推しの子の異母兄   作:もこもこ@

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067 憧れは現実に

 

黒川あかねには憧れの人がいる。

 

小さい頃から……ううん、自分が生まれたときから活躍している、自分と同じ年の子役である有馬かな。カナちゃんだ。

 

カナちゃんの姿を見ない週はない。それどころか毎日何処かでカナちゃんはテレビの中できらめいている。私にとって役者といえばカナちゃんでそんなカナちゃんはあかねの憧れそのものである。

 

「巻き戻して!」

「ハイハイ、あかねは本当にかなちゃんが好きねえ」

「だってだって! お芝居上手で大人相手でもハキハキ話してて! 10秒で泣ける天才子役のカナちゃんなんだよ!? すごいなあ、すごいなあ!!」

 

何度見たって飽きは来なかった。

お気に入りの映画を楽しむように何度も何度もカナちゃんの出てくる同じ録画を見直した。

その時まではカナちゃんはテレビの向こう側にいる憧れの太陽。世界一のアイドルのようなものだった。

 

そんな憧れに近づくきっかけになったのは両親があかねも子役になってみないかと投げかけたときだった。

 

「私もカナちゃんみたいになれる……?」

 

テレビの先という別世界に生きる相手に近づける。なれる。

それはあまりにもきらめいていて魅力的な提案だった。

 

なりたい。わたし、カナちゃんみたいに……ううん。カナちゃんになりたい。

 

それが最初の一歩だった。

 

**

 

劇団あじさい。

 

劇団はあかねを受け入れ、様々なことを教えてくれる。

声の出し方から体の動かし方、演技のいろは。

それに何より演じることの楽しさを。

 

今まで引っ込み思案でオドオドしていて、クラスメイトと話すときもつい遠慮してしまって話の中心になったことはなかった。

 

あかねには自慢になるところは特にない。

平凡な家庭に生まれて平凡に育ってきた、普通よりちょっと目立たない人間だった。トロ臭くてパッと会話に返答だってできない。

 

でも、演じることは楽しかった。

 

役を与えられた瞬間、自分が自分じゃない誰かになる。

人見知りだし、怖がりだし、つまらない平凡な何もできない黒川あかねは透明になって消えて、演じる役の色に自分が変わる。

 

役を与えられると自分に特別な色がつく!

 

すごい。演じることは楽しい。

特別に面白い小説を読み切ったときのような人生を塗り替えられる感覚が演じるたびに私を襲う。

ああ、自分の今までの人生はなんだったんだろう?

楽しい! 毎日より深く演じられるようになるのがわかる。

 

かなちゃんの見ている世界はきっと今よりずっとずっとすごいはずだ。

決まった台本だけじゃない、すごいすごい深くて繊細な役をこなしている。見た人だれもがカナちゃんに夢中になるそんな演技。

すごいなあ。

 

 

こうして黒川あかねは憧れを胸に抱きながらただ楽しいを胸に子役としての道を進んだ。

厳しいところもあるけれども基本的にはあかねの才覚でもってすべてを超えてゆく。

 

自信はついた。多分少しは実力も。

それでも有馬かなと子役として役を取り合うことになれば必ず負けてしまっていて、悔しいけれどもそれ以上に憧れの相手の凄さに感じ入った。

 

けれど、憧れは理解から最も遠いところにあった。

 

「わ、わたし、カナちゃんのファンで……」

「だったら……?」

 

「私はあんたみたいなのが一番嫌いっ!! 私の真似なんてするな!」

 

どうして? どうしてそんなこというの?

 

私の太陽。

きらめくすべて。

涙がこぼれる。悲しみが溢れて体の外に出ていくみたいに。

 

世界に闇がかかっちゃったみたいだった。

私はだからこそ、取り戻したかった。

あの明るい世界を、私のカナちゃんを。

 

でもあのカナちゃんに嫌いって言われてしまった平凡な黒川あかねにはカナちゃんに聞くなんてことはできるはずなかった。

 

近づくことだってできない。

なにせあかねは知名度のない女の子なのだ。

 

だから勉強した。

あのカナちゃんを初めて理解したいと思った。

どうしてあんなこと言ったの? それを知りたかった。

 

役は理解を深めれば深めるほどわかるようになっていく。

生い立ちを、好みを、何を知っていて何ができてその時何を思ってどう行動するのか。一つ一つ紐解いて飲み込んでいけばその人になれる。

だから学んだ。

 

学んで学んで学んできた。

 

カナちゃんからかけられた生きた言葉は何度も脳内に再生した。

文字にも起こした。

そこからどんな環境でどんな心情だったらそんな事言うのかをはかるのだ。

 

でも、理解は一向に進まなかった。

 

知識を深めて範囲を狭めて、ぼやけていた人物像は形を持っていく。

なのに、あこがれが、輝きが邪魔をする。

自分の中のカナちゃんがあかねの目をくらませる。

あの表情に絶対結びつかないのだ。

 

人生をかけて追い続けていた太陽のような天才子役有馬かなの姿が焼き付いていた。

目を閉じようが、思考をこらそうが、実力ではなく"ズル"を受け入れる有馬かなにたどり着かなかった。

 

そしてそんな自分自身をまず理解せずに有馬かなを追い求めている黒川あかねには一生生きた有馬かなを理解することができない。

 

ピントを合わせられないのなら何時間見ようと繊細になることはない。

そのことに気付けないままだった。

 

転機は子役の次のステップを相談された時だ。

 

結局黒川あかねは有馬かなのように輝くことはできなかった。

もらえた役柄は大したものではなく、その番組を見ている友達に伝えてもそういえばでてた……ね? となる程度のちょっとした役だけ。

 

あの番組スタッフの"最初から出る人間が決まっている"という言葉も頭に残っていた。

 

"このままじゃ一生カナちゃんを理解することもカナちゃんのようになることもないんじゃないだろうか?"

