カナの生活は変わった。
今までの生活には薄れていてもママがいたがいなくなったのだ。
変わらないはずがなかった。
それでもカナはどこかで願っていた。
あの苦しかった日々よりマシになにか変わると。
けど、そうはならなかった。
確かに家は汚れなくなった。ママがいないからだ。
でもきれいになるわけではなかった。
カナがきれいにした分、カナの生活で汚れた。
親権はパパが得たが、元々パパは仕事が大好きな人間であまり家には帰らなかった。
娘だけの生活になってもそれを変えることはなかった。
パパは家のことと子供のことは母親がやるものだと思っており、今回非難したのもママが母親の仕事をこなさず、妻としての信頼を裏切る不貞をなしたからというだけだった。不貞をせず、母親の仕事を最低限してさえいればどんなに荒れても問題視しなかっただろう。
別にパパには一人寂しくしているだろうカナのために家に戻らなければという思いもない。
パパはパパの仕事をして家庭にいれる分のお金を稼ぐという仕事をしている、という認識だからだ。
だからカナは今もママといたときと変わらず寂しいままだった。
いや、ママがいない分それ以上に寂しかった。
「カナ。ママがいないんだ。家のことはちゃんとカナがやらないとだめだぞ」
「うん……ごめんなさい、パパ」
帰宅したパパは言った。
パパはコンビニから買ってきた一人前の牛丼を食べながら、掃除はカナがちゃんとやらなきゃなという。
カナには普通の家庭というのがよくわからなかった。
カナにとってよく見るのはドラマの家庭で、カナはその一員に何度もなった。
どの家庭も円満とは言い難く、演じていたカナは何度も泣いた。
だとしたらカナの家庭も悪くはないものなのだろうか。
涙は流れていない。流れもしない。
パパは普段家にいない。
だから掃除は家にいるほうがやるべき。
カナが子供でパパが大人であるという点は理屈になかった。
パパの引く線は冷たく残酷で寒々しかった。
頑張っているがどうしても学校や役者で忙しい。
勉強は意識しないと遅れてしまいがちだから目一杯頑張らないといけない。
役者は……いま、そこまで忙しくないが、未来のための訓練には手を抜けない。
思えばママはパパに認めてもらう方法を探していたのかもしれない。
色んな試した中でうまくいったのが私だったのだ。
ママにとっては何よりも嬉しかったかもしれない。
周りにも自慢できることで、夫にも自慢できることで、パパがママを褒めて……そんな日々はママを満たしたかもしれない。
「カナが悪いのかな……」
ママは言っていた。
「カナが売れなくなったから……人気のままだったら……」
昔に戻りたい。
みんなチヤホヤしてくれた。
ママも監督もスタッフも。
『カナちゃんすてきだよ、かわいいよ、上手かったね』
でも、だから頑張ってきたつもりだった。
プロとして誰よりも実力をつけたつもりだった。
ライバルたちにだって負けなかった。
でも、年齢が上がるごとに環境が変わっていった。
まず最初が同世代にむやみに泣く子がいなくなった。
最初、同じ子役たちはあれこれと泣いた。
ママがいないだとうまくいかないだの疲れただの。くだらない奴ら。
役者なら泣くのは演技でやりなさい!
そう思っていたが、カナの同世代にはそういう子がいなくなった。
出来の良し悪しはともかく、同年代は誰もが監督の言う事を聞いて監督の言う通りに演じるようになったのだ。
年齢による落ち着きを周りは身につけた。
カナの第一のカードの【大人の言う通りにする】がカナだけのものじゃなくなった。
次に脅かされたのは演技だった。
小学生でおゆうぎ会やドラマに感化されてこの世界に入ってくる子が増えた。
それどころか劇団あじさいのように子役にレッスンを積ませるところを経由してる子も多い。
親の無理矢理の習い事できている連中から、本気で夢を見ている連中にライバル層が変わったのだ。
カナに憧れて子役になったという女の子も何人もいた。
カナに憧れるような人間に負けるわけがない。
もちろん全員蹴落としてやった。
カナにはセンスと生まれたときからずっと行っていた現場での経験があったから頭一つ抜けている。
けど、その差は頭一つでしかないというのが感じられた。
訓練をサボればあっという間に埋まるだろう間だった。
焦りが生まれた。
芸能界という水面に頑張りながら頭を出しているような状態だった。
周りは敵でみんなが足を引張って溺れさせようとしてきていた。
そして一度でも沈めばもう戻ってこられない。
周りの子を見ればわかる。チャンスの回数は多くない。
掴めない子は沈んでいくのだ。
涙を流して業界を去っていく子は何人だっていた。
いつかいずれコイツラは私の足を引っ張って窒息させて自分たちだけが表舞台に顔を出そうとする。
肥大化したプライドからのおままごとのようなわがまま。
追いかけてくる後続への焦りから本物の不満を撒き散らすわがままになった。
カナの第二のカードの【演技ができる子供】がカナだけのものじゃなくなった。
いつの間にかカナは扱いにくい子供になっていた。
毎日練習、練習。仕事、仕事。
そうやって守り続けたポジションなのに
今のカナちゃんの仕事はないよ。
大きな役の仕事があれほど回ってきたのに仕事が減った。
なんでとマネージャーに追いすがれば
『あのね、カナちゃんはもう子役する年齢じゃないんだよね。というかいつまでここにいるつもりなの? お母さんなんて言ってる?』
あんなに長い間カナをチヤホヤしてきたマネージャーは冷たく言った。
なんで? 天才子役って言ってくれてたじゃない。
私は有馬カナよ? 天才子役なのよ。
『子役って言うのはああいうフレッシュで可愛い子たちのことを言うんだよ』
そこにいたのはかつての自分のようなこましゃくれた女の子だ。
自分が可愛いという自信に溢れており、きらめいている。
世界に選ばれていると思っている……いや、世界が自分を選んで当然だと思っている笑顔。
「もうカナさんの時代は終わりなんですって! マネージャーは私の仕事で忙しいんですから仕事のない人は彼をじゃましないでくださ~い。わかりました? オ・バ・サ・ン」
入ってきた時は『カナちゃんに憧れて子役になりました』とか言ってたヤツだと思い出して……だからどうしたと言うんだと手をおろした。
今度は私が追い落とされる側になったんだ。
ついに私の足は掴まれて窒息させられるんだ。
自分はもう、必要なくなってしまったんだ。
カナの第三のカードの【年齢】が失われた。
家族も事務所もカナを必要としなくなった。
それでも、役者がやりたかった。
それでも、役者でいたかった。
誰か私を見てよ……。
「子供に戻りたい……」
未来がいいものになるかもしれない。
そんな希望といっていいものを失ってカナはうなだれた。
誰か、私はここだよ。
本当に誰も私のこといらないの……?
理想の