「というわけなんだけどどうしよう!!」
「何がというわけなの?」
「何がどういうわけなわけ?」
仕事から帰って「ただいま」というと「おかえり」という声が二人分も返ってきたところからこの妙なイベントが開始されたと言えるだろう。
両親をなくした身としてはただいまの返事は妙にしみるものがある。
鍵を渡しているカナちゃんからが大抵だが、胸の奥が暖かくなるので好きなのだ。
だが今日は想定外の声に驚きを隠せなかった。
「なんでカナちゃんとアイが?」
「なんか相談があるらしいわよ」
玄関まで迎えに来てくれた二人に引っ張られ、ソファーに腰を下ろすとどんとペットボトルのお茶が置かれる。
どうやら時間のかかる相談ではあるようだ。
『私は最低だ!』だの『どうしてこんなことに』とか『意気地なし……!』とかネガティブな発言を繰り返しながらブツブツ言い始めるアイ。
目に輝く黒い星が少し怖い。
俺が席に座るとまっすぐ視線を合わせてくるアイ。
「あ、カナちゃんとはお友達なんだよ! 大輝くんと会いたいときに連絡すると調整してくれるんだ。いい子だよね~」
ギュンと急に今までの落ち込みがなかったかのように笑顔で説明しだしたが、この切り替えはさすがである。
どうやら説明のために気持ちを切り替えたようだ。
ようだが……
そうやって気持ちまでコントロールしすぎるから本当の気持ちに自信を持てないのではないだろうか。
芸能界では、特に必要とされる役に合わせて自分を変える能力。
この世界では役に立つ技能ではあるが、それ故にというところもある。
「はいはい。それはいいから説明しなさいよ。私にも一緒に相談したいってなに? あのクソ小生意気なアイドルのこと?」
「わかってないなー、ルビーはそういうところもいつでもめちゃくちゃかわいいよー?」
「そういうのいいから」
「まあ、そうだよね……」
カクカクシカジカ……。
要約すると、ルビーに愛していると言われたが私も愛していると言えなくてショック、という話のようだ。
アイとの出会いのあと、逢瀬を交わし……と言っても、まずそもそも真っ当に遊んだこともないアイといっしょにデートで遊ぶところから始めていたが、まだ口に出すまでは効果が出ていなかったらしい。
原作のように言わないまま死にたくないという状態なら言えたであろう『愛している』は今なお言うべきタイミングでも言えずのままだったようだ。
「愛ねえ……」
「もし口にして『愛してる』が嘘だったら……そう思ったら言えなくて誤魔化しちゃった……」
「うーん」
実際、アイに愛を確信させるにはどうすればいいのか。
もしも今ここにいるのがドーム前のアイだったのなら、『アイドル』を歌えば、自分のことを歌ってくれたようだと己に重ねて『これは嘘じゃない』と確信してくれるかもしれない。
しかし、今ここにいるのはそこから10年生きてきたアイなのである。
例えば、中学生の時、雷が堕ちたかのように衝撃を受けた言葉があったとして、それは年を取って大人になっても衝撃を受ける言葉だろうか。
感性はつながっているからいい言葉だと思うかもしれない。
でも、少年よ大志を抱けと言って冒険心を刺激されたとして、大人に大志を抱けと言っても『もう遅いだろ』とか、『家庭があるから今更そんなことはできない』などと否定が先に出て素直に受け取れなくなっているのではないだろうか。
大人は生きてきた年数分多くのものを積み重ねており、そして一から積み上げ直すには残りの時間が少なくなっているのだ。
そう、すでに過去と今ではアイの気持ちも立場も違う。
「……アイはちゃんとルビーとアクアを愛してるよ」
「でも……」
付き合ってきた感じ、アイは二人に確かに深い愛情を抱いているし、彼らと比べると大きさや種類が違うと思うが、俺にも異性への愛情を抱いているように感じる。
