアの(アイ)になったのだから。

 

 そして全てを見抜く名探偵のようだった黒川あかねが結末を見誤って斎藤社長とニノを捕まえることにしたのもそれが理由に違いない。

 

 彼女(アイ)は信じたのだ。

 

 自分の愛を受け取って泣いたという(ヒカル)と、生きると誓った息子(アクア)を。

 だから命を狙うニノという、現実的な脅威にさらされる娘を守るために立ち上がったのだ。

 命を失うかもしれない危険にも立ち上がった。

 

 なぜなら星野アクアの母だから。

 

 彼女は息子と恋人二人(アクア)をいっぺんになくすことになる。

 その痛みは人一倍だろう。

 アクアの死後も縛られてしまうのもわかる。

 

「で、なんのつもりだ?」

「なに、オカルトがあると知った彼女は最終巻の後も私につきまとうんだ。ここではそうはならないだろうけど、変にオカルトを知ったり、アイになったりせずに今みたいにぬるま湯につかったままでいてほしくてさ」

「なんだそれ」

 

 どうやら原作の世界でのあかねは相当しつこかった……のかもしれない。

 彼女の秘密をすべて暴いてしまったのかもしれない。

 近づかなきゃいいだけの用に見えるが、……ああ。

 

「昔つけてたメモが残ってるかもしれない……」

 

 未来の知識を活かすためにまとめたメモが残っている。

 なにかがあって、彼女がそれを知れば原作の通りになるかもしれない。

 帰ったらちゃんと全て焼いておこう。

 この世界はもう原作とは一致しない。ならもう不要な情報だ。

 

 転生した身で思うのは必ずしも前世を覚えているということはプラスになるとは限らないということだ。

 俺はうまくプラスにした……と思っているが、原作のアクアはどうだろうか。

 

 なければ悲劇を避けられなかったとしても、きっと才覚を目覚めさせることもなく、ミヤコさんにも引き取られず孤児院で普通の子供として育ったかもしれない。

 少なくとも原作のように死ぬことはなかったのではないだろうか。

 

 

 **

 

 

 用は済んだとばかりに伝票を押し付け、コミックスを奪ってツクヨミはファミレスを出ていく。

 

「あ、アクア? 今度遊ばないか? あ、お前んちで? いいね」

 

 ……もはや原作はあったかもしれない未来でしかない。

 ならば今の彼らとの生活を楽しもう。

 




かなちゃんとは夜に会う予定らしい。

あかねちゃんってアクアの保護者だよね……みたいな感じがあった上でヒロインレースに自分から降りたのが自分よりアクアの都合を優先していて舞台装置なんて言われている時期もありましたが、アクアのママ(アイ)になっていたのならまた見え方も変わるのではないでしょうか。
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