「それで実際どうなのかしら?」
アビ子先生の家には吉祥寺先生もいたらしく、お茶を3人分お盆にのせてやってくる。
お茶を受け取ったアビ子先生は好みの温度には熱すぎたらしくずっとふうふうと息を吹き続けている。
温度を下げる作業に夢中になったせいで部屋は静かになった。
これはわざとか。
さすが師弟ということなのかもしれない。
扱いが上手い。
「うーん、そうですね、脚本家のGOAさんは腕の良い脚本家ですよ。2.5次元でも成功させている脚本家です」
「これでですかぁ?」
しっかり脚本は読ませてもらった。
これでも子役の頃から長い間役者をやっている身である。
金田一さんから聞いている話も含めて考えればそもそもGOAさんが腕の良い脚本家だ。
実際、デートで何回か彼の舞台を見ているが、質はいいと思う。
脳裏に舞台が浮かび、進行をシュミレートする。
……頭の中の舞台は
……うん、大喝采に終わる。
きっと誰もが80点以上をつける良い舞台になるだろう。
成功は間違いない。
自分の気持を否定されたのかと顔を上げ睨みつけてくるアビ子先生。
バシバシと脚本を叩いて威嚇中である。
でも子猫に睨まれたところで怖くはなく小柄な体躯もあり、かわいいだけである。
「劇は漫画とは媒体が違いますからね。漫画は人それぞれのペースで読み進めてくれるから情報を多く詰め込める。でも劇はすべての席に座るお客様に状況を理解させる必要がある。原作を知っている人にも知らない人にも。説明過剰になってしまうのもわかります」
「じゃあしょうがないって言うんですか!?」
「しょうがないっていうのは簡単なんですけどね……。80点取れる舞台にはなりそうだと思います」
実際問題、東京ブレイドは大人気作品である。
同じく週刊連載の鬼◯の刃ポジである。
まだ話は続くし、となれば舞台も今回で終わりではなく、次回作も期待されている。
そのために大切なのは原作者の『上演権』を得る必要がある。
舞台化した、大盛況だった、でも原作者的には気に入らないので続きはやらせません。
これがとても困るのである。
原作では大成功を収めた身としてはそれ以上を目指したいくらいである。
であればおりこうで優等生な成功間違い無しの脚本より、役者任せの味の濃い舞台になってくれたほうがむしろありがたい。
「20点も下がってるじゃないですかっ!!」
「まあ彼は舞台化を成功させるための人間ですからね。失敗するな成功させてくれと強く言われているでしょう」
「これだから商売人はっ! クリエイターじゃないんですね、この人!!」
言いたい放題である。
原作でも脚本家の地位の低さ、成功は他人の物で、失敗は自分の物になると言っていたが、さもありなん。
だが、しょうがない。
舞台化とは原作の二次創作なのだ。
原作者の思いが100%の作品にならないのは当たり前だ。
そこをどうにかしたいのなら自分の不満を伝えるだけではうまくいかない。
「アビ子先生が思ういい作品にしたいなら、アビ子先生も努力しないといけないですね」
「でも、何を伝えてもこの人に響かないんですっ!!」
「響かせる手伝いならしてもいいですよ。でもその前に先生にもお勉強してもらいましょうか」
自分の思いを伝え、共同制作者になるなら、舞台にGOAさんにと色々知ってからじゃないと言葉は正しく届けられないだろう。
「まあ、なんにせよ、GOAさんの舞台を一緒に見に行きましょうか」
「むう。見たって脚本が悪いことには変わりませんよ?」
頑なである。
だが、現在のギャップは舞台を見てもらわないと上手くいかないのは間違いないのだ。
彼女は漫画家のプロであっても舞台のプロではない。
人を回し舞台を回すためには舞台に詳しい脚本家の力は絶対必要だ。
漫画において原作者は神だが、舞台では人としてしか関われないのである。
「そもそも二人は舞台って見たことありますか?」
「うーん、最近はまったく」
「小学生の頃に家族と……だから最近は見てませんね。……でも、そんなに変わらないんじゃないですか?」
「いいえ。舞台だって、年々進化してますよ。……初見の人が本当に驚くくらいにね」
映像という点に関して、確かに舞台は映画に勝てない。
なぜなら映画とは多くの費用と時間をかけ、最高の瞬間を客に提供できる。
背景舞台脚本を予算の限り詰め込める。
そもそも、舞台は舞台に来てくれている人がマックスの収益形態になるが、映画は全世界の映画館で多くの人に上映させることができる。
金銭面についてかけられる額に雲泥の差が生まれる。
映画にはすべて生の演技である舞台では太刀打ちができない。
そういう面があるのは間違いない。
だが、映像は映像だ。
舞台には直ぐ側で起こっているというリアルがある。
体験するコンテンツ。
それが舞台なのだ。
だが、原作でアクアがそうであったように、知識のない人間にとって未だ舞台とは学校の"お遊戯"の延長である。
中学高校で体験してきた学芸会や家族と連れだって行った古い経験の劇を思い浮かべる人は多い。
逐一舞台の転換に手間がかかり、黒子が舞台をおっちらと変更し、説明口調で、角度によってよく見えない。
違う。
そうじゃない。
前世の世界でもでもそうだが、この芸能が愛された世界では舞台とはもっともっと面白いものだ。
「ま、三人でデートと行きましょう」
そうなるとは知っていたので、GOAさんの舞台のチケットは押さえている。
さあ、既存意識を打ち砕きに行こう。