すなわち、愛しているのは間違いないのだ。
そしてアイも全くわかっていないわけじゃない。
だから『これは絶対嘘じゃない愛している』と言われても、アイにとってはそこじゃない! という状態なのだ。
そして、アイを自覚させればよかっただけの状態からより難易度が上がっていると言えるだろう。
だからこその、俺である。
「それに、アイは俺のことも愛している。二人ほどじゃなくても、種類は違っても、愛されてると思うよ」
「でも、……同じように思っちゃうかもしれないじゃん……」
あらま。
アイにとっては俺への思いが嘘だったときに連鎖的にルビーやアクアへの思いが偽物かもしれないと思ってしまいかねないと思うほどには愛だと思っているようだ。
嬉しいのだが、今この場では喜べることではない。
……どうしたものだろうか。
「ムムムッ」
AとBが1つずつ2つの箱に隠されている。
偽物か本物かは開けてみて初めてわかり、本物だったら自分のものになるが、偽物だったら没収されてしまう。
入っているのは両方本物か両方偽物だから片方が本物だったらもう片方も本物である。
Bのほうが安いものが入っていると教えられているのだから、Bを開けてしまえばいいだけの簡単なゲームのはずだった。
Bも惜しいと言われると途端に攻略法がなくなってしまう。
やりすぎてしまっただろうか。
こうなってしまうと逆に献身的にやりすぎてしまったかもしれない。
一人の女性としてのアイと付き合いを深めすぎてしまっていた。
これ、答えある……?
アイと一緒に唸り続けるが、解決策は浮かばない。
難問すぎるだろ、アイ……。
「そもそも、考え方がおかしいのよ」
「え?」
「愛に偽物はそもそもないわ」
何だその暴論。
極論すぎる。
見ろ、カナちゃんの一言はアイに衝撃を与えたようで目をパチクリしている。
カナちゃんはアイがわざわざ相談相手に選ぶほどにアイから見て『愛を知っている』と思っている相手なのだろう。
元々アイは俺と付き合っている相手を『愛を知っている人』として近づいてきた経緯があったが、カナちゃんに秘密の多い自分の家庭事情を話したほど信頼している相手でもあるようだ。
……いつの間にそんなに仲良くなったのだろうか?
「愛にあるのは量と質だけよ。愛してるに嘘はないわ」
「そんなはずは……」
「言うじゃない。愛が枯れたって。愛していた人が愛してない人になるのは偽物になったからじゃなくて減って枯れたからよ」
「愛が……枯れた?」
両親に捨てられたからこそのカナちゃんの持論のようだ。
「私を捨てた親もそう。私を愛してなかったわけじゃない。過去私を愛してたわ。私は愛されてた。でも、子役として売れなくなっていく私にかけた期待が裏切られ続けて愛が枯れたのよ。ああ、同情は不要よ。今の私は愛する人にずっとずっと注がれ続けてる。私の愛も全力で注げる。愛で私は一杯だわ」
「愛を注ぎ続けていた……」
「二人が生まれてから何かが増えていかなかった? 何かに満たされなかった?」
アイはじっと自分の胸を見つめるようにして小さくこぼす。
「あるよ……あるね……一緒に生きてきて、少しずつ、満たされていったような気がするよ……」
「なら──
「じゃあ、なんでファンへの愛は嘘なんだろう……?」
なるほど。
アイの迷いの根本を見た気がする。
そこがネックなのか。
ファンへ愛を向けた、ファンから愛を向けられた。
そのはずの愛が嘘から本当に変わらなかったからこそ、他の愛も偽物かもしれないと確信を持てないのだ。
この返しは予想外だったのか、どう言えばいいかと悩みだすカナちゃん。
だが、俺は知っている。
そもそもアイがなんと言われて嘘は愛と言い出したかも。
作品越しとはいえ、その本心に触れているのだ。
「ファンって誰?」
アイはファンを
