その後のことは実に原作通りに進んだ。
道を案内する小さな二人はとても気持ちが悪くて見る人の肝を冷やしたことだろう。
「うぐっ、ひっぐ。かな、あの子よりずっとだめだった……」
かなちゃんは初めて自分の年下に実力差をわからせられてぎゃん泣きである。
ただ、面白いのは同時にアクアもまたかなちゃんにわからせられている点である。
”演技をしなくてもお前は十分気味が悪い”
普通ならトラウマモノの監督の意図を読み取り演じずに演じたアクアであるが、同時に彼には自分は何もしなかったという自覚があり、すぐ隣には1つしか年の差がないのにそんな自分と同じように怖がらせる演技のできたかな。
できの評価であればアクアが勝者であるが、アクアの要すれば”大人の精神が子供に宿ってしまっている”特性はアクア本人にとっては自慢できる部分ではなかった。
そのうえ、演じてない自分である以上それを活用できない撮影現場であればどんなシーンであっても子役としては高レベルなものを見せるであろうかなちゃんとの勝敗は明らかになっただろう。
化けの皮は簡単に剥げるな、とアクアは悟ったにちがいなかった。
アクアは化け物だったから化け物の演技がうまくできただけだ。
化けることができるわけではない、と。
これもあって役者への露出がなくなり、監督で裏側を学びつつ、十分な実力を蓄えようとした……のだと思われる。
だが、アイが死なないのであれば裏方で鍛えるより現場で鍛えるのが何より早いし、そもそも役者ではなく医者を目指してしまうかもしれない。
憧れとは理解から最も遠い感情だ、という気はないが、誤解したままでは仲良くなれないだろう。
「かなちゃん。彼はきっと演技をしてなかったよ」
「え?」
子供の言語は親というか育っている周りとの会話量に大きく影響を受ける。
基準に使われているのが語彙数だ。
例えば2歳くらいだと200~300語ほどの単語を操り、二語文を使い始める。
すなわち、ママ、わんわんなどの単語から、『ぶーぶー いく』、『わんわん いた』などの単語を組み合わせて話すようになるのだ。
主語を理解し、何がなにをしたと状況を説明できるようになるということ。
2歳半くらいになると更に複雑になり、語彙は400~500語で三語文を使うようになる。
『ママ きれいきれい して』とか、
『おっきー わんわん こわい』などだ。
3歳位になると1,000語と大分語彙が増え、疑問文や質問文も使い出す。
つまりはどうしても子どもの会話は端的なものになる。
思い出してみてほしい。あなたのまわりに三語分を使う大人はいるだろうか。
いや当然こんな話し方をする大人はいない。
え? 旦那が「ママ 帰った」「ごはん まだ?」「もう 寝る」しか言わない?
……えーと、それは夫婦の会話が足りない可能性がある。
よく話し合ってほしい
だが、アクアはどうだろうか。
大人の語彙は3~5万語にもなる。
医者として高い教養を持っているアクアであれば更にであろう。
彼は大人と対話できる。
正確には対話自体はどの子役も行うが大人レベルの語彙で大人と会話の応答・対話ができているのだ。
「つまりアクアはかしこすぎるから不気味になれるってこと?」
「監督もよく捕まえてきたよね。でもあんなに頭いいと大変なんだろうな―周りと話とか合わないだろうし」
でもかしこいってすごいってことじゃ? となんだかわかったようなわからないようなの顔だが納得してくれたらしい。
次回は仲良くしてあげれる? と聞いてみる。
「ふふーん。アクアがかなに泣いて頼むならね!」
ライバルに頼まれる自分を想像して機嫌は良くなってきたようだ。
「ルビーとはどう?」
ついでとばかり聞いてみると、実力を認めたアクアとは雲泥の差が返ってくる。
「あの子はぜったいヤ!」
仲良くしてもらうのはどうやらなかなかむずかしそうだ。
いろんな段階を経て大人になっていくんだなあと思ったりするわけですが、
転生者が子供になりすます展開ありますが、こういうのを見てると純粋なふりをした程度では子供になれませんね。
明日も更新します。