推しの子の異母兄   作:もこもこ@

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062 まっくろくろすけ

 

 俺の現場への移動手段はマネージャーの送り迎えの時も多いが、タクシーや場所によっては電車で移動することもある。

 カナちゃんと現場が同じであれば一緒に近いほうの家に帰ることもあるが、そうではない今日のような日は気分で一駅、二駅散歩して帰ることもある。

 

 ただの散歩ということなかれ。

 実際の季節とずれて撮影する現場との季節感の認識を合わせたり、目を向けなかった小さなものが見えたりとおもしろさもある。

 

 学生が夜に歩きで帰るのはあまり良いことではないが、それでもまあそういう気分の日もあるわけで。

 だが、得てしてそういう日こそ変わった出会いがあったりするものである。

 

 

 不知火ころもと共演した今日あまは好評だった。

 

 作者である吉祥寺頼子先生が自作品の初のドラマ化ということもあり、比較的熱心に作品に関わったこともあり、【出演者の魅力に合わせたストーリーの調整】【原作と異なるラストの許可】などを出しており、監督とはだいぶ強めにやり合ったらしい。

 初めて現場に来た先生は期待と不安にいっぱいいっぱいな表情だったが、俺達の撮影を見て目をギラギラと輝かせながら

 

 『あなた達に惚れたわ!』

 

 と暴走を始めたのである。気に入られたのは良かったが、原作者が気合を入れすぎて現場が混乱するケースも多いらしいので今回は本当にうまく行ってよかった。

 最終回を迎えてだいぶした後のWEBドラマであれば先生もそこまで気力がわかなかったかもしれないが。

 

 もしかしたら今日あまを石上くんから教えてもらって、俺ところもの間にもブームが来ていたからかもしれない。

 

 コミックスでは足りず、物語が動いた回は3人であれこれ話していたのでいつの間にか俺達は自然と雑誌派になっていた。

 コミックスになるまでの一ヶ月以上の認識の差が許せなくなったのである。

 

 早く続きが知りたい。

 

 そう、俺達は今日あまのファンで雑誌の展開をベースに演技を行っており、それを察した先生は俺達を気に入ったのである。

 

 この二人が演じるのであればもっといいストーリー展開がある。

 私ならもっとキュンとさせることができる! と吉祥寺先生は見学のその場で原稿を書き出したのである。

 そして一時間もせずに完成したのが今日あまドラマ版のストーリーだった。

 

 雑誌で連載されている今日あまとは少し味付けの違う俺達のための今日あまだった。

 

 

「どう?」

 

 

 満面の笑みを浮かべる先生に俺は

 

「これで俺達の今日あまを演りたいです」

 

 と返して……ドラマは新しい物語で進むことになった。

 もちろん、先生の台本がそのまま全部通った訳では無いが、人気作品に合わせた漫画をドラマで再現するだけのドラマからドラマ版今日あまという新しい作品になったのだ。

 

 最初はん? と思われた。

 

 甘口で注文したものが超甘口だったようなものなのだからそうもなるだろう。

 でも、これはこれで美味しいと受け入れてくれるファン。

 

 ……さすが、吉祥寺頼子先生だぜ。

 

 それはそれとして準備が全部方向が変わったので大変な現場ではあった。

 脚本家が「ま、まあいいものになるからいいか、いいよな。うん、だいじょうぶだいじょうぶ」と少し青い顔をしていたのが記憶に深い。

 

 

 時は散歩に戻る。

 夜道で俺はとんでもないものを見つけてしまったのだ。

 

「毛玉が転がっている」

 

 黒猫の子猫を想像してほしい。

 真っ黒の体毛はまるで黒い毛玉。

 

 夜の闇では目を閉じれば眼の前から消えてしまいそうな黒一色である。

 今夜道端で見つけてしまったのもその手の生き物だ。

 

「ううう~う、け、毛玉じゃないです……!」

 

 毛玉がしゃべった! 

 

 路上に寝転がっていた中学生くらいの女の子がのっそりと起き上がった。

 顔を見ると起き上がるまでの印象通り野良の子猫という感じだ。

 警戒するようにこちらを見ているが、それはこちらの言いたいところである。

 

「いや、道路で寝ないほうがいいですよ。大丈夫ですか?」

「ア、ハイ……い、イケメンだ、怖い……」

 

 助け起こすと体からは2.3日お風呂入ってなさそうな饐えた匂いがした。

 うーん。

 

 子猫のものであればそういう獣臭さも許容値であったが、なんというか、ガチの風呂に入っていない人間の臭いだ。

 匂いではなく臭いである。本人にはさすがに指摘はできないが臭い。

 

「家出とか、親が心配しますよ」

「あ、やちが、違うんです。ネーム、ネームがその、とお、ネームが通らないんです。却下ばっかでうちの子に文句ばっかり言って……」

 

 ぐすぐす。

 

 ガチで泣いているようである。

 年下っぽいし、放置して翌日なにかニュースで知ることになったらと思えばむげにはできないが、ネームが通らないってなんだろうか。

 ネームカード? 自宅のカギが開かないとかだろうか。

 