 

自分が目標を達成した姿はぼやけているくせに、目標が果たされないであろう未来は明確に見えていた。

行く道が消えて初めてあかねは憧れの人ではなく自分の人生を考えることになった。

このままでいいわけがない。

 

そこで出たのが劇役者だ。

 

ごまかしの利かない舞台の上であれば実力こそがすべてのはずだ。

視聴者やスポンサーの意思に大きく左右されるテレビの世界とは違う。

役者の力こそが観客を楽しませる。

 

ここなら自分の力がモノをいうはずだ。

実際あかねが所属していた劇団あじさいも劇役者としての黒川あかねの力を認めてくれていて、背中を押してくれることになった。

劇団あじさいが紹介してくれた先こそが『劇団ララライ』だった。

 

超一流の役者しかいない劇団。

 

勝ち上がらなければ舞台に一生上がれないかもしれないだろう厳しい世界にあかねは挑むことにして……運命と再会したのだ。

したはずだった。

 

劇団ララライにはあの有馬かなが所属していたのだから。

言い訳になるがけっして有馬かながいると知って追ってここにいるわけじゃない。

だから私ストーカーじゃない。

目の肥えだしていたこと、有馬かなの生まれたての出演作から追いかけているファン魂がかってに彼女を分析しーーあの時よりより役者としてレベルアップしているだろうことがわかった。地道に訓練を重ねていたはずである自分よりずっと伸びているだろうことが感じられた。

 

様々な感情が脳裏に湧き出たが、役者としての能力がその気持を表に出したくないという感情に従って動作してくれた。

 

「カナちゃん、その、よろしく……ね?」

「ん? はじめまして。よろしくね、黒川あかね」

 

たぶんカチコチの自己紹介になっていたのがわかる。

大体カナちゃんじゃないだろう。同じ劇団の仲間として自己紹介しているのだから有馬かなさんだ。

 

でも、そんな自己紹介をしてもなんだかいけ好かない新人みたいな反応をされてあかねはショックだった。

あれほど人に激しく嫌われたのは人生で初めての経験だったのに。

あかねにとって、クラスの友達に好きじゃないと陰口を叩かれて衝撃を受けたことはあるが、涙を浮かべながら『お前が嫌いだ!』という意思をまっすぐぶつけられたことはなかった。

それがあこがれの人となればその胸の痛みは雷に打たれたようなものだというのに!

その後の自分はその前の自分とは全く変わるほどに強く影響を受けたのに。

 

なのに、カナちゃんにはかけらも記憶に残っていない。

つまり、自分を真似するファンの子役という役に嫌いと言っただけであかねに嫌いといったわけではなく、あかねを認識したわけではなかったということだ。

 

それを理解して二度目の衝撃を受けた。

 

憧れのアイドルに名前を覚えてほしいファンはあまたいるだろう。

推して推して推して名前を覚えてもらった、

投稿したはがきを読み上げてもらった! 返事をもらった。気持ちに共感してもらえた!

 

最高の気分からの握手会での『はじめまして! ファンになってくれてありがとう、応援してね!』と言われたときの衝撃と落胆。

自分の持っている熱量と相手の持っているものとの差の分だけ大きくダメージを受けるのだ。

ある意味でカナちゃんは自分を特別だと思ってくれている……と思っていたのである。

 

泣きそうだった。

 

とはいえいきなり泣き出せば今度はあかね=変人として記憶されてしまう。

嫌いと言われようが忘れられてようが憧れは憧れで生きているのだ。

 

これ以上は致命傷になる。

今までの役者人生で培ったすべてを使って涙をこらえて

 

「か、かなちゃんって、姫川さんとお、お付き合いしてるの?」

「まあね!」

「そ、そそそそうなんだ」

 

なにかカナちゃんと会話をした気がするけれど頭には残っていなかった。

願わくば変なことを言っていないと良いが。

 

**

 

それからは思った以上にスムーズに進んだ。

まあ、カナちゃんが『ここにファンがいまーす。追い出してー!』とでも言えば話は別だろうが、ただの新入劇団員にそんなことを思うはずもなく黒川あかねはそのまま劇団ララライに受けいられた。

 

体を動かし舞台の練習をしたあかねを金田一さんが呼び寄せた。

見の稽古をしろ。

舞台の先には憧れそのままどころかより輝きを増したカナちゃんがいた。

 

「あっ……」

 

飢えに飢えたところで最高の甘味を口に流し込まれたような脳のしびれが走る。

あかねの脳は再び焼かれた。

 





あかねちゃんは何度焼いてもいい
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