「あまり焦るとうまくいきませんよ」
何でも屋といいながら見た目はしっかりとサラリーマンに見えるスーツの男から紅茶を差し出される。
サラリーマンはクソです。と言って何でも屋をはじめたらしい一線越えてる男だ。
体もかなり鍛えており、身体自体大きい。頼れる厚みである。
紅茶を口にする。香りと温かさがゆっくり染み込んでゆく。
いつの間にかしていた貧乏ゆすりが止まる。
今日は運命のドームの日だ。
アイが殺される日だ。
決して今日を弟妹の悲しみの日にしてはいけない。
アイのマンションの一階上の部屋で現在は待ちである。
最近のカメラはそうであると疑って見てもそう見えないものが多い。
そして、内側に入り込めさえすれば仕掛けるのは簡単なことだ。
随時誰かがいるアイのマンションの部屋内にカメラを仕込むようなことは難しい。
だが、例えばドアを映せば外出、帰宅の確認やリョースケの訪問がわかる。
マンションの入口も見ておけば僅かだが事前に備えることもできる。
当日、俺達はマンションの入口、裏口、アイのドアを見ながら待っていた。
何でも屋の男は半信半疑ではあったが、それでも仕事として十分な緊張感をもって挑んでくれていた。
破裂しそうな心臓の音を抑えながら待っているのは俺だけだ。
はやくこいはやくこいはやくこい。
破滅の死神であったが、準備をした今はむしろ一秒でも早く来てほしかった。
「花を持ったコートの男、マンションに来ました」
「来たかっ!」
本当は最初から最後まであとは何でも私がやりますよと何でも屋のお兄さんには言われていたが、ここだけは譲れない。
ふうと息を大きく吐き姿見を見る。
このマンションにやってくるときは常に変装し、いたずらっ子な小学生になっている。
姫川大輝だとは誰も見抜けない。
最終チェックを終える。
部屋を出て、下に降りる階段で彼を待つ。
カツカツと階段を上がってくる音が聞こえる。
ギリギリアイの部屋のドアまで来てもバレない位置で待機。
ソワソワとしながらインターホンを押すリョースケ。
花束をいじっており……隙間からナイフの鈍色の光が……
見えたっ……!
ドアが開こうとするその瞬間っ!!
俺は部屋から持ち出していたアレを浮かせる。
「いっけえええええええぇぇエエエエエエ!!!」
サッカーボールのシュートが花束とリョースケの顔に当たる。
漫画の世界のようなスーパーシュートじゃない。
小学生になって間もない小さな子供のショットだ。
ボールだって3号球。決して硬いものじゃない。
でも、飛んでくると思っていない。
一瞬の混乱。でもそれでいい。
リョースケがこちらを向く。
彼にとって神聖な女神への問いかけの場が邪魔されたからだ。
憤怒の表情。
……俺を見たな!!
「パパっ!! 助けて! ナイフを持ったおじさんに襲われるっ!」
そう、全ては俺を主体にするため。
俺が襲われる。
そうすれば
「邪魔するなクソガキッ!」
「うちの子にさわるなっ!」
アイドルファンの引きこもり大学生と仕事柄荒場も体験している護身術習得の何でも屋。
ナイフを威嚇のように向けているが、通勤カバンが彼の体を殴りつけ、うめき声を上げた瞬間に追撃で蹴り飛ばされてしまった。
弾け飛ぶように落ちたナイフ。
油断なく彼はナイフをリョースケから見て遠くに蹴り飛ばすと腕を捻って押さえつけた。
「
「う、うん。部屋から呼んでくるね」
「ええ。慌てなくていいですからね」
七三分けの彼は本当に頼りになる。あらかじめ決めておいた偽名に応えた。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「え、ええ。どうやらナイフを持った男がマンションに入り込んだようです。……通報しますがよろしいですか?」
「はい。──ねえ、あなたって……」
アイとリョースケの間でなにか会話がなされたようだが、俺は急いで一つ上の階に戻り、警察に通報した。
**
その後リョースケは警察に掴まれてパトカーで運ばれていった。
後の何でも屋からの報告だが『何でもリョースケは一目惚れして自宅を特定。花束を持って付き合ってほしいと言いに来た』
……ということにしたらしい。
要は双子やアイドルを表にせずに丸めたということだろう。
後の話になるが、実際、この件はテレビでもニュースにならずに消えていった。
まあ、アイドルを狙ったともバレてなければただのストーカーのあまたある未遂の事件だ。
命を守ることが最優先で秘密はリョースケくんが自害しなければ守られない。
であれば正直、秘密まで守れるかの確信も守るための作戦もなかったが、アイ自身が守ったようだった。
「はー、うまくいってよかった」
「そうですね。私はこのまま警察に行きますが、あなたはどうしますか?」
「うーん、予定どおりかな」
「そうですか。ではまた夜に話しましょう」
そう言って何でも屋と別れる。
今日は予定がある。
俺みたいなやつなら誰だって予定に入れるだろう予定だ。
**
「あ、おそーい」
「ごめん、メグ」
水道橋駅すぐにあるカフェで待ち合わせの約束だったが、遅くなってしまったらしい。
今日は彼女とデートである。
行き先はもちろん……
「B小町のドーム公演、楽しみだよね―!」
「そうだね」
本来行われないはずのドームライブ。楽しまないわけにはいかないだろう。
初めてのアイドルドームライブ。
ファン全員での応援。
高まり続ける一体感。
最高のアイドルたちによる最高の時間を噛み締めた。
終わりません。
第一次防衛作戦成功。