「えーと、ネームって? 家帰れない感じ?」

「え、えとえと、ま、まんがの、漫画のネーム……」

「あ~、漫画家志望なの。なるほど」

「し、しぼう……は、ハイまあ、そのようなものです、ミジンコです」

 

 そういうことなら理解できなくもない。

 いつからプロ目指すものなのかはわからないが、プロ目指して頑張っているんだろう。

 長話になりそうだったので近くの公園に場所を移し、お茶を渡してあげると多少は饒舌に語ってくれるようになった。

 

「どんな風に没にされちゃうの?」

「な、なんかパッとしないって……ふわふわしてるみたいな……」

 

 姿が明確になっていないということだろうか。

 劇の台本を渡された瞬間に近いかもしれない。

 キャラクターへの解像度が低くこのキャラは何が好き? といわれても役者がこたえられない程度にしか理解できてないとよく指摘されたりする。

 

 しかし、話してみるとキャラは今隣にいて紹介できるくらいに彼女の中では立体を得ていた。

 さすが漫画家志望である。

 どうやら生み出したキャラを活躍させる物語自体がふわっとしているようで、舞台セットができていないというか、役者だけがいる状態のようだ。

 話を聞いているだけでも面白さが伝わってくる。

 ただ、確かに物語がよくあるを超えてこない。キャラに優しい起伏のない物語になってしまっているというか。

 原作がつけば輝きそうな? といえばいいのだろうか?

 

 

 そこで俺はピンときた。

 前世の物語を語って聞かせればいいんじゃないだろうか。

 

 また読みたい物語や、未完で死んだ話の続きを書いてもらえばいいのだ。

 続きやまた読みたい物語が読める俺、ネタに困らない彼女。

 

 WINWIN! 

 

 いやあ、ちょうどいいな。

 あの漫画やあの漫画やあの漫画! ネタはいくらでもある。

 

 とりあえず世界一やさしい鬼退治の話をしてみる。

 

「お、面白いですね。でも、呼吸っていまいちわからないというか……」

 

 よしきた。はいきた! 

 

 誰もが学生時代にやっていたように、俺もまた水の呼吸の使い手である。

 学校のモップ片手に色々な呼吸を再現していた。

 誰しもが、かめはめ波を打てるように、九頭龍閃を打てるように、地面に手をついて錬金術を行ったように、俺は水の呼吸の使い手なのだ!! 

 

「水の呼吸っ!!」

 

 白い星で瞳を輝かせて我が役者人生すべてを使った最高の一撃を撃つ。

 

 きっと見ていた誰もが水の呼吸が見えたはずだ。

 それはこの毛玉少女もまた同じである。

 

「す、すごい! すごいです! これが呼吸!! わ、湧いてくる! イメージが! 映像が! 物語が!!」

 

 少女は道端にしゃがみ込むと地面にノートを広げてペンを動かしだしている。

 そこには水の呼吸を放つ俺のデフォルメされた姿があった。

 

 ……ふむ。なかなか俺かっこいいじゃーん! 

 

 生殺与奪の権を他人に握らせるな!

 

 俺が水柱だ!

 

 

 **

 

 

「先生、俺の刃、託したぜ」

 

 すっきりしたとつきものが落ちたような柔らかい笑顔を浮かべるデレた子猫の少女先生はペコリと頭を下げた。

 きっと素晴らしい鬼退治の物語がこの世界にもできるはずだ。

 

「ありがとうございます! でも、その物語は受け取れません!!」

「ひょ?」

「私の中に書きたい物語ができたというのもありますが、その物語はあなたが大切にすべき物語。受け取れません!」

「な~に言ってんだ?」

「そうですね、いつか私がプロの作家になれたら! その時はぜひ原作としてお願いします!」

 

 うわああああああああ!? 

 

 未来の先生はにこやかな笑顔でスキップをしながら帰っていった。

 そうだね、生殺与奪の権は他人に握らせちゃだめだったね。

 

 先生は上から下まで全身服も真っ黒なので、夜だとあっという間に見えなくなってしまった。

 

 儚い夢だった。

 

 こうして俺の物語再現作戦は失敗に終わる。

 まあ、アイディアがあるなら原作やれよというのは正しいのかもしれない。

 でもなあ、面白い漫画はたくさん知っているとはいえ、面白く紹介するのって難しいな。

 

 もしかしたら自分が面白いと思っている気持ちが先行してうまく説明できてなかったのかもしれない。

 

 ため息をついてトボトボ帰る俺。

 このとき、臭う中学生漫画少女が実は今日あまの吉祥寺先生の弟子の漫画家志望で、将来東京ブレイドを連載する鮫島アビ子先生でさらに言えばこのとき18歳の2つも年上の女性だとは夢にも思わなかったのである。

 





今の小学生はなんの技を会得してるんだろうか。

鮫島アビ子先生かわいいよね。
でも、次関わるとしたら刀剣になってしまう悲しみ。
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