父と母が旅行に行った。
ゆっくりしてくると上機嫌だった母。もしかしたら弟妹ができるかもね? なんて。
それに対して俺は心から送り出していた。
まあ、心中では仲の良すぎる二人にあきれていたくらいだったかもしれない。
はいはい、仲がいいことで。なんて。
「大輝、いい子にしてろよ」
「え? うん」
「お土産買ってくるからね」
いい子にしていろと声をかけられたのは多分初めてだった。
それがどことなくらしくないような気がして首をかしげる。
でもそれも強く頭を撫でられて何を考えていたかも忘れて二人を見送った。
見送ったんだ。
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「え?」
マネージャーさんが撮影の合間に走ってきて、有無を言わさず腕を引っ張って。
いつぞやの変態みたいにこの人も目覚めてしまったのかな? いつ殴ろうかなんて冗談は必死な表情を見たら何も言えなくて。
タクシーの中でも「いいからつくまで黙っていてください!」なんて言われて何も言えなくなって。
連れてかれた先には怒り狂ったような表情の父と必死な表情のまま固まった母がいた。
声をかけても全く動かない。
当たり前だ。
二人は死んでいるのだから。
「ご両親で間違いないかな?」
「あ……はい……」
医者だか警察だか見知らぬ大人が何かを言っていて、でも頭には届かなかった。
二人は死んだ。俺の両親は死んだ。
それだけは現実だ。
「おかしーだろ……」
ゆっくり休んでくださいとマネージャーに家まで連れてかれて、電気もつかない真っ暗な家に帰って。
誰も声をかけてくれないからそのままリビングで崩れ落ちた。
「なんで……?」
確かに原作で二人は心中した。
旅行先で事件を起こしたみたいな感じだった。
でも、現実でも心中? 二人が?
原作での二人の温度感はわからない。
愛し合っていたのか、そうでなかったのか。
俺は知っている。
俺が役者を目指すと告げるまでは父の、清十郎の態度は家庭を顧みるようなものではなかった。
きっとずっとあんな態度だったからそれもあって子供の大輝からは嫌われていた。
『才能のある女を食物にして自分の才能のなさをごまかすクズ』みたいな扱いだった。
けどここの父は違う。
俺を誰よりも応援してくれていて愛している。
それに、応援の結果か、自分自身もやる気に満ちていて、だんだんと才能が開き出したみたいな感じで、役者としても成長している……みたいに言われていた。
無論、自分が父の血が繋がっていないことは覚えている。わかっている。
でも、清十郎は父だった。
確かに愛情を注いでくれていた。確かな愛情を感じていた。
だからこそ、原作のような事件は起こらないと端から頭の中になかった。
心中って二人で死ぬことだ。
母にはきっとそうする気持ちはなかったはずだ。
じゃなきゃ弟か妹ができるかもなんて未来の話を語るとは思えない。
ミステリーでよくあるやつだ。
未来の約束を自殺者はしないだろうって。
ごまかすためならするかもしれないけど、あの言葉にきっと嘘はなかった。
父が、母を殺して自分も殺した。
あるいは母を刺した父を母が最後の力で差し替えした……のかもしれない。
わからない。
大人は幼児になんて死因の詳しくまで語らなかったから。
「なんでだよう……お父さん、お母さん……」
昨日まで暖かく自分を迎えてくれたはずの家は寒々しいままだった。
凍えて自分も死んでしまいそうだ。
いや、死んでしまってもいいかもしれない。
なぜ旅行になんて行かせたのか。
自分は知っていたじゃないか。
軽井沢のコテージで心中したって。
旅行先を聞いておけばよかった。
そうしたら止められたはずなのに。なにかできたはずなのに。
泣いて喚けばきっと予定を取りやめてくれたはずなのに。
死ぬ前ならなんとかできたはずなのに。
止まらない涙を流したまま一人寂しく丸まった。
一人の家はとても寒々しかった……