なぜなら、アイは人の名前を覚えるのが苦手で、才能がある人でもないと覚えられないと言ってしまう人間だ。
だが、そんな彼女が覚えている人がいる。
アイにとって1ファンでしかないだろう、リョースケだ。
プレゼントと顔と名前が一致しているのだ。
一番星のアイドルとしてどれほどファンが居るかわからないくらいいるのに……だ。
アイは自分の子供も最初、顔と名前が一致しなかった。
それが一致したのは子供たちがアイへの愛情を示して愛が双方向になったときからだ。
臆病な彼女は愛されてから愛するようになるのだ。
アイドルアイとファンもまた愛は双方向だった。
だからアイはファンを覚えられて、そして【覚えられたのがリョースケだけの特別ではない】から、アイはトップアイドルとしてやっていけたのだ。
『ファンの名前も顔も覚えられないアイドル』と噂されればそれがどれだけ力があってもファンはアイドルの愛を疑っただろう。
人気になれるはずがない。
実際、ファンからそういった声は見たことがなかった。
リョースケ以外のファンもアイは他のアイドルと同じようにファンの顔や名前を覚えれていたのだろう。
【アイはファンの顔と名前を覚えられる】
【アイは双子が自分への愛を示して顔が一致するようになった】
【アイは双子を愛しており、ファンへの愛も偽物ではない】
では、どうしてファンへの愛を偽物だと感じるのか。
それが『ファンとは誰か』である。
「ファンって総称みたいなもので個人のことじゃないでしょ? 個人はコップで、ファンはプールみたいな。シャワーを浴びるように愛を注いでるから、ファンもアイを疑わない。アイに愛されてるって本心から思ってる」
だからこそリョースケも原作で狂ってしまったのかもしれない。
ゴロー先生も脳が焼かれて奴隷になるほどの愛なのだ。
「……だから、溜まったって感覚がない?」
「ファンの中には初めての子も新しい子もいるだろうしね。たくさんのファンを前にして、全員愛が満ちたと実感するのは難しい」
「愛に偽物はないか……たしかに、量なら溜まってる自信はあるよ」
どうやらその中身が本物かは自信がなくても、量には自身があるようで、不安の色が消えていく。
その瞳はランランと白く光り輝いていく。
心の陰りの状態表すように強く美しく。
一番星のように。
「愛しているよ、大輝くん」
「って俺!?」
「うん、あはは……! 嘘じゃない! 嘘じゃない!! そうだよね、愛に嘘もホントもないんだから! 嘘なんてあるはずない!!」
飛びつくように抱きついてくるアイを受け止めると強く唇を合わせられ、それ以上何も言えなくなってしまう。
「……はあ。じゃ、今日は帰るから」
柔らかなソファーで押し倒され、肉食獣に首を噛まれた草食動物みたいになってしまった俺にはもはや彼女を引き止める手段はない。
高ぶりきったアイの愛をたっぷりと満たすまで解放されることはなかったのだった。
やああっとこのシーンがかけました。
推しの子アイ生存モノの命題は【どうやってアイを守るか】でしょうが、もう一つは【どうやって愛を伝えさせるか】だと思います。
【アイドル】や気持ちで背中を押す方法が多い中、二人が大きくなるまで生きたアイは、だからこそ「愛している」といえない理由が異なると思って、アイ生存ハッピーエンドを迎える方法にめちゃ悩みました。
大輝が試したのは異性愛を本物だと思ってもらうことで家族愛も本物だと思ってもらう方法ですが、愛だと確信できる状態=失いたくない状態になって大輝くんでは救えなくなり、そこに現れたのがアイと同じく親に捨てられたカナちゃんで、自分と同類の彼女の言葉だから耳を傾けた、という感じになります。(ちゃんと表現できてましたか? ここまでとおすぎて今更かなーってなってないといいですけど)
やったぜハッピーエンド! (終わりません)