俺の推しが死んだ。
いや、死んだらしい。こんな風に書くのはまだ死んだと思えないからだ。
でも、受け止めきれない俺とは別にニュースは彼女の死を垂れ流す。
うそだ、うそだ……。
冗談だと言い聞かせてもだあっと汗が流れ溢れていく。
漁るように何社も何社もニュースサイトをめぐり、ツイートを見て、どこか否定してくれる証拠を探す。
段々と血の気はひいて体は震えだしていた。
彼女は俺の推しだった。
俺の担当していたアイドルだった。
なかなかアイドルをうまく売り出せなかった俺。
『お前はアイドルに惚れられてない!! だからいいところを売り出せないんだよ! お前が惚れたアイドル連れてこい!』
なんて無茶振りされて何日も何日も街を歩いて。
ナンパなんてしたことがなかった俺が目があった瞬間に惚れ込んだ少女だった。
惚れてしまえばいいところなんていくらでも見つけることができた。
今までどうして気付けなかったんだろう。
ファンがこのレベルで目を向けるならたしかにそりゃどこがいいかもわからないのに売っているアイドルなんて売れないよな。
過去の担当に謝りながらも俺は彼女に夢中だった。
無事にアイドルとして契約してくれた彼女にあらためて自己紹介すると『一緒に頑張りましょうね!』なんて言ってくれた。
アイドル名は一緒に考えた。
好きなものからつけようかなんて話に海の音が好きというからマリンに決まった。
それから俺は惚れたアイドルのためになんだってやった。
仕事を取るためなら土下座だってしたし、接待では吐くほど酒を飲まされても笑ってもう一杯飲み込んだ。
一緒に戦略だって考えた。
彼女はとても優しいけれど、そのせいかちょっと押しが弱くて、出番を別の人に譲ってしまうような姿勢があった。
もったいない、飛び込まなきゃ。
でもうまくいかないんです、という彼女にじゃあ、うまくいっている人の真似をするといいかもしれないね、とアドバイスしたんだ。
彼女がこの人がいいと見せてくれたスマホの先には”B小町のアイ”がいた。
確かに輝くなにかのあるアイドルで、人の目を奪ってしまうアイドルでもある。
イイネ!
俺達は二人で一緒にアイを研究して、学んで、盗んで。
功を奏したみたいで、あの子はガンガン人気になった。
真似は正直7~8割ってとこだけど、その分漏れる2割からは彼女の人の良さとファンへの愛情が見えていた。
最高だけどどこか隙のない星のようなアイドルと違って、皆を受け止めてくれる大海のようなアイドルだ。
彼女ほど素晴らしいアイドルはこの世にいない。
誰をも魅力してしまうに違いない。
そのはずなのに……なんで……。
俺は崩れ落ちた。
彼女の葬式に出て死体と対面して、死を確定されてしまったからだ。
本当に死んでいたからだ。
ドッキリでもなんでもなくて、本当に、ほんとうに死んでいたからだ。
涙は溢れに溢れて体中から水分ができるまで流れた。
葬式から帰っても止まらなかった。
そうするとだんだん俺は気力がなくなってしまった。
力が出なかった。
起き上がるのも億劫になった。
体は惰性で仕事にでたけど情熱がわかなかった。
彼女が死んでも俺は彼女を愛したままだった。
時々夢の中には出てきてくれるので俺は一生寝ていたかった。
彼女の夢で終われるのであればそのまま目覚めなくても良かった。
目が覚めるたびに生きていることに絶望した。
狂ったネジは狂いっぱなしだった。
彼女の笑顔を見ればいくらでも吹き飛んだストレスは日に日に溜まり続けた。
寝るためにはアルコールが必要で、その量は増えていくばかりだった。
そして、アルコールを取りすぎると夢が見れなかった。
あの子が少しずつ遠ざかっていっているのを感じた。
今すぐ死にたい。俺はその日を待っていた。
そんな、ある日のことだ。
仕事終わりに公園で缶ビールを飲んでいた俺の眼の前に女の子が現れたんだ。
「わ、マリンちゃんのマネージャーさんだ!」
「へ、ああ……そうだよ……」
マリンは孤児だったから家族がいなかった。
マネージャーの俺を兄代わりだと時々一緒に写真を取っていたからファンなら知っている人は知っていた。
こんな小さい子もマリンのファンだったんだなあと思うとそれだけで涙が出そうだった。
「あ、あのね、マリンちゃんって事故だったんでしょ……?」
「あ、ああ。そうだ、事故で……じこで……」
雨でもないのに頬を水滴が伝っていく。
ファンの前だというのに涙を止められそうにない。
そう思ったのに彼女の一言で涙はピタリと止まった。
「でも、彼女を突き飛ばした人見ちゃったんだ……」
事故死と言われていた。
旅行に行った彼女は田舎の路線で物を落として線路を覗き込んだかなんかして落ちてはねられた……という話だった。
落としたのは彼女の母親が残したらしいハンカチで使わずにお守り代わりにいつも持ち歩いていたものだった。
「え……そんな、嘘だろ?」
「うん、その人がね、路線にハンカチをわざと落として……マリンちゃんがなにするんですか、カミキさん!! って」
(かみき? ……かみき、かみき、カミキ……カミキヒカル?)
人気になってきたマリンにファンなんだと仕事を回してくれた事務所の社長だ。
特に目がいいとお気に入りだった。
だが一体なぜ彼が?
「ハンカチを追って覗き込んだところ突き飛ばしたの……そしたら、マリンちゃんが……」
泣き出しそうになった少女。普段だったら慰めただろうがそうはできなかった。
彼女の両肩を掴むとグラグラ揺さぶった。
「カミキ! カミキって言ったんだな!? なんで警察に言わなかったんだ!」
「マリンちゃんが轢かれるところ見てショックで……気がついたら何日もたってて……そしたら見間違えの気もしてきて……」
わからないでもない。
俺だってマリンが死んで茫然自失としたのだから。
泣き出す少女に俺は共感していた。
彼女は俺の仲間だった。マリンのファン。
彼女の勇気を信じてやれずに何を信じるんだ。
俺の体に燃料がこれでもかと盛られていくのがわかった。
事故じゃなかった。
神様以外に俺から、みんなからマリンを奪ったやつがいた!!
そこからはスムーズだった。
当時のカミキヒカルのスケジュールや周りを調べるうちに、マリンのファンが盗撮したらしいマリンとカミキが途中の新幹線で自由席に一緒に乗っていた写真を手に入れたり、駅で写真を片手に聞き込みをしたら事故前に二人が並んで話していたことも知った。
マリンは形見のハンカチを大事にしていた。
簡単に落とすようなことはない。
だが、言えば誰にでも見せてくれる。
彼女の誇りだったからだ。
実際に俺もそれで見せてもらった。
手縫いで彼女のイニシャルとイルカが刺繍されているのだ。
一緒に行った水族館で見たイルカが好きすぎて縫ってくれたのだ。
だから”母の自慢”をするのによく使っていた。
それを奪って路線に落として……突き飛ばして、こ、殺したのか……?
俺のマリンを奪ったのか!?
──人生でこれほど人を恨むことはないだろう。
俺はカミキヒカルを殺すことにした。
推しが死んだ……