カミキヒカルはあの日から地獄を生きていた。
アイを騙す男から開放するため。
リョースケに語った戯言は、けれど繰り返すうちに自分の中でも真実になっていた。
それくらいあの医者は立派で誰よりもアイに向き合っていて、結局答えの出なかった愛のようなものを持っているように見えた。
けど、完全にリョースケにやらせるつもりの犯罪は彼が怖がって逃げたことで破綻した。
雨宮医師を崖に突き落としたのはカミキヒカルだからだ。
暗い闇の中、一軒家近くの崖からリョースケと遺体を掴んで人のこなさそうな打ち捨てられた社の奥に遺体を隠した。
この期に及んで頭の方を持ちたくないと喚く彼のせいでカミキヒカルはずっとずっと彼の顔を向き合う羽目になった。
きっと優しい人だった。アイに向き合えて信頼されるくらいに。
きっと素晴らしい人だった。医師として何人もの人を救っていたのだから。
カミキヒカルは役者をしていて、その道を生きると極めていて、だから一般的な教育などどうでもいいと少し思っていたけれども、中学生の彼に学校教育はたくさんの常識と道徳を与えていた。
ネジ曲がっていても、愛を得たいとこびていた彼は道徳をしっかりと理解していた。
落ち着いてから彼を襲ったのは罪悪感だった。
道を歩いているだけで誰彼が自分のことを噂しているような気がした──気のせいだ
道を歩いているだけで肩を叩かれ警察に罪を断罪されるのではないかと安心できない──気のせいだ
でも、その瞬間カミキヒカルの人生は終わりだ!!
罪人に愛など得られるはずがない! 僕の人生は終わりだ!!
カミキヒカルは胸の不安に暴れ出したくなった。
でもそうしたらなぜそうするのかと疑われる。
怪しまれるようなことはできない。
けれど、なんとか隠すことはできても、心を開くことができなくなった。
感情演技をした瞬間に己の詰まった扉からこの気持ちが漏れるのがわかっていたからだ。
役者はやめるしかない。
どう考えても無理だった。
こうして初めてカミキヒカルは親を頼った。
といっても父親と法的なつながりはない。
カミキヒカルは愛人の子でその愛人自体も死んでいる。
だから父親からは『俺に迷惑をかけるな』としか言われてないし、だからこそ何も頼らなかった。
役者になったときには何者でもない自分が誰かになれる奇跡に天職を得たように感じてたし、子供ながらに美しいらしい自分の体には大人の女性からお小遣いをせしめる程度には価値があると感じていた。
だがそれでも身近にいた女性たちではなく父を頼ったのは、
……もしかしたら今の自分を見たら今までと違って……
いくつもの希望を胸に父に会いに行った。
「そうか。まあ、すぐ飽きると思ったらよくもったほうか。役者をやらないなら学校に行け。いつまでも遊んでいるな」
「あ、はい」
「卒業したら大学には行ってもいいが芸能事務所を開け。縁故で仕方がない相手からだが事務所を買い取ることになった。だがわざわざ私が経営する意義を感じないからな。これをお前への財産とする。いいな?」
「はい。ありがとうございます」
「覇気のない答えだ。子供の出来は親次第だな。もっといい女を抱くべきだった」
そう言ってカミキヒカルの父は去っていってしまった。
「そうだね、子供の出来は親次第だね……」
高級レストランの片方空いた席でポツリと呟いた。
最初の妻が子供を生んで死んだからと女を選ぶようになった父。
本妻には東大に行っている医者志望がいるらしい。
同じように育っていれば大事にされるだけの価値があっただろうか……。
だがあの父の態度に期待するだけの心は萎えていた。
それからは学校に通いながらアルバイトとしていつか継ぐ事務所の仕事を覚える日々。
そんな中、まだ大してたっていないはずなのに懐かしくなるララライのメンバーに出会った。
「あ、カミキヒカル。ひさしぶりじゃん」
「ん? だれだ?」
「おいおい。お前の息子の大輝と歳が近いからって面倒見てくれてたカミキヒカルだよ」
「おお、そうか! そういえば息子から名前を聞いたな。今どうしてるんだ?」
「あー、その、親から芸能事務所をつげって言われてて。今バイトしながら勉強中です」
「お、まじかよ。将来の社長様と繋いでおかなきゃな。どうだ、夕食いっしょに?」
学校や事務所で忙しい日々は少しだけ殺人への意識をそらしてくれていた。
演技をするのでもなければバレはしない。
少しだけ古巣の様子が知りたくてカミキヒカルはうなずいた。
ここで決定的に方向が歪んだ。