「ムー」
アビ子は怒っていた。
愛する作品のキャラの良さを全くわかっていないセンスのない脚本家にも、そいつについての不満をわかってくれない恋人にもである。
普段であれば不満ックスというか、感情を込めてハードに抱き潰すように愛されれば一時的には不満が晴れたはずだが、なにせ
さらに言えばこの作品はなかなか編集の目に止まらないでいたところを、彼と出会い、彼の魅せて語ってくれた話を受けて色を、命を吹き込んでもらったものでもある。
言うならば二人の子どもと言っても過言ではない。
はずである。
子どもを持つ、母親になる、そういったイメージは全くできないが、作品を愛することであればよく分かる。
だからこそ、不満である。
それこそ家庭に無関心な夫に腹を立てる妻の気持ちがなんだか今日わかったような気がするのだ。
ふーんだ。
だが、デートはちょっと胸が高鳴る。
普段は自分が出不精でアイディアが浮かんだらその瞬間から執筆作業をしてしまう関係であまり外に出ていない。
なにせ彼は創作意欲を沸かす源泉みたいなところがあって、少し一緒にいるだけでネタが沸いてきてしまう。
それに、お金を払って抱いてもらう関係*1であることを考えるとデートまで要求するのは憚れる。
今回は向こうから誘ってくれたのもあり、喜んできている。
それに吉祥寺先生もこの場にはいてくれる。
沈黙が苦しくなることはない。心強い。
まあもともと彼は話し上手の聞き上手なので、沈黙で困ること自体ないのだが、誰かと一緒にいると思うとやはり構えるところはあるのだ。
劇場に到着し、席につく。
椅子に座ると客側になるというか、作品を楽しむべしというスイッチが入る。
本日の作品はとある雪の女王の舞台である。
周りが感動しましたと色々言っていたので、なんとなくひねくれた精神が発揮され、視聴時を逃していた作品である。
少女漫画連載でそういう流行には敏感な吉祥寺先生は多分視聴している。
原作を知らないでみる劇はオトクなのだろうか、損しているのだろうか。
うーん、まあ、初見の客として見れるのだからいい……のだろうか?
劇場の席に座って思ったのは『ちょっと狭いな』だった。
映画館ほどゆったりしていない。
隣と近く、密度が高いといえばいいだろうか。
いい席みたいだが、それでも映画とは違うなと言う感じだ。
人気作品の舞台ということもあり、席はみんな埋まっている。
大人気らしい。
ふむふむ。
なにかに夢中になり、ワクワクしている人たちの顔をしっかり見ておく。
自然な表情はどこかで使えるかもしれない。
……書いて残しておきたくなってきた。
我慢する。
トイレに行くふりをしてちゃっと書いてこれないだろうか。
いや、トイレが長くて頻度の高い女とは思われたくない。
我慢しよう、我慢、我慢。
周りを見ていると欲が出てくるので自分の足元を見ていたら心配されてしまった。
手をぎゅっと握られる。
……ムラっと来た。
さっきとは別の意味でトイレに行きたくなってきた。
ここに来るまでにそういえば多目的トイレがあった気がする。
多目的トイレの多目的にはそいういうことも含まれているだろうか。
……成人雑誌じゃねーんだぞと脳内で吉祥寺先生に怒られた。
ぱっと顔を上げると先生と目が合う。
何かを見通すようにちょっと冷めた目をしていた。
さすが先生。
幕が上がるまでじっと足元を見ていた。
「幕が上がりますよ」
顔をパッと上げた。
このためにちゃんと今の舞台を見に行ったぜ!
舞台見て、他にも興味持って、推しの子かスパイファミリー見に行けばよかったってなりました。
みんなも舞台見てみるといいよ!